劇場版、楽しみ!
場所同じくして、大阪。関西ステラプリンセスホテルのロビーにて。
「蘭ちゃん、そのネックレスめっちゃ可愛えやん。もしかして、工藤君からのプレゼント?」
「プレゼントだけど、新一からじゃないわ。実はね……」
「えー何、何?」
蘭の胸元を飾るのは、先日、父に送られたリボンデザインのネックレスだった。彼女が着ているオフホワイトのタートルネックによく似合うそれを、コナンの隣の男が横目に覗いている。
これは、プレゼントの参考にでもしているのだろう。両片思いの幼馴染への告白のための小道具として、情報収集をしているのだ……この男、西の高校生探偵、服部平次は。
「オイ、服部。まさかとは思うけどよ、お前がこの仕事受けたのって……」
「ああ、ギャラが良かったからな。春休みにでも、どこか旅行に行ってええシチュエーションを作るには、金がなかったんや。なのに……」
「まさかの、やらせ問題で番組打ち切りだよ」
ここで、何故コナンと毛利親娘が大阪に来ていて、平次と幼馴染の遠山和葉がいるかを説明しよう。彼らは、あるテレビ番組の収録のために招かれたのだ。
あらゆる謎にその道のプロを呼んで解決してもらうドキュメントバラエティ。今回は、眠りの小五郎と西の高校生探偵がダッグを組んで未解決事件の捜査を行う……という内容だったが、そもそも捜査する未解決事件とやらがテレビ局が仕組んだ捏造だということが昨日判明。更に、今までの放送でもありもしない様々なでっち上げをしていたらしく、早々に打ち切りになってしまったのである。
あちらで小五郎がテレビ局関係者と色々言い合っている。このホテルの宿泊費や移動費はテレビ局側が出してくれるようだが、収録がなくなったため出演料はなし。
つまり、無駄足。ギャラはなし。平次も小遣い稼ぎとならなかったのである。
「しゃあない、楽しく大阪見物とでもいこか。前に案内した時よりも、面白い名物がぎょうさん増えとるからな。案内したる」
「ニャー」
「ん、猫? 何でホテルに猫が?」
「お客さんの飼い猫ちゃう? ここ、ペットOKのホテルやし」
「白い首輪を着けた、隻眼の黒猫……おまえ、まさか」
「ニャオ」
平次と和葉の案内で大阪見物に出かけようとしたコナンたちに、1匹の黒猫がトコトコと近付いて来た。その姿、とても見覚えがある。隻眼の黒猫なんてそう滅多に偶然遭遇するはずはない。
親し気にコナンに近付いて来た黒猫を呼ぶ声が聞こえれば、蘭がそちらへ嬉しそうに手を振った。立香やジャンヌを始めとした『カルデア探偵局』の一行がいたのである。ロボもいるし、帝丹高校1年生の清水慶もいた。
確か清水は、夏休みから『カルデア探偵局』でバイトをしているらしい。蘭と園子が話していたのを思い出した。
「オルタちゃん! もしかして、オルタちゃんたちも大阪に?」
「蘭ちゃんこそ! 探偵の仕事って、大阪だったのね」
「やっぱり、プルートーだったんだ」
「ニャン」
「なんや、あいつらがお前が電話で言っていた、カステラとかいう連中か?」
「カステラじゃなくて、カルデアな」
コナンは足元にちょこんと座り込んだプルートーを抱き上げた。
『カルデア探偵局』の話を聞くに、探偵の仕事で大阪を訪れていた彼らは昨日の内に仕事を終わらせて今日は観光の予定だという。
だが、今日はもう1人、見知らぬ人物が一行の中にいた。気配もなくコナンの背後に近寄り、そっと眼鏡を取り外した彼女は、あまりにも凛々しく、瑞々しく微笑んだのだ。
「やっぱり! 君、凄く利口な顔立ちをしているわね」
「え?」
「惜しい! あと5年……いや、3年経てばお姉さんの好みなのに!」
「えーと……お姉さん、誰ですか」
コナンを凝視しながら若干怪しい言動をする女性――星条旗柄のブルゾンを羽織った背の高い彼女は、白い竹刀袋を背負っていた。
誰だ、この人は?
眼鏡返してください。
「紹介します。彼女は、俺の高校の同級生の宮本伊織さん」
「武蔵ちゃんって呼んでね」
「剣道のパフォーマンスをしながら武者修行と称して海外を放浪していて、たまたま大阪で再会したんだ」
「ん、宮本伊織と言えば……確か、武蔵の」
「宮本伊織は、宮本武蔵の養子で後継者や。なるほど、それで「武蔵」と呼ばれているんか」
「そうそう。じいちゃんが武蔵のファンだったの」
「ほんなら、その背中の袋ん中には商売道具が入っているっちゅうことか」
「貴方も剣士のようですね。その手のタコ、その若さにして良い研鑽を積んでいるわね」
コナンへ眼鏡を返した彼女、宮本伊織――武蔵が、平次の手にある竹刀の握りダコを目敏く指摘した。剣士同士、何か通じるものがあるのかもしれない。
「折角やし、カルデアさんも一緒に大阪見物行かへん?」
「この人数じゃツアーになっちゃうね」
「どうする、立香。レディからのお誘いだ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて。よろしくお願いします、服部君、遠山さん」
「と、その前に……ホテルのパティスリーでフィナンシェを
「フィナンシェって、パティスリー満月兎のですか?」
「そうそう。あそこのフィナンシェ、めっちゃ美味しいからなぁ! ウチのお母ちゃんに
「とても美味しいと評判の新商品ですね! 僕もちょっと買ってきます」
「清水君、ゆうたっけ? 一緒に行こか」
「着いて行くか?」
「ホテルの中では迷わへんて」
和葉と清水が共にパティスリーへ向かうと、コナンはプルートーを立香へと返した。そのどさくさに紛れて、武蔵の愛称を持つ彼女へと視線を向ける。
宮本武蔵。言わずと知れた大剣豪の名前だ。
あまりにも有名なため、彼から名を賜っている者は少なくない。彼女が語ったように、同じ宮本姓ならば武蔵に関連する名前を付けるということもある。
だが、武蔵が『カルデア探偵局』にいるとなると、少々印象が変わって来る。彼女もまた、偉人の名を持つ者だ。それに、宮本武蔵の伝説は
世界全土に散らばる私設の調査機関。コナンは『カルデア探偵局』はその機関の一端ではないかと考えている。だとしたら、彼女もその一員か……彼らが捜しているナニかのために、呼び寄せられた可能性もある。
そうこうしている内に、武蔵が立香に一言声をかけてから「ちょっと行って来る」とその場を離れた。エレベーターに向かって行ったので、部屋に忘れ物ではしたのだろうか?
あちらには、ついさっきエレベーターから降りて来た男性2人が並んで歩いている。黒い帽子と黒いマスクを着けた背の高い男性と、全体的に丸いフォルムの老年男性……背の高い男性の方は、黒いリュックサックと竹刀袋を背負っていた。黒いアウターを右腕にかけ、老年男性側の右手が見えない。
まさか。
「服部、あの2人……」
「お兄さん」
焦ったコナンが平次に声をかけるのと同じタイミングで、武蔵が背の高い男性へと声をかけた。
「ソレって、銃刀法違反って言うのよ」
「……っ!」
「ひぃぃぃ!!」
武蔵に声をかけられた男性は、手にしていたアウターを彼女へ向けて投げ付ける。その下にあったのは、黒光りする一丁の拳銃……隣の老年男性のこめかみにそれを突き付けたのだ。
「た、助けてくれ!!」
「動くな! こいつの脳天をブチ抜くぞ!」
「きゃぁぁぁ!!」
「武器はそれだけじゃない。その竹刀袋の中身、業物ね」
「お願いだ、助けて……!」
「黙れ。それ以上喋るな!」
「っ、待てや! どこに行く!」
その光景を目撃してしまった他の女性客が悲鳴を上げ、ホテルのロビーが緊張感に包まれる。男は老年男性を人質に取り、周囲への威嚇を続けながらホテルの奥へと駆け出した。
あちらは、和葉と清水が向かったパティスリーがある。武蔵が男を追ったのと同じく、平次も駆け出した。
武装した男が向かったその先では、和葉と清水が無事にフィナンシェを買うことができていた。香ばしいアーモンドとショコラ&オレンジに歓喜する2人の背後に、拳銃を手にした男が迫って来たのである。
「やった、買えた~!」
「ノーマルのフィナンシェも買ってしまいました。食べるのが楽しみです」
「ホットミルクと一緒に食べるのがオススメやで……きゃぁっ?!」
「遠山さん!」
「な、何すんねん!!」
人質を引っ張りながらホテルの奥へと走る男は、和葉にぶつかってしまった。その拍子に彼女が持っていたフィナンシェ入りの紙袋が落ち、踏まれてしまう。
そのまま、文句を投げ付けて退散すればよかった。あろうことか、和葉は踏まれた紙袋を手に男を追いかけてしまったのだ。怒りに燃える彼女を清水も追いかけ、後から武蔵が駆けて来る。
男が向かった先は、ホテルの一階にあるレストランバーだった。扉は開いているが、『本日休業』の看板が立てられ中で何か作業をしている。店の前にも数名の人間がいた。
「どけーー!」
「きゃーー!?」
「え、あいつ銃持ってんで!」
「ええ?!」
銃を振り回す男に驚いた女性が悲鳴を上げてレストランバーに逃げ込み、同じく店の前にいたもう1人も逃げ出した。そして、男が扉を閉めてしまったのだ。
休業中のレストランバーに、拳銃と業物で武装した男が人質を取って立て籠もった。和葉と清水も追いかけて中に飛び込んでしまい、武蔵が滑り込んだ瞬間に扉は閉められてしまったのだ。
「和葉ぁ!!」
平次の目の前で、犯人と人質たちへの道が閉ざされたのだ。
関西弁が不自然でもご容赦ください。