悪意に満ちた犯人の中でも、とびきり極上の犯罪を実現させた者たち。歴史上に名を残す犯罪者、黒幕、殺人鬼……名ありの怪人、世間を賑わせた組織の構成員。
つまりは知名度。サーヴァントと同じだ。その名を知る人口が多ければ、それは信仰になる。
知名度で言えばピッタリな犯人がいるではないか。
ジェームズ・モリアーティ
犯罪界のナポレオン、名探偵の宿敵、ぽっと出の癖に道連れでホームズを死亡させた犯罪コンサルタント。
どういう訳か、この地ではモリアーティの知名度が高い。彼を名乗る者がそこら中にわんさかいる。
この並行世界ならあいつは幻霊じゃねぇ。
似た名前の犯罪者、平成のモリアーティを名乗る犯罪コンサルタント、モリアーティの生まれ変わりを自称する愚者……知名度の恩恵を受けようと、必死に自身を飾り立てて暗黒色に染まりたい犯人が多い。
馬鹿か。
ウケる。
ま、ともかく。
知名度のある犯人の器なら、どんな鬼になるのだろうか――
??■■■の手記より――
『新しい
「それも、新しい「信長」の形なんじゃないかな。ノッブだって、他に色々な側面があるんだから」
『ま、多種多様な「信長」がいるから是非もないな!』
『ミスター信長コンテスト』も終了したショッピングヒルズ・ベイカの地下駐車場。警察への対応説明に時間がかかりそうなエドモンと彼の付き添いのサリエリを残し、立香たちは一足先に事務所へと帰宅するところだった。
来客の車が隙間なく駐車されている薄暗い地下で、歩きスマホならぬ歩き通信で信長との話していた立香だったが、ジャンヌが伸ばした腕によって行く手を阻まれた……この感じ、以前も体験したことがある。
「マスター、何かがおかしい。人が少なすぎる」
「……っ! 俺たち以外、誰もいない」
不自然なほど人の気配がない地下駐車場。目撃者が誰も登場しない、犯罪の舞台……立香だけではなく、ヘシアン・ロボとアンリマユも微かな
彼らを密室に閉じ込めてから、黒塗りのセダンが真正面に出現する。ハイビームライトを容赦なく点灯した車がアクセルを強く踏み込み、立香たちを轢死せんと車を暴走させたのだ。
「下がりなさい、マスター!」
運転席には、最早お馴染みとなってしまった(仮称)全身黒タイツ。歯をむき出しにして悪辣な笑みを浮かべてハンドルを握り、時速60km以上のスピードでこちらに突っ込んで来た。
ヘシアンに抱えられた立香は車の進路上から離脱。車は速度を落とさずにジャンヌへと向かって来るが、大きく振り上げた彼女のミュール履きの足は車のボンネットに突き刺さり、強制停車させた。
「車の事故が原因の事件だったから、車に乗って轢き逃げでもしに来たのかしら!」
休日の女子高生の姿からサーヴァントとしての姿に変化したジャンヌは、抜いた剣をフロントガラスに突き刺した。
空回りするアクセルに舌打ちをしていた全身黒タイツは逃げることもできず、飛び散るガラスが突き刺さってどす黒いインクを落として消えた。当然、凶器となる黒塗りセダンも消滅してしまう。
アサシンの癖にライダー適正を持つなよと、一言文句も言いたいが現状そうもいかない。やっぱりというか、数はいる……ゴルフクラブに包丁と、鈍器と刃物という凶器を手にした全身黒タイツが次々と湧き上がってくる。
が、一体だけ奇妙なのがいた。
全身がすっぽりと覆われるマントを着込み、チューリップハットを被ったそのエネミーは一見すると全身黒タイツではなかった。ギラギラと鈍く光る不気味な目は片方だけ。顔にはグルグルと包帯を巻いて顔を隠した何者かが、手にした斧をジャンヌに振り下ろしたのである。
「新しいエネミー!?」
「こいつ……っ、包帯男! 毛利さんから聞いたことがあるわ、鈴木さんのお姉さんの同窓生が
一時期世間を騒がせた犯人、包帯男。
有名脚本家の首を斧で斬り落として殺害し、全身をバラバラにして森に遺棄した殺人鬼だ。自身の服の中に被害者の首を入れて運んだという常軌を逸した犯行と、殺された脚本家の盗作が動機と分かり、しばし週刊誌などの報道を過熱させていた。
この事件には、蘭と園子、園子の姉、そしてコナンが巻き込まれていた。蘭に至っては犯人の秘密を目撃してしまい、口封じのために狙われもしたのだ。ついでに、この事件で推理クイーン園子が登場した。
彼女もまた、コナンによって創造された名探偵だというのが、エドモンの談である。
話を戻そう。
斧を旗で受け止めたジャンヌは、包帯男の身体を蹴り飛ばす。が、包帯男はよろめいただけでインクに戻らず、再び斧で攻撃してきたのだ。
「他の全身黒タイツより強度も攻撃力もある。強化版か。ロボ、ジャンヌを援護してくれ!」
『先輩! もう一体、他のエネミーたちよりも強い反応が……この反応は、シャドウサーヴァントです!』
マシュの声で全体を見渡した。
包帯男の相手をしているジャンヌを横から襲撃しようと、撲殺やら刺殺の手段で攻撃してきてはロボに噛み殺されている全身黒タイツが雑魚ならば、包帯男はその上位種。所謂中ボスだ。
それよりも格上の存在……明らかに動きの規則性と知性が以前の戦闘よりも上昇しているエネミーを指揮しているボス的存在が、駐車場の奥に存在している。
全身が黒く染まったシャドウサーヴァント。その姿には酷く見覚えがあった。
棺桶は背負っておらず、手にしているのはカメレオンの装飾がついたステッキだけ。この特異点においてシャーロック・ホームズが絶対的な名探偵ならば、彼は絶対的な犯人だ。
数多の殺人鬼たちを指揮していたのは、ジェームズ・モリアーティのシャドウサーヴァントだった。
「『
秒で燃やされた。
「燃え……て、ない!」
『モリアーティさんのシャドウサーヴァントですが、霊基はアーチャーではなくアサシンです! 全身黒タイツと同種のエネミーと思われます』
「つまり、あれがボスだ! シャドウサーヴァントを叩けば、全身黒タイツたちの陣形が崩れる!」
「そうは言ったって、これじゃ燃やしきれないわよ!」
ジャンヌの宝具によって全身黒タイツは燃えたが、シャドウ・モリアーティは燃え尽きなかった。包帯男よりも耐久が上のようである。
シャドウ・モリアーティがステッキで地面を叩けば、全身黒タイツは無限に湧き出し、包帯男は目に見えるバフが盛られた。
全身黒タイツと包帯男はヘシアン・ロボの宝具で一気に首を落とし、ジャンヌ・オルタはシャドウ・モリアーティを相手にする。今度は近距離で燃やす。
立香の脳内にこの戦闘を終わらせるための戦略が立てられ、サーヴァントたちに伝えようとしたその時だった。頭上から声が聞こえてきたのは。
「お困りでしたら手を貸しましょうか? ボク、あいつらの相手が得意みたいなので」
声変わり前の少年か、凛々しい少女か。どちらとも判別のつかない声が聞こえたのだ。
立香が天井を見上げると、薄暗い空間に走る空調ダクトに人が乗っていた。全身黒ずくめで男か女か性別の判断がつかない若くて小柄な人物。首には荒縄のような白いマフラーを巻き、右目には医療用眼帯を着けている。
「誰、アンタ?!」
「君、もしかして……」
「そのもしかしては、もしかしてですよ。初めまして、
「マスター」と呼ばれた一言で理解した。何度も、何人も、何騎も、彼らにこの身を預けて共に戦ってきた。
彼?彼女?こそ、米花市の特異点に召喚されたサーヴァントの内の1騎だ。
黒ずくめサーヴァントは、人間とは思えぬ身軽さで立香の隣に飛び降りた。左目しか見えない頭をコテンと少し横に傾けて、この場のマスターである指示を仰いだのだ。
「マスターさん、マスターさん。やっつければ良いんですよね。この犯人たち」
「マスターどうする? こいつ、信じるか?」
「……うん、お願い!」
「承知しました」
黒ずくめのサーヴァントのマフラーが宙に伸びた。そして、エネミーたちの周囲にはジャンヌの炎とは違う、けれども禍々しくも燦々と燃える炎が滾り始める。
炎が滾らせるのは、憎悪と、怨念と、屈辱と、憤怒と、そして、愛憎……復讐の炎の中から、巨大な黒猫の首が出現した。虚の右目から血を垂れ流す首は、残る左目を爛々と光らせて裂けた赤い口から牙を剥く。
「ボクは「被害者」、彼らは「犯人」……ボクは「復讐者」。復讐しましょう、地獄の淵から蘇って。ボクの首の縄とお揃いの縄を、首に括って処しましょう!『
猫の鳴き声なのか。悶絶の悲鳴か、愉悦の笑い声か。慟哭するような甲高い悲鳴と共に火柱が立ち、幾十にも分裂した白い縄のマフラーが「犯人」たちの首に巻き付いた。当然、シャドウ・モリアーティの首にも、絞首刑の縄の如く巻き付く。
復讐者の炎を燃やしながら犯人たちを縊り殺す。犯した罪に相応する刑を処す。
撲殺犯は頭を殴られ、刺殺犯は胸を刺され、首を切り落とした包帯男は斬首された。縊り殺しただけでは飽き足らず、被害者と名乗った復讐者は自らの手で「犯人」を処刑したのだ。
シャドウ・モリアーティを始めとしたエネミーは、刑に処されて消えた。残ったのはやはり、どす黒いインクだけだった。
「はい、終わりましたよー」
「あなたがこの特異点に召喚されたサーヴァント。さっきの炎、クラスはアヴェンジャーね……で、何故今更になって出てきたのかしら?」
「タイミングが合わなかったと言いますか。ボク自身、よく分からなかったと言いますか」
「……君、本当はその姿じゃないよね」
ジャンヌに剣を突き付けられながらも飄々とした返事をした黒ずくめのサーヴァントだったが、立香に指摘をされれば左目を真ん丸に見開いて驚いた。
「どうして、分かったんですか? ボクが変化しているって」
「ロボの反応が違う。君は
「マスターって凄いんですね! それじゃあ、ボクは元に戻ります」
正体不明の存在を前にして、ロボの警戒が微かに緩んでいる。すなわち人間の臭いがしない、人間ではない。
嬉しそうに首をコクコクと上下に動かした黒ずくめのサーヴァントは、その身を炎の中に沈ませて、「ドロン!」という感じで……消えた。
否、消えたのではなく下にいた。
首には白い縄を巻いて全身真っ黒。と思ったら、胸元には白い毛が混ざっている。薄暗い地下駐車場の中で輝くのは金色の左目、地下の薄暗さで瞳孔が少し大きくなっていた。
「改めまして。アヴェンジャー、黒猫プルートーです」
「……猫?!」
立派な体躯の美しい隻眼の黒猫が、立香の足元で「ニャア」と鳴いた。
オリ鯖、米花のアヴェンニャー
じゃなかった、米花のアヴェンジャー登場です。
次回、今までの謎判明&契約回です。