犯罪多重奇頁 米花   作:ゴマ助@中村 繚

67 / 140
蹄は子守唄を歌わない02

『喫茶ポアロ』の店内。名探偵、毛利小五郎は神妙な表情をしていた。

 耳には使い込まれたイヤホン、そこから聞こえて来る音声を一瞬たりとも聞き逃さまいと神経を張り詰め、新聞を凝視している。

 

『抜くか、抜くか、差が1馬身に及んだ……その逃げ切ったーー! 一着、サンデーテイオー!』

「くっそ、駄目か!」

 

 見事に外れてしまった。小五郎の手元の馬券がただの紙切れとなる……これで五連敗だ。

 耳のイヤホンはテーブルの上のラジオに繋がり、そこからは競馬のラジオ放送が延々と流れている。凝視していた新聞は競馬新聞、由緒正しき付属品である赤鉛筆もあった。

 つまり、競馬中。様々な戦績を仕入れて一着の競走馬を推理(予想)して賭けたが、真実(着順)は見事に小五郎を裏切ったのだ。

 

「珍しいですね、毛利さんがポアロ(うち)で競馬をするなんて」

「あ、いや……たまには気分を変えて、だね。梓ちゃん、コーヒーお替り」

「はーい」

 

 以前、馬券絡みの事件がいろは寿司で起きて以来、蘭の競馬に対する目が厳しくなったのだ。なので、事務所で気軽に賭けることができなくなってしまった。今日のような日曜日ならなおさらだ、学校が休みのため蘭の目が厳しい。

 なので、『喫茶ポアロ』にラジオを持ち込んでみたがどうも当たらない。負け続けている。

 今月は探偵業の依頼もとい収入が少ない。なのに、年末年始の支出は容赦ない。ここらで一山当てようとしたが、このままでは蘭にどやされるレベルの損失になってしまうではないか。

 

「次のレースは……いや、今日はここでやめておいて、来週に……」

「……体調が悪いか、蹄の音に覇気がない」

「っ!」

「軽やかな蹄の音、活き活きとした良い旋律を奏でている……」

『おーっと! ブルーマーチが来た! 5番ブルーマーチが軽快に真っ直ぐ、そのまま! 一着5番ブルーマーチ!』

「そうか、ブルーマーチという名か。なかなか良い行進曲(Marcia)であった」

 

 小五郎が振り向くと、カウンター席に見覚えのある男性……蘭の友人のおじであり、『カルデア探偵局』のオーナーであるサリエリが、『喫茶ポアロ』の名物である半熟ケーキを食べていたのだ。

 本職は音楽家。非常に耳が良いのは知っていたが、まさか、小五郎のラジオの音漏れから馬のコンディションを察したというのか。

 

「コーヒーのお替り、お待たせしました」

「梓ちゃん、サリエリさんはよく来るのかな?」

「ええ。うちの半熟ケーキを気に入って下さったようで、ちょくちょくいらっしゃいます」

 

 まさか……競馬の必勝法が、こんな近くにあったというのか。

 それが、先週の出来事である。小五郎はサリエリを誘い、東京競馬場を訪れていた。

 最近の競馬場は、家族連れや女性客も入りやすいようにと、馬たちと触れ合ったりするコーナーを設けたりバラエティ豊かな屋台が出店している。ギラギラとした目の賭け師たちが外れ馬券をばら撒いていた一昔と比べて、随分と清潔感がある。小綺麗になったものだ。

 

「当たったーー! いやー、サリエリさんの言っていた調子の良い馬、二着ですよ」

「ああ。やる気に満ちた蹄の音をしていたからな」

 

 出走前のお披露目でとても良い蹄の音をしていたという馬へ、一着か二着のどちらかに賭けたら見事に二着へ滑り込んだ。

 全ては彼のお陰だ。屋台で買ったチュロスをサクサクと咀嚼しているサリエリの耳に従い、見事に当たりが出たのだ。

 これで先週の負け分は取り戻せた。後は、いくらか稼げればと、次のレースに賭ける馬を吟味する小五郎の隣で……隻眼の黒猫が大きく欠伸をした。

 

「フニャァ」

「大丈夫ですかね、競馬場に猫を連れて来ても?」

「連れて来たのではなく、勝手に鞄の中に潜り込んでいたのだ。この黒猫は賢い故、迷惑をかけることもないだろう」

「そ、そうスか」

「ニャア」

「猫はお嫌いか?」

「いえ、そんなことは……」

 

 チュロスを買うために鞄を開いたサリエリが固まったと思ったら、鞄の中から黒猫――『カルデア探偵局』の飼い猫であるプルートーが顔を出したのだ。どうやら、中に潜り込んでいたのに気付かず鞄を持って来てしまったようである。

 小五郎は猫が嫌いというよりは、猫を飼っている人物が苦手なのである。猫を飼っている別居中の妻と結び付けられてしまい、どうしても苦手意識が出てしまうのだ。

 そういえば、サリエリは「先日ご夫人とお会いした」と言っていたが、一体いつ会ったのだろうか?

 夏に蘭が英理と共に出かけた際に一緒だったと言っていたが、それ以後も会ったのだろうか?

 

『3番と7番が転倒! 1番が脚を止めた……その隙に、後ろから4番が追い抜いて来た! 来た、来た、来たーーー! 4番メゴイアキネ! 一着です!』

「大番狂わせじゃねぇか! あの馬が一着なんて」

「速い馬ではないのか?」

「血統は良いんですが、戦績良いとは言えない馬ですよ。賭けている奴いたのか、配当金が凄いことになっただろ」

「おお、おおぉぉ! やったーー!」

「いた」

「ミャ」

「これを当てたのか?! すげーな、あの人」

 

 電光掲示板に表示された倍率が本当に凄いことになっていた。多くの賭け師が頭を抱えて悔しがっているが、小五郎とサリエリの正面にいた男性は勝ったようだ。あの喜び様、単勝で大儲けしたに違いない。

 

「どうです。サリエリさんも賭けてみませんか?」

「ならば、この馬に。子供のように無邪気な足音をしていた。名前も佳い……星の名前が冠されている」

「ポラリスカノンですか。それじゃあ、私もこの馬にします。レースまでは時間がありますし、どうです一杯」

「我は酒は飲まん。だが、この屋台のタピオカイチゴミルクが気になる」

「ニャア……ニャ!」

「……うわぁぁぁぁ?!」

「っ! な、何だ!?」

 

 小五郎とサリエリが通り過ぎた非常階段から、悲鳴と同時に何かが転げ落ちる大きな音がした。まさかと思い、階段を下ると、バタバタと足音を立ててその場から立ち去る音がして……踊り場に、頭から血を流した男性が倒れていたのだ。

 しかもこの男性、先ほどの大番狂わせレースで盛大に喜んでいた男性だ。階段から落ちたのか?

 否、逃げるように立ち去る足音がした。だとしたら、突き落とされたのか。

 

「大丈夫ですか?」

「う、うう……」

「意識が朦朧としている」

「何だ、今の音……っ! ど、どうしたんですか?」

「あんた、職員か? 救急車を呼んでくれ! 階段から落ちたらしい!」

「は、はい!」

 

 音を聞き付けた競馬場の職員が急ぎ救急車を呼び、小五郎と共に男性は競馬場の救護室へと運び込まれる。

 幸いにも男性は意識を取り戻したが、ただ階段から落ちただけではなかったようだ。

 

「お名前は優木(ゆうき)駿(はやお)さん(48)、免許証の住所は山形県ですか」

「はい、出稼ぎでこちらに」

「階段を下っていたら、誰かに背中を押されて突き落とされた、と」

「……誰かに背中をドンっと押されました。誰かは、分かりません。顔も、見ていませんし……そうだ、馬券! ない、ない……馬券が、ない!」

「馬券がないって、まさかさっきのレースの?」

「さっきのレースの馬券が、ないんです。そんな、鞄のポケットに入れておいたはずなのに!」

 

 優木が着けていたボディバックをひっくり返して隅から隅まで探すが、お目当ての馬券は見当たらない。着ていたダウンジャケットのポケットにも、穿いていたジーンズのポケットにもどこにもなかった。

 勿論、現場となった非常階段の踊り場にも馬券は落ちていなかった。

 

「優木さん、貴方の馬券というは当たり馬券ですね」

「は、はい。私が賭けた馬が一着になりました。その馬券です」

「なら、これは事件だ。貴方が突き落とされたのは、その当たり馬券を奪うためだったんだ」

「そ、そんな……うっ」

「大丈夫ですか? 救急車が来るまで、安静にしていてください」

「あの馬券は……」

 

 優木は眩暈を起こしてベッドに倒れ込んだ。頭を打ったのだ、無理もない。

 彼の喜び様は、どう見ても大穴を当てたと言わんばかりだった。あの馬券一枚が大金に化ける……それを知った犯人が優木を階段から突き落とし、馬券を奪った。一歩間違えれば殺人だ。

 だとしたら、犯人は馬券を換金して競馬場から逃走した可能性がある。それに気付いた小五郎が急ぎ飛び出そうとしたその時、救護室に2人の中年男性が突き出された。

 

「毛利探偵、この2人が容疑者だ」

「サリエリさん? 容疑者って……」

「事件現場から逃走する足音が聞えた。履物はスニーカー、俊敏とは言い切れない。その足音と同じ音をした者を連れてきたが、我では判断が付かなかった」

「ミャーン」

 

 サリエリに突き出された2人の容疑者。どちらかが、馬券欲しさに優木を階段から突き落とした犯人だった。




オッサンとオッサンが競馬に行き、オッサンが被害者になり容疑者たちもオッサンな事件にネコチャンが付いて来る。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。