『立香君、感度はどうだい?』
「良好だよ」
『よし。もう一度、最新通信機の説明をしよう。こちらと君の音声はノンホールピアスに偽装した極小の最新通信機で拾うことができる。私が制作した魔術礼装だ、科学技術による盗聴もジャミングも心配しなくて大丈夫。これで、1人でボソボソ喋っていても独り言で済むのさ』
『こちらでも偲ぶ会の状況をオペレートします。先輩もお気をつけて』
「準備は良いか、立香」
「うん」
ダ・ヴィンチちゃんの最新作の感度を確認してから車を降りた。
都内郊外にある紺野邸にて本日、『那須野尊史を偲ぶ会』が開催される。立派な門の前で淑子を待ち合わせ、彼女の口利きで当日参加させてもらうことになっていた。
「主催者の紺野さんには、あなた方は私が雇った探偵であることを知らせています。特に反対はされませんでした」
「なら、紺野は犯人候補から外れるわね」
「いや、我らには解決できぬはずだと高を括っている可能性もある」
「まずは那須野を訪ねた3人に話を訊こう。参道ひとみは参加していないのですね」
「ええ、招待状を送ってはいないそうで……」
「お願いします! 中に入れてください」
「しかし、招待状をお持ちではない方は」
「……あれ」
広い庭に設置された受付ブースで何やら揉めている。
張り上げている声はまだ若い女性の声。真っ黒な喪服に身を包んだ彼女は、先日の写真で見た顔ではないか。
那須野の婚約者である参道ひとみ。彼女が受付の人間に深く頭を下げている。
だが、立香の目を引いたのは彼女の存在ではなくその後ろ。ひとみの後ろにはスーツの男性。その男性の隣には、以前知り合った少女と眼鏡の少年がいたのだ。
「君は、江戸川コナン君?」
「え……えーと、藤丸立香さん?」
「やっぱり、杯戸町のショッピングモールで会ったシャーロキアンのコナン君だね」
特異点にやって来た初日の事件で出会った2人。江戸川コナンと毛利蘭が、ひとみと共に偲ぶ会にやって来ていたのだ。
「こんなところで偶然だね」
「そうだね」
「藤丸さん、どうしてここに?」
「仕事だよ。申し遅れました。『捜査解明機関カルデア探偵局』の局長、藤丸立香です」
真新しい名刺を自信満々に蘭へと差し出す立香は、醸し出されている険悪な空気に気付かなかった。影の中のアンリマユにズボンの裾を引っ張られてようやく気付く……淑子とひとみの間に流れている、ギスギスした雰囲気に。
「参道さん、何故ここに?」
「尊史さんの死に納得できていなくて」
「だから、名探偵の毛利小五郎さんを連れて来たと言うのね」
「事故死な訳がないじゃないですか!」
ひとみが偲ぶ会へ来ていたのは淑子と同じ理由だった。
淑子が相談を躊躇った事務所の扉を臆することなく叩き、他殺の可能性を調査するために関係者へ話を訊きにやって来たのだ。招待状を持っていないのに、義姉と鉢合わせればこんなにも険悪な空気になると分っていて。
「名探偵の、毛利小五郎さん……ですか?」
「エヘン! そうです、私がかの有名な名探偵、毛利小五郎です。こちらの参道ひとみさんからのご依頼で、那須野尊史氏の死の真相を調査に参りました」
淑子とひとみの間の空気を壊すように咳払いを一つしてから、蘭の隣にいた男性は金ぴかの名刺を立香に差し出した。この人は今、日本で一番有名な探偵――眠りの小五郎こと毛利小五郎。蘭の父親だ。
「立香さんが代表者なんですか? まだお若いのに」
「あ、日本で起業するなら日本人が代表者の方が色々手続きもスムーズだから、俺の名前が局長になっているだけです。実際の代表は、オーナーであるサリエリ先生がやってくれているんだ」
「初めまして。グリジオ・サリエリと申します」
「こりゃどうも、ご丁寧に」
サリエリも名刺を取り出して金ぴかのそれと交換した。
影の中でアンリマユが「名探偵? 見えねー」と呟いた。聞こえるよ、声小さくしようね。
「探偵局ねぇ。カステラだかカルピスだか、妙な名前ですな」
「ああ、カルデアとは……」
「カルデアは、古代バビロニアのカルデア人のことですね。彼らは天文学・占星術に優れていたため、“カルデア”とは星を見る人々を意味します。星占いの名前を事務所に冠するとは、不思議な探偵局ですね」
また、人が増えた。
説明をしようとした立香の声を遮って小五郎の疑問に答えたのは、褐色の肌を持つ金髪の男性。穏やかな笑みを浮かべているが、そう簡単には心を開いてくれず、こちらの隙を窺っているような気配がした。
「新しくできた探偵局の方々ですか、同業者として気を抜けませんね。僕は安室透と申します。職業は探偵、毛利先生の弟子をさせていただいています」
「安室さん、遅かったですね」
「駐車に手間取ってしまいました。すいません」
「……探偵大集合だ」
「クハハ、面白い」
「面白がっている場合ですか?」
いや、エドモン以外にもこの状況を面白がっている者がいた。
「探偵ですか。いやー懐かしい。昔、尊史と一緒によく探偵ごっこをしましたよ」
「紺野さん」
「的場さん、ご無沙汰しております」
スタッフに呼ばれてやって来たのは、この屋敷の主である偲ぶ会の主催者であり、容疑者の1人である紺野大策だった。恰幅の良い陽気な成功者という姿を体現しているような人間だ。
「的場さんが雇った探偵以外にも、あの有名な眠りの小五郎先生まで……もし本当に尊史の死が事故ではなかったのなら、私も犯人を見つけて欲しい。どうぞ、参道さんも今日の会に参加なさってください」
「ありがとうございます、紺野さん」
「的場さんも、よろしいですね」
「……はい」
肯定の返事はしたが、淑子の声色は不本意と言わんばかりだった。彼女はそれ以上ひとみとは視線を合わせず、そそくさと屋敷へと入ってしまいエドモンとジャンヌがその後を追う。
立香もサリエリに促され、コナンへ小さく手を振ってからその場を離れた。
「ごめんなさい。つい気が立ってしまって」
「やはり、参道ひとみが怪しいと思っているのですか」
「……先日はお話しませんでしたが、弟が亡くなる数週間前、あの子の口座から大金が引き出された形跡があったんです。あんなに大きな額は初めてで、まさか参道さんに使ったんじゃないかって」
「大金を貢がれた割には地味な雰囲気ね。ま、人は見かけによらないし。こんな場所だからこれ見よがしに喪服姿かもしれないし」
ひとみに対する淑子の疑惑はどんどん深まっているようだ。だが、彼女も名探偵へ依頼をして婚約者の死を調べようとしている。
参道ひとみは婚約者を死に追いやった悪女か、それとも献身的で可憐な女性か。
立香にはまだ分からなかった。
***
その日、朝一で毛利探偵事務所にやって来たのは、喪服を着た若い女性こと参道ひとみだった。
依頼の内容は婚約者の死の真相を調べて欲しいとのこと。彼女もまた、淑子と同じように那須野の写真と彼の自宅のテーブルに並べられていた料理の写真を探偵へと差し出した。
小五郎と蘭は2人の年齢差に驚いていたが、コナンが釘付けになったのはやはり料理の写真である。
1人では到底食べきれない大量の料理を前にした遺体、ひとみの後に訪ねて来た3人の来客……謎に包まれた事件の到来は、探偵の出番だ。
ここまではいつもの探偵業であったが、今日は運転手として安室が同行していた。
紺野の屋敷で行われる偲ぶ会へ乗り込もうとしたタイミングで、差し入れのサンドイッチを手にした安室がやって来たのだ。どうせだったら自分が車を出すという申し出に小五郎は快く受け入れ、コナンたちは安室の愛車であるRX-7に乗って紺野邸にやって来たのである。
そして、偲ぶ会に来ていたもう一組の探偵――先月の事件で知り合った探偵、エドモン・ダンテスを始めとした一行と出会ったのだ。
「では、あちらの帽子の方が探偵の?」
「はい。確か、名前は」
「エドモン・ダンテスさんだよ。『巌窟王』っていうお話の登場人物と同じ名前って言ってたよ」
「へえ、凄い偶然だね」
安室が何か意味ありげに呟いた。
物語の登場人物に歴史上の偉人、彼らと同じ名前を持つ探偵たち。コナンが引っ掛かったように、安室も何かしっくりこないようだ。
ともあれ、今は那須野の死を調べるのが先だ。
最初に話を訊いたのは彼らを受け入れてくれた紺野大策。『カルデア探偵局』の一行と共に、当日の話を訊いた。
「私が尊史を訪ねたのは、月曜日の午後でした。時間は、確か……2時頃でしたね。家に向かう途中に参道さんの車とすれ違いました。帰ったのは、3時です。ラジオの時報を聞きました」
「私も、月曜日の2時前に尊史さんの家を出ました」
「その日は何故、那須野さんを訪ねに?」
「尊史に呼び出されましてね。何事かと思ったら、あいつこの彫刻をくれたんです。少し前に尊史の頼みでちょっとした仲介をしたことがありまして、そのお礼だと。私は別に構わないと言ったのですが、押し切られまして」
那須野の生前の作品群が飾られている展示ホールの中央。ガラスケースの中に収められている木彫りの蝶が紺野へ贈られた物であり、図らずも氏の遺作となってしまった一作であった。
一本の木から掘り起こされたそれは、蛹から羽化したばかりの蝶が止まり木から今にも飛び立とうとしている姿を切り取った作品だった。
「これ、全部木の彫刻なんですか? この蝶の触覚も?」
「凄いでしょう。蝶の翅の模様も皺の具合も、今にも飛び立ちそうだ。私は子供の頃から蝶が好きでね、それで……長年の付き合いだが、こんなことは初めてで驚きましたよ」
「ねえ、紺野さん。紺野さんは亡くなった那須野さんとは幼馴染なんだよね?」
「うん、そうだよ」
「だったら、那須野さんのお姉さんの的場さんとも知り合いだよね。なのにあんまり仲良くなさそうだな~って」
「ああ。実は的場さんとは大人になってからの付き合いなんだ。尊史たちの両親は彼らが幼い頃に離婚してね、2人ともお母さんに引き取られたんだが、女手一つで子供たちを育てるのは苦しくて尊史だけは母方の実家がある栃木県の村に預けられていたんだ。私の故郷だよ。尊史とはそこで出会ったんだ……もう存在しないけどね」
紺野は子供であるコナンにも目線を合わせてしっかりと答えてくれた。その後、偲ぶ会を開催したのは蝶の彫刻を早く世間に公表したかったのもあると、ちょっと茶目っ気に笑ってみせる。
蘭が感心したように確かに素晴らしい彫刻だ、見せびらかしたい気持ちも分るかもしれない。
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