今までの三度の犯行の中で、彼――清水慶は、騒動を覗きに三階の教室へ赴くと、必ず見知った顔の同級生3人を目にしたという。
今回、四度目の犯行の際は現場に来ていなかったので見知った顔がいたかどうかは不明であるが……後々の調査により、彼らは本日も三階にいて現場に顔を出していたのだ。
四度も事件に遭遇した1年生。彼らは十分に容疑者に成り得た。
まず1人目は、
美術部に所属する彼は、巨大な作品を完成させるためにここ1週間ほど三階の空き教室を使用していた。
「うわー凄い!」
「大きな水墨画ね。これ、全部1人で描いているの?」
「はい。今度のコンクールに出展するんです。美術室だけじゃスペースが足りないから、ここを使わせてもらっています」
JKたちよりも頭一つ以上背が高く大柄というよりは縦に長い印象が強い美作は、教室の半分以上もの大きさの水墨画を製作中であった。巨大な和紙の上には、力強くも繊細な動植物が現代風の建物を茶化して遊んでいる。
現代風鳥獣戯画と言うべき作品だった。
「よく一部屋貸してもらえたね」
「同じ美術部の物部先輩が一緒に先生にお願いしてくれたんです。お陰で、スペースに気兼ねなく創作に集中できています」
「ねえ、これなーに?」
「それは蝋だよ。ロウソクを溶かした物だ」
「墨の絵に蝋を使うの?」
「蝋で描いた箇所は墨を弾くので、紙に滲ませたくないはっきりとした輪郭を描くのに使っています。青森ねぶたを描くのに使っているのを聞いて、真似ているんです」
教室の机の上には、墨や筆だけではなく蝋の欠片が散乱していた。これを温めて液体にして使用しているらしい。
「ところで、君は今日を含めた窓ガラスが割れた事件の全てで、現場に居合わせているよね」
「はあ。最近は放課後になると、いつもこの教室に籠っていますから。窓ガラスが割れるのって、いつも三階の教室ですよね。何か騒ぎが起きているとやっぱり聞こえて来るので、気になって見に行っていました」
「その時、誰か不審な人物や、いつも見る顔はいなかった?」
「不審な人物って……いいえ、特に。みんな、野次馬っぽかったり、怒って駆け付けたりする人もちらほらいましたけど」
2人目は、
彼女は図書委員であり、今日も委員会活動のため三階の図書室にいた。
「はい。窓ガラスが割れる音が聞こえて来たので、気になっていつも見に行ってしまっていました」
「毎回見に行っているみたいだね。事件が起きるのは、決まって君の当番の日かな?」
「いいえ。委員会の仕事が、その……私、不器用で進んでいなくて」
眼鏡をかけて髪を三つ編みに結った隅本は、いかにも文学少女と言わんばかりの大人しそうな生徒だった。
図書室に隣接する『図書準備室』で作業をしていた彼女の手元には、所蔵書籍とバーコードシールがある。
図書室の貸し出し管理を貸し出しカードからバーコードとパソコンを使った管理に変えようと、図書委員会は所蔵書籍にバーコードを貼る作業を連日行っている。だが、不器用な隅本は自分のノルマが思うように進まず、委員会当番以外の日もこうして作業をしていたという。
「毎回現場を見に行って、何か気付いたことはなかった?」
「気付いたこと、ですか……そう言えば」
「何かあったの?」
「ええと。確か、空手部の先輩がいつも駆け付けていましたね。今日は見かけませんでしたけど」
「空手部の先輩って……」
「あの人に、以前助けてもらったんです。先月、図書室の窓から大きな虫が室内に入って来ちゃって。私、虫が苦手で悲鳴を上げちゃって。その悲鳴を聞き付けた先輩が図書室に駆け込んで、虫を窓から追い払ってくれたんです。空手部の塚本先輩です」
「やっぱり、数美先輩」
「はい。最近は、受験勉強のためによく図書館にいらっしゃいます」
「それって、先月のいつのこと?」
「先月の終わりです。創立記念日の前日でした」
3人目は、
写真部の彼は三階にある部室にいた。いつも部室の隣にある暗室でフィルム写真の現像をしているらしい。
「デジタルの時代にフィルムって珍しいね」
「ちょっとしたこだわりかな。デジカメも普通に使うよ。でも、大切な写真はフィルムで撮りたいんだ」
「君は、窓ガラスが割れた全ての事件で現場に居合わせていたらしいね」
「はい。今日もまた割れたのかと思って見に行きました」
「カメラを持って行ったとかじゃないでしょうね? 衝撃スクープとか撮ろうとして」
「そ、そんなことないですよ。うちは新聞部じゃなくて、写真部なんですから……」
気弱そうな表情のせいか陰気そうな印象が強い真野は、園子に詰め寄られても強く返せずにしどろもどろになってしまっている。性格も見た目と合致しているようである。
写真部と新聞部は根本的に違う。真野たち写真部は校内紙を彩るスクープではなく、コンクールや写真展などへ出品する作品としての写真を撮る活動をしているとのこと。
「この写真、全部写真部の作品なの?」
「はい。そこに飾られているのは、運動部の先輩たちの活躍を撮った物です」
「あれ、3年生ばかり」
「数美先輩の写真もあるわね」
「これ、春の引退試合の時の」
「卒業アルバム候補の写真です。僕たち写真部は、卒業アルバムの制作も活動の一環ですから」
「みんなに訊いていることなんだけど、窓ガラスが割れた現場で不審人物を見なかったかい? 挙動不審そうな奴とか」
「いいえ。そこまで、周囲の人たちを見ていませんので」
「ねぇ、この額縁って手作り?」
「え、うん。僕が作ったんだ。趣味でガラス工芸をしているから」
「ふーん」
コナンが指差した3年生たちの写真何枚かは、ガラス製の額縁に入って壁にかけられていた。素人が作った物にしては随分と立派な物だ。数美の写真もだ。試合中のためか、いつも以上に凛々しく、殺気立った視線をしていた。
これで、清水から聞いた3人の1年生全員に聞き込みは終わった。各々、不審な点はない。現場に居合わせたのも、三階の教室に常駐していたためというのは説明が付く。
もし、彼らの中に犯人がいるのだとしたら、一体どうやって窓ガラスを割ったのか?
そして動機は何なのか?
「……あら。三階に階段? この学校は三階建てよね」
「屋上への階段よ」
写真部の部室の隣の階段に、下りだけではなく上り階段があるのをジャンヌが発見した。
帝丹高校は三階建ての建物であるため、この階段は四階へ上がるためのものではない。屋上へ向かうための階段だ。
他の上り階段より短いそれを上ると、鍵のかかった扉が彼女たちを出迎えた。残念ながら『立ち入り禁止』の張り紙が貼られており、鍵がかかっている。
「アニメとか漫画では、屋上でお昼を食べたり授業をサボったりしていたけど、気軽に入ってはいけないのね」
「そうそう。ボクも転校してきて驚いたよ。生徒には屋上を解放していないんだって」
「でも確か、一部の生徒は立ち入っても良いって聞いたことがあるわ」
「生徒会とか一部の部活は合鍵を持っているそうよ。ほら、蘭が空手の都大会で優勝した時の垂れ幕も、生徒会が屋上から垂らしていたみたいだし」
屋上の話もそこそこに、あーだこーだ色々推理を並べていたらあっと言う間に時間は経ってしまう。気付いたら夜の7時、生徒は下校の時間になってしまった。
「いっけない。夕飯の買い物しなきゃならないんだった! コナン君、急いで帰ろう」
「うん!」
「しょうがない。今日はこれで終わりにしようか」
怪しい生徒は発見したが、結局は事件解決の糸口を見付けられないまま本日はこれでお開きになってしまったのだった。
「ジャンヌ、お帰り。学校の事件、どうだった?」
「まだ何も解決できていないわ。今日は四回目の事件が起きてしまいましたし」
「そっか。お疲れ様」
いつもより遅い時間に帰宅すると、立香はキッチンで皿を洗っていた。
犯人の手がかりを掴むどころか、姿の見えぬ凶器の正体を暴くこともできず、更なる犯行を許してしまった。このまま被害が続けば、学校も警察へ届けざるを得なくなるだろう。やはり警察の捜査に任せた方が良いのだろうか。
ジャンヌが表情芳しくなくソファーに座り込むと、棚の上で丸くなっていたプルートーがひらりと身軽に飛び降り、彼女の前にやって来た。
「魔女さん、魔女さん。ボクを学校へ連れて行ってください。ボクは犯人の罪が分かります。トリックや動機は分かりませんが、「犯人」だけでも分かれば推理も進むのではないでしょうか?」
「……結構よ。猫の手を借りなくても、これぐらい解決してみせるわ」
「そんな……ボク、この探偵局に来てから全然お役に立ててないじゃないですか。キャットタワーも買っていただいたのに! これじゃただ可愛がられるだけの猫ですよ!」
「あれはマスターの衝動買いよ」
プルートーが部屋の隅にある真新しいキャットタワーへ身軽に飛び乗った。流石敏捷A……と言うか、猫である。
衝動買いしてしまったナチュラルカラーのキャットタワーを目にすると、「良いんですか、こんな立派な物を……!」と最初は遠慮をしていたが、十分に楽しんでいるようである。
「今日の犯行も、窓ガラスを割った物は発見できなかったんだよね」
「ええ、そうよ」
「なら……割れたガラスに何か仕掛けとかはなかった? ほら、何か仕掛けをしておいて時間差でガラスが割れるトリックとかあるじゃん」
「割れたガラス……っ、私、もう一回学校に行って来る!」
「あ、うん。頑張れ!」
制服も着替えずに飛び出したジャンヌは、再び帝丹高校へと向かったのだった。
ハンモック&爪とぎ用ロープ付きキャットタワー、9,680円(送料無料)
最初はロボに遠慮して遊ばなかったが、設置後1時間で陥落して楽しく遊んだ。