カルデア側独自の事件となります。
学生たちが夏休みに突入し、街は人々の活気と夏の暑さに沸き立っていた。
コンクリートに反射する太陽はまだまだ序盤。これから8月に突入すれば、更なる猛暑に苛まれるだろう。蒸し暑く息苦しく、だけどどこか浮足立つ。コンビニに入って冷えた飲み物やアイスを買い、クーラーの効いた部屋で涼むという夏は、立香の肌に馴染んだ夏だった。
それを、久しぶりに思い出した。
「暑っいわね、日本の夏! 気温はそうでもないはずなのに、サウナみたいに暑苦しいわ」
「懐かしいけど、特に思い出したくない日本の夏だ! 最近の夏は色々な場所で過ごして来たから忘れかけていた」
無人島を開拓したりレースに参加して監獄行きになったり、リゾート地でバカンスをしながら締め切りに追われたり、ラスベガスでカジノしたり。更にはホラーキャンプをしたりと、例年の夏と比べたら非常に馴染み深い季節がやって来た。でも、やはりこの蒸し暑さは忘れたい気もする。
「マスター、残りの買い出しはキッチンからの調味料だけだ」
「その前に、どこかで涼んで行きましょう。バテやしないけれど、モチベーションが下がっちゃう。行くわよ、立香」
「どこか涼しいところでお茶でもしていこうか」
8月に突入した夏のある日、立香はジャンヌとサリエリを連れ立ってカルデアから依頼された物資の買い出しに繰り出していた。先日、単独で行動してしまったばかりに、怪盗キッドに眠らされて入れ替わられるという失態を犯してしまったため、立香が動く際には必ず2騎以上のサーヴァントの護衛が付くことになったのだ。
キッドは取り逃がしたが、盗まれた宝石は返って来た。ロボが取り戻したとも言う。
が、これで大団円になる訳でもなく、帰宅後に立香は四方八方から怒られた。ゴルドルフ新所長から開口一番に大目玉を食らっただけではなく、シオンやカルデアスタッフたちからも心配され、ギルガメッシュを始めとしたサーヴァントにも叱られた。
ついでに、一部のサーヴァントたちが「怪盗キッド抹殺すべし」と、単独レイシフトに乗り出そうとしていたのでその鎮圧にも労力がかかった。これもまた別の意味で怒られた。
カルデアへの通信妨害やら突如大きくなった魔術の気配云々の謎は残ったが、まずは多方面に多大なるご迷惑をおかけした陳謝として、皆様が希望する物資をせっせと買い歩いていたのである。
そんな訳で、買い出し途中に休憩のためカフェに入った。サリエリの話では、このカフェではワッフルが美味しいらしい。混雑する時間は外れていたが、人気店というだけあってなかなかの込み具合だった。
相席ならば案内できるという店員の言葉を快諾して席へと案内される。相席に失礼する2人掛けのテーブル席を二つくっ付けた4人席に座るその人物は、ジャンヌを目にすると「あ!」と声を上げた。
「先輩、こんにちは。奇遇ですね」
「アンタ、1年の清水」
「知り合い?」
「前に話したでしょう。帝丹高校の1年生よ」
相席する人物というのが、以前帝丹高校で起きた事件の際に目撃情報を提供した1年生の清水慶だった。
ジャンヌから話を聞いていただけで、立香が実際に彼と顔を合わせるのは始めてだ。
確かに、高校生男子と言うには幼い風貌で頼りなさそうな印象であるが、色白でどこか品が良い。テーブルの上にはスマートフォンではなく、ハードカバー本が置いてあるのもその印象を加速させた。
「ワッフルが美味しいカフェに男1人だなんて、デートをすっぽかされでもしたのかしら?」
「ええと、その……実は僕、甘い物に目がなくて。男1人で変な目で見られるかもしれませんが、ワッフルを食べに来ました」
「恥じることはない。甘い物は佳い……事務仕事の激務も乗り越えられる」
「ありがとうございます。ここのワッフルはトッピングの種類が多彩で、フルーツ系やスイーツ系だけではなく、餡子や抹茶などの和風も充実しているんですよ!」
目を輝かせながらワッフルを語る清水の言葉にサリエリが相槌を打つ。甘党男子同士、話が合うようである。
そうすると、立香たちへのお冷が配膳されると同時に清水が注文していたワッフルが到着した。
皿に盛られた長方形のワッフルは、「ブリュッセル・ワッフル」という種類らしい。甘さ控えめな生地を好きなようにトッピングするのが、最高の食べ方である。
清水が注文していたのは和風トッピングだ。
焼き立てのワッフルの上には艶やかな小豆が乗せられ、隣にはしっとりと泡立てられた生クリームが添えられている。薄桃色の求肥と黄色い栗の甘露煮が彩りを際立たせていた。
甘いばかりではない。ほろ苦く冷たい抹茶アイスがワッフルの熱で程良く溶け始め、スプーンを入れれば絶妙な硬さで掬えることだろう。更に欲張りたいのなら、皿の隣に置かれた黒蜜をかければいい。香ばしい甘みがワッフルに沁み込み、口に入れた瞬間に幸福になること間違いなしだ。
和と洋の食材が見事に昇華された甘美なる一皿を前にして、清水はパァっと顔を輝かせた。
「すいません。お先にいただきます」
写真も撮らず、「いただきます」と手を合わせてからナイフとフォークを握ると、幸せそうにワッフルを頬張り始める。所作は彼の雰囲気に違わず、品良く丁寧に、綺麗に皿の上を動くが、口に運んだ瞬間に小さな子供が全身を使って「美味しい」と言っているが如く表情が綻ぶのだ。
本当に美味しそうに食べる。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「アイスコーヒーと、プレーンワッフルをキャラメルナッツ&バニラアイストッピングでお願いします」
「アイスティーと、プレーンワッフルのストロベリー&ブラウニートッピングを」
「プレーンワッフルに、マスカルポーネチーズケーキと蜂蜜トッピング。アイスクリームはレモンに変えて欲しい。ドリンクはカプチーノで」
「かしこまりました~」
清水に触発され、みんなでしっかりとワッフルを食べてしまった。
始終幸せそうにワッフルを食べていた清水と別れ、残りの買い出しを済ませてから『カルデア探偵局』へと帰宅した。すると、マンションのエントランスで1人の女性が落ち着きのなさそうに郵便受けを眺めているのを目撃したのだ。
「どうしましたか?」
「あ……あの、このマンションに探偵事務所があるとお聞きしたんですけど」
「ご依頼ですか? ようこそいらっしゃいました。安心安全迅速丁寧! みなさんの100年先までの未来を保障するためにスリッとまるっと謎を解決!『捜査解明機関カルデア探偵局』はこちらです!」
大体みんな困惑する探偵局のフレーズを前に、女性は困惑することも引くこともなくどこか安心したように胸を撫で下ろした。それは、一刻も早く探偵に助けを求める依頼人の仕草であった。
依頼人の女性は、
受け取った名刺によると、米花市立鳥矢町図書館に勤める職員のようだ。
「実は、その……まだ、はっきりとした被害は出ていないんですけど。ある方から、付きまとわれていると言えばいいのでしょうか」
「付きまとわれている……まさか、ストーカーですか」
「多分、それに当たると思います。ああでも、誰かは分かっているんです……色々と、複雑なことになっていまして。ご相談を受けていただけますでしょうか?」
「勿論です。話してくださいますか」
立香の言葉に安心した田辺は、順を追って説明を始めた。
彼女は、鳥矢町にある図書館に勤める職員だ。市街地の中にある小規模の図書館らしいが……困った来館者がいるらしい。しかも、相当の質の悪い。
「その方、利用態度の悪い方でして……新聞をバサバサと大きな音を立ててめくって、指を舐めてページをめくって。挙句の果てに、他の来館者の足音が五月蠅いと言って大きく舌打ちをしたり……」
「非常に関わり合いたくない人物ですね」
「その人のせいで嫌な思いをしたと苦情が来たので、私が注意をしに行ったら酷く怒らせてしまったんです……俺を誰だか知らないのか、って」
「その口ぶりでは、質の悪い来館者は自身に知名度があると認識しているようだな」
「実はその方、元市議会議員の
「元、市議会議員?」
「はい」
鳥矢町図書館は市の管轄だ。そこで働く田辺は、米花市の職員ということになる。市職員の癖に元市議会議員の顔も知らないのか!と、随分と思い上がった怒りを買ってしまったのが発端だった。
それからというもの、呉井は事あるごとに田辺へ嫌味をぶつけクレームばかり入れてくるようになったという。
新聞の種類が少ない、地方の新聞も購入しろ。
子どもの声が五月蠅い、出禁にしろ。
他の図書館では、お前らのように客に文句は言わない。
お前らのような職員がいるから、ここは最悪の図書館だ。とかetc……
話を聞いていてこちらも気分が悪くなる。いくら市民に開かれた公共の施設だとしても、こんな来館者こそ出禁にすべきではないだろうか。
が、質が悪くても一応市議会議員。元だけど。どうやら、鳥矢町図書館長は元市議会議員ということで厳格な態度をとれず、ひたすら頭を下げて謝る日々が続いていたらしい。
と、ここまでは探偵の出る幕ではない。問題はつい1か月前に始まった。
買い出しメモの内容(一部抜粋)
・ノンシリコンシャンプー
・薬用色付きリップクリーム
・ス●バ限定タンブラー
・DX鬼退治刀
・塩麴(1kg)
・練乳(缶)
・カップラーメン各種
・ペヤン●ソース焼きそば
・●王袋麺(醤油・味噌・塩)
・Dr Pe●per
・ね●ねるね●ね