犯罪多重奇頁 米花   作:ゴマ助@中村 繚

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Monster04

壁の向こう、死体の上で復讐に嘶く(THE BLACK CAT)

 罪を犯した犯人を告発する、黒猫プルートーの常時発動型宝具である。

 宝具に従ってプルートーが鳴いたのは……犯人だと告発したのは、雑誌コーナーのソファー席に座っていた老年の男性だった。倒れた呉井に駆け寄った男性である。

 男性は突如鳴いた黒猫の姿を目にすると、図書館に猫がいることに驚いたが邪険にせず左手を伸ばして頭を撫でた。

 

「おや、どうして猫が?」

「すいません。うちの猫です。表で待たせていたら、入って来ちゃったみたいで……」

「いえ、構いませんよ。片目か……確か、そういう小説があったね」

 

 この男性から「犯人」の臭いがする。「探偵」への告発の権能を有する黒猫が鳴いたため、証拠は何もないが、この事件は殺人ということが確定してしまった。

 

「マスター、犯人はあの方です」

「でも、どうやって呉井さんに毒を飲ませたかが分からないと、告発することができない」

 

 証拠……呉井に飲ませたトリカブトの毒。

 館内は飲食禁止のため、飲み物に混ぜるということはできない。それどころか、呉井が倒れた拍子に引っくり返った彼の荷物の中には、飲料水も食べ物も入っていなかった。

 

「被害者は亡くなる直前まで新聞を読んでいたのか。おや、このクリップは?」

「古新聞をまとめていたクリップです。うちの図書館では、古くなった新聞を1週間ごとにそれでまとめているんです。新聞がバラバラになるのを防ぐために利用者様には外さないようにとお願いしているんですけど、呉井さんはよくクリップを外して閲覧していました」

「確かに、注意の張り紙がしてありますね。被害者は、図書館の利用態度が随分と悪かったとか」

「はい……」

 

 ぐちゃぐちゃのバラバラになった新聞紙の上に、黒い大型のダブルクリップが落ちていた。日付が印字されたシールが貼ってある。被害者はクリップを外したまま新聞放置して、中身がバラバラになっていたことも多々あったらしい。

 注意喚起の張り紙は、『新聞、雑誌は静かにめくってください』、『資料をめくる時は、滑り止めクリームをお使いください』の他にも、『新聞のクリップを外さないでください』や、『新聞、雑誌をトイレに持ち込まないでください』というのもあった。全部、最近作成したものだ。

 

「呉井さんは迷惑な利用者ではありました。言いがかりなクレームはしょっちゅうですし、注意をしたら逆ギレしてきますし」

「この間も、閉館時間になっても居座って。帰ってくださいって注意したら、「お前らと違ってこっちは暇じゃないんだ。開館時間が短すぎる」って言って来たんですよ!」

「み、みなさん、そんなぶっちゃけては……」

 

 職員たちも相当フラストレーションが溜まっていたようである。館長が苦言してもお構いなしだ。

 では、職員以外……容疑者とされる現場に居合わせた来館者を紹介しよう。

 元々そんなに来館者もおらず、職員も呉井に関わりたくないと必要以上に近付いてもいない。なので、容疑者は呉井が倒れた新聞・雑誌のコーナーにいた3人が最も怪しい。

 倒れた呉井に駆け寄った男性。犯人と分ってはいるが、証拠はない男性。鳥矢町図書館にはよく来るという北方(きたかた)修一(しゅういち)(65)。仕事を定年退職し、現在は自宅の庭で土いじりを趣味にしていると語った。

 

「この図書館には、近所だからよく来ますよ。家庭菜園の本を借りに来たり、新聞を読みに。ここには、私の故郷の埼玉県の地元紙も置いてありますから、時々覗きに来るんです」

「亡くなった呉井さんと面識は?」

「……亡くなった人を悪く言うつもりはありませんが、トラブルがありました。1か月ぐらい前でしょうか。あの方が新聞をバサバサと音を立てて、それこそ、新聞が破けるんじゃないかってぐらいの勢いでめくっていたので、静かにするように注意したことがありました。でも、その場で生返事をされてそれっきり。相変わらず音を立てっぱなしでした」

 

 それから2週間ほど経って、また呉井が騒音を立てている現場に居合わせた北方は再び注意をしたが、やはり反応は同じだったという。あの人には何を言っても無駄だと、もう諦めたと呆れた表情でそう語った。

 

「今日も、誤って一昨日の新聞を捨ててしまったので読みに来たんですが、私の背後で亡くなったあの方がわざとらしく咳払いをしました。早く退けろと言いたかったんでしょうね……気分が悪くなったので、すぐに退けましたよ」

 

 2人目は、新聞コーナーに隣接しているコピーサービスを利用していた若い男性。眼鏡をかけていかにもインドアと言いたそうな痩身の彼は、大学院生の筒井(つつい)篤哉(とくや)(24)と名乗り、学生証を目暮に見せた。

 

「東都大学で社会政治学を研究しています。この図書館は関東の地方紙の殆どを購入しているので、資料集めのためによく訪れます。今日も、新聞のコピーをお願いしていました」

 

 事件が起きたために中断していたが、コピーサービスのカウンターの上には神奈川県の地元紙と、それをコピーした用紙が重なっていた。

 

「亡くなった方とは……トラブル、というほどではないですけど、まあマナーのなっていない方でしたよ。あの方もよく新聞や雑誌をコピーしていたんですけど、一度コピーサービスを利用したら、ずっと占領するんですよ。1時間も2時間もかけて、何百枚もコピーして」

「何百枚も、ですか? コピー一枚10円と料金表にありますけど……新聞を買った方が、早くありませんか?」

「本当にそうですよ。後ろで待っている人がいてもお構いなしです。職員さんにも横柄でしたし」

「そのせいで他の利用者様から苦情が入りまして、1人様コピー50枚までの制限を設けました。それでも、呉井さんとはひと悶着ありましたが」

 

 コピー制限を設けた説明をした際に、呉井は鳥矢町図書館にコピー機が一台しかないのが悪いと喚いたらしい。そのことを思い出したのか、田辺が溜息を吐いた。

 3人目は、暗い色のワンピースと帽子の中年女性だ。名前は宮部(みやべ)真理子(まりこ)(42)、近所に住む主婦と名乗った。今日は、来館してからずっと料理雑誌のバックナンバーを読んでいたらしい。

 

「亡くなった人、元市議会議員でしょ。顔を見たことありましたよ、投票はしたことありませんでしたけど」

「被害者と、何かトラブル等はありませんでしたか?」

「私、疑われているんですか? でも、まあ……あの人の言動には腹が立っていました。無意識かわざとかは分かりませんけど、独り言が五月蠅くて」

「他の利用者さんにも、随分と迷惑をかけていたようですね」

「この前も、雑誌を読んでいてこう言ったんです。子供を持たない夫婦の記事でも読んでいたんでしょうね……「子供を産まない身勝手な女」って。本当、引っ叩いてやろうかと思いましたよ。ついこの間、不妊治療を諦めたばかりでしたから」

 

 どうしよう。殺しの動機が、多すぎる。

 思わず心中で一句(字余り)を詠んでしまうほど、被害者には殺害の動機が溢れていた。現場に居合わせた3人も、各々が悪い印象を抱いている。が、後からやって来た不届き者のせいでこちらが譲歩するのは嫌だからと、呉井が居座っていても図書館通いを止めなかったと、全員がそう言った。

 掃いて捨てるほどある動機の中で、プルートーに「犯人」と告発された北方の動機は、マナー違反を注意しても糠に釘状態だったからというものであるが……殺意を抱くにしては薄いように感じた。

 

「すいません。呉井さんの、田辺さんに対する態度についてお訊きしてもよろしいですか?」

「はい。貴方が探偵さん? とても若い方ですね」

「俺は助手というか、そんな感じです。亡くなった呉井さんは、どうしてそこまで田辺さんを嫌っていたんですか?」

「やっぱり、最初に注意をしたのが田辺さんだったからじゃあ」

「もしかしたら、深月ちゃんが来館者に人気があるのが面白くなかったんじゃないの?」

「田辺さん、人気なんですか?」

 

 立香は田辺以外の職員へ話を訊くことにした。すると、どうやら田辺本人は気付いてなくとも、彼女は男性来館者に人気があるらしい。

 受け答えが丁寧な若い女性職員。特段美人という訳ではないが、図書館のカウンターが似合う清楚な女性とは思わず目が行ってしまうものである。

 

「積極的にアプローチされたことはなかったけど、若い男性や学生さんは、わざわざ深月ちゃんに本の配架場所を訊きに行ったりしていたからね」

「あの筒井さんも、実は深月ちゃん目当てで通っているんじゃないかって、みんなで噂していたの」

「呉井さんが、田辺さんに好意を抱いていたということは?」

「それはないと思います」

 

 もしかしたら、北方も田辺へ好意を抱いていたのかもしれない。親子の年の差であるが、世の中の色恋沙汰と言うのは常識では理解できないと、今までの経験で立香は何度も目撃していた。

 

『ロビンさんのお話によりますと、トリカブト猛毒成分であるアコニチンの致死量は2~6mg。個人差はありますが、経口摂取により10~20分で呼吸困難などの症状を発症するそうです。トリカブトは園芸用に購入することもできますので、知識さえあれば毒を精製することができます』

「そうか、毒を飲んだとしても即死じゃないんだ」

 

 マシュから得られた情報を頭の中に入れつつ、北方の殺害方法を考えるがサッパリ分からない。隣に並ぶヘシアンと一緒に首を傾げた。

 

「あの、藤丸さん」

「どうしたの、清水君?」

「もしかして、呉井さんじゃなくて来館者を無差別に狙った犯行じゃないですよね」

「何でそう思ったの?」

「新聞に毒が付着していたと、刑事さんが仰っていました。新聞を読む来館者を狙って、新聞に毒を塗ったのかと」

「それはな、い……っ!」

 

 そうだ、高木は何と言っていた?

 被害者の()()()()()に毒が付着していたと言っていた。

 今までの呉井の行動。被害者が積み重ねたヘイト、迷惑行動、張り紙の注意……清水の一言で、立香の中でナニかが弾けた。

 そうか、これが“閃く”ということか。

 だとしたら、証拠はまだ犯人が持っている。

 

『先輩?』

「ニャア」

「そうか。分かったかもしれない……被害者は、マナー違反をしたから死んだんだ」




今回の登場人物の名前の由来は作家さんだったんですが、よくよく考えてみたらまだ現役の方のお名前を出すのも駄目だよな……と思ったので、説明なしになります。
だたしクレーマーは「クレーマー」です。

・田辺深月(28)
今回の『カルデア探偵局』の依頼人。米花市立鳥矢町図書館の職員で、そこに来るモンスター・クレーマーに悩まされ、ストーカー紛いの行為を受けている。男性来館者に密かな人気があったらしい。

・呉井真一郎(73)
元市議会議員だが、かつての権力を振りかざして鳥矢町図書館に対して横柄に振舞っているモンスター・クレーマー。注意をした田辺を目の仇にし、住居を知ってからは付きまといをしていたが、図書館で新聞を読んでいる最中に死亡した。

・北方修一(65)
鳥矢町図書館の常連利用者。仕事を定年退職し、土いじりを趣味にしている。騒音を立てる呉井を注意した。
呉井が来館するまで新聞を読んでいた。犯人?

・筒井篤哉(24)
鳥矢町図書館の常連利用者。東都大学で社会政治学を研究している大学院生。呉井の横柄な態度に辟易していた。
新聞のコピーサービスを利用していた。田辺目当てで通っていたかもしれないというのは、職員談。

・宮部真理子(42)
鳥矢町図書館の常連利用者。近所に住む主婦。不妊の女性を非難する呉井の独り言により不快な思いをした。
ずっと雑誌を読んでいて、ずっと雑誌コーナーにいた。
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