犯罪多重奇頁 米花   作:ゴマ助@中村 繚

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蹄は子守唄を歌わない03

 何故、鞄の中にいたのかと、小五郎の目を盗んでサリエリは黒猫に問いかけた。

 

「とても入り心地の良い鞄でしたので、つい」

「所詮、本能は猫か」

「はい、猫です」

 

 狭い場所に入りたがるのは猫の本能である。

 例えサーヴァントでも、猫である以上本能に逆らうことはできないのです。そう言って、プルートーは呑気に毛繕いをした。

 サリエリも、鞄を手にした瞬間に気付けばよかったのだろうが、そこまで丁寧に人間として過ごしている訳ではない。微かな違和感は「まあ、別に気にすることではない」で流してしまったのである。

 しかし、この特異点にて、音楽家兼『カルデア探偵局』のオーナーとして過ごしているサリエリは、不思議と自身が安定しているように感じた。立香(マスター)にも、「最近は我誰(※我は誰なのだ)していませんね」と告げられ、そういえばと思案する。

 勿論、カルデアからの通信でアマデウスが茶々を入れれば、即座に慟哭外装を纏って暴れ出しそうにはなる。が、逆を言えば、アマデウスが絡まなければ生前のサリエリのように振舞えていたのだ。

 精神安定剤(甘い物と音楽)の影響かもしれないと立香は言っていたが、カルデア医療班は別見解を出している。恐らく、「グリジオ・サリエリ」という役を演じているからこそ、その枠の中での自我が保てているのではないかと。

 依然として自我は「アントニオ・サリエリ」ではなく「灰色の男」であるが、米花市で役を演じている間は混在している「無辜の怪物」に左右されていない状況である。

 米花のライダーは「清水慶」という役に囚われたままであるが、サリエリの場合は役のお陰で安定している。珍妙な結果だった。

 

 小休止。

 

 毛利小五郎に誘われてそこそこ競馬を満喫し、次はタピオカイチゴミルクを堪能しようかとしたその時、階段から人が落ちた。否、突き落とされた。

 聞こえたのは、馬券が当たって歓声を上げた男の悲鳴。次いで、その場から忙しなく立ち去る足音……ゴム底のスニーカー、動きは鈍い。中年太りをしている可能性が高い。

 小五郎が中年の男性職員へ救急車を要請し、被害者を救護室に運び入れる。サリエリの耳は逃げた犯人の足音をしっかりと捉えたが、如何せん、多くの人間が行き交う競馬場の雑踏の中では、流石に足音を拾うのは困難だった。

 

「楽長、楽長。新鮮な罪の臭いがします」

「罪に鮮度があるのか」

「はい。犯行し立てホヤホヤです。あの方を突き落とした犯人でしょうね。」

「ならば、自らの権能に従って犯人を告発するが良い。我と同じ、死神の如き黒猫よ」

「承知しました。受け取る方(明かす者)はいませんが、毛利小五郎は「探偵」なので大丈夫でしょう。あ、足音が同じだったとか、適当に理由をお願いします」

 

 サリエリの肩から飛び降りたプルートーは、機敏に雑踏の合間を走り抜けて鳴いた。サリエリが聞いた足音に酷似した「犯人」を見付けたのだが……何故か、2人も見付かってしまったのだ。

 どちらも罪の臭いがして、スニーカー履きで体格も似ている。だけど、何の罪を犯したのかは分からない。どちらが傷害と窃盗を犯したのかは、猫には分らない。まあ、猫ですから。

 なので、2人とも締め上げて小五郎の前に突き出したのである。

 実に都合がいいではないか。これで、毛利小五郎は「名探偵」の器か否かを間近で判断できるのだから。

 

「何なんだ、一体! 急に猫に鳴かれて、この外人に締め上げられて!」

「ニャーーーン」

「ん、アンタ見たことあるな……あ! ニュースに出てたな。爆睡の小五郎とかいう探偵だ!」

「ニャーーーン」

「爆睡じゃなくて、「眠りの小五郎」です。こちらの方が、階段から突き落とされて当たり馬券を盗まれました。犯人は、貴方たちどちらかの可能性がある」

「眠りの小五郎って、あの名探偵の?!」

「盗まれた馬券の捜索は、毛利氏に任せられてはいかがかな。何せ、彼は名探偵だ。すぐに犯人と馬券を見付けてくれるはず」

「……そ、そうです。この事件は、この私、名探偵の毛利小五郎にお任せください、優木さん!」

 

 半ばサリエリに乗せられる形で、小五郎が胸を張って驚く優木に宣言した。若干、冷や汗をかいている気がする。

 その後、到着した救急車で優木は運ばれ、最寄りの交番から2人の中年警察官が駆け付けた。

 

桜田(さくらだ)巡査であります!」

花田(はなだ)巡査です。毛利探偵のご高名は、かねがね耳に入れております」

「早速ですが、容疑者2人の手荷物検査とボディチェックをお願いしたいんですが」

「はい」

 

 では、プルートーの宝具に引っ掛かった容疑者2人の捜査を開始しよう。何せ、盗まれたのは掌よりも小さな馬券一枚である。その気になればどんなところにでも隠せてしまう。

 まず1人目は、菊池(きくち)活雄(かつお)(49)。自称タクシー運転手、眉間に皺を寄せた面長の男だった。

 

「足音が似ていたからって、言いがかりだ! 俺を犯人扱いか?!」

「ニャーーーン」

「うわっ、黒猫! あっち行け、縁起が悪い!」

「フニャ……」

「競馬はよく来るんですか?」

「まあな。今日はそんなに勝てなかったが」

 

 菊池は不機嫌そうに手荷物を出した。丸まったレシートなどのゴミを除けば、持ち物は以下の通りである。

・財布

・免許証

・黒い手袋

・IC定期券

・スマートフォン(手帳型のケース付き)

・競馬新聞

 

「財布の中にはカードが数種類、レシートや札の間にも馬券はない」

「定期券入れの中にも、スマートフォンケースには挟まっていませんね」

「うーむ……ケースの隙間にも、何も入っていない。おや、このスマートフォン、電源が入っていませんね」

「充電を忘れて、切れたんだ。ほら、当たり馬券なんて持っていねぇよ! さっさと解放しろ!」

「それは、身体検査をしてからです」

 

 小五郎が手帳型のスマートフォンケースを開くと、画面が真っ黒のままだった。ケースにはカード類を収納する機能があるが、そこにも馬券は挟まっていない。ケースを取り外してみても、紙もゴミも挟まっていなかった。

 菊池が隣室で身体検査を受けている間、次の容疑者の荷物を調べることにする。

 2人目は、月原(つきはら)大五(だいご)(51)。自称日雇い労働、丸顔で若干髪が薄い男だ。

 

「競馬にはよく来るよ。今日は全部スっちまって無一文になっちまったけどな」

「ニャーーーン」

「どうした、猫? 黒猫か……招き猫みたいに俺にも福をくれねぇか、猫ちゃん」

「ミャア」

「顔が赤いが、風邪か?」

「ああ……そう。風が冷たくてね、すぐに顔に出るんだ」

 

 サリエリが指摘した通り、月原の顔が赤くなっている。比較的協力的に並べられた持ち物は以下の通りである。

・財布

・免許証

・車のキー

・軍手

・タオル

・スマートフォン(プラスチック製のケース付き)

・競馬新聞

 

「財布がすっからかんじゃないですか。カードもない。入っているのは、小銭とこの競馬場の駐車券か」

「この軍手やタオル、薄汚れている」

「今、工事現場で働いているからよう。土でちょっと汚れているかもな」

「スマートフォン……ケースから取り外しますよ」

 

 馬券一枚ならケースの下にも隠せると考えてスマートフォンを取り外したが、隅の埃しか見付からなかった。

 菊池に続いて月原も身体検査のため、隣室で待機している警察官たちに任せる。花田巡査の表情を見るに、菊池の身体検査の結果は何も見付からなかったようである。

 

「楽長、楽長。多分ですけど、犯人はあの菊池って人です」

「ならば、月原の罪というのは?」

「月原という人、罪の臭いと一緒にお酒の臭いがします。顔が赤いのは寒さのせいじゃありません。それも、ちょっと飲んだだけじゃないです。相当深酒をしています。ボク、お酒大嫌いなんですよ。己を忘れるぐらい飲む人間も」

「月原は本日の駐車券を所持していた。移動手段は車……つまり」

「つまり、あの人の罪は飲酒運転です」

 

 酔いも醒めぬのに運転して帰ろうとしたところを、プルートーの宝具に引っ掛かったということだ。いや、もしかしたら競馬場に来る前から飲んでいて、飲酒運転で来場したのかもしれない。

 馬券の強盗に関して月原はシロ。では、消去法で菊池が犯人となるが、証拠となる馬券が出て来ない。

 

「馬券の一枚も出て来ません。毛利さん、本当にあの2人の内のどちらかが犯人なのでしょうか?」

「サリエリさんの耳は正確です。私が保証します。でも……犯人は一体どこに馬券を隠したんだ?」

 

 菊池は手袋を所持していた。あれを着けて犯行に及んだのなら、突き落とされた優木の服から指紋も出ないだろう。

 競馬場のどこかに隠しておくにはリスクが高すぎるし、あの短時間では隠せる場所も限られている。ましてや、換金した形跡もない。

 馬券は、まだ菊池が持っているはずだ。




黒猫ってシュレーディンガーの猫ちゃんも混ざっているから、鞄の中という密室空間にいれば中を確認されるまでは存在証明があやふやになって重さもないんじゃ……と、書いた後になって思いました。
猫は液体、猫は変幻自在。
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