犯罪多重奇頁 米花   作:ゴマ助@中村 繚

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浪速の立て籠もり事件、思わぬ再会07

 若狭晃太は、千鶴の高校時代の同級生で部活仲間。

 山城昌彦は、千鶴の叔父であり有弥の病気治療にも積極的に関わっていた。

 三河諒は、病状が急変した有弥を抱えた千鶴をタクシーに乗せて近畿堺大病院に急行し、事件の発端の一部始終を見ていたのかもしれない。

 北見と志摩が近江母娘とどんな関係かはまだ分からない。だが、関係者とその疑いがある人物が一か所に集まり、人質として拘束されているなんて偶然、あまりにも不自然だ。

 特に、血縁者である山城が、若狭の口から姪とその娘の名前を出されて何の反応を出さないのはおかしい。彼は共犯で間違いないだろう。

 もしかしたら……そう、立香が口にしたように、ただ1人の標的である岩代と、和葉、武蔵、清水を除いた人質全員が、近江母娘のためにこの事件に加担した共犯者たちである可能性が高いのだ。

 

「でも平ちゃん、若狭と山城さんはともかく、北見さんは何でこの計画に加担したんや? それに、志摩さんもグルやったんなら、近江さんたちとの関係は一体?」

「それはまだ分からへん。志摩さんは看護師の資格持っとる言うたよな。亡くなった娘さんを担当していた看護師とちゃうか?」

「それはもう調べとる。近畿堺大病院に、志摩という看護師はおらんかった」

「なら、一体どこで繋がりが……」

「……ん? 看護師……ひょっとして。この人、保育園の先生じゃねぇか?」

「「っ?!」」

 

 小五郎の言葉に、コナンと平次は同時に振り向いた。

 

「おじさん! 何でそう思ったの?」

「保育園にはな、保育士さんだけじゃなくて、持病のある子供のための看護師もいるんだよ。千鶴さんは実家の援助なく、1人で働きながら有弥ちゃんを育てていた。当然、保育園を利用しているはずだ。有弥ちゃんは心臓に持病があるから看護師のいる保育園を利用していた可能性は高い。志摩さんが有弥ちゃんの先生だったなら、有弥ちゃんのために若狭に手を貸したのにも説明がつく」

「すぐに有弥ちゃんが通っていた保育園を調べるんや!」

「はい!」

 

 有弥が生前に利用していた保育園はすぐに判明した。持病のある子供のために看護師が勤務している保育園……志摩登紀子は昨年の3月までそこに勤めていて、有弥の担任の保育士だったのだ。

 しかも、保育園での繋がりは志摩だけではなかった。

 北見光莉は大学時代にボランティアサークルに所属しており、活動の一環で有弥が利用していた保育園を何度も訪れていたのだ。

 5人の人質全員が近江母娘と繋がった。三河はまだ平次の推測の域を出ないが、ここまで関係者が揃っている現状を偶然の一言で片付けることはできない。

 刑事が手に入れた一枚の写真……保育園の行事なのだろうか。浴衣を着て髪を二つに結った幼い少女が、志摩と北見に囲まれて朗らかな笑顔を見せている。

 この子が、4歳で亡くなった近江有弥だった。

 

「何や、今日は眠ってもないのに冴えとるやないか」

「そういやおっちゃん、よく蘭の保育園の迎えに来ていたからな」

 

 これではっきりした。

 この事件は、若狭だけの犯行ではない。近江母娘と繋がりのある5人が共謀して起きた事件であったのだ。

 そもそも、立て籠もり事件にする気はなかったのかもしれない。

 北見が岩代の居場所を若狭に流し、若狭が偽物の拳銃と業物をちらつかせて岩代を脅し、三河がもたらした証拠を突き付ける。千鶴の血縁者である山城や有弥を間近で見ていた志摩も詰め寄って、岩代が犯した罪を認めさせる計画だったかもしれない。

 だが、武蔵に武装を見破られたことにより急遽プランが変更になってしまったのだ。トラブルに続くトラブル続きの結果、人質を取った立て籠もり事件になってしまったのである。

 拳銃は偽物。

 人質も偽物。

 立て籠もり事件そのものが偽物……だが、彼らの身に宿る岩代への憎悪は本物だ。

 岩代が自身の罪を認めて亡き母娘に誠心誠意謝罪をしない限り、彼らの憎悪は滾り、燃え続ける。

 ネットのLIVE中継までして逃げ場をなくしているのだ。どんな手を使ってでも、彼らは目的を果たそうとするだろう。

 そうなると、悠長に構えてはいられない。

 

「つまり! 若狭さんが実行犯、他の4人は各々犯行に加担した複数犯による狂言立て籠もり事件だったのです!」

 

 小五郎が指差すホワイトボードには、蘭とジャンヌよって近江母娘と若狭、人質たちの関係図が書かれていた。添えられたデフォルメの似顔絵が、やはりよく似ている。

 拳銃は偽物、人質の半数以上が犯人の共犯と分れば脅威は減少する。しかし、若狭には一番の武器があった……武蔵が彼らの凶行に気付く切っ掛けとなった業物。

 凄腕の剣士である彼にとっては、拳銃以上に頼りになる“凶器”だ。多数の機動隊が突入しても、抵抗により甚大な被害が出る可能性がある。

 遠山警視長が強行突破を渋る中で、立香が手を挙げた。レストランバーの内部にいる剣の達人は若狭だけではないと。

 真っ先に業物の気配に気付いた彼女――宮本伊織は、名こそは弟子であるが、その実力は「武蔵」と名乗って然るべき剣豪であると彼は語ったのだ。

 

「武蔵ちゃん……彼女は、その名の通りの剣の達人です。背負っていたパフォーマンス用の刀もあります。武蔵ちゃんなら、犯人を無力化できるはずです」

「……その言葉、信じてよろしいんですね」

「はい」

 

 立香の目に迷いはなかった。遠山警視長の言葉にしかと頷くと、レストランバーの入り口及び外側に待機している機動隊へと伝達が入った。

 

「全捜査員に告ぐ……突入する!」

 

 

 

***

 

 

 

 レストランバー内部の空気が刺々しくなってきた。

 緊張感と恐怖、苛立ちによるストレスなのだろうか。ギスギスした雰囲気の中で、他の人質たちが岩代を非難し始めたのだ。

 

「アンタが謝れば、解放されるんや。さっさとその母娘に謝りぃ!」

「そうよ。私たちは巻き込まれただけなのよ! 何も悪くないのに……」

「ちょ、ちょっと皆さん。イライラするのは分かるけど、ちょっと落ち着いてください」

「でもお嬢ちゃん、全ての元凶はこの男にある。こいつが自分の罪を認めて、亡くなった母娘に謝罪すれば終わりなんだ。早く終わらせてくれ!」

「な、何なんだあんたたちまで!」

 

 三河に志摩、そして山城も語尾を鋭くして岩代へ罵声を投げ付ける。和葉が間に入って何とか場の空気を改善させようとしたが、焼け石に水だった。

 北見は何も発言はなかったが、その視線は岩代を睨みつけている……彼女もまた、彼に恨みがあるのだろう。犯人の犯行に加担するぐらいには。

 清水は見てしまったのだ。犯人の拳銃の音に合わせて、彼女が花瓶を落とした場面を。そもそも、拳銃からは弾が発射されていなかった……あれは音が出るだけのモデルガンなのかもしれない。

 スイーツの頭文字に「偽物」の意味を込めて、エドモンを始めとした探偵たちへメッセージを送った。拳銃が偽物である証拠を掴み、この状況を打破して欲しいと希望を込めた。

 今の清水に降りかかった役目とやらは、「目撃者」だったのだろう。その役目を果たすことができたのだろうか?

 

「慶君、何だか他の人質たちの様子が変よ。彼らまで、あの岩代って人に殺意を向けているわ」

「拘束時間が長くなって、疲弊しているのでしょうか」

「いーや。他の人質全員、グルなんですよ。みーんな、あの医者に殺意バリバリなんですよ」

「……っ?!!」

「よっ、後輩。元気?」

 

 いつの間にか、清水の隣にやけにフランクなまっくろくろすけがいた。霊体化して潜り込んできたのだろうか、絶妙に他者の死角になる位置にアンリマユがいたのだ。

 清水が驚きのあまり悲鳴を上げなかったのは、誉めてあげた方がいいかもしれない。

 

「え、グルって」

「ここだけの話。他の人質全員、死んだ母娘の関係者でさ。つまり、全員犯人。猫チャンはしっかり鳴いた。で、マスターからの伝言。これから突入するから、気を付けろって。正面には狼と傭兵が控えてる。剣士のお姉さんにも」

「何々?」

「「相手は任せた」って」

 

 立香の伝言を聞いた武蔵の目に鋭い光が宿る。

 竹刀袋に入れていた彼女の二振りの刀は、スマートフォンの替わりに没収されて犯人の近くのテーブルの上に置かれている。あれを取り戻し、犯人の相手をするのが彼女に与えられたマスターからの指示だ。

 犯人は、()()()()()()()の世界の住人にしては相当な手練れ。相手をできるのは武蔵しかない……その判断は、正しかった。

 

「任せて」

 

 否定を続ける岩代に犯人が痺れを切らし、再びネットにLIVE中継を乗せようとしたその時、扉のバリケードを破って機動隊が突入した。




楽しかった夏祭り
運動会とお遊戯会は、病院で参加できなかった
餅つき大会、節分、ひなまつりパーティー、たくさんの楽しみが待っていた
サンタさんにはお手紙を書いた
その日は、夜に開かれるクリスマスパーティーの準備をしていた……

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