犯罪多重奇頁 米花   作:ゴマ助@中村 繚

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5月3日 午後9時~午後10時②

 犯人も動機も分った。しかし、証拠がない。

 考えあぐねたコナンは、出たとこ勝負で何とかしようとそれに必要なアイテムを得るため森谷邸を散策する。手始めに書斎に忍び込もうとすると、扉が微かに開いていた。

 書斎の中を物色していると、長い飾り毛の付いた甲冑が飾られている。使えそうだ。これと、自身の眼鏡と。

 

「後は、ハサミとテープと水性ペン……」

「ニャー」

「っ!? プ、プルートー」

「ニャー、ミャーオ」

 

 驚いた。書斎には先客がいたのだ。開いていた隙間から入り込んだのだろうか、薄暗い書斎の奥から左目を光らせた黒猫が姿を現した。

「こっちに来い」と言わんばかりに鳴き声を発するプルートーを追いかけると、書斎のデスクの下に金庫があった。しかも扉が壊れている。キィキィと音を立てながら、開きっぱなしの扉が揺れているのだ。

 

「っ! あった!」

「ミャア。ニャーオ」

「ん?」

 

 金庫の中には、コナンが捜していた証拠が入っていたのだ。何故、金庫が壊れていたのだろうか?

 いや、今はどうだっていい。これで全てが揃った。後は、犯人へ推理を突き付けるだけだ。

 が、プルートーはまだ何か鳴いている。丸テーブルの上に飛び乗った黒猫は、その上に置かれている金色のライターが気になるらしく、周囲をぐるぐると回っていた。

 

「これは、ライター?」

「ニャア」

 

 否、これは……。

 

「そうですか、心当たりはありませんか」

「お役に立てなくて申し訳ありません」

 

 森谷の話を聞き取っても芳しい成果は得られなかった。また、捜査は振り出しに戻……ろうとした、その時だ。

 目暮のスマートフォンが、名探偵からの着信を告げたのだ。

 

「工藤君! はい、目暮だ!」

「っ」

「……うん、分かった。今すぐギャラリーに集まれば良いんだな。森谷さん、すいませんがギャラリーを見せていただけませんか?」

「分かりました。その前に、ちょっと書斎に寄ってもかまいませんか?」

 

 森谷は書斎に寄って金色のライターを手にすると、新一の指示に従い一行を二階のギャラリーへと案内した。

 ギャラリーに明かりが点いているのには驚いたが、それ以上に驚いたのは……憤怒と嫌悪を併せ持った表情を隠せずに睨みつけたギャラリーの隅には、都市の模型が置いてある。かけられていたはずの布が外されていた。

 再び、目暮のスマートフォンに新一から着信が入る。その場にいる人々にも聞こえるように、スピーカーフォンへの切り替えを依頼すると、工藤新一は――蝶ネクタイ型変声機で新一の声を偽り、ギャラリーの入り口に隠れて電話をするコナンは、事件の真実を語り始める。

 解けたのだ。謎が。

 

『森谷教授、ギャラリーへ案内していただきありがとうございます。そして、初めましてミスター・ダンテス。貴方がた『カルデア探偵局』のご活躍は、耳にしております』

「……」

『実は、今回の事件の放火犯と爆弾犯の正体が分ったんです!』

「本当かね!? 一体、何者なんだ!」

「犯人はやはり、森谷教授に恨みを持つ者か!?」

『違います。この一連の事件は、森谷教授に恨みを持つ者の犯行じゃありません。犯人は、最近放火された四軒の家、そしてあの橋を設計した森谷教授……貴方です!!』

 

 新一の唐突すぎる推理に、目暮と小五郎が驚愕の声を上げた。佐藤でさえ声を上げる。その衝撃は、まるで爆発が起きたかのようだった。

 だってそうだろう。芸術家にとって、自分の作品は子供のようなものだ。それを好き好んで爆破する者がいるはずはない。小五郎は電話越しに反論したが、新一は淡々と推理を進めた。

 

『幼い頃から、建築家として父親の才能を受け継いだ森谷教授は、三十代始めという異例の若さで建築界にデビューした。そして、環状線の橋の設計で日本建築協会の新人賞を取った。その後も、数々の新しい建築を生み出し続けた森谷教授はある時不意に……いいや、前からそう思っていたのか、若い頃の作品の一部を抹殺したくなった。それは、ティーパーティーの時の教授の言葉からも窺い知ることができます』

 

 建築家森谷帝二は、異常なほど美しさに執着していた。中でも、左右対称(シンメトリー)には病的なほど心酔している。自身の名をシンメトリーになるように改名したほどだ。

 美しくなければ建築とは認めない。美意識の欠けた建築家が美しくない建築を世に送り出し、送り出しただけで責任は取らない。自分の作品には責任を持たなければならない。

 美しくないモノを世に送り出してしまったのなら、創造主が責任をもって処分しなければならない。

 それを、実行したのだ。美しくない建築を燃やして、崩壊させようとした。

 

『さて、みなさん。パネルの写真を見てください。まず黒川邸、水島邸、安田邸、阿久津邸。そして、橋をよく見てください。いずれも英国(イギリス)古典様式風の建築ですが、何か気付かれたことはありませんか?』

「どれも見事な建築だと、ワシは思うが……」

「あら。他の写真の建物は左右対称なのに……これらは、完全な左右対称になっていない? 黒川邸の煙突の数、左右対称にするなら、屋敷の右側にもう一本必要なはず」

 

 佐藤の言う通りだった。これらの建築は、どれも微妙に左右対称になっていないのだ。

 黒川邸の煙突は、主人の無理な注文によって増設された暖炉のため。阿久津邸のテラスは、子供たちの希望だと無理を言ったため。依頼主の注文で完璧な設計図に手を加えた。

 依頼主がいるからには要望に応えて、自身の主張は妥協せざるを得ないはずだが……完璧主義者の森谷にとっては、それは我慢ならないことだったのだ。

 四軒の屋敷を放火し、爆弾の設置個所に橋を選んだ理由は分かった。だが、何故新一への憎悪を口にしたのか?

 それは、ギャラリーの隅にある模型が答えだ。『我が幻のニュータウン西多摩市』とタイトルの付けられた、完全なシンメトリーを実現させた街の幻がそこにあった。

 建物の形が、数が。道路も植樹の数も、街灯の数も角度も。何もかもがシンメトリーで計算し尽くされたニュータウンは、市長が逮捕されなければ実現していた森谷の理想だったのだ。

 工藤新一が市長の罪を暴かなければ現実となっていたはずだった。新一によって、夢を潰されたのだ。

 

『教授はオレに挑戦し、高校生探偵の名を汚すことで目標の一つである復讐を果たし。同時に、もう一つの目的である黒川邸を含む四軒の家の放火と、環状線の橋の爆弾をカムフラージュしようとしたんです!』

 

 そして、あの時。キャリーケースの爆弾が残り16秒のカウントで停止したのは……遠隔操作で、タイマーを止めたのは、西多摩市ニュータウンの街灯が理由だった。

 模型にある街灯と、タイマーが停止した児童公園の周囲にある街灯は同じ物だ。本来ならば西多摩市に設置されるはずだったそれは、計画が中止となってからは米花市に買い取られ、児童公園の周辺に設置されていたのである。

 

『教授は壊したくなかったんですよ。こよなく愛するロンドンのそれに似せてデザインしたあのガス灯を!』

「……ふっ、面白い推理だ工藤君。だが、残念ながら君の推理には証拠がない」

『証拠ならありますよ。模型ケースの裏に!』

「っ!?」

 

 証拠がなければ、推理はただの妄想で終わる。毅然とした態度で証拠の開示を求めた森谷は、証拠など出せるはずはないと確信しているかのようだった。

 だが、新一の言う通り証拠はある。模型ケースの裏に、子供たちが目撃した犯人の特徴に一致するサングラスに着けヒゲ、帽子、コートが乱雑に積み上げられていたのだ。

 

「これは、爆弾犯の変装道具!?」

「馬鹿な!? それは書斎の金庫に……っ!」

「うん、書斎の金庫の中にあったんだ。金庫の扉、壊れて開いていたよ」

「何!?」

「ニャー」

 

 書斎の金庫から零れていたそれらを、プルートーが見付けてコナンがここまで運んだのだ。佐藤が手にする変装道具一式は立派な証拠だ。それに、咄嗟に口走った発言もある。

 署まで同行を願おうと目暮が近付いたその時、森谷は金色のライターを取り出して見せつけ、叫んだのだ。

 

「動くな! 動くとこの屋敷に仕掛けた爆弾を爆発させる!」

「何っ!?」

「爆発しないよ」

「っ!」

「だってその起爆装置……電池がないもん!」

 

 コナンの掌にあるのは二本の単一電池。まさかと思い、森谷がライター……否、爆弾の起爆装置の中身を改めると、電池が入っていなかった。

 

「馬鹿な、いつの間に!? 何故、これが起爆装置だと分った?」

「だっておじさん、ライター使ってないじゃない」

「先ほど、パイプの火種にはマッチを使っていたな。喫煙者は使う火種を決めているものだ……何故、使わないライターをわざわざ書斎に取りに寄ったのか」

「ミャー!」

「この黒猫は、そのライターからはオイルの臭いがしないと訴えている。火種にもならぬ物を大切に懐に忍ばせておくのは、何か別の目的があるからだろう。しかし、おまえからは臭うな……パイプ特有の甘い匂いだ」

「歩美ちゃんが言っていた甘い匂いって、パイプの匂いのことだったんだ」

 

 エドモンとコナンの発言が決定打となった。狼狽えて背中を見せた森谷の腕を佐藤が捻り、そのまま手錠がかけられたのだ。

 

「よーし! これで事件は一挙に解決! めでたしめでたし!」

「……ふふふっ、これで全て解決したと思ったら大間違いだ。私が抹殺したかった建物は、もう一つある」

 

 負けを認めず、むしろ勝ち誇ったかのように笑みを浮かべる森谷の視線は一枚の写真に向いていた。

 それは、空を貫く摩天楼。

 赤い誕生日プレゼント(ポロシャツ)を抱き締めた彼女が待つ、約束の場所。

 

「まさか、米花シティビル!?」

「……っ! 完全なシンメトリーではない!?」

「建築予算が底を尽くという馬鹿馬鹿しい理由のためにね! 私の最大にして最低の作品だ!」

 

 午後10時まで、あと1分を切っていた。

 

『……もしもし? どうしたの、コナン君』

『エドモン? 今、米花シティビルで慶君と合流して……』

「蘭姉ちゃん!」

「立香!」

「「今すぐそこから逃げろ!!」」

 

 時計が午後10時を刻んだと同時に、各々の電話の向こうからは爆発音が聞こえた。




この黒猫、戦闘機一機分につき。
筋力Eでも金庫ぐらい破壊できる。だってサーヴァントですから。
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