米花町にある帝丹高校から少し離れた江古田高校。ここでも、夏休みへの希望に満ちた学生たちが浮足立っていた。
だが、彼らが勉強机を囲んで騒ぎ立てているのは夏休みへの期待からではない。本日の朝刊で叩き付けられた挑戦状が叩き付けられた先……クラス全部が怪盗キッドの話題で持ち切りだった。
「『21世紀最大の奇跡、最も新しきビッグジュエル『
「……なーにーが、怪盗キッドよ! あんなの、警察に迷惑かけて面白がっているただのドロボーじゃない!」
黒羽快斗が読んでいた朝刊は、突如現れた少女――中森青子によって真っ二つに破かれる。
世間でアイドル視されている怪盗も、彼女にとってはただの泥棒に変わりない。何度も出し抜かれて煮え湯を飲まされている警部の娘である彼女にとって、キッドは父の苦労と憤怒の対象である犯罪者なのだ。
快斗は、青子に真っ二つにされた新聞を重ねて小さく畳むと、それを両手で隠してカウントダウンを始める。魔法がかかるカウトダウンはいつもスリーカウントだ。
THREE,TWO,ONE……
「そーんなにカッカすんなよ。この『ベルツリープラネタリウム』、お前が行きたがっていたとこだろ」
スリーカウントが終了すると、真っ二つにされたはずの朝刊は皺一つない綺麗な姿になって快斗の手に出現したのだ。それだけではなく、キッドが招かれた『ベルツリープラネタリウム』のパンフレットも一緒に登場し、青子に差し出された。
「うん。ここのカフェで食べられるスイーツとかご飯とか、すっごいお洒落なの! 星をモチーフにしていてね、オリジナルのアクセサリーもあるんだって。青子の乙女座をモチーフにしたブレスレットが可愛いんだ~」
「これから夏休みだし、オープンしたら連れてってやるよ。バイクで2人乗りできるしな」
「本当?!」
「ガソリン代の替わりに、そのカフェのスイーツを奢れよな」
「あら、中森さんは乙女座なのね。星が描く正義の女神アストライアと同じく、正義感に溢れた貴女らしい星座ね」
多くの男子生徒に追われて会話に入り込んできたのは、学校一の美女である小泉紅子。
夏休みには一緒に海に行きませんか、水族館に行きませんか。父親が避暑地に別荘を持っていまして、クルージングをしに行きませんか。と、数多くの誘いを袖にして、彼女はキッドの話題に入って来たのである。
「黒羽君、ちょっと良いかしら?」
快斗と青子の間に入り、快斗を連れ出した先は鍵のかかった屋上だった。
何やら色っぽい話だろうか。とも思うが、快斗が学校で唯一紅子になびかない男であることは全校生徒周知の事実である。ましてや、俺たちの紅子様が黒羽快斗如きに告白などするはずがない!と、みんなそう思っている。
みんな正解だ。愛の告白などではない……忠告だ。
「今回の件から手を引きなさい」
「何でだよ?」
「……星見の
小泉紅子……彼女は、赤魔術と呼ばれる魔術の正統なる後継者であり、予言を下す邪神を始めとした人ならざるものたちと盟約を交わした魔女である。
現代科学の発達したこの時代ではにわかに信じられないが、彼女は本物だ。世界と人々の目から秘匿された魔術を現代にまで受け継いだ魔力を持つ存在なのである。
今までその魔力によって危機を察知しては、占いめいた忠告を快斗にしてきたこともあった。結果的には助けられたこともあったが……今回は、少々事情が違うようである。
「魔術師って、お前みたいなのが関わっているってのか?」
「そこまでは分からなかった。分かったのは、怪盗キッドに迫る命の危険よ。逮捕や敗北じゃない、殺されるのよ!」
「上等じゃねーか。怪盗キッドが魔術師に殺される? 魔術で人が殺されるなら、
快斗がどこからか白いシルクハットを取り出した。その中に入っている白い布を取り払って逆さまにして、シルクハットの中に何も入っていないのを証明してからくるくると横に回す。
動きを止めたシルクハットが一瞬ボコっと膨張すると、シルクハットの中からは星型のラメ吹雪が噴出したのだ。
「マジックは人を驚かせて、興奮させて、笑顔にする。魔術師だか魔法使いだか知らねーが、このオレがそう簡単に殺される訳ないだろう……この、怪盗キッドがよ」
キラキラと舞い落ちる星の吹雪に見とれた紅子の手の中に、一輪の紅いバラがふわふわと落ちて来た。
こうして、観客の視線を一時的に快斗から逸らさせ、その隙にまた別のマジックの仕込みをする。マジシャンの基本だ。
江古田高校の屋上フェンスの上に立つのは、昼間でも目立ってしまう白いタキシード一式を着込んだ怪盗紳士……黒羽快斗こと、怪盗キッド。
「売られた喧嘩は買うぜ」
詳しくは、二代目怪盗キッド。
父の跡を継ぎ、父の死の真相を探す彼もまた、「明かす者」と言えるかもしれない。
その日の内に、鈴木相談役の元にはキッドからの予告状が届いた。オープニングセレモニーの日、来週の金曜日に『
『ご覧ください! 人々の熱狂を! 警視庁と鈴木財閥によって集められた精鋭たちによる厳重な警備を! 本日、この『ベルツリープラネタリウム』のオープニングセレモニーにてお披露目される、世界最大のグランディディエライト『
あっと言う間に予告当日。
テレビ局の中継車に各マスコミ、やっぱりどこかで見たことのある日売テレビのアナウンサー。『キッド様LOVE♡』『私を盗んで♡』などの団扇や横断幕を掲げたり、キッドのコスプレをしたりする『ベルツリープラネタリウム』の周囲に集まった野次馬ファンたちなどで大賑わいを見せていた。
「どういうことだ!? プラネタリウムの上空をヘリで警備する手筈だろ! 何で一機もいないんだ!!」
「そ、それが。上空をヘリで警備すると、ヘリの音がコンサートの妨げになると鈴木夫人に却下されまして……」
「クッソ! これじゃあ、キッドのハンググライダーの逃走を許してしまうじゃないか。いいか! 招待客は全員、キッドの変装じゃないかの確認を取れ! 男も女も顔を引っ張れ! ギュじゃないぞ、ギューっだ!」
「相変わらず張り切っているな、中森警部」
警備を指揮するのは怪盗キッドを追って18年、毎度お馴染み警視庁捜査二課の中森警部である。彼に率いられた警察官や鈴木財閥の警備員たちが、本日のオープニングセレモニーに招待されたゲストたちの顔を引っ張ってキッドの変装ではないことを徹底的に確認していた。
勿論、小五郎を始めとした一行もやられた。流石に、小学生には変装できまいとコナンはスルーされた。
「いらっしゃ~い。世良ちゃんとオルタちゃんたちはもう来ているわよ」
「こんばんは、毛利探偵。コナン君」
「こんばんは、立香さん」
オープニングセレモニーには、サリエリがコンサートの代打を引き受けてくれた縁で『カルデア探偵局』も招かれていた。
立香と挨拶を交わすと、コナンは彼の肩に1匹の黒猫が乗っているのに気付いた。白い首輪をした綺麗な毛並みの隻眼の猫だ。
黒猫は左目でコナンたちを目にすると、立香の肩から飛び降りてこちらへとやって来る。すると、まるで挨拶をするかのように小さく鳴いたのだ。
「ミャア」
「猫?」
「もしかして、この子がプルートー? 車のトランクに入っていて、連れて来ちゃったって言う」
「うん。そのまま飼うことになりました」
「挨拶できるんだ。お利口さんだね~」
「ミャン」
「片目の黒猫って、もしかしてエドガー・アラン・ポー?」
「そうだよ。よく知っているね」
エドガー・アラン・ポーの小説『黒猫』に登場する、片目の黒猫と同じ名前。確かに同じ特徴を持っている。まるで物語の中から抜け出してきたかのような猫だ。
新たに『カルデア探偵局』の仲間となったプルートーだけではなく、ヘシアンに連れられたロボもいた。そして、ゴーグルを着けた愛犬・ルパンを伴い、今回の騒動の主催者である鈴木次郎吉相談役もコナンたちの前に現れたのだ。
「よう来たな。今夜の彼奴の餌、『
対外的な黒猫の設定:
『ミスター信長コンテスト』の日に、事務所に帰ったら車のトランクの中にいたのを発見した野良。そのまま飼うことにしました。
首の縄は縮めて首輪にして、コナンたちの前では猫被り中。猫だけに。
ちなみに、『カルデア探偵局』も中森警部に顔をギューされたがヘシアンは怪しまれた。
なので、酷い状態の顔の写真が載った免許証(捏造)を見せたら免除してくれた。蒼褪めるほど酷い写真だったらしい。