4月25日
4月になれば進学・進級が待っている……はずだった。
4月になると、工藤新一が毛利蘭とトロピカルランドに遊びに行き、ジェットコースターで起きた殺人事件を解決し、それ以降姿を消す。
暦の上では、そのはずであった。
3月31日を終えた米花市は大きな
4月の時間の流れは不規則に日を跨ぎ、人々の認識を阻害しながらスキップを繰り返す。そして、年度は切り替わらない。
3月31日に寝て起きたら4月5日だった。当然、エイプリールフールではない。
春休みが終わっても始業式が始まらず、入学式も開かれない。クラス替えも行われない。
帝丹高校に通うジャンヌは、
勿論、清水も1年生のままだった。入学式はスキップされたが、この間入学した記憶はある……微かな違和感だけ、“おかしい”とは思わない。
それは立香も同じだ。アヴェンジャーの「忘却補正」がなければ、
コナンを始めとした少年探偵団の子供たちは、先月は小学1年生だった。今月も、小学1年生のままである。
やはり、工藤新一が行方不明となった時期がこの特異点に大いに関係しているのだろう。
当然のように、その日だけは積み重なることはなく、厳重に封印されているかのような暦上の1頁であった。
「え、誕生日?」
「そう。5月4日は新一の誕生日なの」
放課後のファストフード店は学生たちで賑わっている。
ウェルカムバーガーの春の新作パイが美味しいと評判らしい。甘酸っぱいピーチラズベリーパイを片手に、帝丹高校2年B組のJKカルテットはとある人物の誕生日について話し合うことになる。
「もうそんな時期だったわね。毎年毎年、甲斐甲斐しいいわね~蘭は」
「だって、新一の奴、いっつも自分の誕生日を忘れているのよ。去年だって、「今日は何の日か覚えている?」って聞いたら、「ホームズがモリアーティとライヘンバッハの滝壺に落ちた日」って言ったの。探偵の癖に、自分の誕生日も覚えられないのよ!」
「だから、蘭ちゃんが毎年思い出させてあげているって訳か」
「へぇ~
「そうよ! 折角付き合って初めての彼氏の誕生日なんだから! 何かサプライズしなきゃね~サプライズ!」
サプライズを仕掛ける蘭よりも張り切る園子の発言に、蘭の頬が少し赤くなった。
5月4日は、シャーロック・ホームズが宿敵であるモリアーティ教授を道連れにスイスのライヘンバッハの滝壺に落ちた日である。これにて、稀代の名探偵は死亡する……はずだったが、ファンの熱意によって続編を書かざるを得なくなり、「実は生きていました」としれっと復活したのはまた別な話。
そんな、暫定的に名探偵が亡くなった日に生まれたのが、平成の
ホームズと宿敵の決戦の日の印象が強いのか、それとも自身のことには無頓着なのか。どちらが理由かは分からないが、工藤新一は毎年のように自分の誕生日を忘れ、毎年のように蘭に祝われて“思い出させられている”のだ。
「サプライズ、ね……やっぱり、日付が変わった瞬間に、一番に「ハッピーバースデー」を言うのはどうかしら? それも、電話でもメールでもなく、直接よ」
「オルタちゃん、それ良いわね!」
「だとしたら、日付が変わるまでデートを引き延ばすしかないな。何かイベントとかない? 遊園地とか」
「日付が変わるまで……そうだ! 良いのがあるのよ」
園子が鞄の中から取り出した雑誌には、人気女優と中堅俳優の眼差しが交差する大きな写真が見開きで載っている。近日公開予定の映画の記事であった。
「この映画、『赤い糸の伝説』っていって来週から公開されるんだけど、運命の恋人たち応援上映会っていうオールナイト上映をやるのよ。3日は、夜の10時20分から115分間の上映よ。日付が変わった瞬間、新一君の隣には蘭。見ている映画は、運命の恋人たちを題材にした最高のラブストーリー……うん! これっきゃないわね!」
「運命の赤い糸って?」
「世良さん、知らないの? 結ばれる運命にあるカップルは、生まれた時からそれぞれの小指と小指が赤い糸で繋がっているって伝説よ。中国とか、日本で広く知られているみたい」
「オルタちゃん、詳しいね!」
「まあ、ネタ……色々、調べたことがあるの」
「そっか、赤い糸かぁ……良いんじゃないかな? 蘭ちゃん、赤い色が好きって言っていただろ。ピッタリじゃないか!」
「赤、か。あ、そういえば」
蘭も何か思い当たったのか、自身の鞄に入っていた雑誌を取り出した。
開いたのは来月の運勢が載っている占いコーナーだ。確かこの雑誌の占いは、よく当たると女子高生たちの間で話題の占い師が担当している。
「来月は、わたしも新一も赤がラッキーカラーなの。5月に赤い糸の映画……これっきゃないわね! 決めた! この映画に新一を誘うわ」
「でも、工藤新一って、今も事件を追ってどこかをフラフラしているんでしょう。捕まえられる?」
「何としてでも映画に付き合ってもらうわ! 絶対に!」
恋する乙女は無敵である。
強引さも唐突さも愛らしさに変換して、ピーチラズベリーパイよりも甘酸っぱい恋の伝説に、おまじないに胸をときめかせて走り出す。
闘志の如き恋のパワーを拳に乗せて、蘭の言葉は宣戦布告のようにこの場にはいない新一へ飛んで行った。
恋する乙女はパワフルなのである。
「運命の赤い糸……わたしの小指の糸は、真さんと繋がっているかしら。キャー! 本当に繋がっていたらどうしよう~!」
「バースデーなんだから、プレゼントも必要だな! 工藤君の欲しい物とか、リサーチしているか?」
「こういうのは、さり気なく聞き出すのよ。名探偵の恋人を相手に根掘り葉掘り聞いたら、きっと勘付かれてしまうわ!」
周囲のサポーターたちの知恵と声援を受け、蘭による工藤新一のサプライズ・バースデーの計画は着実に練り上げられていく。
果たして、新一は5月3日に米花シティビルに現れるのか?
そもそも、来られるのか……
恋人と過ごす誕生日にこんなことを考えるのは野暮の極みであるが、ジャンヌはどうしても気になってしまった。
蘭が力技で新一を引っ張り出してきたら、果たして……江戸川コナンは、一体どうするつもりなのか?
***
赤、赤、紅、赫、赫、赫……。
燃える、燃える、轟々と音が立つ。赫い化け物が這い蹲るかのように、陽炎の
立派な屋敷が燃えている。
静かな夜が明るく照らされて、住人たちの悲鳴と消防士の怒声が聞こえた。
赤いランプを点滅させた消防車とパトカーが炎を取り囲み、必死の消火に走り回る。あっと言う間に燃え広がり、周囲の邸宅にも延焼の危険が出て来た深夜の大火事。
燃え滾る炎は沸騰する感情にも似ている。
憎悪か、歓喜か、憤怒か、情愛か、羞恥か、愉悦か、憐憫か、軽蔑か……くるりくるりと、様々に代わる代わる現れる人間の感情のように、炎は暴れ回った。
全てが終わったのは、太陽が天辺に昇りかけた頃だ。
赫い化け物は全てを飲み込み、全てを消した。焼け跡には微かな残骸を残しただけで、何もかもが炎の中に消えていた。
荼毘に付されたかのように、数本の骨組みだけが土地に突き刺さっていた。
日付も変わる頃、4月25日の深夜に阿久津邸で火事が発生し、
人気のない場所が火元であったため、放火ではないかと警察が調べを進めている。
時計じかけの摩天楼
Case by Chaldea
阿久津邸の火事は、5月3日に起きる事件の序章にすぎなかった。
さあ、走り出しちまったぜ。
【個人的改変点】
その①
作中の様子から、オールナイト上映中へのサプライズプレゼント計画は蘭が1人で考えたものであると捉えました。
しかし、折角のJKカルテットなのでみんなでワイワイしながら『新一サプライズバースデー計画』を立てたことに。女の子たちが放課後のファストフード店で恋バナしながら楽しくしているの、良いですよね。
他、オールナイト上映も映画の企画ということになりました。18歳未満は駄目なんじゃね?というツッコミは、この映画の根本が揺らいでしまうのでスルーの方向です。
その②
黒川邸を含む四件の放火事件。
5月2日に四軒目の黒川邸が火事になっています。他三軒も4月後半から放火がされていると仮定して、新一への招待状を発送して「よし、やるか!」と犯行を始めたと個人的に解釈しました。
なので、一軒目の放火は4月25日に決定。29日のガーデンパーティー以前から犯行は始まっていた。
だって、29日から放火して5月1日にオクトーゲン盗んで、2日に黒川邸放火では流石にアグレッシブすぎるんだもの……。