『FGO』側の時間軸は、大西洋異聞帯突入前となっております。
4章後、5章前。連載の最中に4.5章が配信されましたので、そこはちょっと微妙なところですが、大体それぐらいざっくりな時間軸でお願いします。
青山作品なのでこれやりたかったのです。
ぴちゃん……と、水面に雫が跳ねた。
小さく可憐な金魚が丸い金魚鉢の中で優雅に泳ぐ。尾びれをゆらゆらとなびかせて、静かな水面に波紋を描いた。
この金魚はきっと、鮮やかな赤い身体をしているはずだ。“はず”、としか言えないのは、色がないからだ……時々
まるで無声映画だった。
色もなければ声もない、フィルムも劣化して痛んでしまっている過去の作品がたった1人の観客のために上映されている。
登場人物は、金魚……と、金魚鉢のそばに並ぶ二組の手。畳の上に着物の袖から伸びる白い右手。その隣には、右手よりも細く小さな左手。男女の手が隣り合っていると、直感的にそう判断した。
右手が左手との距離を詰めた。ゆっくりとした、けれども遠慮がちに。恐々と言いたそうに左手に触れて、そっと重ねた。色が付いていないはずなのに、右手は羞恥で赤くなっているようにも見える。
すると、触れられた小さな左手がゆっくりと指を開いた。こちらもゆっくりと、遠慮がちに、恐々と右手に細い指を絡めた。
右手を受け入れて、嫋やかに「もっと」と強請る。右手よりも弱い力で、手を繋いだ。
金魚だけが、見ていた。
「……立香。到着するぞ」
「……あ、寝てた?」
「30分ほどだ」
ギュっと胸を掴まれるような。もどかしい少女漫画でも見ていたような夢を視た。エドモンの肩に寄り掛かり、うとうとと眠ってしまっていたようである。
目を覚ますと、正面の電子掲示板が目に入った。右から左へニュースが流れている。医大の副院長が違法献金問題で騒がれているとか、人気のテレビ番組がやらせだと告発されただとかが表示されている。
ああ、そうだ。これから、新大阪に到着するのだ。
「マスター、おはようございます」
「……慶君」
「はい」
「いや、何でもない」
現在、『カルデア探偵局』は新幹線で移動中だ。目的地は関西・大阪……探偵の依頼のために、出張なのである。
「今回の依頼は、とある食品会社の社長が亡くなり、その遺言状の捜索です。社長の長男である依頼人からのメールによると、遺産相続の記載があった遺言状が、保管場所である金庫の中から消えていた……って、話、聞いています?」
「聞いている。助手が優秀なため、助かっている」
「とってつけたようなお世辞はいりません。立香! 何なのよ、そのたこ焼きは!」
「ソースとマヨネーズの組み合わせって、良い文明だよね」
霊体化という別行動をとっていたヘシアン・ロボ、プルートーと合流したので、早速依頼人との待ち合わせ場所へと向かおう。と思ったら、ジャンヌが大阪出張のスケジュールの確認をしている中で、立香たちはたこ焼きを食べていた。
流石、本場の味。出汁の効いたふわふわの生地の中に、大振りのたこが惜しげもなく詰め込まれている。ソースとマヨネーズというベストマッチの良い文明を十分に堪能しているが、遊びに来た訳じゃないのを忘れていないだろうか?
「はい、ジャンヌの分」
「遊びに来たんじゃないのよ。さっさと遺言状探しを終わらせて、余った時間で遊ぶのよ! ありがとう!」
「オルタ先輩、新幹線の中でガイドブックを熟読していましたからね」
「効率よく
「はい!」
人目につかない場所で、アンリマユまでもがハフハフモグモグとたこ焼きを食べている。清水への先輩からのアドバイスは、違う、そうじゃない。
が、立香も食い倒れは楽しみだったりする。大阪なんて、中学校の修学旅行以来だ。
「では、予約していたレンタカーを受け取って移動しよう」
「あ、ジャンヌ。口元にソースが……」
「……っ!?」
お好み焼きに串カツ、テッチリ、スイーツ……じゃなくて、向かうは高級住宅地に建つ屋敷である。そこで、消えた遺言状を捜すのだ。
欲望と愛憎が入り混じった厄介な仕事になるだろう。と思って慎重に事を進めようとしたが、2時間ぐらいで終わってしまった。すぐに終わってしまったのである!
依頼人の一族全員が集まっている場で、プルートーが秒で鳴いた。犯人は、依頼人の息子兼亡くなった社長の孫だった。どうやら、遺言状の中身をチラ見した際に、孫である自分に対しての相続分が少なかったことに腹を立てて破棄したとか。
しかも、その腹いせに、亡き社長の薬を隠したとも吐いたので余罪ありだ。控えの遺言状は、被害者の枕の中から見付かった。
今までの最速解決記録を塗り替えてしまったのである!
『お金というのは、祖父と孫の関係も拗らせてしまうのですね』
「あの孫、相当甘やかされていたみたいだし」
『ですが、折角の旅行です。先輩もゆっくりと楽しんでください』
「ありがとう、マシュ」
仕事を終えた立香たちは、大阪城公園へとやって来てしばし自由行動をとっていた。
かつての名前は「大坂城」。カルデアに召喚さているサーヴァントにも縁を持つ者がいる。行ってみたいという清水のリクエストでやって来たのだが……当の彼は、大阪城の天守閣をずっと眺め続けている。
「……大阪城」
「慶君。もしかして、何か思い出した?」
「……何となく、胸がざわざわするんです。もしかしたら、「僕」はこの地に縁があったのかもしれません」
でも、思い出せない。
立香が行きの新幹線の中で視た夢。あれはもしかして、「清水慶」の生前の記憶なのではないだろうか?
しかし、あれだけでは彼の真名を推理することはできなかった。でも……彼の隣には、大切な誰かがいたのかもしれない。彼は、それさえも忘却してしまっているのだ。
「マスター、これを」
「ありがとうございます、サリエリ先生。慶君、抹茶ソフト食べよう」
「はい! あ、代金を……」
「馳走する。学生は遠慮をするな」
「ありがとうございます!」
冬空の下、温かいコートを着て食べる抹茶ソフトクリームが何故にこんなにも美味しいのか。
たっぷり時間が余った大阪観光。次はどこに行こうかと模索していると、立香の足元にいるプルートーが鼻をひくひくさせて小さく鳴いた。
「マスター、マスター。罪の臭いがします」
「こんなところで!?」
「はい、あっちから」
プルートーが振り向いた先で女性の悲鳴が上がり、俄かに騒がしくなった。人だかりができ始めると、巡回中の警察官が割り込んで数人の男が逃げて行く。すると、聞き覚えのある声が聞こえて来たのだ。
「姉ちゃん、何やねんその格好! 大阪城公園はコスプレ禁止やで!」
「待って待って! 今の奴ら、スリよスリ! あの子から財布をスろうとしていたのよ! 捕まえるならアッチでしょ?」
「……あれ、この声?」
人混みを掻き分けて騒動の中心へと出れば、そこにいたのは警察官に手錠をかけられた1人の女性。二刀流の太刀を腰に下げ、2月の寒空の下には似つかわしくない袖のない着物姿。
鬼ヶ島で、下総国で、異聞帯のロシアで、ラスベガスで……いや、最後の一つは事故っぽい。数々の世界で邂逅をした、彼女がそこにいたのだ。
「武蔵ちゃん!?」
「その声は、立香君! 久しぶり! 偶然ね!」
新免武蔵守藤原玄信――またの名を、宮本武蔵。
歴史に名を刻む剣豪が、女性として生まれた可能性の別世界から放浪してきた異邦人。剪定された世界の「宮本武蔵」。
立香と縁を結んだ鮮やかな天元の花が、いた。
逮捕されていたのだ。
「武蔵ちゃん、何でココに? そして、何で逮捕されているの?!」
「聞いてよ! 昨晩、ココに来たんだけどね」
武蔵の話によれば、この世界の大阪にやって来たのは昨晩のこと。飲み屋街で出会ったおっちゃんと意気投合し、お酒やら串カツやらうどんやらを奢ってもらって夜明けまで飲み倒した。そして本日、大阪城を目印にして色々と探索していたら、女性をターゲットにしたスリ集団に遭遇。
財布をスリ盗った男の腕を掴んで止めたら、相手がナイフを出して反撃してきたので被害者女性が悲鳴を上げた。武蔵が応戦したら警察がやって来て、彼女の方が逮捕されてしまったのである。スリ集団は逃げた。
「あいつら、女の子の服に飲み物をかけて気を引いて。その隙に、もう1人が背後から財布をスっていたのよ! 私はそれを止めたのに……ねぇ、何で?! あと寒い!」
「そりゃ今2月だからね!」
「失礼だが、こちらのレディはどのような罪状で逮捕に至ったのだろうか?」
「ああ」
警察官へサリエリが尋ねると、彼は困惑しながら武蔵の罪状を告げた。
「銃刀法違反です」
とある並行世界には、ミニスカの女の子が行き交う未来を拝みたいがために400歳以上生きた宮本武蔵がいたとかいなかったとか……。