「国際、ロマンス詐欺……?」
「それって確か、外国人に成りすまして結婚の約束をして、お金を騙し取る詐欺ですよね? ニュースで観たことあります」
「でも、その事件って……軍人を騙って、派遣先で大怪我をしたから手術代を払ってくれ、っていうものじゃありませんでしたっけ?」
「梓さんの言う通り、少し前まではそういった“設定”がスタンダードでした。しかし、近年では手口も多様化してきています。ごく普通の会社員を装い、家族が難病に罹り治療費が高額とか、仕事の失敗を押し付けられて契約違反金を請求されたなど。ありもしないトラブルをでっち上げて、インターネットのやり取りで親しくなった相手へ金銭的な援助を求めて来ます」
国際ロマンス詐欺において、ターゲットが女性ならイギリス人やアメリカ人などの英語圏の白人男性。男性ならば、ロシア圏の女性が「餌」として用意されることが多いという。
ターゲットがよく食いつきそうな写真を盗用し、その写真に集まってきた相手を懇切丁寧に優しく口説き、恋愛感情を抱かせる。ターゲットが“設定”とは別国籍だった場合には、近々その国への旅行をほのめかし、対面した暁には結婚しようと甘言を吐くのだ。
成熟したタイミングで金銭を要求する。最初は微々たる金額だが、徐々に金額は増え、酷い時には億単位の金を搾取するが、被害者はその自覚すらない。ただただ、相手を助けるためにと金を用意する。
ターゲットとなった人物は、愛した相手を助けるためにと横領やその他の犯罪に手を染めてまで金を用意してしまうこともある。そして犯人は、金を搾り取れなくなったと判断すると連絡を絶って姿を消してしまう。
勿論、搾り取った金は誰かを助けることはない。犯人の私腹を肥やすためだけ。
愛情と良心に付け込んだ、卑劣な犯罪である。
「この事件の場合、嫌がらせを受けていると告白して同情を誘い、頃合いを見て金銭を要求して来るはずだ。嫌がらせで怪我を負い、手術費が必要と。仕事の失敗を擦り付けられ、違約金を請求されたと。ありもしない嘘をでっち上げ、彼女の良心を利用してくる」
「だけど、何で紫織に? そういうのって、お金がある社会人がターゲットですよね。高校生を詐欺にかけるってことは、ないんじゃないんですか?」
「……えーと、その、実は……ごめんなさい! じ、実は私、マイケルとは24歳のOLって設定でやり取りしていて」
「何それ?! 私、聞いてない!」
「だって、学生だと相手にされないと思ったんだも~ん」
「も~ん、じゃない!!」
どうやら、紫織が詐欺師相手に騙されていたように、詐欺師も紫織に騙されていたようだ。詐欺師は紫織が、金は余っているが恋人との出会いがない寂しい独身女性だと思って詐欺にかけたのだ。
紫織は紫織で、自分の写真や動画をマイケルへ送れば、そこから高校生であることがバレて嫌われてしまうかと思ったそうだ。写真を送らなかったのは不幸中の幸いである。
「でも、でも……本当に、詐欺だって決まった訳じゃ。私はマイケルに嘘を吐いていたけど、マイケルも私に嘘を吐いていることは限らない……」
「っ、メッセージが届きましたよ。マイケルから」
「え……」
安室の手にある紫織のスマートフォンにSNSのダイレクトメッセージが届く。
その場にいる全員が見守る中、ダイレクトメッセージを開いて内容を翻訳すると、紫織の顔がサァっと蒼褪めた。
「……『これ以上、この会社にはいられない。辞職を上司に相談したら、今任されているプロジェクトを途中で降りることを許されなかった。どうしても退職したいならば、違約金を払えと言われた』」
「『このままでは彼に殺される。でも、違約金が高額で払えない』……『愛している君に頼みがある。1万ドル貸してくれないか』……そんな、マイケル、信じていたのに」
「1万ドル。日本円で110万円ぐらいですよね」
「成人女性の貯蓄でギリギリ賄える金額ですね。この犯人、相当手慣れていますよ」
スマートフォンを握る紫織の手がぶるぶると震える。両目には涙が滲み、マイケルに対して抱いていた恋心は徹底的に蹂躙された。
1万ドルを貸してくれというメッセージの後には、「仕事を辞めたら君に会いに日本に行く」「結婚しよう」と、安室が言っていた国際ロマンス詐欺の教科書の如き台詞が並んでいたのだ。
ここまでされれば、盲目的な恋も打ち砕かれる。やはり、「マイケル・グリーンマン」は詐欺師だった。
「そんな、全部嘘だったなんて……」
「相手の顔が見えないインターネット上では、身分を偽ることは簡単です。君のような純粋な人間を、悪意を持って相手を騙す人間は山ほどいます。厳しい言い方にはなってしまいますが、インターネットで知り合った相手を簡単に信用してはいけない。いつかもっと非道な犯罪に巻き込まれる」
「はい……ごめんなさい」
「今回は、僕たちに相談してくれたので幸いにも未遂で終わりました。君を心配してくれる緋奈さんもいます。あまり気を落とさないでください」
「写真とか、電話番号は教えていないんだよね。SNSだけの繋がりだったんだよね。なら、アカウントを消して終わりにしよう。ね、紫織。泣かないで」
「緋奈……ごめんね~」
一度目のアクションで金を取れないと判断すれば、深追いはしてこないだろう。手慣れている相手だからこそ、取れないと判断すればすぐに別なターゲットへと移動するはずだ。
アカウントを削除し、「マイケル・グリーンマン」との連絡を絶ち、SNSの運営へ通報する。金銭的な被害がないならば、今の安室たちにできることと言えばこれぐらいである。
これにて一件落着……ではあるが。
「これで、終わりですか? 詐欺師の犯人は、このままですか?」
「ミャア」
何だかスッキリしないと言わんばかりの表情で、梓がそう言った。
投稿内容の盗用はともかく、相手の手口は手慣れていた。国際ロマンス詐欺にかけたのは紫織だけではないだろう。もっと多くの女性たちの恋心を弄び、良心を嘲笑しながら金を搾り取っていたはずだ。
数多の詐欺に手を染めた犯人を、このまま野放しにしておいていいのか?
いいはずはない。
だが、相手はインターネットの海の奥底にいる存在だ。尻尾を掴むことはできないし、プルートーも鳴くことができない。
だって、“犯人”である「マイケル・グリーンマン」の写真の人物は、犯罪も何もやっていないのだから。
「クハハハハ! 確かに、「探偵」の身にしてみれば後味の悪い終わり方だ。では、釣り糸でも垂らしてみようか」
「ニャー」
そう言って、エドモンは自身のスマートフォンを操作してどこかへと電話をかけた。
『はいはーい。通信外回線、カルデア直通ホットラインだよー。どうしたのかな、巌窟王?』
「俺のスマホに、女の視線を集められる男の写真を送ってくれ。できれば金髪碧眼の欧州系がいい」
『何ですとー?』
サーヴァントたちに開かれているホットラインに来た要求は、ダ・ヴィンチちゃんも思わず聞き返してしまいそうなものであった。
自分の写真を使ってくれ。と返したいところだが、垂らす釣り糸の先に付ける「餌」のため、そうもいかない。簡単に足の着く人物では食い付きが悪いのだ。
「ふむ、女性の視線を集められる金髪碧眼の男か……ならば、私かな。生前は女性たちの視線を集めまくったせいで、呪いを受けたりと色々あったこの美男子が適任かな。それとも、ディルムッドはどうだ? 初対面の姫も恋の虜になる魅了の黒子が良い仕事をしてくれるぞ」
「いや、その……」
「僭越ながら。金髪碧眼の欧州系でしたら、このガウェインが立候補させていただきます! 純粋な乙女を罠に嵌めようとした不届き者の所業、放ってはおけません!」
「お前ら! ギリシア最大のモテ男は誰か知らんのか! ヘラクレスに決まっているだろうが!!」
「いえ……現代日本のモテ男の基準かつ、日本人の女性が好みそうな男性ということでして」
「そうだね……マシュ、ギルガメッシュの写真でも送っておいてくれ」
「
「カルデアのデーターベースからランダムピックアップした写真をお送りします!」
上から、フィン・マックール(と巻き込まれたディルムッド)、ガウェイン、イアソン(ヘラクレス不在)、ギルガメッシュ(アーチャーの方)である。キャスターの方のギルガメッシュでも、勝手に送っていたらきっと訴えられていた。
さて、ここまでくれば何を企んでいるかはお分かりであろう。
エドモンのスマートフォンに送られてきた一枚の写真。紫織のみならず、緋奈や梓までもが思わず頬を赤らめてしまう美男子だ。圧倒的な王子様オーラを放つ白いタキシードの男性写真は、詐欺師へ辿り着くための「餌」である。
「警察と連携して犯人を摘発するのならこの写真を使え。毛利探偵ならば、特殊詐欺部署への伝手もあるのだろう。カフェの探偵を頼りに来た少女たちのためにも、早期解決を願っている」
「ニャ」
「……微力ですが、やってみましょう」
エドモンと安室がこの会話を交わしてから数日後、某SNS上にこの写真をプロフィールに掲載した「ロナルド・ゴールドマン」という名前のアカウントが発見された。
梓「ところで、こちらの写真の方はどちら様ですか?」
巌「……知人、の祖父の若い頃だ。アーサーという」
緋「わ、若い頃でこれなら、年齢を重ねたら一体どんなに素敵なおじい様に……!」
紫「出た~緋奈の枯れ専!」
安『枯れ専なんですか……』
猫「ミャー」