取り押さえた包丁女は、通報して駆け付けた警官に引き渡された。
彼女は洲道が覚えていたとおり、先代ミスター信長である生島の熱烈な追っかけであった。と言うか、彼女は生島が扮した信長の熱烈なファンであり、生島の信長こそが至高と信じてやまなかったのだ。
その生島が多忙のためミスター信長を辞退したのを、編集部が生島を切ったのだと思い込み、彼以外の信長など認めないと凶行に及んだのである。勿論、脅迫状の送り主も編集部への嫌がらせも彼女の犯行であった。
「今回の依頼は、犠牲者が出なくて良かった」
「え、これで終わり? 死人出ねぇの?」
「言わないでフラグが立つから」
エドモンに宛がわれた「信長」ブースの裏――あちこちにに貼られているコンテストの巨大ポスターの圧が凄い裏でほっと一息吐いていたのに、横から茶々を入れてくれるな。今回の現場は人目が多すぎるため、アンリマユは基本的に暇なのである。
ゲスト信長のブースは未だに長蛇の列がスタッフによって捌かれ、女性たちの黄色い声が回転寿司のように流れていく。握手は数秒、写真は禁止。コンテストを盛り上げるという意味でなら、しっかりゲスト信長の仕事をしているが、正直盛り上がりすぎだ。
女の確保のために仕事をしてくれたロボも、あまりの人だかりを目にして「何故、こいつらはこんなにも騒げるのだ」と言いたげな視線を向けている。憎悪を通り越して呆れている。
が、一瞬だけ何かを見つけたかのように目を細めた。人の群れに興味を示さなかった彼が、一瞬だけ何かを捜すような仕草を見せたのだ。
「ロボ、どうしたの?」
「……」
立香がロボの変化に気付いたが、人の群れにうんざりと言いたそうにそっぽを向かれてしまった。
言いたくないならそこまで突っ込まない。しかし、ノンホールピアス型通信機の向こうのカルデアの賑わいはちょっと突っ込みたいのだが。
「ねぇ、何でそっち側まで盛り上がっているの?」
『先輩! 実は……ゲストの女優さんを一目見ようと、男性サーヴァントのみなさんが集まってきていまして』
「あーうん、大体察せる」
『熟しても潤いを損なわない美貌。瑞々しく生命力溢れるアビシャグというより、豊満で熱の籠るバト・シェバと言ったところか』
『寡婦のようにどこか影を見せる横顔……しかし、瞼の瞬きにはまるで少女のような微笑みを見せる。二面性を持つアンニュイな美女ですよ、ランスロット卿……おや、いない』
『微笑んだ時の眦の弧が良い。口元のホクロも良い美女だ』
『年増と聞いたが……悪くねぇ』
「順番に、ダビデ、トリスタン、フェルグス、土方さん!」
『正解です、先輩! あ、今度は茶々さんと信長さんが……』
マシュの実況によると、今度は茶々を先頭に信長を始めとした織田関係者がやって来たらしい。しかも、茶々は業界上層部のP如きゴールデン的なサングラスをかけているとのこと……ぶん獲って来たのだろうか。
『この女が、わらわの母上を演じたっていう女優~? ま、合格じゃ。本物の母上はこんなもんじゃなかったし。そこら辺の女優じゃあ再現なんてできないほどの、茶々とそっくりなド美女だったし。戦国一の美女を演じるならば、それ相応の覚悟を持ってもらわぬとなあ』
『わしの妹じゃし。是非もないよネ。戦国一の美女とか誰が言い出したんじゃろ、最初に言い出した奴グッジョブ。一万年無税』
『て言うか、何で“ミスター”信長なんだ! 姉上が男な訳ないだろう、今すぐ“ミス”信長に変えろ! 姉上候補はミス尾張、ミスユニバースその他の一流の美女を用意しろ! それぐらいじゃないと姉上を名乗ることは許さん! いや、そもそも、見てくれだけで姉上を名乗れると思うな!!』
『信勝五月蠅い』
『スゲェ人だな! 祭りか? いくつ首級獲れるかの祭りか!』
『「信長」って、もう概念というか、肩書というか、ジョブみたいなもんじゃよね。わしから完全に乖離しているよネ。男だったり女だったり、社長やったり野球やったり、転生しても「信長」じゃぞ。犬にもなるし、猫にもなるし、鮫にもなるし。もう色んなモンにわしのジョブ背負わせれば最強になると思っているじゃろ。わしの知名度が高すぎるが故じゃから是非もないかな? ドラマ化・映画化すれば大体大御所俳優じゃし、若い頃もイケメン俳優が用意されるし。主役張ったわしを数えるのに両手両足の指じゃ足りないネ!』
『はぁ~? それ言うなら、新選組だってマンガにゲームで、超美麗イラストのイケメンコンテンツですよ! 各種様々なジャンルのイケメン&イケボを用意されていますよ。その流れで映画と舞台も若手イケメン俳優の登竜門ですからね。沖田さんだって、色白のイケメン俳優ばっかりですから!』
『な~にを言っているんじゃ! お前を演じた俳優、新世界の神になるとか言い出したり鉄骨渡りしとるやないかい! 地上波で数年に一度のキャスティングの機会が来るかどうかも分らぬ人斬りサークルが、巨大メジャージャンルの「信長」には勝てるはずないじゃろ!』
『実力派俳優です! 土方さんの俳優さんの人気は凄いですよ! あっちの沢庵&おっぱいスキーとチェンジしたいくらいの土方さんなんですからね!』
「ねぇ、もう終わっていい? あと森君がサラっと怖いこと言った!」
ぐだぐだである。あと、それ以上はいけない。
何だか遠くからちびノブたちのコール&レスポンスまで聞こえて来た。
マシュとダ・ヴィンチちゃんの話によると、ゴルドルフ新所長は早々と頭を抱えてキッチンに引き籠ったらしい。気持ちは分かる。
カルデアのぐだぐだは置いておいて。コンテストの投票が締め切るまではまだ時間があるが、司会者たちが発表した中間発表では坂野の投票数が圧倒的だった。これから「信長」たちの休憩を挟み、3時の投票締め切りまでに最も支持を得た「信長」が新たなミスター信長に輝くこととなる。
「もう勝負は決まったようなモンだろ。午後の投票なんか時間の無駄だ」
「けど、逆転劇っていうのもありますからね。ほら、駒木君の票もじわじわ伸びているし」
「はいはい、せいぜい無駄な時間を過ごしてくれ。俺が新しい信長なのは決定事項だけどな」
坂野が洲道に見せた態度は、最初から自分の勝利を確信しているようなものだった。それは自信と言うよりは傲慢というべき態度である。自分が一番だと思い込んで疑わない。
一旦休憩のアナウンスが入ると、坂野は観客の女性たちに軽く手を上げてから速足に楽屋裏へと引っ込んでしまった。
「何であんなにミスター信長に拘るんだ?」
「ミスター信長にではなく、生島先輩の後釜狙いなんですよ」
「三浦さん……先輩?」
「僕、先代信長の生島さんと同じ事務所なんです。その繋がりで、事務所枠を譲ってもらいまして。生島先輩が売れた当初、ミスター信長だってことが大分取り上げられましてね」
「若手俳優の登竜門だとか、次に来るイケメンの通過儀礼とか、業界が勝手に青田買いをし始めているみたいなんです。坂野君の信長で雑誌が盛り上がるのは良いのですが、なんか、こう……読者層というか、いつもの『歴史旅帖』とは違うんだよな~」
つまり、売れるなら「ミスター」になっておくのが手っ取り早いということだ。
盛り上がるのは良いが、運営元が期待していた盛り上がりとは違う道を爆走している現状に洲道は喜べないようである。まあ、これも革新と言えば革新だが。
「お昼はヒルズ内のお店から好きにテイクアウトしても良いって。エドモンは何か食べる?」
「コーヒーをもらおうか。後は好きに注文してくれ」
脅迫状の犯人も無事に確保できた。ゲスト信長の参戦が功を奏したのかどうかは分からないが、コンテストは例年以上の盛り上がりを見せている。
後はこのままコンテストが終了すれば今回の依頼は完了、負傷者もなく『ミスターの信長コンテスト脅迫事件』は幕を閉じる……なんて、そうは問屋が卸さなかった。
「うわぁぁぁぁぁ!!?」
「っ! 悲鳴?」
「この声は、坂野だ!」
立香とエドモンの楽屋にも響く坂野の悲鳴が聞こえて来たのだ。
2人が楽屋を飛び出て数部屋離れた坂野の楽屋のドアを蹴り開けると、そこには肩から大量出血をして床に転がる坂野の姿があった。
「坂野さん! 何があったんですか?」
「や、槍が……あ、あそこから槍が、刺して来た!!」
幸いにも意識があった。震える視線が向かう先は、楽屋もとい会議室の唯一の窓……床から180cmほど離れた高い位置にある窓が開いている。あそこから槍が侵入して坂野を刺したと言うのだ。
窓の下の床には、壁には、高窓のサッシには血痕が付着している。犯人は槍を持って逃げた。
「立香、止血だ! 救急車と警察を呼べ!」
「分かった!」
出血の止まらぬ坂野を立香に任せ、エドモンは「信長」姿のまま窓の外へと走った。
元々BASARAの民であったので、信長と聞いたらCV若本御大が出てきます。
新選組関係で一番好きなキャラデザ?は某大河です。子供ながらにクッソ嵌りましたよ、ハイ……放送局関係ですが、サリエリ先生公共放送出演決定おめでとうございます。