犯罪多重奇頁 米花   作:ゴマ助@中村 繚

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5月3日 午後3時~午後4時②

「……サイドカーには誰も乗せない貴方が、彼を乗せたのは何故ですか?」

 

 サイドカー付きの大型バイクのシートの上で、プルートーはロボに問いかけた。

 狼と猫は病院の中には入れない。気絶したコナンを送り届けた後のヘシアン・ロボと、エドモンからの連絡で病院に駆け付けた立香たちと別れたプルートーは、警察病院の駐車場で待機していた。

 自ら疾駆せずに肌を撫でる風は、荒野の風とは違うが、時には心地よく吹き付ける。人間たちの営みの残滓である排気ガスの臭いは不快だが、バイクから感じる風も悪くはない。

 サイドカーはロボの定位置なので他には誰も乗せることはない。しかし、コナンを乗せた。

 エドモンも、ロボが彼を受け入れると判断してサイドカーに乗せて運んだ。その理由としては、彼が特異点修正の鍵であることをロボも認識しているからだ。

 だって、彼がサーヴァントとして立香たちに手を貸している目的は人理修復――ひいては、人理漂白への抵抗なのだから。

 

「時々、貴方のような(ヒト)の矜持が羨ましくなります。ボクはどこまでいっても猫なので、猫としての性質(プログラム)しか持っていません。今だって、世界の修復とかよりは温かいお膝の上でゴロゴロする方が望ましいですからね」

「……」

「猫だって、誇り高い狼に憧れることもありますよ」

 

 プルートーを一瞥したロボは、無言で警察病院の出入り口へと視線を向けた。

 人が来るから口を閉じろということだ。猫として振舞えという狼王の命に従い、プルートーは駐車場にやって来た人々――黒田管理官と白鳥、千葉という捜査一課の面々に対して猫を被って鳴いた。

 ついでに、ヘシアンはスマートフォンを取り出し、顔を知っている千葉に対して機械音声で話しかけた。

 

『お疲れ様です』

「あ、はい。お疲れ様です」

「……ん、黒猫」

「ニャー」

「噂の、『カルデア探偵局』の動物コンビですね」

 

 黒田が左目だけでプルートーを目にすると、色の入った右目のレンズを指差しながら厳つい顔が微かにはにかんだ。

 

「お揃いだな。最も……私は、白くなってしまったが」

「ミャーオ」

 

 右目のない黒猫にそう告げると、警視庁へと戻って行った。

 一方、コナンの病室では。彼が病院に運ばれたと聞いた立香たちと、一緒にランチ中だったため情報が伝わってしまった世良が押しかけて来たので、若干病室が狭くなっていた。

 

「まるで、工藤新一への挑戦状みたいですね」

「ああ。犯人はわざわざ工藤君に電話をしてきている。警察では、高校生探偵工藤新一の評判を知って挑戦してきたか。あるいは、個人的に恨みのある人物ではないかと見ている」

「工藤君が解決した事件の犯人の、逆恨みってことは?」

「そのことについて調べましたが、工藤君が解決した事件の犯人は現在、刑務所に服役中か裁判のために拘留中です」

「となると……犯人の家族や恋人か?」

 

 佐藤の報告通りならば、直接的に逮捕に至った犯人ではこんな大掛かりな事件を起こすことはできない。しかし、犯人の身内による恨みならば可能性はある。

 立香も考えてみた。表舞台から姿を消して久しい高校生探偵へ挑戦状を叩きつけるよりは、恨みを晴らすための犯行という方がしっくりくる。だって、一歩間違えれば無辜の人々に重大な被害が出ていたのだ。

 死者が、怪我人が出たら、阻止できなかった工藤新一のせい。工藤新一を恨め、憎め。

 お前のせいだ。お前が殺した……黒煙を上げて爆ぜる爆弾は、工藤新一への悪意が込められている。

 

「とにかく警察では今、彼らに描いてもらった似顔絵を元に捜査をしているところだ」

「コナン、これだよ。よく似てるんだぜ!」

「いい出来です」

「3人で描いたのよ!」

「へえ~特徴が良く出ているね」

 

 子供たちに爆弾搭載のRC飛行機を与えたのは、髪とヒゲの長い男だった。

 ヒゲだけではなく、大きなサングラスと帽子を着けていたため顔の判別は不可能。ついでに、季節外れの裾の長いコートを着ていたので、体型もよく分からないようである。

 この状態で、変声機で声も変えていた。似顔絵の姿も、変装の可能性がある。

 

「もし、工藤君への恨みによる犯行だとしたら……犯人の身内が、世間からのバッシングを受けていた可能性があるかもしれない。警部さん、工藤君が解決した事件の中で一番世間の注目を浴びた事件ってありますか?」

「うーむ……」

 

 世良の質問に目暮は少し考え込むと、ある一つの事件の記憶を思い起こした。

 

「やはり、西多摩市の岡本市長の事件だろうな」

「西多摩市……昨年の、自動車事故か」

「ああ、それだ」

 

 エドモンも立香も、その事件には覚えがあった。消えた高校生探偵の情報の中で、大々的に報道されていた事件の新聞記事を目にしていたのだ。

 昨年、東京都西多摩市に住む25歳のOLが市長の息子が運転する車にはねられて死亡した。

 雨が降る夜間の運転による前方不注意が原因とされ、運転していた岡本浩平(21)は自ら警察に通報して自首をした。運転していた助手席には、父である岡本市長(52)が同乗していた。

 最初はただの交通事故として処理されるはずだったが、新一はこの事故に疑問を抱いて浩平が運転していた車を調べたのだ。

 結果、車に備え付けられているシガーライターから浩平の()()の指紋が検出されたのだ。

 現場には、火を点けて間もない長い煙草が発見され、浩平の唾液が付着していた。これは、事故の直前に車内で喫い始めたということ。もし、右ハンドルの車を運転中にシガーライターを使用するならば、()()が伸びるはず……。

 浩平は他にライターを所持していなかった。父も煙草を吸わず、煙草に火を点けるならば車のシガーライターを使うしなかい。

 そう、逆だったのだ。浩平は助手席で煙草に火を点け、運転していたのは岡本市長だった。事故を起こしたのは、岡本市長だったのだ。

 浩平は、市長である父の立場を慮って身代わりに名乗り出た。座席の位置もミラーの角度も、他の指紋も完璧に偽造したが、シガーライターだけは見落としていた。ただ一つの証拠を、新一は見逃さなかったのだ。

 

「この事件によって岡本市長は失脚。彼が進めていた西多摩市の新しい街づくりの計画も、一から見直しとなったんだ」

「まさか、岡本市長の息子がその時のことを恨んで犯行に及んだとか……」

「そういえば、彼は確か電子工学部の学生だったな」

「調べます。行くわよ、高木君!」

「はい!」

 

 佐藤と高木が捜査に出て行った。

 確かに、この事件によって岡本市長の身内は世間から大きく非難されていた。西多摩市内部も大きく乱れ、混乱し、被害者遺族からの訴訟にまで発展したのである。

 動機は十分、爆弾を作製する知識もある。犯人の第一候補と言えるだろう。が、まだ確定ではない。

 

「他に、何か犯人について思い出したことはないかな? 何でもいいんだ」

「うーんと……」

「そうですね」

「……匂い。甘い匂いがした。光彦君がRC飛行機を渡された時に」

 

 香水や化粧品、食品の匂いとも違う甘い匂い。歩美だけが気付いた犯人の特徴であるが、何の匂いかは彼女も分らなかった。とは言え、重要な手がかりである。

 

「コナン君も目を覚ましたし、歩美たちは帰るね」

「送って行かなくて大丈夫か? 君たちは、犯人の顔を知っとるし」

「電車で一本だから大丈夫だよ」

「博士はコナン君についてあげてください」

「しかし……」

「ならば、送って行こうか?」

 

 子供たちを心配する阿笠に代わり、サリエリが名乗り出た。

 顔を知られても痛くも痒くもないから犯人は子供たちの前に現れた。が、万が一ということもある。念には念を入れて、彼らはサリエリに付き添われて米花町へと帰ることになった。

 

「すいませんな、サリエリさん。子供たちをお願いします」

「心得た。それでは局長、しばし別行動を取らせてもらう」

「お願いします。サリエリ先生」

「じゃあな、コナン」

「失礼します」

「ボクも、そろそろ仕事に戻るよ。コナン君も元気だったし」

「立香、お前も依頼の捜査に戻れ。此度の依頼、おまえには思うところがあるだろう……こちらは、俺と黒猫が付いている」

「分った。エドモン、コナン君をお願い」

 

 世良と協力して捜査している連続放火事件は、放火された屋敷の共通点が少しずつ見えて来たところだ。

 四軒とも英国古典式建築で、築12~15年ほど経っている。建てた建築会社はバラバラだった。なので、屋敷を設計した建築家を調べている最中だった。

 大切な家族と共に暮らした家を、突然の侵略で奪われるのは辛いことだ……昨日までの営みが一瞬で燃え、凍った悔しさを。依頼人の無念を、晴らしてあげたい。

 見舞客が去ると、コナンの病室は一気に静かになった。が、すぐにまた人が押し寄せた。

 風見と名乗る公安警察の刑事が、やって来たからだ。

 

「よくよく君とは縁があるな。江戸川コナン」

「こんにちは、風見刑事」

「早速だが、工藤新一のスマートフォンはこちらで預からせてもらう。犯人との交渉は公安が対応する」

「で、でも……犯人は新一兄ちゃんを名指していて……」

 

 RRR……

 

「……鳴っているぞ」

 

 新一のスマートフォンが着信を告げた。

 登録していない電話番号を目にしたコナンはポツりと、「犯人の番号だ」と呟けば風見が手を伸ばす前に電話に出たのだ。

 

「もしもし……」

『よく爆弾に気付いたな。褒めてやる。だが、もう子供の時間は終わりだ。工藤を出せ!』

「……そうだな、これからは大人の時間だ」

 

 コナンからスマートフォンを受け取った小五郎は、通話をスピーカーにして犯人と対峙する。工藤新一がこの場にいない今、名探偵である自分が相手になってやると犯人へ啖呵を切ったのだ。

 

『良いだろう、一度しか言わないからよく聞け。東都環状線に五つの爆弾を仕掛けた』

 

 再び、とんでもない犯行予告が届いた。

 

『その爆弾は、午後4時を過ぎてから時速60キロ未満で走行した場合、爆発する。また、日没までに取り除かなかった場合も爆発する仕掛けになっている』

「お前の要求は何だ! 一体何が目的だ!」

『フン、目的か……強いて言えば、工藤新一への憎悪という奴だ』

 

 風見の問いかけではっきりした。

 犯人は市井でのテロリズムでも、名探偵への競争心からでもなく、工藤新一への憎悪を原動力にして行動している。

 

『一つだけヒントをやろう。爆弾を仕掛けたのは、東都環状線の××の×だ。×のところには漢字が一文字ずつ入る。それじゃあ頑張ってな、毛利名探偵』

 

 その言葉を最後に、電話は切れた。




事件の真相発覚後、西多摩市役所は大変だっただろうな……(身内に市役所職員がいる私)


【ちょっと前の駐車場にて】

ヘ『お疲れ様です』

猫「ニャー」

高「あ、どうも。お疲れ様です」

佐「こんにちは、ロボ君。今日もイケメンね」

高「佐藤さんって、犬派なんですね」

狼『……物怖じしないところが、ブランカを思い出す』


ブランカさんってどんな女性だったんだろう??

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