「くっそ! 良い隠し場所だと思ったのに……折角の万馬券が!」
「階段から突き落として何を言ってやがる! 打ちどころが悪かったら死んでいたかもしれねぇんだぞ!」
「あんな大穴の馬券を見逃せるか! 倍率108倍だぞ! 何百万にもなる馬券、誰だって欲しいに決まっている!」
「アンタ、馬券をよく見たのか? 優木さんは、あのレースに500円しか賭けてなかったんだよ」
「何だって?!」
小五郎の持つ馬券に賭けられた金額は500円。確かに元手に対して大儲けはしているが、人を階段から突き落としてまで手に入れたい額とは思えない。
恐らく、優木の喜び様を見て勘違いしたのだ。何万もの賭け金が更に一気に膨れ上がり、何百万もの大金が一瞬にして転がり込んできたのだと。小さな馬券一枚が何百万もの現金に早変わりする光景を夢想して、欲に駆られて手段を選ばなかったのだ。
「倍率108倍なら、得られる金額は5万4千円か」
「嘘だ! だったら、何であんなに喜んでたんだよ!」
「そりゃ、喜ぶさ。娘が勝ったんだから」
「はぁ? クッソ……こんなはした金のために」
「アンタにとってははした金かもしれねぇが、優木さんにとっては大切な物なんだよ。この馬券は! はした金だろうが億万もの大金だろうが、金額は関係ねぇ。他人を傷付けてまで幸運を掠め獲ろうとしたお前は、立派な犯罪者だ! その腐った性根、塀の向こうでじっくりと叩き直されて来い!」
証拠となる馬券が発見され、菊池は強盗の現行犯で手錠がかけられた。
これにて一件落着。自分は関係ないので、そろそろ帰らせてもらいますよ……と言いたげに、車のキーを手にそそくさと帰ろうとした月原も小五郎に捕まった。赤い顔が、刹那にサァっと青褪めた。
「ちょっと待った。月原さん、アンタ車で来たのに飲んでいるだろ。どうやって帰る気だ」
「え、えーと……代行を頼もうかと」
「小銭しか持っていないのに? 代行料金払えないでしょう。飲酒運転で帰ろうとしたんじゃないのか? その酒臭い状態で」
「もしや、競馬に来る前から飲んでいたのでは」
「ニャー」
「あ、はははは……昨日の酒が、どうも抜けなくて。追い酒もしちまった」
「月原さん、貴方も来てもらいますよ!」
「毛利探偵、お見事な推理でした。ご協力、まことに感謝いたします!」
菊池と月原の両名が、桜田と花田によって連行されていった。
馬券の強盗と、飲酒運転の二つの事件は名探偵によって解決されたのである。眠っていないけれど。
後は、救急車で運ばれた優木に取り戻した馬券と忘れ物を届けるだけ。サリエリやプルートーと共に搬送先の病院を訪れると、治療を終えた優木に出迎えられた。
頭は切っていたが、比較的軽傷だったようだ。後遺症もなく入院も必要ないらしい。
「これです! ああ、良かった……本当に、良かった」
優木は小五郎から馬券を受け取ると、小さな馬券を大切そうに胸に抱いて安堵した。その様子は、奪われた金が無事に戻って来たからの安堵とは少し違うように見える。
そう、もっと大切な……何物にも代えられない宝が無事に戻ってきたかのような、そんな様子だったのだ。
「良かったですね。娘さんが勝って」
「……娘、とは?」
「どうして分ったんですか?」
「実は、優木さんが忘れてしまったスマホに来たメッセージを見てしまいました。貴方が賭けた馬の名前は「メゴイアキネ」。「メゴイ」は東北の方言で「可愛い」という意味、そして「アキネ」……貴方の娘さんと、同じ名前だ」
『明日の到着で荷物を送りました。こちらでは風邪が流行っています。お父さんも気を付けてね』
優木にメッセージを送ってきた「
「可愛い秋音」という名前を持つ馬が、レースで一着になった。まるで自分の娘が一番になったかのように嬉しかった。だからあんなにも喜んでいたのだ。娘が勝ったのだから。
「競馬をやったことのない貴方がわざわざ競馬場に足を運んだのは、娘さんと同じ名前の競争馬を応援するためだったんでしょう」
「凄いですね、名探偵は。そうです。偶然、娘と同じ名前の馬がいると知りました。可愛い秋音……地元に残した娘と、何だか重なってしまいましてね。女房が早くに亡くなって、男手一つで育てました。私の稼ぎが悪くて大学も行かせてやれず、それでも優しい良い子に育ってくれました。娘は近々資格試験を控えていまして、合格祈願のお守り代わりにこの馬券を送ろうと思ったんです」
競馬場に足を運んだのは、験を担ぐ意味があったのだ。メゴイアキネが勝てば、きっと秋音も試験に合格できるはず。あの子も勝ったから、お前も絶対に合格できるよと、不器用な父から娘へのエールだったのだ。
「しかし、その馬券の倍率は108倍だ。結構な金額になるが」
「ええ、そんなに?!」
「倍率を見ていなかったのか」
「勝っただけで満足してしまいまして。換金の仕方も、よく分らなかったですし」
「換金したら馬券は手元に残りませんが、案内所で頼めばコピーすることができます。今の娘さんに必要なのは、一枚の馬券じゃなくて優木さん、貴方ですよ。このお金で、娘さんに似合うアクセサリーの一つでもお土産にして、一緒に美味い物でも食べて貴方が直接娘さんに「頑張れ」と言ってあげて下さい」
合格祈願の馬券にも娘を想う父心は込められているが、馬券では父親の替わりにはならない。蹄の音では励ましの言葉にならない。
娘を想う言葉は、優木自身の口から秋音に伝えなければならないのだ。
小五郎の言葉を受けた優木は、再度感謝の言葉を告げて深々と頭を下げる。近々、故郷の山形県へ帰るのだろう。娘に会いに行くために。
「毛利探偵、優木氏が娘を想って馬に賭けたと、よくお気付きになりましたな」
「実は私も、同じことをやっていたんですよ。競馬を覚えたての頃、「エラリーラン」っていう競走馬に何度も賭けていたんです」
「エラリーラン……英理と蘭、なるほど。その馬は、今は?」
「引退後の今は、牧場でゆっくりしているようです。そのエラリーランの孫馬が、サリエリさんも賭けたポラリスカノンなんですよ」
そういえば、小五郎もサリエリもポラリスカノンに賭けたのに、結局レースを見ることができなかった。結果はどうなったのかと、小五郎が調べてみると……スマートフォンの画面を見て固まった。
「まままま」
「どうされた?」
「万馬、券……!」
「ニャア」
その日の夜。『カルデア探偵局』のテーブルの上には、艶々した大粒の苺が乗った大きなタルトが、高級な威圧感を放ちながら鎮座していた。
お土産としてサリエリが買って来たのは、清水だけではなく、立香もジャンヌも思わず目を輝かせてしまう蠱惑的な甘い苺の魅惑。ポラリスカノンが見事に万馬券をもたらしてくれたのである。
「こ、これは……米花デパートにある『フルーツパーラーかぐや』の、四種の苺の華タルト! ワンホール1万円以上する高級品です!」
「高そう! 美味しそう!」
「え、どうしたのよ、これ?」
「馬券が当たった」
「ニャー」
「食べなさい。みんなへの土産だ」
「……サリエリ先生?」
「どうしたかな」
「……いえ。どうもありがとうございます」
サリエリの瞳がいつもとは違う色に染まっているに立香が気付いた。奥底から湧き出て来る温かみは、「灰色の男」の内で眠っている父性……生前のサリエリは、きっとこんな風に微笑んだのだろう。
「楽長。貴殿の目から見た毛利小五郎は、どのような探偵であった?」
「……名探偵を奏でられるまでの器ではない。しかし、人の心を機敏に察し、探り、
「やればできるタイプだと思いますよ。猫の意見ですけど」
「そうか。ああ、そうか。傀儡となる者が全て、無能という訳ではない。楽長、黒猫、ご苦労であった。コーヒーを淹れようか」
エドモンが淹れたコーヒーを添えて、みんなで苺タルトを囲む。プルートーはサリエリの膝の上で、気持ちが良さそうに喉を鳴らした。
一方、『毛利探偵事務所』では。
「ごめーん、遅くなっちゃった。急いでご飯作るね……あれ、お寿司?」
園子との買い物に時間がかかってしまい、夕飯時に帰って来た蘭が目にしたのは、居間のテーブルに乗ったいろは寿司の寿司桶だった。並ではない、特上だ。小五郎とコナンは、美味しそうなお寿司を頬張っていたのだ。
「どうしたの、これ?」
「おじさんの奢りだって」
「まあ、何だ。臨時収入があってだな。これが来月分の生活費。そしてこれが……蘭、お前も高校生だしな。これぐらい良い物を持っていてもいいだろう」
小五郎から蘭へ、父から娘へ手渡されたのはビロードのジュエリーケース。
開けてみると、中には赤い小粒の宝石が付いたリボンモチーフのネックレスが入っていた。蘭の好きな可愛いデザインであるが、随分と高価な物だろう。
特上寿司に、しっかりと用意された生活費。そして、誕生日でもないのにプレゼント……。
「お父さん……どうしたの? 何か変な物でも食べた?」
「はひ?」
ふとした瞬間にサリエリ成分が濃くなるサリエリ先生。
幸運B&魔女の使い魔Aの組み合わせはギャンブルに強い!
次回、ちょっと長めになります。
米花のライダーの正体に近付きます。