『捜査解明機関カルデア探偵局』
ただの探偵事務所かと思いきや、先の事件で立香が手にしていたトランクの中身は一介の探偵が持つ道具としては過ぎたる物であった。
毒物検出用紙に指紋採取スプレー、特殊セーブ・ワイヤー。阿笠博士に言わせてみれば、本気を出せばワシだってそれぐらい作れる!とのことだが、『カルデア探偵局』に常駐しているメンバーの中でこれらを開発した者がいるとは考えにくい。取扱説明書を片手に使用していた立香は論外だ。
つまり、彼らの背後には専門知識を持つ技術者がいるということ。捜査解明“機関”の名の通り、彼らは何かの組織の一端である可能性がある。
「まだ彼らのことを疑っているの?」
「ああ。持っていた装備に身体能力、専門知識、傭兵上がりのメンバー。そして、物語の登場人物に因んだコードネーム……何らかの目的のために、探偵として活動する者たちじゃねぇかってな」
疑念は膨らむが、彼らの正体を掴むための手がかりは何も出て来ない。それと同時に、彼らは無害であるという手がかりさえも出て来ない。
だが、哀の反応を見るに黒の組織のメンバーではないだろう。だとしたら、彼らは一体なんのために……?
「コナンくーん、哀ちゃーん! 早く早く! 早く並ばないと!」
「おい、先着順じゃねぇから急がなくても大丈夫だって」
「楽しみなんでしょう。みんなが大好きな秀穂君に会えるんだから」
コナンと哀よりも前を歩いていた歩美たちに急かされる。土曜日の今日、少年探偵団の彼らはショッピングヒルズ・ベイカにやって来ていた。
お目当ては、本日ここで開催される司馬波出版『歴史旅帖』主催の『ミスター信長コンテスト』である。コンテストに出場するミスター信長候補の中に、彼ら……特に、歩美のお目当てである俳優が出場しているのだ。
「生の秀穂君と握手ができるんでしょ。歩美、楽しみ!」
「もしかして、応援で仮面ヤイバーが来るんじゃねぇの?」
「きっと来ますよ! なんたって、ヤイバーの一番の味方なんですから!」
『提供も出版社も違うじゃねーか……』
歩美、元太、そして光彦のお目当てであるミスター信長候補の1人、
劇中の役柄は、仮面ヤイバーの正体である
ドラマに1人はいるお調子者枠であるが、自称「一番の味方」は本当のことだ。先日の放送回では、敵の策略でヤイバーが人間たちの敵に仕立て上げられても、最後までヤイバーを信じ抜いて勝利に貢献をした。放送後には子供たちからの人気が鰻登りに上昇したのは、言うまでもない。
今回、このコンテストに参加するとどこかで聞き付けたのか生の秀穂君に会いたい!と、コナンや哀を引っ張って『ミスター信長コンテスト』にやって来たのである。
引率はいつものように阿笠になる……予定だったが、今日は町内会長宅のWi-Fi修理の約束があったため、別の人に引率されてやって来た。桃のコンポートを作りすぎてしまったのでおすそ分けにと阿笠邸を訪ねてきて、そのまま子供たちに引っ張られてきたのだ。
「みんな。開場までまだ時間があるから、静かに待とうね」
「はーい!」
「ごめんね、昴さん。急に連れて来てもらっちゃって」
「お安い御用だよ。阿笠博士には、いつもお世話になっていますので」
ということで、本日の少年探偵団は工藤家に居候している大学院生、沖矢昴が保護者である。
3人は哀と沖矢に任せ、待ち合わせをしているからとコナンは一旦彼らと別行動とする。今日は、蘭と園子が蘭の母である妃英理と共に、この『ミスター信長コンテスト』にやって来ていた。
蘭の話では、ジャンヌも誘っていてショッピングヒルズ・ベイカの一階のカフェテラスで待ち合わせの予定だ。ジャンヌが来るならば、他の『カルデア探偵局』の誰かも一緒に来るかもしれない。
彼らに対する疑念を払えないまま、コナンは蘭たちと合流した。
「いたいた、コナンくーん!」
「遅いわよ、ガキンチョ」
「哀ちゃんたち、みんなは?」
「先に並んでいるって。こんにちは、妃先生」
「こんにちは、コナン君」
蘭たちは既にジャンヌと合流しており、一階のカフェテラスでお茶の最中だった。彼女は蘭たちと同じテーブルに座っていたが、隣のテーブルにはサリエリとヘシアン、そしてロボがいる。ロボがいるから、外のテラス席があるこのカフェを指定したのか。
テーブルの上、ジャンヌの前にはアイスティーが、サリエリの前にはチョコレートパフェが置いてあった……逆じゃないのか?
「あれ、サリエリさんやヘシアンさんも『ミスター信長』を観に来たの?」
「そうなんですけど……サプライズとして、黙っておきましょう」
「え?」
「あら、そろそろ時間ね」
ジャンヌが微かに笑いを堪えながら言い淀んでいたが、一体何だと言うのだろうか?
「先に行っている」と言ったサリエリたちと別れたコナンたちは、妃に連れられて本日のゲスト司会者である雨城瑠璃を訪ねた。彼女や出場する「信長」たちの控室は、ショッピングヒルズ・ベイカ内の貸し会議室だ。事前にアポを取っていたので、関係者入り口にいる係員に名乗れば直ぐに入れてくれた。
「瑠璃ちゃん! 久しぶりね」
「英理ちゃん、それに蘭ちゃんも! ありがとう、わざわざ来てくれて」
「お久しぶりです、雨城さん。これ、差し入れです」
「ありがとう、蘭ちゃん。あら、今日は小五郎ちゃんはいないの?」
「誘ったんですけど、今日は麻雀仲間たちと約束がある~って、断られちゃって」
「いなくて清々するわよ、あんなボンクラオヤジ」
「そんなこと言っていると、横から獲られちゃうわよ」
「引き取ってくれる物好きがいるなら、ありがたいわね」
蘭から紫色のミニブーケを受け取った彼女――瑠璃とは、以前に事件で知り合っている。その時に、幼馴染である小五郎とは二十数年ぶりの再会を果たしていた。事件の際には彼女の身にも色々とゴタゴタがあったが、最近は落ちついたらしく、先日公開した出演映画もそこそこのヒットを記録している。
今回はその映画繋がり。彼女が信長の妹であるお市の方を演じた繋がりで、ゲスト司会者として招待されていたのだ。ちなみに、メイン司会者はよく見る顔こと日売テレビの麦倉アナウンサーである。
「そっちの子たちは、蘭ちゃんのお友達?」
「はい。鈴木園子です」
「ジャンヌ・エリス・オルタです」
「こんにちは。貴女たちは「信長」が目当てかしら。気になる子がいるの?」
「はい! わたし、駒木さん目当てで来ました!」
「唯一の一般応募の彼ね。確かに良い男よね。でも、さっきちらっと見た今年のゲスト信長も、結構な男前だったわよ」
「本当ですか? 楽しみです!」
瑠璃がゲスト信長という、当日発表の盛り上げエントリー枠の話をするとジャンヌが笑いを堪えていた。
何か知っている様子のジャンヌに、事務所総出でコンテストを観に来た『カルデア探偵局』。なのに、姿の見えない局長と探偵……ゲスト信長も、結構な男前。
まさか。コナンの中でトンチキな推理が出来上がったところで、瑠璃の楽屋のドアがノックされた。
「すいません、挨拶に伺いました。ゲスト信長……です」
「……立香さん」
「コナン君、こんにちは」
「まさか、ゲスト信長って……」
「言っておくけど、俺じゃないよ」
ジャンヌが堪え切れずに噴き出した。
挨拶にと楽屋にやって来た立香は付き添いだ。彼はゲスト信長ではない。本物のゲスト信長は、立香の隣にいる探偵、エドモン・ダンテスである。
「コンテストのゲスト信長って、ダンテスさんなんですか?!」
「革新者たる信長には、国籍も何も関係ないらしい。これも巡り合わせ、享楽に更けさせてもらおう」
「うんうん! イケメンなら何でもあり! ありありよ!」
園子の反応と同じく、関係者各位には受け入れられているようだ。背後には色めき立った女性スタッフがエドモンをちらちら窺っている。
「信長」に扮したエドモンは、いつも身に着けている丸眼鏡とポークパイハットを外していた。髪はハーフアップに結い上げられている。
衣装は着物に袴。黒地の着物は、金で蝶の刺繍が施されたシックで品の良い物であったが、羽織っている打掛はド派手だった。
炎上した本能寺をイメージしたのか、焔色に燃える織田家の家紋を背中に背負った打掛はギラギラした緑とオレンジの二色で四ブロックの市松模様になっている。しかも、足元はブーツだ。戦国時代にブーツはない。
普通の人間なら衣装負けしてしまうが、エドモンの風貌と上手く調和して似合ってしまっている。小道具であろう煙管を手で弄ぶ仕草が様になっている、見事な「信長」だ。
「サムライ・ヘアーじゃないのは残念だけど、凄く派手な衣装ね」
「スタイリストさんに激推しされて、こうなった」
「オレは気に入っている。特に、背中の家紋が良い」
「あら、素敵な炎柄ね」
エドモンと立香の背後で、やり切った感満載の女性たちが清々しい笑顔でサムズアップをしていた。スタイリストだけではなく、ヘアメイクの担当者たちの渾身の「信長」が出来上がったのだった。
『カウントダウン本能寺』
本能寺の変に至るまでの前日の関係者の様子を描いた戦国群集劇。画面左下に本能寺の変までのカウントダウン時計が表示がされているのが特徴。
予告やポスターに信長のキャストが発表されていなかったため、まさかシークレットキャストか?と話題になったが、実際には信長はキャスティングされておらず未出演。
「敵は本能寺にあり!」で終了、エンドロールで本能寺炎上した異色の信長題材映画。
なので、実質の主人公は森蘭丸。
斜め上の着眼点と、大御所信長の出演料を節約して特撮並みの大爆発本能寺炎上をやり切ったのが話題に。
絶対にラストで火薬を使いまくりたかっただけだろ!