「マイケル氏は、あまり自撮り写真を投稿しない方のようですね」
「そうなんです。私は、もっとマイケルが見たいから載せてって言ったんですけど、人物を撮るのは苦手だからって載せてくれなくて」
「休日は主にサイクリングへ。交友関係も悪くはない。友人のホームパーティーへ招かれ、共に食事にも出かけている」
「そっちの友達には、嫌がらせのことを何も言っていないみたいなんです。紫織の話だと、本当に彼女にだけ相談しているんだって」
安室は紫織のスマートフォンを預かり、エドモンは自身のスマートフォンで件のSNSの捨てアカウントを作成して、共にマイケルの過去投稿を調べていた。原文……英語のままの文書である。
マイケル・グリーンマンのSNSの内容は景色の写真が多い。投稿記事を読むと、愛車のロードバイクでアメリカ各地を走り回っているようだ。
海に山に花、朝焼けに夕焼けと、マイページには絶景写真が並んでいる。だが、景色だけという訳でもない。
ある時には、網の上で焼かれる豪快な肉料理とピースサインをする白い手が写る写真が、友人のホームパーティーに招かれてバーベキューをしたという文書と共に投稿されていた。
またある時には、白磁の皿に乗せられた料理とセンスの良い内装の写真が、友人と行ったレストランが最高だったという文書と共に投稿されていた。
しかし、写真は数多くあれど、自身の写真――所謂、自撮り写真はプロフィールに掲載された一枚のみだけだ。写っていても、腕や脚が写り込んでいるだけである。
「このマイケルって人、自転車で色々な場所に出かけていますね。凄くアクティブな人」
「ミャー」
「そうですね、とてもアクティブに見せていますが、本当はどうだか……結論から言いましょう。今すぐこのマイケル・グリーンマンをブロックしてください」
「ええ?!」
「奴は嘘を吐いている。SNSの投稿には、何一つ真実がない」
安室とエドモンの発言に紫織は驚き怒り、声を張り上げた。
「何で!? マイケルが嘘を吐いているって、何で分かるの!! 何でそういうことを言うんですか!?」
「紫織、落ち着いて! 嘘って、嫌がらせを受けているっていうのは嘘なんですか?」
「ええ、
「ありましたけど、大体の内容が分かれば会話できたし……でも! マイケルが嘘を吐いている証拠はどこにあるんですか!」
「……『今日は、友人の職場の一階にあるレストランに行った。値段も安く、インテリアもセンスがいい。味も良かった』。この投稿内容だが、写真に矛盾がある」
エドモンが読み上げた投稿内容を翻訳アプリで訳せば、このように日本語で翻訳される。
だが、投稿されている写真――料理と店内の内装の写真数枚の中に、文書と合致しない一枚があったのだ。
「この写真、店内のインテリアを写した中の一枚に、窓の写真がある。これを見て気付くことは?」
「窓……特徴的な窓枠ですね」
「あら、もしかしてこの写真……
「ニャー」
窓の外の景色がおかしいことに梓が気付いた。
窓の向こうに見える隣の建物には
だが、窓の向こうは二階以上の景色になっている。一体どういうことなのだろうか?
「翻訳ミスですか?」
「いや、翻訳は正しい。原文には「First Floor」と記載がある。単語だけを訳せば「一階」となる……アメリカ英語の場合は。恐らく、この投稿はイギリス英語で書かれている」
「イギリス英語? 同じ英語なのに、違いがあるんですか?」
「アメリカ英語では、「First Floor」は「一階」で正しい。だが、イギリス英語では「一階」を「Ground Floor」と書き、二階以降からFirst, Secondと数える。よって、イギリス英語で翻訳すると、この文面は『友人の職場の
「そっか。二階から撮ったなら、この写真になりますよね」
「マイケル・グリーンマンはアメリカ人と名乗ったな。イギリス出身とは言っていなかったか?」
「アメリカ出身の、アメリカ育ちって……でも、ただ間違えただけってこともあるんじゃないですか? それだけでマイケルを嘘吐き呼ばわりするのはやめてください!」
紫織がエドモンに噛み付いた。
好意を持つ男性を嘘吐き呼ばわりされて苛立つ気持ちは分からなくもないが、マイケルの発言を全て真実だと断定するには不自然な投稿が多すぎる。
アメリカ人なのにイギリス英語を使っていたのもそうだが、過去の投稿を洗い浚い調べてみると、他にもアメリカ英語とは違う文法が混ざっていたのだ。
「他にもおかしいところがあります。さて、「バーベキュー」のスペルはどう書くか分かりますか?」
「バーベキュー……「BBQ」ですか?」
「そう、それで伝わります。しかし、この投稿の原文……友人のホームパーティーのバーベキューに招待された写真と投稿文では、バーベキューは「Barbie」と書かれています」
「バーベキューが「バービー」?」
「これはオーストラリア英語です。オーストラリアでは、バーベキューを「Barbie」と呼ぶんですよ」
「ええ! オーストラリアもアメリカと違うんですか?」
緋奈が驚きの声を上げる。
日本人が高等教育までで学ぶ「英語」はアメリカ英語が基本だ。勿論、学んで覚えさえすれば世界各地で伝わるだろう。
ただ、実際にはお国柄の違いがある。イギリス英語もそうだが、オーストラリアや隣のニュージーランドでは元となった言語とは違う発音や文法で表現される。持ち込まれた言語が、同地で独自の変化を遂げたということだ。
マイケル・グリーンマンはアメリカ出身のアメリカ育ち、アメリカ在住と名乗っている。だが、実際に使用する言語には、所々にアメリカ英語ではないものが混在しているのだ。
「翻訳アプリで日本語に訳すと、「Barbie」を「バーベキュー」と翻訳できません。何かのミスかと思って見逃してしまったのでしょう。バーベキューの写真があるので、頭の中で補完してしまったのかもしれませんね」
「でも、でも……やっぱり、マイケルが嘘を吐いているって証拠にはならないじゃないですか!」
「では、何故マイケルとやらは
「この写真の「マイケル・グリーンマン」自身は、恐らくイギリス人でしょうね」
「ええっ!? どうしてイギリス人だと分かるんですか?」
「歯だ」
「フニャァ」
梓の疑問に対し、エドモンは自身の歯を指差してそう答えた。顔に見合わぬ虎のように鋭い八重歯が、籠の中で欠伸をしたプルートーの牙のようであった。
「アメリカでは歯並びに非常に気を遣うんです。幼い頃から矯正して、ホワイトニングにもこだわって歯を綺麗にするそうです」
「その点で、イギリスではアメリカほど歯の矯正にこだわらない。まあ、個人差もある。イギリス人でも歯並びを気にする者がいれば、アメリカ人でも無頓着な者もいる。しかし、プロフィールの写真で
安室とエドモンが指摘したように、甘いマスクのプロフィール写真の欠点を上げるとしたら歯並びの悪さだろう。満面の笑みを浮かべる口から覗く凸凹の歯には、矯正の気配を見られない。
つまり、マイケル・グリーンマンはアメリカ人ではない。アメリカで育ってもいない。
と、言うか……そもそも、「マイケル・グリーンマン」という人物は実在しているのだろうか?
・自身の写真はプロフィールに掲載している一枚のみ
・アメリカ人ではないのに、アメリカ出身のアメリカ育ちと名乗っている
・投稿文書の英語が所々おかしく、不自然
・恋愛感情を持っているような思わせぶりな、君だけという特別な存在だと言わんばかりの発言
「SNSの投稿内容も写真も、他のSNSから使えるものを盗用してコピー&ペーストしたのでしょう。英語なら何でもいいと思ったのでしょうね」
「あるいは、国によって英語に差異があることを認知していない無知な者の犯行か」
「え、犯行って……」
「他人の姿、他人の日常、それらを
「インターネット上で外国人と名乗り、日本人女性とやり取りをしている内に恋愛関係へと発展させ、頃合いを見て次のアクションを起こすでしょう」
して、この犯罪の名は。
「「国際ロマンス詐欺だ」」
安室とエドモンの声が、ピッタリと重なった。
・岡田紫織(17)
江古田高校の2年生。
SNSで親密なやり取りをしているアメリカ人男性、マイケルが酷い嫌がらせをしている聞いて探偵に相談に来た。ちょっとミーハーな恋する乙女。
「紫」……ほら、江古田高校生だもんね。
・野村緋奈(17)
江古田高校の2年生
紫織の幼馴染で、彼女からマイケルの相談を持ち掛けられた探偵がいるという『喫茶ポアロ』へ行くことを提案した。しっかり者である。
「緋色」
・マイケル・グリーンマン(26)
IT会社に勤めるアメリカ人男性。紫織とSNSで親しく交流している。
同僚から酷い嫌がらせを受けて「殺されるかもしれない」と漏らすほど憔悴しているようだが……。
「緑」