幼馴染で同級生の毛利蘭と遊園地に遊びに行き、黒ずくめの男の怪しげな取引現場を目撃した。
取引を見るのに夢中になっていたオレは、背後から来るもう1人の仲間に気付かなかった。
オレは毒薬を飲まされ、目が覚めたら……身体が縮んでしまっていた。
工藤新一が生きていると奴らにバレたら、また命を狙われ、周りの人間にも危害が及ぶ。阿笠博士からの助言で正体を隠すことにしたオレは、蘭に名前を訊かれ、咄嗟に「江戸川コナン」と名乗り、父親が探偵をやっている蘭の家に転がり込んだ。
阿笠博士の発明したメカを使い、眠りの小五郎を名探偵にしたオレの前に、『捜査解明機関カルデア探偵局』と名乗る組織が現れた。
ある物を探すために「探偵」として活動している彼らは、果たして敵か、味方か。彼らの探している物とは、一体何なのか?
小さくなっても頭脳は同じ。迷宮なしの名探偵。
真実は、いつも一つ!
微睡みの中で、自分の視線が随分と低いことに気付いた。床が非常に近く、天井が遥かに遠いのだ。
視界は暗く、色彩はない。されども不便はないモノクロの視界にふらふらとした千鳥足が入り込むと、何かを感じ取ったのかその場から立ち去って距離を置いた。
だが、千鳥足は追いかけて来る。
追いかけられて、追いつかれて頭を鷲掴みにされると、右目に鋭く光るペンの切っ先が飛び込んで来た。
比喩表現ではなく、本当にペン――ペンナイフが右目に突き刺さり、そのまま、闇に沈む右の視界が抉り取られたのだ。
「……っ!?」
悪夢から飛び起きると、そこはベッドの上だった。右目はある。抉り取られていない。
『カルデア探偵局』の拠点があるマンションの一室、立香の部屋となっているベッドの上で覚醒すれば、何ら異変のない仮の住まいだ。薄手のブランケットがかかった胸の上には、買った覚えのない黒くて円いクッションが乗っていた。
「おはようございます、マスター」
「わーー!?」
クッションに金色の一つ目が生えて喋った。否、クッションではない。
立香の上で猫……新たに契約を交わした黒猫プルートーが丸くなっていたのである。
「起こしにお邪魔しましたが、寝心地のよさそうなブランケットだったのでこっちにもお邪魔しちゃいました」
「ビックリした! 黒いクッションかと思った! ほら、起きよう」
ああ、そうか。
あの悪夢は、プルートーの記憶だ。
魔力パスを通じて、マスターの夢にサーヴァントたちの生前の記憶が侵入してくる。立香が見たのは、プルートーの右目が抉り取られた記憶……召喚されても虚のまま、人間に変化しても両方揃うことのない隻眼の始まりを見てしまったのだ。
プルートーがマットに下りるとペロペロと毛繕いをする。その仕草は完全に猫だが、猫でも彼はサーヴァントだ。クラスはアヴェンジャーなのである。
ベッドから抜け出てプルートーを抱き上げる。すると、黒い身体が伸びた。「みょーん」という効果音がつきそうなほど、全長のサイズに見合わないほど長く伸びたのだ。
「っ?!」
猫は液体とはよく言ったものである。
朝起きると、ぬるま湯で顔を洗って歯を磨く。簡単に味噌汁を作り、炊飯器から炊き立ての白米を茶碗に盛って冷蔵庫から昨日の残り物のおかずやご飯のお供を出せばそれなりの朝食がテーブルに並んだ。
舌に馴染のある食材も調味料もすぐに手に入り、作るのに億劫な時は総菜を買ってくることもできる。コンビニは24時間営業。外食にも困らない。
かつての立香の日常と何ら変わりない。不便のない、快適で文明的な生活は、今までの特異点とは段違いだ。
『次のニュースです。昨日11時頃、東京都米花市の東都銀行米花支店に3人組の強盗が押し入りました。犯人グループは人質に取った女性客を拳銃で殺害し、1億円を奪い逃走……』
「これさえなきゃなー」
連日流れる凶悪事件の報道がなければ、実に過ごしやすい特異点である。
幸いにも、昨日起きた銀行強盗はその日の内に犯人たちのアジトが発見され、全員逮捕・奪われた1億円も無事に戻ってきたようだ。だが、女性が1人亡くなっている。何故に現代日本でそう簡単に拳銃が入手できるのか。
他にも、ホテルの一室で男性が亡くなっていて自殺と見られるとか。
行方不明となっていた男性が、頭を強く殴られて河川敷で遺体となって発見されたとか。
先日報道された、大阪のレストランでウェイトレスが殺害された事件は、同僚の女性が犯人と分かり逮捕されたとか……また、新聞が分厚くなる。探偵も警察も休まる暇がない。
大量の事件と犯人が生産されても、生産されっぱなしだ。解きっぱなし、逮捕されっぱなし。
この特異点の留置所はパンクしないのだろうか?
『また、ガラスが割られました。東京都米花市にある大渡間町のダイトー商店街で、1週間前から商店の窓ガラスを割られる被害が相次いでおります。夜中に石が投げられ、店舗のガラスだけではなく店舗に隣接した住居にも……』
「窓ガラス……何か関係があるのかしら」
「どうしたの、ジャンヌ?」
「実は、帝丹高校でもここ最近、教室の窓ガラスが割れる被害が出ているの。それも、決まって三階の、教室の外から割られているの」
「三階の? 教室の内側から割られたんじゃなくて?」
「窓ガラスの破片は全て、教室内にあったわ」
最初の事件は、先週の水曜日に起きた。
三階の多目的教室の窓ガラスが突如、何の前触れもなく割れたのだ。幸いにも教室内に人はおらず、怪我などの被害はなかったが……実に不思議な事件だったのだ。
窓は外から割られていたのだが、ガラスに向けて投げ込んだはずの物が見付からない。石なりボールなり、何かがガラスと衝突して割れたはずなのに、ガラスの破片の中に異物は混ざっていなかったのだ。
「それって、ガラスがひとりでに割れたってこと?」
「ガラスを割った
「三回も?!」
「不思議ですね。何もないのに窓ガラスが割れるなんて」
どの騒ぎも、三階の無人の教室で、ガラスを割った物が発見されていないのだ。
最初は何かの悪戯か、それとも見落としかと思っても、流石に三回も続くとなると薄気味悪くなっている。生徒たちの中には、ポルターガイストだと噂して好き勝手騒いでいる者も出てきているが、教師たちは誰かの悪戯として警察への相談も考えているらしい。
「それで、今日の放課後に毛利さんたちや世良さんたちと、事件の捜査をするから帰るのが遅くなるわ」
「ほお、一端の探偵を名乗るか、助手よ」
「まあね。この事件に『カルデア探偵局』の出番はないわ。私たちJK探偵団が解決するから。いってきます!」
「いってらっしゃい」
という訳で、今回の事件の舞台は、帝丹高校です。
***
帝丹高校で奇妙な事件が起きているらしい。
以前も、少しの誤解とすれ違いで心霊現象を装った事件が起きたことがあったが、今回も一種のオカルトな事件に当たるのかもしれない。
「え、数美先輩が?」
「そうなの。犯人を絶対に捕まえてやる~って張り切っちゃって。今日も、1年生に稽古をつけるために部活に顔を出すみたい」
帝丹高校3年、塚本数美。胴廻し回転蹴りを得意とする女子空手部の先代主将だ。
かつての帝丹高校で起きた事件でも憤りを見せていたが、窓ガラスの破損という器物損害の被害が出ている今回は、前回よりも怒りのバロメーターが上昇しているようである。
原因不明の窓ガラス破損が何度も続き、警察への相談一歩手前の状況下で女子高生探偵が動いた。世良が事件の捜査を始めると教師に進言し、それに園子とジャンヌも乗っかったそうだ。そして、蘭も加わり、前回と同じくコナンが彼女に同行したのである。
蘭も早期解決を望んでいるのだろう。夏休みを控えているから。
夏休みに入って人気が極端になくなった学校で事件が起きれば怖い……それも、空手部の練習の日に起きて欲しくはないと、お化け嫌い故に早く解決したいのだ。
「コナン君、いらっしゃい。君もポルターガイストに興味があるのかい?」
「それって、本当にポルターガイストだったの? 前の事件も、結局は幽霊の仕業じゃなかったんだよ」
「だったら、何でひとりでに窓ガラスが割れたのよ? それも外から! 窓を割った物もなかったのよ!」
「それが不思議よね」
どうやら、園子は半ば本気でポルターガイストだと信じているようだ。
そう、不思議なのはそこだ。窓ガラスは外側から割れたはずなのに、割った物が見付からない。それも、被害は全て三階の教室だ。飛び道具でも使わない限り、窓ガラスを割るのは難しい。
今まで被害に遭った教室の真下を調べてみたが、それらしき物も発見できず。生徒が撮った今までの被害の写真を集めたと、世良のスマートフォンの写真を確認しても割れたガラスは全て教室内に散らばっているだけだ。破片の中に異物は存在しない。
「最後に窓ガラスが割られたのって、いつ?」
「一昨日、火曜日だ。毎回決まって放課後に発生している。時間帯はバラバラだけど、必ず無人の教室で
「じゃあ、そろそろ……」
時刻は放課後。授業を終えた生徒たちは、部活動に精を出したり、図書館で勉強をしたり、ホースを手に中庭の生け垣に水をやったりしながら思い思いに過ごしている。
そろそろ四度目の犯行が行われるかもしれない。
コナンがそう言いかけた矢先に、ガラスの割れる音がした。
場所は彼らが今いる場所から少し離れた、渡り廊下を抜けた先の三階教室だ。
「毛利! 今の音、聞いたか!」
「数美先輩!」
「もう許さない。とっちめてやる!」
「え……っ、か、数美先輩、ちょっと!」
空手部の道場がある方向から体操着姿の数美が駆け付けた。彼女もガラスの割れる音を聞きつけて、急ぎ飛んで来たようである。
背後で呼び止めようとしたコナンの声を尻目に、そのまま被害教室への階段へと向かおうとしたが……数美の横から、飛沫と虹が上がった。
生け垣に水をやっていた生徒の手元が狂い、ホースの水が数美にかかってしまいずぶ濡れになってしまったのである。
先に言っておきますが、2騎目のオリ鯖はミステリーにも探偵にも全く関係ないヒトです。