「プジョーは、ボクの野良ネームの一つです。コロンボはミートソースに拘っているお店なんですよ。ひき肉も良い物を使っていまして、よく顔を出しておやつをもらっていました」
肩に乗るプルートーがこっそり耳打ちをした。
彼は野良猫ならぬ野良サーヴァントの頃に、おやつをもらえるいくつかの拠点を持っていた。そこでは、「クロ」とか「ジジ」とか「ルドルフ」とか様々な名前で呼ばれていたのだが、その内の一つが「プジョー」と呼んで茹でたひき肉を与えるレストラン『コロンボ』だったのだ。
ところで、何故エドモンがプルートーと共に『喫茶ポアロ』……否、『毛利探偵事務所』の周囲に出没していたのか?
簡単に言えば、江戸川コナンの秘密を嗅ぎ回っているのである。
居候先の真下にあるカフェではエドモンが、外ではプルートーが耳に入って来る情報を仕入れていた。後者は霊体化したり、スキルを使って模様の違う猫に変化したりして、江戸川コナン=工藤新一の方程式を証明するために『毛利探偵事務所』を覗き込んでいたのだ。
だが、過去にこの2人が同じ場所で同時に存在していたのを目撃されていた。帝丹高校の学園祭。2年B組の演劇の上演中に殺人事件が発生し、工藤新一が事件を解決したと同時に、演劇を観にコナンも学園祭を訪れていたのである。
ジャンヌがその時の写真を園子に見せてもらったが、同じ時間、同じ空間に、工藤新一と江戸川コナンが存在していたのだ。
一体どういうことだろうか?
魔術の反応が薄いこの地で、魔術による分身を創れることはないだろう。では、影武者を使ったのか。怪盗キッドのような変装の名人が、別な子供を変装させたのか?
そうだとしたら、決定的な真実が二つある。
一つ、幼児化した状態から一度は元に戻っている。
二つ、工藤新一には事情を知る協力者が存在する。
江戸川コナン=工藤新一という推理をそのままに、『カルデア探偵局』は特異点攻略の鍵となるであろう名探偵の調査を強化したのだ。
そしてもう1人、気になる存在がいる。
安室透――否、公安警察が降谷零。
何故、公安警察の捜査員が毛利小五郎に弟子入りし、事務所の下にあるカフェでバイトをしているのか?
この際だ。
小休止。
探偵を名乗る者たちの元には様々な事件が舞い込む。ポアロにいるというイケメンの探偵を頼りにやってきたのは、江古田高校に通う2人の少女だった。
ふんわりと髪を巻き、少々ミーハーな言動が多いのが
先ほど、偵察を終えて黒猫に戻ったプルートーは彼女たちに絡まれていた。主に紫織に。
曰く、「可愛いと連呼すれば、何でも許されると思わないでくださいよ! 猫にも肖像権はあるんです。しっかりと
「撮影料を払えばあざといポーズの一つや二つ、吝かではないのか」
「まあ、猫ですから。ちゅーるには忠実です」
プルートーに撮影料を払わなかった少女たちの相談は、ポアロの店内で行われる。梓の好意でプルートーも来店させてもらい、ここにどうぞとナフキンを敷いた籠を準備してもらえた。
ひらりとエドモンの肩から飛び降りると、大人しく籠の中に納まり「中々良いですね」という意味を込めて「ニャー」と鳴いた。
「ええと、相談なんですけど……実は、私の彼氏の話なんです。彼氏が、職場の人から嫌がらせを受けているみたいで」
「年上の彼氏がいるんですね」
「はい! マイケルって言って、とーってもカッコいいんです!」
「マイケル?」
「マイケル……」
「紫織、ちゃんと一から説明しようね。この子はこう言っていますけど、厳密に言えば彼氏じゃないんです。実は紫織、SNSで年上のアメリカ人男性と結構親密なやり取りをしていまして」
緋奈が一から説明すると、以下の通りである。
紫織は半年前、SNSでマイケル・グリーンマンという男性を知り合った。IT会社勤務。アメリカ国籍で同地在住の26歳。
趣味はサイクリングと写真。日本の景色や伝統的な建物に興味があって、いつか来日してみたい。日本語を勉強中。と、紹介プロフィールに書かれている。
プロフィールの隣に掲載されている写真には、明るいブラウンヘアーで青い目のスリムな白人男性が写っている。笑顔の合間から覗く歯の並びがちょっと悪いが、いかにも女性受けしそうな容姿をしていた。
「マイケルの写真に一目惚れしちゃって、思わずメッセージを送っちゃったんです。そうしたら、マイケルは凄く丁寧に対応してくれて。「日本語をもっと勉強したいから、友達になってください」って、相互フォローになったんですよ。彼氏っていうのは言いすぎたけど、でも、「日本に行ったら真っ先に君に会いたい」とか、「この素敵な景色を君と2人きりで観たい」とか言ってくれるんです!」
「ミャー?」
「これってもう、恋人一歩手前ですよね?」
「確かに、君の気を引こうとしているように感じますね。それで、そのマイケル氏が嫌がらせを?」
「はい。同僚に階段から突き落とされたって」
幸いにも足を捻挫しただけだった。あいつは、僕が重要なプロジェクトを任されているのが気に入らないんだ。僕に嫉妬しているんだ。
マイケルから来たメッセージにそう書かれていた。だが、階段突き落とし事件は序の口に過ぎなかったらしい。
マイケルはこの後、職場のパソコンを水浸しにされて仕事のデータを吹っ飛ばされ、職場のロッカーにはゴミが詰め込まれていた。攻撃的な文面の迷惑メールが毎日何件も届き、重要な極秘書類がシュレッダーにかけられた濡れ衣を着せられた。
日に日にマイケルに対する嫌がらせは酷くなり、紫織に送ってくるメッセージの内容も日に日に憔悴していった。このままでは殺されるかもしれない……マイケルの一言に憤慨した紫織は、まずは幼馴染である緋奈に相談し、緋奈の勧めでポアロを訪れたのだ。
最近、女子高生たちの間で噂の『喫茶ポアロ』にいる探偵にちょっとした悩み事を相談したら、見事に解決してくれた。しかも、凄くイケメンな探偵だったとか。
この噂を聞いて、彼女たちはポアロにやって来たのだ。
以上、説明終了。
「アメリカには行けないけど、探偵さんのアドバイスをマイケルに教えれば彼の助けになるかなって思って。マイケル、本当に辛そうにしていて、最近は明るい投稿も全然なくなっちゃったんです。殺されるかもしれないって言っていましたし!」
「ふむ……いくつか、確信したいことがあります。まず、紫織さん。君はそのマイケル氏の要求に応じて、写真や動画を送ってはいませんか?」
「写真に、動画?」
「端的に言うと、裸の写真や動画です」
「お、送っていません! はい、絶対に送っていません!」
「では、次に。マイケル氏は日本語を勉強中と言っていたんですよね。彼とのやり取りは日本語で行っていましたか? それとも、英語で?」
「英語と日本語です。日本語は、挨拶とか簡単なことだけ。翻訳アプリがあるので、そんなに会話は苦労しませんでした。マイケルの投稿も、アプリで訳して読んでいます」
「……その投稿は、現物のままで手に入るか?」
「マイケルのマイページから読めます。いくつか消しちゃったみたいですけど、私がいくつかスクショしているので残っています」
横で聞いていたエドモンが口を出すと、紫織はスマートフォンを操作してマイケルと繋がっているSNSを開いた。
過去の投稿は、旅行先の絶景の写真や、友人とバーベキューをしたとか今日のランチなど明るい話題が多い。しかし、最近のものは確かに暗い。「辛い」とか、「最悪だ」とか、「死にたい」とも呟かれている。
日付を見ると、不穏な投稿が始まった……もとい、嫌がらせが始まったのは今年に入ってからのようだ。
「もう一つ。マイケル氏は、SNSに同僚から嫌がらせと受けている旨の投稿はしていますか?」
「していません。私だけに相談したいって、マイケルは言っていたので」
「私も、紫織に相談されてからマイケルのSNSの投稿を調べましたけど、ネガティブな発言はしていても、具体的に何が起きているかは投稿していませんでした」
「ほう……紫織さん
「名前は……言っていなかったです」
「分りました。すいませんが、マイケル氏の過去の投稿を読ませてもらいます。ダンテスさんもいかがですか? 正直、僕だけでは大切なナニかを見落としてしまいそうなので、できればお力を貸していただきたいのですが」
「……クハ、クハハハハ! 謙遜するのか、自己の叡智を卑下するのか。名探偵の一番弟子が! 謙虚な器でもないだろうに……しかし、俺もこの事件の顛末が気がかりだ。俺の推理が、おまえの推理と合致しているかどうかの答え合わせのためにも、共同戦線と行こうか」
「ニャー」
相手がネットの海を越えた先にいるせいか、プルートーは鳴かなかった。鳴けなかった。
結構馬が合う巌窟王と黒猫。
お互いに
実は出版年もとい発表年も近い。(1843年と1844~1846年)