警察病院の最寄駅、東都環状線緑台駅から一本で米花駅に着く。
午後3時55分に電車が発車する合図を聞いた子供たちは、サリエリの腕を引っ張って階段を駆け上り、今まさに駆け込み乗車をしようとしていた。
「おっちゃん、早く! 乗り遅れちまう!」
「次の電車でも良いだろう」
次の電車は5分後だ。そう待つ訳でもない。
だが、子供たちは待っていられないようだ。歩美に手を引かれて駆け込み乗車に加担させられたサリエリは、そのまま彼らと共に電車に滑り込んだ。
「ふぅー」
「ギリギリ間に合いましたね」
「今日はついている日なのよ!」
「君たち。駆け込み乗車は危ないだろう。万が一、ドアに挟まれて怪我をしたらどうする」
「はーい」
「ごめんなさい」
「金平糖のおっちゃん、何だか先生みてぇだな」
「先生だ。……一応」
サリエリの雰囲気がいつもより若干柔らかい状況で、東都環状線の電車が走り出した。
これから、速度を上げてノンストップで走り出すとは知らずに。
『緊急指令! 緊急指令! 全車両に告ぐ! 何者かによって爆弾を仕掛けられた。スピードが60キロ未満になれば爆発する! 全車両70キロを維持せよ! 繰り返す! 何者かによって爆弾を仕掛けられた! 60キロ未満になると爆発する! 全車両70キロを維持せよ!』
午後4時3分前に、東都鉄道司令室から全21編成に告げられた緊急指令に、運転手たちは驚き、慄き、電車の速度を上げた。
現在駅に停車中の車両はダイヤを無視して発車し、これから駅に到着予定だった電車は速度を上げて通過した。サリエリと子供たちが乗った車両も、目的地である米花駅を通り過ぎようとしていたのだ。
『お客様にお知らせいたします。緊急事態発生のため、この電車は次の米花駅を通過いたします』
「「ええー!?」」
「おい、緊急事態ってどんな意味だ?」
「はぁ?」
「……何か、良くないことが起きているようだ」
乗客たちの戸惑いを他所に、時計は午後4時を刻んだ。
今から、東都環状線の電車が時速60キロ未満で走行した場合、仕掛けられた五つの爆弾が爆発する。幸いにも、午後4時に爆発した電車の報告は、風見のスマートフォンに届かなかった。
「そうか……分った。午後4時に爆発した電車はなかったようだ」
「良かった」
「分った! 犯人の言っていた「××の×」は、「座席の下」か……あるいは「網棚の上」だ! そこに、爆弾が置いてあるんです!」
「「車体の下」ということも考えられる」
「……「乗客の懐」。犯人の手下が、爆弾を肌身離さず所持している可能性もある」
「ええ、まあ」
犯人からのヒントはあるが、全21編成ある東都環状線の電車の、どの車両のどこに爆弾が仕掛けられているか分からない。小五郎やエドモンの言ったように、車内で発見できる場所にあるかもしれないし、目暮の言う通り車外から発見できる場所かもしれない。
それを推理して見付けて、爆発を回避してみせろというのだ。工藤新一への憎悪を滾らせた犯人は。
「そういえば歩美君たち、米花町に戻るのに電車で一本と言っておった。緑台駅から環状線に乗っているんじゃ……」
「っ!」
あの時間に病院を出たのなら、午後4時前の電車に乗っている可能性もある。
コナンは探偵団バッジのトランシーバーで歩美と連絡を取ると、彼女はすぐに応答した。声の背後からは、注意喚起の車内アナウンスが聞こえる。
「歩美ちゃん、聞こえるか?」
『コナン君! 聞こえるよ』
「今、どこにいる?」
『環状線の中よ』
『なあコナン、一体何がどうなってんだ?』
『まさか、「ば」の付く物が仕掛けられているんじゃないでしょうね?』
「心配すんな、何でもねぇよ……」
「ですから! 車内だけとは限らないんですよ、爆弾は!」
『爆弾?!』
「っ!」
トランシーバーが目暮の声を拾ってしまった。
乗車している電車の現状を理解してしまった子供たちから不安な声が漏れる。電車が爆発して、死んじゃうの……?
泣き出しそうな歩美の声を聞いたコナンは、強く叫んだ。必ず、爆弾の隠し場所を見付けて助けると。
「そんなことはない! 必ず隠し場所を見付けるから!」
『コナン君……』
『くそ! コナンだけに任せておけるか! オレたちも頑張ろうぜ! こんな時こそ、少年探偵団の出番だ!』
『そうですね。爆弾は車内にあるみたいですから』
『歩美たちで爆弾を見付けよう!』
「お、おい! お前たち……」
『……止めなさい』
何だか雲行きが怪しくなってきた。元太の先導で、子供たちがあるか分からない爆弾の捜索に乗り出そうとしたのだ。
もし万が一、彼らが乗る車両に爆弾が仕掛けられていて、それを発見して触れてしまったら一大事だ。
コナンがトランシーバー越しに止めようとするが、子供たちは聞く耳を持たない。と、思ったら、トランシーバーからは彼らを諫めるサリエリの声が聞こえて来たのだ。
『彼……コナン君、は、必ず爆弾を見付けると言った。彼はどんな難事件も解決してしまう探偵なのだろう。そして、君たちの仲間だ。仲間を信じなくてどうする。彼は、そんなにも信用の足りない者なのか』
「サリエリさん……」
『それに、
『……分った。歩美、コナン君を信じる』
『絶対に爆弾を見付けてくださいよ』
『あんまり遅いと、オレらが見付けちまうからな』
「……ああ。絶対に見付けてやるさ」
サリエリの説得のお陰か、子供たちは大人しく電車に揺られていることを選択してくれた。通信が切れるとコナンの隣で聞いていた阿笠も安心して一息つく。
「ふう、サリエリさんに付き添ってもらって助かったわい」
「しかし、子供たちと楽長だけではない。我々は今、全ての車両の乗客を人質に取られている状況だ。その要求がよもや、憎悪を謳う復讐とは……」
「……」
顔を隠し、声を偽ってコンタクトを取って来た犯人は、新一への憎悪をはっきりと口にした。新一――コナンに顔を、声を知られているからなのか。面識があるとしたら、犯人は一体誰なんだ?
そうこうしている内に、公安により警視庁の中に合同対策本部ができた。風見と目暮は東都鉄道の指令室へと向かい、小五郎もそれに付いて行く。
東都環状線が走り続ける現状で、混乱を避けるために情報規制を行ったはずだが、情報化社会の時代ではそのような努力は無駄に等しい。乗客たちがSNS上に東都環状線の異変を投稿したため、20分と経たぬ内に、スピードを上げて走り続ける電車は全国に知れ渡ったのだ。
『隠し通せなかったみたいね。ネット上では大騒ぎ、マスコミも報道し始めたわ』
「やっぱり、警察も限界だったか。どうだ灰原、乗客の中に不審物を発見したって人はいたか?」
『今のところ、そういう投稿は見当たらないわね。好き勝手に大騒ぎをしている層が結構いるけど』
阿笠邸に残っていた哀がネットの状況を教えてくれた。
緑地公園のRC飛行機の爆発。住宅地を抜けた先の高速道路下の空き地での爆発。
立て続けに起きた爆発事件。二度あることは三度あり。「東都環状線に爆弾が仕掛けられたのではないか」と、憶測で正解を出してしまっている者もいた。
警察の正式発表は出ていないはずなのに、ネット上では既に爆弾説が拡散され要らぬ混乱が起きているようだ。
『子供たちにはサリエリさんが付き添ってくれているのよね。そこには誰かいるの? 『カルデア探偵局』の誰かが』
「エドモンさんが、オレが心配だからって残ってもらっている。今は煙草を吸いに喫煙所に」
『そう……あの子たち、痺れを切らして無茶なことをしなきゃいいけど』
「その点は大丈夫だ。あいつら、先生のいうことをよく聞いているみたいだからな。灰原はそのまま、乗客たちの様子を見張っていてくれ」
病室に備え付けのテレビからは、東都環状線の異常を報道するニュースが流れている。ヘリコプターによる空撮のLIVE中継では、全21編成の車両が円い線路をぐるぐる延々と走り続けていた。まるで映像の早回しでもしているようだった。
「時速60キロ未満で走行した場合、爆発するというのは仕掛けとして理解できる。だけど、日没までに爆弾を取り除かなかった場合も爆発するって……一体、どういうことだ?」
何故、日が暮れたら爆発するのだろうか?
電車のライトが爆弾のスイッチなのだろうか?
早く見つけ出さないと、大変なことが起きてしまう。
***
立香が微かな異変に気付いたのは、道路が混み始めた頃だった。
ヘシアン・ロボと共に連続放火事件の捜査に戻った矢先、午後4時過ぎ頃のことだ。駅前のタクシープールと巡回バスに長蛇の列ができ、更には渋滞が起き始めていたのだ。
「え……環状線に爆弾?!」
『ああ。仕掛けてられている数は全部で五つ。現状、時速70キロ以上で走行を続けている内は爆発しないが、日没と共に爆発する。楽長と少年探偵団が乗車してしまった。途中下車はできんぞ』
エドモンからの連絡で合点がいった。東都環状線を利用できなくなった人たちが、別の交通手段に集中しているための混雑だったのだ。
犯人の目的は、工藤新一への憎悪……挑戦状ではなく、復讐と言いたいのか。名探偵を陥れるために、何百人もの人々を巻き込んでこんな大掛かりな事件を起こしたと言うのか。
『犯人の残したヒント……「××の×」は、「座席の下」「網棚の上」、「車体の下」など候補がある。仕掛けられているとしたら、全21編成の中でランダムだ。どの車両が爆発するか予想がつかない』
「「××の×」って、何だ……?」
『……分からないのなら、捜査すれば良いじゃないか。爆弾の種類は、オクトーゲンを主体とするプラスチック爆弾。反応は全部で五つ。マシュ、東都環状線全線、及び走行中の全車両からオクトーゲンの反応を感知してくれ』
『はい! ダ・ヴィンチちゃん!』
『解析、開始!』
不正の極みともいえる捜査方法であるが、使えるならば使ってしまおう。
形振り構っていられない。日没まであと2時間もない現状を、ただ指を咥えて見ているだけなどできないのだ。
カルデア側から東都環状線の車両の全てを解析したが、驚くことにどの車両からもオクトーゲン――プラスチック爆弾の反応が出なかった。
代わりに、円く描かれた五つの反応が検出されたのだ。
『反応が出ました。先輩、車両その物に爆弾は仕掛けられていません! 反応は五つ全て、環状線の線路にあります! 「××の×」は、「線路の間」です!』
【個人的改変点】
その⑥
現代で環状線ノンストップ時速70キロ以上をやってしまったら、絶対に乗客呟くよね。30分ももたせられないよね……となり、市井は大騒ぎとなっています。
原作では4時半からテレビ中継、それから乗客が騒ぎ初めていますがもっと大変なことになっていそう。これも全部、工藤新一って奴のせいなんだ。(by犯人)
と、大変な車内で哀ちゃんや博士の心労を減らすため、少年探偵団を待機させました。生前成分濃いめのサリエリ先生は、本当に良い先生になる。駆け込み乗車はやめましょう。
ところで、蘭と園子は最後の最後まで爆弾騒ぎのことを知らなかったようですね。
当時ならテレビとか見ないと分からないけれど、今は情報化社会。友達と遊んでいる最中に、現在進行形で起こっている世間の事件を知らないということは、スマホを弄らずSNSもやらず。そんな暇も勿体ないぐらい友達と楽しく過ごしているのでしょうね……何だか羨ましいです。
ところで、「××の×」というヒントもだいぶ分かり辛いよね。