「あーー! すいません、ごめんなさい!!」
「数美先輩!」
「これ、使ってください!」
犯行現場へ乗り込もうとした数美へ水をかけてしまったのは、幼さを残す小柄で色白な少年だった。恐らく1年生だろう。
彼は数美へ駆け寄り、急いで自身が着ていた薄手のカーディガンを彼女の肩にかけた。
「本当に、申し訳ございませんでした!」
「この……っ! い、いや。毛利、任せる!」
「は、はい!」
怒りの表情を見せた数美だったが、それはすぐに驚愕に変わった。肩にかけられたカーディガンで身体の前を隠すと、急ぎ空手部の部室へと戻ったのだった。
数美から後を任されてコナンと世良を先頭に階段を駆け上がって現場に急行すれば、既に割れた音を聞きつけた生徒たちが教室に集まっていた。
被害に遭うのは決まって三階の空き教室。ここは図書室の第二倉庫のような場所として使用されており、書籍が詰まったダンボールが積み上がった空間の中央部の窓ガラスが、外側から割れていたのである。
「誰か教室に入った奴は?」
「だ、誰もいません」
「ガラスを割った凶器は……」
「やっぱり、ないね」
床に散らばるのは割れたガラスのみ。外部的要因もなく、勝手に割れたとしか思えないその現場は不可能犯罪であった。
「誰も教室に入っていないなら、凶器を回収された訳でもないね」
「や、やっぱりポルターガイストよ! ナニかいるのよ、この学校に……!」
「本当にポルターガイストなら、何で三階の教室ばっかり窓ガラスが割れるの? 他の階でもいいじゃない」
「それはきっと、三階に何か執着があるのよ! 三階が好きなのよ!」
『おいおい……』
しばらくすると教師たちも駆け付け、四度目の事件発生に頭を抱えた。彼らは園子のようにポルターガイストの犯行とは思っていないが、原因不明のガラス大破を不気味に感じている者も少なくないようだ。
勿論、コナンもポルターガイストなんて信じていない。何かきっと、トリックがあるはずだ。
犯人の目的も。
「四度目の事件も、割れたのはやっぱり三階の教室の窓ガラス。図書室の倉庫代わりに使っていたから人気はなく、怪我人はいない。窓ガラスを割った凶器ともいえるべき物も発見されていない。まるで、ボクたちが駆けつける前に忽然と消えてしまったかのようだ」
「消えた……もしかして、時間が経てば消えてしまう物を投げ込んだとか? 氷とか、ドライアイスなら溶ければ気体になって証拠も残らないし」
「良い推理だけど、ガラスが割れる音がしてからボクたちが駆けつけるまでのタイムラグはなかった。これだけの被害を出したドライアイスが、この短時間で溶けるのは難しいんじゃないかな」
「あ、そっか」
「なら、凶器の正体はひとまず置いておいて、どうやって窓ガラスを割ったかを考えましょう」
凶器に当たる物が発見されていないと同時に、誰かが三階の窓ガラスに向けて何かを投げていたという目撃証言もない。投げるにしても、バットなどの道具を使って打つにしても、それなりの力と技術が必要になるが。
「犯人が三階ばかり狙ったのは、障害物がなかったからよ」
「障害物?」
「そう。一階は人目が多すぎるし、植えられた木が邪魔になる。二階は学校外の障害物が多くて窓ガラスを割ることができないわ。きっと犯人は、ここから見えるあのビルから矢なり弾丸なりを撃って窓ガラスを割ったのよ! 弾丸は特殊な物かもしれないわ。ガラスを割ったら砕けて散ってしまうような、証拠隠滅を前提にした弾だったのよ」
「違うと思うな~。あのビルから窓ガラスを狙撃できる
「それは……」
ジャンヌの言葉が詰まってしまった。
とても自信ありげに披露された推理であるが、彼女が指差した方角にあるビルと帝丹高校はあまりにも距離がありすぎる。
仮にあの距離から窓ガラスを割ることができる者がいるならば、それは神話の英雄のような弓の名手か、一流の狙撃手だろう。1,000ヤード以上もありそうなあの距離を狙撃できる者……知ってはいるが、それほどの実力者がホイホイと存在しているものだろうか。
外部の人間が飛び道具によって窓を割るよりは、蘭の推理のように消失してしまう凶器を使った内部犯の方が可能性はある。
しかし、動機も何も分からない。推理のピースがまだ足りなかった。
「すいませーん!」
「あ、アンタさっきの!」
「先ほどの先輩、大丈夫でしたか?」
ガラスを片付けて応急処置をするからと、用務員さんに現場を追い出された一行の元に駆け寄って来たのは、先ほど数美に水をかけてしまった少年だった。
「数美先輩、そんなに怒っていませんでしたよ。カーディガンは洗って返すって」
「そこまでしていただかなくても、僕の不注意でしたし」
「もう、気を付けなさいよ」
「はい。ご迷惑をおかけしました。先輩方」
教室でもう一度事件を整理しようと、その場から歩き出すJKたちだったが、コナンだけは少年の元に残った。少し、引っ掛かることがあったからだ。彼が起こした、数美先輩ずぶ濡れ事件が。
「ねえ、お兄さん」
「どうしましたか?」
「ちょっと耳貸して」
「はい」
「あのね、お兄さん……わざとだよね、数美先輩に水をかけたのって」
「え」
「だって数美先輩、下着を着けていなかったもん。着替えの最中に窓ガラスが割れた音が聞こえて、急いで駆け付けたんだろうね。きっと着け忘れちゃったんだ」
他の者より目線が低いコナンは気付いていた。数美のTシャツの背中に、下着の線がなかったことに。
今日は受験勉強を切り上げて部活に顔を出すと言っていた。制服から胴着に着替えるなら、下着もスポーツ用の物に着替える。その着替えの最中に事件が発生し、急ぎ着替えてTシャツを頭から被っただけで走り出してしまったのである。
「それを指摘すれば、数美先輩恥ずかしいもんね。だからホースで水をかけて、自分のカーディガンを渡したんでしょ。そうすれば、自分で気付くし、自然に上着を渡せるから」
「……そうか、君がそうなんだね。2年生の先輩の親戚の子に、とても頭の良い小学生がいるって聞いていたんだ。そうだよ。生垣に水をあげていたら、道場から走って来る彼女を発見してね。その背中を見て気付いたんだ」
「自分が悪者になってでも数美先輩を庇うなんて、お兄さんとても優しいね」
「どうもありがとう」
「ふーん……コナン君は、1人だけ数美先輩のうっかりを知っていたのね」
「っ!」
てっきり、みんなと一緒に先に行ってしまったかと思っていた。が、ジャンヌは少年の傍に残ったコナンを不審に思い、戻って来ていたのだ。
そして、今の会話をしっかり聞かれていた。
「う、うん。止めようと思ったんだけど、数美先輩走って行っちゃったから……」
「私に言ってくれれば協力しましたのに。
「ははは……」
先日、エドモンと協力体制を結ぶことになった。探偵の助手であり、『カルデア探偵局』の一員であるジャンヌも当然、コナンがただの小学生ではないことを知らされているはずだ。
彼らが捜しているという『あるモノ』の正体も語られず、完全に警戒は解けていないが、「探偵」として活動している間は信頼してもいい相手だ。コナンの正体を明かして良いかは別問題であるが。
「貴方も、咄嗟の判断でよくあそこまでできたわね」
「いいえ、無我夢中でした。ああ、申し遅れました。僕は1年A組の
やはり1年生だったか。サッカー部を辞めてから後輩に縁がなかったためか、彼らが入学して早々に休学する羽目になってしまったからか、コナンこと新一は今年の1年生の殆どを把握していない。
近くで見るとジャンヌよりも背が低く、黒髪を切り揃えた語尾も丁寧な品の良い少年だ。数美に渡したカーディガンも質の良い物だったため、どこか良い所の御曹司なのかもしれない。
「みなさんは、窓ガラスが割れた事件を調べているんですか?」
「ええ、そうよ。残念ながら、四度目の犯行が起きてしまったけどね」
「あの、実は……」
「どうしたの?」
「今までの事件で必ず、顔を目にする同級生がいるんです。何か関係があるかは分からないんですけど」
「っ、詳しく聞かせて」
清水慶――彼の登場で、物語の歯車が動き始める。
「ステラァ!!(神話の英雄のような弓の名手)」
これで50話目……え、もう、こんなに書いてたの??
どうもありがとうございます。