サリエリの残滓をせっせとかき集めて迎えた、オープニングセレモニーのコンサート当日。
どうせルパンもいるのだからと、ロボとプルートーを会場に入れても良いと園子の母こと鈴木朋子夫人からの了承を得たのでみんなでやって来た。
園子に招かれた世良や『毛利探偵事務所』一行とも合流したところで現れたのは、今回の騒動の首謀者(?)である鈴木財閥相談役、鈴木次郎吉。古希を過ぎたとは思えぬ
「待っておったぞ小わっぱ! 今回の策は、汝がいなければ成立せんからな」
「ところで、今回の宝石はどこに? どこにも何もないですが」
小五郎の言う通り、次郎吉に連れられてきたのは建物内の中心部に当たる円柱型のホールだった。このエリアの屋根が開き、実物の夜空を見ることができるらしい。
二階以上は螺旋階段に囲まれ、一階の壁には薄型のモニターが何枚も設置されているが、画面は暗いままだ。宝石の展示などされていない。
その言葉を聞いた次郎吉がスマートフォンを操作すると、薄型モニターにパっと光が灯る。映し出されたのは、エメラルドカットが施された目にも鮮やかなブルーグリーン……海の青にも、空の青とも違うその色は、一目見ただけではどんな現象にも形容できない色だ。
怪盗キッドをおびき寄せるためのビッグジュエル、その姿だった。
「これが、世界最大のグランディディエライト『
「綺麗な色だな!」
「これが、ビッグジュエル」
「グランディディエライトって、初めて聞きました。珍しい宝石なんですか?」
「世界で三番目に希少な宝石と言われておる。グランディディエライトは20世紀になってから、20億年昔の地層から発見された新しい鉱石。しかも、宝石品質の物が発見されたのはそれから時間を経た21世紀になってから。数も極端に少なく、1ct以上のルースも十に満たぬほどじゃ」
「なるほど。だから21世紀最大の奇跡、最も新しきビッグジュエルって訳ね」
「この石も、大きさだけなら22ctと最大の大きさではあるが、本来ならば透明度が宝石品質には至らぬ石であった。しかし、こうしてカットすると、中の気泡や不純物が奇跡的な効果を生み出した……見てみろ、涼風を」
確かに、宝石は美しい色をしているが中心部が濁っており、人々を魅了する結晶という物ではない。大きさも、世間で知られているビッグジュエルと比べれば酷く小さい。
次郎吉がスマートフォンを操作すると、別のモニターに『
天文望遠鏡を覗き込んだ先に見えた、地球から遠く離れた外宇宙の星々。涼やかな光が反射し合い、風になびく星雲が渦巻く銀河の光景。それが、掌の上にも余る小さな宝石の中に広がっていたのだ。
「凄~い!」
「何だこりゃ、宝石の中が雲みてぇに」
「そうか。だから、『
「左様。涼やかな色の空に広がる、古の時代より来たりし星空じゃ。グランディディエライトの宝石言葉は「新たなる冒険」。未来に向かって新たなる冒険を続ける人類に、このような素晴らしい贈り物がもたらされた。幸先は順調、希望に満ちた旅路になるだろうという意味を込めて『
「しかし、映像だけか。実物は一体どこに?」
お披露目されたのは映像だけ、実物は一体どこなのか?
エドモンが不意に上を見上げると、視線が止まった。他の者たちも彼に吊られて上を見上げると……高い吹き抜けの天井には、透明な無数の風船がひしめき合っていたのだ。
「なんだこりゃ?!」
「あれ、全部風船?」
「まさか、あの中にあるというのか」
「その通り! 『
「しかし、ただ風船の中に入れているだけでは、盗ってくれといっているようなものじゃ……」
「その心配はない。後藤!」
螺旋階段の風船群と同じ目線の位置に、次郎吉のボディガードである後藤がいた。彼は次郎吉の声に従うと、一枚のカード――キッドのトランプ銃に見立てたカードを風船に向けて投げれば、壁に設置されたエアコンの送風口から強風が吹き出て来たのである。
ちょっと強い風どころではない。瞬間風速50m/sという台風レベルの強風が発生し、それは一階にまで及んだのだ。
「きゃぁ?!」
「特注の強風装置じゃ! 風船を囲っているセンサーに少しでも接触すれば、台風レベルの強風が彼奴のトランプを阻み、襲い掛かる。当然、風船を掴むことも不可能!」
「『新時代の風の制裁』とは、このことか」
「その通り! 屋根の開閉はロックされており、外に逃げることもできん。強風の停止スイッチはこれだけじゃ。これを……」
「え?」
「こうじゃ!」
次郎吉はスマートフォンサイズの停止スイッチを何やらベルトのような物に固定すると、コナンを引っ張って来て彼の身体に装着したのである。強風の停止スイッチはコナンの腹部にあるのだ。
何故、今回の策はコナンがいなければ成立しないのか……それは、彼が警備の要の守り人になることを想定した作戦だったからだ。
「コ、コナン君が!?」
「彼奴はこの小わっぱを苦手としておる。何度も煮え湯を飲まされておる天敵じゃ。この警備を掻い潜り、風船の前に現れたとしても強風を止めねば彼奴の身にも危険が及ぶ。そこで、停止スイッチの最後の砦とし、キッドキラーを攻略せねば風は吹き続ける。どうじゃ、今度こそ儂の勝ちじゃ!!」
次郎吉が勝ち誇ったように高らかに笑い声を上げた。この作戦には相当な自信があるようである。
が、事前に聞かされることなく大役を任されてしまったコナンの様子は、どこか戸惑っているように見えた。そりゃそうだ。
「アンリマユ」
「どした、マスター?」
「今回だけ、コナン君に付いていてくれないか?」
「オレの仕事は、マスターの護衛だぜ」
「頼むよ。いくら頭の良い子でキッドキラーって呼ばれていても、彼はまだ子供だ。危険があったら、コナン君を守って欲しいんだ」
「……しゃーねーなー。マスターにそこまで言われちゃな~。じゃ、あいつの影ン中にいるわ」
立香はこっそりアンリマユに話かけ、自分の影からコナンの影へと移動してもらう。やはり、何度も対決しているとはいえ……類まれなる頭脳を持つとはいえ、窃盗犯相手の最後の砦が小学生に任されているのが心配なのである。お人好しEXだ。
さて、宝石もそれを警備する作戦とシステムもお披露目され、そろそろオープニングセレモニーが始まる時間だ。
主催の朋子や他のゲストたち、ゲストをもてなすスイーツや軽食が立食形式でカフェ・スペースに並べられ始めた。
「ミスター・サリエリ。本日は、美しい調べを期待していますわ」
「マダムのご依頼です。本物のサリエリの如く、音楽に打ち込ませていただこう」
泣き黒子が色っぽい美魔女が、園子の母である鈴木財閥当主夫人、鈴木朋子である。星が好きだという彼女の主導によって『ベルツリープラネタリウム』が建設され、本日の舞台として次郎吉が使用したらしく、イベント内容の決定権は彼女の方が上らしい。
彼女の好意で『カルデア探偵局』も本日のオープニングセレモニーに招かれ、鈴木財閥関連のゲストたちがひしめく会場へと案内されると……立香の肩にいるプルートーが凄い顔をした。
左目を瞑り、眉間に皺を寄せ、不快そうに口を半開きにしていたのだ。
「初めて見たこの顔!」
「これって……まさか、噂に聞くフレーメン反応?」
「こ、ここ、嫌な臭いがします。オレンジ、レモン、ライム……グレープフルーツも」
オレンジタルトにレモンパイ、ライムのフロマージュ。ドリンクはフレッシュオレンジ果汁のジュースにレモネードと、甘酸っぱく爽やかな芳香を漂わせる柑橘類のスイーツフルコースが並んでいた。
人間にとっては芳しいが、猫にとっては苦痛でしょうがない。猫にとって、柑橘類に含まれる香り成分は毒なのだ。
プルートーだけではなくロボも不快そうに顔を歪めた。次郎吉の隣にいるルパンも忙しなさそうにウロウロしている。
「あら……旬のフルーツをふんだんに使ったスイーツビュッフェのはずよ。何で柑橘類ばかりなの?」
「え? 奥様から、柑橘類を中心にしたメニューに変えてくれと指示がありましたが」
「そんな指示、私出していないわよ」
「しかし、3日前に奥様の声で連絡が……」
「まあ、いいわ。熟したオレンジの香りは、涼やかな夏を彩るに相応しい。皆様、大変長らくお待たせいたしました!」
「うう……マスター、ちょっと失礼します」
「大丈夫?」
臭いに耐えられなくなったのか、プルートーは立香の肩から飛び降りて逃げ出してしまった。ロボも彼に続いていなくなってしまう。
動物たちの苦悩も知らず、人間たちの宴が始まる……夏の空に、まだ月は映える時刻ではなかった。
希望を運ぶ風はすぐそこに……。
タロットカードの「星」は「希望」を意味するカードです。
それを知ってから、自分が書く作品において「星」は未来や希望の象徴となりました。
星属性もそういうことですもんね。