犯罪元である並行世界にドリフトしたら、犯罪と一緒に蒐集されちゃいました。網を投げたら紛れ込んだようなものです。
犯罪漁の網にかかった武蔵ちゃん……。
関西ステラプリンセスホテルで起きた立て籠もり事件。
犯人の要求は、人質として幽閉した近畿堺大学付属病院が副医院長、岩代の謝罪である。己の罪を認め、潔く懺悔をしろと求めたが、岩代が認めないため難航中だ。体調も思わしくなく長期戦が想定される。
人質の数と犯人の武装により警察も膠着状態。八方塞がりとなりつつあったが、事件を突破するための微かな道筋が見えてきた。
清水が送ってきた謎の伝言に隠された暗号が探偵によって解き明かされたのだ。
「本来ならば陳列されていない菓子の名前……清水は、エクレアの頭文字「E」を欲したのだ。フィナンシェ、アップルパイ、栗かのこ、そしてエクレア。それぞれをアルファベットで書き起こし、それぞれの頭文字が奴からのメッセージだった」
Financier
Apple pie
Kurikanoko
Éclair
この際、アクセント記号は無視をする。エドモンがそれぞれのスイーツのスペルをホワイトボードに書き連ね、頭文字を取って並べると、一つの単語が浮かび出て来たのだ。
「FAKE……つまり、偽物」
「偽物……って、結局意味が分からないんですが」
「恐らく清水は、若狭の持つ拳銃が
「何やて?!」
「いや、ちょっと待てぇ! ダンテスさんも聞いたでしょう。動画の中で、犯人が撃った弾が花瓶に当たって割れた音を。音がして、弾も発射されたんなら本物の拳銃じゃないんですか?」
小五郎の言う通り、若狭が苛立ちながら拳銃を発砲し、その後に花瓶の割れた音がしっかりと中継されていた。だが、言い換えれば、割れた音しか聞いていない。
弾丸が花瓶に命中した場面を見ていないのだ。
「音だけだ。発砲音、花瓶が割れる音、そして人質の悲鳴。我々は音だけで拳銃を
「しかし、人質が拳銃は偽物だと証言しても、我々は無理に突入することはできひん。人質たちの命がかかっているんや。確固たる証拠がなければ……」
「っ! サーモグラフィーカメラだ!」
遠山警視長が、拳銃が偽物であるという証拠が必要と語るとコナンが大きく声を上げた。人質の人数を把握するために設置したサーモグラフィーカメラは、現在も外部からレストランバーを撮影中だ。
「拳銃を発砲すれば銃身が熱を持つ。サーモグラフィーカメラはずっと撮影中だよね。だったら、発砲の瞬間の録画を確認すれば本物かどうか分かるはずだ……だ、だよね、平次兄ちゃん」
「お、おう。確認してみる価値はあるやろ。派手な舞台裏で、一体何が起きているのを覗く価値は」
「ほんなら、すぐに録画を再生するで」
現場に臨場していた科捜研職員によって、サーモグラフィーカメラの録画映像が再生される。
若狭が発砲したその瞬間の映像の若狭が持つ拳銃は、引き金に指がかかって発砲音がした次の瞬間……熱を持ってはいなかった。冷温度を表す青いシルエットのまま、変化がなかったのだ。
「温度に変化がない!? ちゅうことは」
「拳銃は偽物で決まりだ」
「じゃあ、何で花瓶が割れたんだ?」
「あれれ~この花瓶、何かおかしいぞ。この花瓶、撃たれて割れたんじゃなくて、
素朴な疑問に首をかしげる子供……を、強調したような、無理に子供の振舞いをしているかのように声を上げたコナンが映像を指差した。
花瓶が飾られているのは、店内に点在している背の低い柱の上だ。その内の一つが木っ端微塵に割れたが、どうにも様子がおかしい。
花瓶の形をした青いシルエットは、花瓶の形をしたまま柱の上から落ちて粉々になったのだ。弾丸に貫かれて割れて落ちたのではなかったのだ。
すっかり勘違いしていた。音だけで想像力を働かせ、現場の様子を補完してしまったのだ。
花瓶は撃たれていない。花瓶の近くにいた誰か――暖色の人型によって落とされたのだ。
「そっか~拳銃の音に合わせてこの人が花瓶を落としたんだね!」
「この人物は、体型から見て北見さん……しかし、何で北見さんが?」
「その答え、一つしかないやろ大滝ハン。北見さんと若狭は
「北見さんが、若狭に岩代さんの居場所を教えたっちゅうことやな」
ホテル内部からの密告により、若狭は憎き仇である岩代の居場所を知ることができた。岩代の雲隠れ先であるホテルの従業員である北見が共犯なら、安易に情報を漏らすことができるではないか。
偽物の拳銃を本物だと誤認させるためのパフォーマンスにも彼女の協力は必要だ。悲鳴だって北見のものだった。
平次の言う通り、北見は若狭の共犯である可能性が高いのだ。
『シバによる観測結果によると、小さな探偵の言う通りだったよ。弾丸は発射されていない、音だけの改造モデルガンだ』
『ビリーさんやアサシンのエミヤさんが、「玩具のような音をしている」と仰っていましたが、本当に玩具の拳銃だったのですね』
「拳銃が偽物とは分ったけど、何で慶君はそれを暗号にして教えたんだろう? こんな回りくどいことをしなくても、式神越しにでも教えてくれれば……」
「モニター越しの素人が「偽物」と主張しても、一瞥と苦笑で終わるだけだ。おまえなら信じるか? あれは偽物の拳銃だ、しかし証言だけで証拠はない、と主張されて」
「いや……無理」
「証拠がなければ警察は動かん。それが正しい、不確定な証言だけで動くことはできん。だから清水は、人質としてメッセージを残した。自らの役目を、目撃者を全うしたのだ」
今の清水の役目は、人質であり目撃者であり、探偵に助けを求める被害者だ。彼はよくよく、与えられた役目を果たしていた。
「目撃者の証言を「探偵」が受け止め、裏付けの証拠を探し出す……FAKEを証明するには、このプロセスを経なければならなかった。奴はそれを直感的に知っていたからこそ、頭文字の暗号として
「成程」
「あいつが上手い具合にヒントをくれたのは良いけど、もう一つの「偽物」はどうするつもりなの?」
「ニャー」
拳銃が偽物であると発覚はしたが、この事件の裏に隠れている「偽物」はこれだけではない。ジャンヌに抱かれているプルートーは、事件関係者が勢揃いしているモニターの前で
だが、犯人が複数犯であると分っただけ。彼らが若狭の犯罪に加担した理由も、近江母娘との関係も分からない。
答えを出すまでにはまだ道のりは遠い。かと思われたが、探偵たちにはか細い糸のような微かなヒントだけでも十分だった。
否、探偵だけではない……事件の早期解決のために駆け回る大阪府警の刑事たちもまた、「明かす者」であったのだ。
「大変です! 人質の山城昌彦、奴さん近江千鶴の母方の叔父です!」
真実へ至る歯車が、廻り始めた。
「山城さんが、近江母娘の身内?!」
「はい! 2人を近畿堺大病院に送迎する姿を目撃されとりました。山城と若狭の2人が、有弥ちゃんの通院のために車を出していたみたいです」
事件の渦中にいる母娘の身内が立て籠もり事件の人質になっている。何という偶然、あまりにも都合がよすぎる展開。
若狭と北見が共犯の可能性は高いが、山城はどうだろうか?
亡くなった母娘の血縁者だ。彼女たちが足蹴りにされるように医者に拒絶された真実を知ったなら、若狭以上に憤怒して計画に加担するに違いない。
ましてや、有弥の通院にも付き添っていた関係なのだから。
「まさかこの事件……若狭と北見さん、そして山城さんの3人が共謀して岩代さんを人質に取ったということか?!」
「いや、3人やないかもしれん。千鶴さんの履歴書を見ると、彼女は運転免許を持っていない。有弥ちゃんの病状が急変した一昨年のクリスマスイヴは、若狭も山城さんも病院には同行してへん。一体どうやって近畿堺大病院に向かったんやろ」
「そんなの、救急車とか、タクシーとか呼んだんやないか……っ、タクシー!?」
「気になっていたんや、若狭が再生したICレコーダーの音声が。あの音声、タクシーのドライブレコーダーに録音されていたもんやないか?」
「三河さんは、西都タクシーの運転手や。まさか……」
「三河さんこそが目撃者やったんや」
有弥を抱えた千鶴は玄関まで岩代を追いかけてきたと、秘書が証言していた。つまり、病院の外にまで追いかけてきた。
彼女たちが乗って来たタクシーがそのまま玄関前で待機していたとしたら、千鶴が必死に懇願し岩代が冷たく突き飛ばしたやり取りを運転手とドライブレコーダーが見ていた可能性が高い。
平次の推理通り、近江母娘を乗せて近畿堺大病院へ向かったタクシーの運転手が三河ならば、彼は岩代が彼女たちに行った仕打ちを間近で見ていたことになる。
義憤にでも駆られたのだろうか。三河はドライブレコーダーの録画から一部始終の音声をコピーし、それを若狭たちに提供して犯行に加担し、人質役に加わったのなら筋が通る……和葉たちを除いた人質5人の内、3人が共犯の可能性が浮上した。
が、そう考えると、最後のもう1人もまた、不自然な巡り合わせだった。
「……持病のある岩代さんを人質にするなら、体調急変のリスクがありますよね。体調管理のために、医療従事者である看護師を共犯に加えた可能性はありませんか?」
「ミャー」
「偶然人質になった人たちのうち、遠山さん、武蔵ちゃん、慶君の3人以外の人質全員、
立香のその言葉に刑事たちは大きく瞠目して、2人の少年探偵には確信の光が灯ったのだ。
・近江千鶴(享年26)
故人。一昨年のクリスマスイヴに娘の持病が急変し近畿堺大病院に駆け込んだが、岩代に診察を拒否されてしまう。娘は翌日に亡くなり、彼女も自殺のように事故死した。今回の事件の発端その①
旧地名の「近江」
・近江有弥(享年4)
故人。生まれつき心臓を患っていたが、一昨年のクリスマスイヴに病状が急変。搬送先の府立病院で亡くなってしまう。今回の事件の発端その②
・岩代信博(62)
近畿堺大学付属病院の副医院長、専門は心臓外科。政治家への収賄疑惑の報道から雲隠れ中だったが、どういう訳か拳銃で脅されて謝罪を求められる。被害者なのか加害者なのかよく分からないが、多分加害者寄りの被害者。
旧地名の「岩代」
・若狭晃太(28)
拳銃と業物で武装して人質を取り、立て籠もり事件を起こした犯人。大学時代は剣道の世界大会三位にも入賞した実力者。近江千鶴は高校時代の同級生、そして交際相手だった。
旧地名の「若狭」
・北見光莉(22)
立て籠もり事件の現場となった関西ステラプリンセスホテルの従業員。レストランバーの空調修理に立ち会っていたところを、不運にも人質となってしまう。
旧地名の「北見」
・山城昌彦(48)
空調修理に来ていた業者。これまた、不運にも人質となってしまう。
旧地名の「山城」
・志摩登紀子(56)
ホテルにあるエステに訪れていたが、レストランバーの近くにいたせいで可哀そうに不運にも人質となってしまう。看護師の資格を持っている。
旧地名の「志摩」
・三河諒(30)
ホテルに出入りしている西都タクシーの運転手。お客を送迎した後の休憩中、レストランバーの近くにいたせいで憐れ不運にも人質となってしまう。
旧地名の「三河」