レイシフトしてから1時間と少しで殺人事件に遭遇。しかも、現場には探偵と名乗る少年少女たちまで居合わせていた。
まるでカルデアの面々を待ち構えていたかのように訪れた犯罪との出会いに、立香の心は落ち着かなかった。
今までの、普段の特異点修復や異聞帯攻略とは違う、ここが彼が生まれ育った現代日本となんら変わりのない環境であったことが原因だ。自分の身近で魔術師でもない人間が殺人事件を起こすという、普通の中に現れた血飛沫に胸がもやもやする。
毎日食べている美味しい食事が実は、おぞましい材料で作られていたという真実を知ったかのような。そんな感覚だった。
「マスター。顔色が悪いわよ」
「あ、うん。何だか、驚いて……それより」
「“設定”でしょう。きちんと守っているわよ、立香」
この特異点の修復にあたり、彼らはいつもとは違う準備をした。
空前絶後の犯罪発生数を誇る都市で万が一、犯罪に巻き込まれて警察から身分の提示を求められるのを想定して立香を含めたサーヴァントたちの身分設定と、それを証明する身分証を偽造していたのだ。
備えあれば憂いなし。現状、早速巻き込まれて提示を求められてしまった。怪しまれることはなかったため、上手く機能しているようである。
1人と2騎の設定は先ほど警察に説明した通りだ。
「ジャンヌ・ダルク」の名は知名度がありすぎるため、ストレートには使用せず以前の映画撮影の役名をそのまま流用。サリエリは、自分は「アントニオ・サリエリ」ではないと意固地に否定したため、
カルデアの作家サーヴァントたちが執筆した設定を元に、ダ・ヴィンチちゃんやエミヤ(アサシン)によって偽造されたパスポートは最早本物として機能する一品となってしまった。立香がカルデアに来る際に発行した物より立派な気がする。
「けど、本当に変な特異点ね。子供が探偵を名乗って、死体を前にしても怖がらずに犯人を見つけようと躍起になっているだなんて」
「新聞にも載っていたけど、この特異点は探偵が多いよ。現場に居合わせた探偵が事件を解決したって記事がたくさんあったし……あれ」
「何?」
「あの、コナンって子。新聞に写真が載っていたような」
先ほど言葉を交わしたシャーロキアンの少年の顔に見覚えがある。そう、確か……アルセーヌ・ルパンを真似たような怪盗の犯行を阻止したとかで、大きく報道されていた。
先ほどの推理といい、年齢に似合わず聡明なようである。少年探偵団の中でも頭一つ以上抜きん出ていた。
「阿笠さん、何か閃きませんかな」
「いや、ワシは特に」
「園子は? いつもみたいに、ふにゃとか来ない?」
「う~ん……まったく何も来ないのよね」
「……あの、もしかして皆さんも探偵なんですか?」
目暮や蘭が頼るように話しかけるその姿を見て、思わず間に入ってしまった。
「まあね。女子高生探偵・推理クイーンの鈴木園子様とは、わたしのことよ」
「多少、謎解きが好きなだけじゃよ。ワシは探偵というほどのもんじゃない。探偵と言えば、この蘭君の父親じゃ。彼女の父親は、かの有名な名探偵眠りの小五郎こと毛利小五郎じゃからな」
「名探偵ですか……俺、しばらく日本を離れていたから最近のニュースとかに疎くて。存じ上げませんでした」
犯罪の現場に探偵が駆けつけるというより、探偵が犯罪を引き寄せているような気がしてきた。やっぱり別の意味で怖い、この特異点。
少年探偵団に女子高生探偵、謎解き好きの博士に名探偵の娘。これだけの面子が揃っていれば、殺人事件の一つや二つその場で解決できるのではないだろうか。
「高木君、4階に行ってコナン君が言っていた仕掛けがあるかどうかを調べてきてくれ」
「はい!」
「その必要はない。4階のブルーシートの下に糸が残っていた。そこの被害者の服と同じ糸だ」
ふわりと、コーヒーの香りが鼻を掠った。
吹き抜けの4階へ向かおうとした高木の目前に突き出されたのは、ビニール袋に入ったピンクの糸。被害者が着ているワンピースと同じ色をしていて、千切れた形跡があるそれは、死体が4階に吊るされていたという証拠だ。
それを持って来たのは、ポークパイハットを被った男だった。
不健康そうな色白の肌も尊大な声色も、立香の記憶の中にある彼と全く同じ……違うところ言えば、厚い外套を着ておらず、丸眼鏡をかけてシンプルなシャツとベストとラフな服装であることだけ。
「エドモン?!」
「遅い、遅い! 待ちかねたぞ立香! 早速この街の洗礼を受けたようだな」
「あ、あの……どちら様でしょうか?」
「エドモン・ダンテス。探偵だ」
巌窟王――エドモン・ダンテス……かつて、立香が迷い込んだ監獄塔で出会った復讐者がそこにいたのだ。
「この一行が俺を訪ねてくるはずだったが、待ちくたびれたため捜索に赴いた。彼らを足止めしていたのは探偵を求めた犯罪であったか。これを。勿論、素手で触るような馬鹿な真似はしていない」
「あのですね、勝手に現場を捜査してもらっては困ります!」
「失礼した、警部殿」
目暮に注意はされたが、摘まみ出されはしなかった。
実に貫録のある“探偵”っぷりを見せたエドモンは、警察の視線なぞ気にも留めず立香の隣へとやって来た。
「この場は話を合わせろ、マスター」
「え、本当にあのエドモン?」
「そうだ。おまえの恩讐の化身だ」
記憶も持ち合わせている。この特異点の情報も得ている。
カルデアには巌窟王は召喚されていない。彼がいるのは立香の精神の底の中のはず。
「詳しくはこの事件を解決してからだ。立香、どうやら探偵がこの殺人事件の犯人を暴かなければならないようだ」
「探偵って、アンタは解けるの?」
「さあて。立香、お前はどうだ」
「どうだって言われても……」
ホームズの助言もない自分が、彼のように颯爽と事件を解決する名探偵になれるはずがない。
一体どうしてそんな無茶振りを……困惑しながら、立香は被害者の同僚3人へと目を向ける。流石にこれ以上、店を離れられないと警察に訴えている状況だった。
ニャーーーーーン
あの人物へ視線を向けたその刹那、猫の鳴き声が聞こえた。
「……え」
「どした?」
「今、猫の鳴き声が」
「ペットショップは遠いぜ」
影に潜むアンリマユの言う通り、ペットショップはショッピングモールの端にあってここからは遠い。店内へはペットの持ち込みは禁止だ。だから、こんなところで猫の鳴き声がするはずはない。
それなのに、立香の耳にはそれが聞こえてきた。
か細く、甲高い、それでいて不気味な猫の鳴き声。否、立香が勝手に猫だと思い込んでしまったのかもしれない。悲鳴にも似た奇妙な音が、確かに聞こえて来たのだ。
「猫の声は、随分と遠くから聞こえるが」
「多分、ペットショップからの音じゃない。猫かもしれないし、悲鳴かもしれない」
「……立香、その声は
エドモンの問いかけに対し、立香は周囲に気付かれぬように1人を指さした。
朝村葉子。彼女からは猫の鳴き声と共に、立香の中に一つの答えを齎したのだ。
「あの女性が犯人……の、気がする」
「気がする? 何よそれ。証拠は? 動機は?」
「分からない。でも、そんな気がして仕方がないんだ」
「
第六感めいた“気がする”発言だけで殺人犯の告発などできやしない。
数学の問題と同じだ。最後の答えが分かっていても、途中の計算式が理解できてなければ点数をもらえない。犯人の正体だけが分かっていても、証拠と動機がなければその答えは不正解だ。
しかし、本当に彼女がこの事件の犯人ならば、この場で逃がすことはできない。捜査の進展が見えず、彼らには被害者を殺害する動機も見えないことから、警察はカフェの従業員たちを解放しようとしている。
「では、我々は店に戻らせていただきます」
「っ、待っ……むぐっ」
「――待て、しかして希望せよ」
思わず声を出しそうになった立香の口を塞いだのはエドモンだった。『モンテ・クリスト伯』の名台詞を口にして、彼は先走った推理を止めたのだ。
「立香、告発は今ではない」
「でも」
「瞬きほどの刹那の時間を経て、犯人は自ら証拠を出すだろう」
「朝村さん、閉店準備を頼みます」
「はい」
店長の清藤に指示された朝村が先に店に帰ろうと振り返ったとの時、彼女のまとめた髪の隙間からナニか光る物が覗いているのに気付いた。
そのナニかが立香の視線に入った瞬間に、エドモンは朝村の右手を取って彼女を引き留めたのだ。
「あ、あの……」
「薄桃色のネイルに白い花型のストーンか。人差し指のストーンがない」
「え、あ……本当だ。どこかで剥がれてしまったみたいですね」
朝村の十本の指のネイルには、白い花型のストーンが付いている。だが、右手人差し指だけ、ストーンがなくなっていた。
整った顔立ちの青年に急に手を握られて困惑する朝村へ、探偵は確信をもって彼女へ告げた。
「全く陳腐な台詞だがあえて言おう……犯人はお前だ」
杯戸町ショッピングモール死体転落事件の犯人が、探偵によって暴かれた。
・姥沢克代:被害者、詐欺紛いの投資話を持ち掛けていた。
名前の「ウバ」と「カップ」から。
・朝村葉子:被害者が務めるカフェの従業員。犯人?
名前は「アッサム」と「茶葉」から。
・清藤論:被害者が務めるカフェの店長。
名前は「セイロン」から。
・田島梨花:被害者が務めるカフェの従業員。
名前は「ダージリン」から。