ここで、状況を整理しよう。
・被害者は姥沢克代(31)、カフェの従業員
・詐欺紛いの投資話を持ち掛けては私腹を肥やしていたと思われる
・死因は絞殺。凶器は被害者のスカーフ
・死体は争った形跡があり首には絞殺に抵抗した吉川線。額にも打撲跡が残っている
・コンタクトレンズを着けているが、右目にはレンズが入っていない
・ワンピースの布ベルトが千切れている
※ベルトに切れ目を入れ4階吹き抜けの手すりにベルトを通して死体を吊るしてブルーシートを被せて隠す。死体の重みでベルトが千切れ、自然に下にある噴水へ落下する仕組みになっていた。
「以上が、杯戸町ショッピングモール死体転落事件の状況です。ちなみに吉川線とは、絞殺に抵抗して首の紐などを緩めようと首に爪を立てて付いた傷跡のことをいいます! 大正時代の日本の警察官、吉川さんが発見しました」
「説明どうもありがとう、ミス・キリエライト。さて、この事件の最大の謎は「何故噴水に死体を落とさなければならなかったか」にある」
死体に争った形跡が目立ち、凶器も被害者の持ち物であるスカーフであることから、突発的な犯行なのは明白である。
だが、怨恨や金銭トラブルの諍いで被害者を殺害したのなら、絞殺死体をそのまま放置しておけばいい話だ。わざわざ時限装置まで作って人目の多い場所に死体を放り込む必要はない。
「多くの人に死体を目撃させる必要があったから……でしょうか?」
「ああ、それも一理ある。だが、犯人の目的は死体
「死体以外の物、ですか?」
「そうだ。犯人は、それを噴水に落として
世界最高の探偵にして唯一の顧問探偵、シャーロック・ホームズ
犯罪界のナポレオンと称された完全犯罪を齎す策士、ジェームズ・モリアーティ
世界最高峰の「探偵」と「犯人」には答えが見えているようだ。
本来ならば、彼らがマスターへ直接伝えて早急な事件の解決を願いたいが、何故か探偵が世界から弾かれている。探偵を求めている世界が、世界最高の探偵を締め出すとは一体何故か。
「推理パートは本来ならば君が出しゃばる場面だが、推理どころか声も届かないのならしょうがない。クライマックスで推理ができない探偵などお呼びではないからネ! この私が
「……バリツ!」
さて、犯人が死体以外に噴水へ落としたかった物とは?
***
「え……私が、姥沢さんを? そんな訳ないじゃないですか!」
「君! 何を根拠に」
「警部殿。この探偵めに推理の
エドモンは朝村の手を放し、ポケットを漁って煙草を取り出したが、咥えずにポケットへ戻した。ホール内が禁煙であったことを思い出したようである。
「この事件は突発的な犯行だ、被害者と争い衝動的に殺害してしまったのだろう。酷く抵抗したことは死体を見れば明らかである。では、犯人は無傷であったのか……人差し指のネイルストーンは、被害者と争っている最中に失くしたな」
「……」
「犯行現場で見つけられれば良かったが、見つからなかったのだろう。その時、一つの懸念が浮かんだ……死体に付着してしまったのではないか、と。死体が発見され、被害者の物ではないネイルストーンが採取されれば犯人へ繋がる証拠となる。だが、無暗に死体を検めるのも自身の痕跡を残すことになると考えた。だから、一計を企てたのだ。死体が噴水に落下した後に、
「っ! そうか! 朝村さんは真っ先に駆け寄って噴水から死体を引き上げようとした。死体に付着したネイルストーンが水の中に落ちて噴水で発見されても、
立香が閃いたように叫んだ。
犯人が本当に噴水に落としたかったのは死体ではない。死体に付着している“かもしれない”自身の遺留品だったのだ。
もし、本当に死体に朝村のネイルストーンが付着していた場合。
ベルトの時限装置で死体が噴水に転落すると、ネイルストーンは水に落ちるなりそのまま付着したままでも良い。
朝村が勤めているカフェのすぐ傍だ。人々が集まる中央ホールで騒ぎになればすぐに分かる。死体が落ちて来たというパニックの中で、知人だと叫びながら真っ先に噴水に駆け寄って手を伸ばし、水の中に入る……その時にネイルストーンが剥がれた、とすれば噴水の中で発見されても死体に付着していても辻褄が合うのだ。
死体の傍に朝村葉子を示す物が落ちているという状況に。
「欠勤の連絡を送った被害者のスマートフォンも、噴水に駆け寄った際に水に沈めたのだろう」
「そんなの、そんなの! ただの憶測でしょう、妄想よ! 証拠は? 私を犯人にしたいなら、姥沢さんを殺したという証拠を出して……」
「あれれ~」
「え……」
いつの間にか、エドモンと朝村の近くにコナンがやって来ていた。
子供らしい……というより、無理に子供らしく媚びを売っているような声を出して、下から朝村を見上げていた。
そう、彼にも見えていたのだ。
朝村葉子が姥沢克代を殺害したという証拠が。
「お姉さん、髪にキラキラしたものが付いているよ。円くて透明で、まるで……コンタクトレンズみたいだね」
「っ!!」
「失礼」
コナンの発言に朝村は酷く狼狽えた。
被害者はコンタクトレンズを着用していたが、右目にはレンズが入っていなかった。未だに発見されていない。
朝村のまとめた髪の合間には、光を反射する一枚のコンタクトレンズが付着していたのだ。エドモンがハンカチを添えて髪に触れると、白いハンカチには事件の証拠品が鎮座していた。
「被害者の額には打撲痕がある。貴女と争って壁にでも衝突して負傷したのだろう。その時に、右目からコンタクトレンズが外れて落ちるかした。そして、いざこざの最中に貴女の髪に付着した……それに気付かず、髪をまとめてしまったのだろう。このレンズに被害者の睫毛でも残っていれば、逃げられぬ証拠となるが」
「……っ、あの女が悪いのよ!」
自身の痕跡を恐れて大掛かりな
「動機は、被害者が持ちかけた投資話か」
「え、でも。朝村さんは断ったんでしょ?」
「私じゃないわ。私、去年祖母が亡くなったでしょう。ほとんど自殺みたいなものだったわ。持病の薬を飲まずに悪化させてあっと言う間に……幼い頃に両親を亡くした私を育ててくれた、唯一の家族でした」
最近、やっと哀しみから立ち直り祖母の遺品を整理していたら、死の間際まで書かれた日記帳を発見したのだ。
日記には全てが書かれていた。朝村の友人と名乗る女が訪ねて来て、彼女のためにも資産を増やさないかとすり寄って来た日のことも。
「あの女、お店の名簿から私の個人情報を手に入れてあろうことか祖母を詐欺にかけたのよ! 勿論、投資なんて全くのデタラメ! 祖母の年金も両親の遺産も、搾れるだけお金を搾り取って「失敗しました」の一言だけを残して祖母の前から姿を消したわ! あんな悪人とほぼ毎日顔を合わせて仕事をしていたなんて、祖母の苦悩に気づかなかったなんて……自分に腹が立ってしょうがなかった!!」
責任を感じた朝村の祖母は、それこそ自殺のように持病の薬を飲むのをやめてこの世を去ったのだ。
祖母の死の真相を知った朝村は、朝早く職場のロッカールームに姥沢を呼び出して問い詰めたが……彼女は、まったく悪びれる気配も反省する気配もなく、こう言い放ったのである。
「投資は時の運でしょう。アンタのおばあさんがツイていなかっただけなんだから、私を怨むのはお門違いよ」
その言葉で我を失い、欠伸をしながらさっさと帰ろうとする姥沢に掴みかかった。姥沢は反撃しようとしたがバランスを崩して壁に衝突する。腹を立てて朝村を突き飛ばしたが、それがかえって彼女の頭に血が昇ることとなった。
この時に姥沢の右目からコンタクトレンズが外れ、朝村の髪に付着してしまったのだ。
「衝動的に、スカーフで首を締めました。本当は、祖母のお墓の前で謝って欲しかっただけだったのに……お祖母ちゃんが誉めてくれたネイルが原因で……こんなはずじゃ」
「話は、署で聞きましょう」
目暮に付き添われ、朝村の両腕には鉄輪がかけられる。
“探偵”エドモン・ダンテスによって、犯人が明かされた瞬間であった。
祝!初「あれれ~」