犯人が分かった、凶器も発見した。ビニール袋に入ったナイフを手にしたエドモンがコナンと共に目暮へそう伝え、関係者たちを呼び出したのはコンテスト会場となったイベントエリアだった。
血塗れのシャツを着替えた立香もジャンヌたちと共にイベントエリアへ向かうと、そこで待っていたのは2人の探偵――煙管を捨てて煙草を咥える「信長」姿のエドモンと、彼と対等に並ぶ小さな背丈のコナン。
人々を待ちわびていた彼らの姿は、非常に絵になっていた。
「ダンテス君、君が発見した凶器のナイフは坂野さんを刺した物で間違いない。しかし、このナイフだけでは、窓の外から刺すことはできないぞ」
「ナイフを「槍」とするには、柄が必要だ。長い棒状のような物、人間を殺傷する衝撃にも耐えられる耐久の物が」
「それがね、いっぱいあるんだよ。この会場に」
「いっぱい? 槍の柄になる物が、この会場に?」
「うん。ほら、そこに」
そう言ってコナンが指差したのは、イベントエリアやショッピングヒルズ・ベイカの至るところに貼られている『ミスター信長コンテスト』の巨大ポスターだった。
「ポスター? まさか、これを丸めて槍にしたと言うのかね?」
「ボク、科学の実験番組で観たことがあるよ。紙ってペラペラだけど、丸めて棒状にすれば人間が乗れるぐらいの強度になるんだって」
「このポスターのように、加工がされた上質な物ならば強度は申し分ない。長さも横幅160cm以上、窓と坂野の立ち位置との距離も十分だ。傭兵、頼む」
エドモンに頼まれたヘシアンが近くの壁に貼られていた巨大ポスターを剥がし、丸めて棒状にする。160cm以上の棒を手に、「信長」たちのブースを仕切っていたパネルへ勢いを付けて突き立てれば、パネルを吹っ飛ばさんばかりの威力だったのにポスターは曲がりもしていなかったのだ。
突くという動作に対して十分すぎる威力を発揮し、伸ばして壁に貼ってしまえば隠蔽することもできてしまう。紙のポスターが槍の柄になるとは誰も気付くことはない。その場しのぎにしては、極上すぎる凶器だったのだ。
「槍の穂先としたナイフはトイレのタンクに。柄となったポスター……犯行現場から最も近い位置に貼られているポスターは、これだ!」
エドモンが何枚ものポスターの中から、最も犯行現場から近く、尚且つナイフの隠されていたトイレの入り口隣の壁に貼られていたポスターを剥がす。本来真っ白なはずのそのポスターの裏面には、大量の血痕が付着していたのだ。
「血痕だ! すぐに鑑識に回せ!」
「……あの時の事件と同じ。刃物に柄を付けて、それを平面状にして隠したのね」
血塗れのポスターを目にした瑠璃が呟いた。彼女が巻き込まれた事件でも、カッターの刃とガムテープの柄で即席の凶器が作られ、それらは凶器があるとは思えないような場所に隠されていた。
だが、その事件では粘着力のあるガムテープが使用されていたため、パーツは二つで済んだ。
「刃と柄、二つ揃った。だが、これらだけでは槍にはならない」
「ナイフとポスターを固定した物ね!」
英理が気付いて声を上げた。
ナイフとポスターで槍を作るならば、二つの物質を固定しなければならない。証拠の品はもう一つ存在しているはずなのだ。
ガムテープのような接着力のある物では、剥がす際にポスターが破ける恐れがある。ならば、結んで固定する物があれば良い……例えば、腕にリボンを巻くように。紐で結んで固定した。
「全く陳腐な台詞だがあえて言おう……犯人はおまえだ、駒木雄太。このポスターを印刷した会社の社員であるおまえなら、
紫煙が浮かぶ煙草を片手に指差した犯人は、猫の声が聞こえた彼――駒木雄太。
「探偵」に「犯人」と告発された駒木は、失礼だと怒り狂うことも、酷く狼狽えて否定することもなく、悟ったように目を伏せて握り締めていた圧切り長谷部を刑事へと差し出した。
それを受け取った千葉が下げ緒を解くと、巻き込まれて表面からは目視できなかった部分に血が染み込んでいたのだ。
「ナイフに付着していた擦れた血痕は、下げ緒に付着した血が擦れた跡だ。さて、
「ええ、ミスター信長は関係ありませんよ」
「では、何故? 坂野さんとは面識がなかったのでは?」
「本人とは面識がありませんよ。でも、あいつの車のナンバーは、決して忘れないように何度も何度も見返しましたからね……!」
高木の言葉に、駒木は唇を噛み締めて坂野への憎悪を露わにしたのだ。
「2年前、来葉峠で起きた外車の横転事故を覚えていますか?」
「若いカップルが乗った車がカーブを曲がり切れずに横転し、運転手の男性は死亡。同乗者の女性は投げ出されて崖下に転落し、重症を負った事件ね。慣れない左ハンドルのために運転を誤ったのが原因と、発表があったはずだけど」
「違う! あの事故は、坂野のあおり運転が原因だったんだ。そのせいで、美徳は……妹は、今も植物状態のまま目を覚まさない!」
英理もコナンも、事件を知る者たちは思い出した。重症を負った女性の名前が、
2年前のあの日、美徳は当時の恋人に誘われてドライブデートに出かけていた。外国産の新車で迎えられ、兄に見送られて出かけた彼女は数時間後、兄の駒木へ助けを求める電話をしていきたのだ。
『お兄ちゃん助けて! 今、来葉峠なんだけど、後ろの車がクラクションを鳴らして煽って来るの! あ、横に……どうしようお兄ちゃんっ! キャァ?!』
「美徳……美徳! 美徳!!」
それから十数秒後、美徳からメッセージアプリ経由で3秒にも満たない動画が届いた。
その動画は、前を走る車が急停車し、衝突を避けようとした運転手が右に大きく動かすところで途切れていた。後ろのナンバープレートがしっかり映っている。
何度も美徳に連絡したが繋がらず、胸騒ぎを感じた駒木が来葉峠へ向かうと、横転どころか180度回転した事故車両を発見したのだ。車から投げ出され、来葉峠の下に落ちて虫の息だった妹も……。
「新品の外車に乗ったカップル。犯人には調子に乗っている奴らとでも映ったんでしょうね。あれから、妹が送って来た最後の動画のナンバーを捜し、2年かかって見付けましたよ……事故現場になった来葉峠近くのSAに停まっていた車と、持ち主の坂野をね!」
坂野の身分を知ると、彼のSNSを見張ってその人間性を知った。彼の様々なゴシップを蒐集して、車関連の素行が悪いことも調べ上げてこいつが犯人だと確信する。
そんな時に、坂野が『ミスター信長コンテスト』へエントリーすると知った。会社の取引先である洲道からスカウトを受けていたコンテストへ、坂野が参加する……チャンスかもしれないと洲道の誘いに乗り、上手いこと本選にまで残って本日顔を合わせることができたのだ。
「確かに、坂野さんは運転が荒い上にスピード狂っていう話を聞きますけど。まさか、あおり運転までしていたなんて」
「でも、あおり運転の罰則って厳しくなったよね」
「うん、ニュースでもやっていたし。警察に言えば、逮捕されたんじゃ……」
「運転妨害罪。あおり運転の厳罰化によって創設された罰則よ。車間距離不保持、急ブレーキ禁止違反などを行った者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金。その他、違反点数に運転免許の取消しが科せられる。更に、違反行為によって著しい交通の危険を生じさせた場合には、5年以下の懲役又は100万円以下の罰金……だけど、道路交通法の改正は今年から。不遡及の原則によって、2年前の事件には遡って適用されることはできないのよ。その様子では、車にドライブレコーダーを積んでいなかったのでは?」
「そうです。納品されたばかりの新車で、ドライブレコーダーを付けていなかったんですよ。坂野が煽ったという物的証拠はない。あるのは、妹が送って来た動画に映ったナンバーと、あいつの悲痛な叫びを聞いた俺の証言だけだった!」
例え坂野を告発しても、証拠不十分で罪に問えないと考えた駒木は、自身の手で裁くことを決めたのだ。
コンテストにナイフを持ち込み、坂野の様子を窺っていると偶然にも襲撃のチャンスが巡って来てしまった。後は、エドモンの推理通りだ。タイミングが悪かったのか、手元が狂ったのか。不幸なのか幸いなのか、坂野を殺害することはできなかったのである。
「殺すつもりで、坂野を刺しました。俺がやりました……洲道さん、コンテストを滅茶苦茶にしてしまい、申し訳ございませんでした」
「駒木君……」
「駒木さん。私、弁護士をしています、妃英理と申します。貴方の弁護を任せていただけないでしょうか。勿論、貴方の妹さんに起きた事故の件についても」
「お母さん! でも、あおり運転の罪は問えないって」
「ええ。でも、当時施行されていた危険運転致死傷罪は適応できるわ。罰則が規定されていない時代でも法曹家たちは戦ってきた、罪を犯した加害者を逃がす訳には行かない。駒木さん、貴方の了承をいただければ力になります」
「っ、お願いします!」
駒木には手錠がかけられ、彼には英理が弁護士としてつくことになる。彼女によって、2年前の坂野のあおり運転やその他の余罪も明らかになるだろう。
こうして、『ミスター信長コンテスト』は閉幕を迎えた。投票の上位2名が負傷及び逮捕となってしまい、新しいミスター信長は、棚ぼた的に次点の三浦秀穂が襲名したのだった。
法解釈が色々と間違っている気がしなくもないので、そこら辺は突っ込みご容赦願います。