犯罪多重奇頁 米花   作:ゴマ助@中村 繚

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5月3日 午後10時~午後11時59分②

 徳川家茂

 その名前は、高校の授業で日本史を選択していなくても聞いたことがある。幕末を題材にしたドラマや小説にも頻出する将軍だ。

 幼くして担がれた傀儡の将軍。皇女を妻として、公武合体政策を実現させた将軍。立香は、中学生の頃の日本史の試験の解答用紙を思い出した。「公武合体政策」と答案を埋め、丸をもらえていた。

 

「慶君……いや、徳川家茂。君が、米花のライダーだったんだ!」

『真名を取り戻した! ステータスも開示、認識阻害も解けたぞ!』

『徳川家茂、彼は徳川将軍です! その宝具、順動丸は、徳川幕府が所有していた蒸気船です。徳川家茂は上洛の際に、その船で大阪湾の視察に訪れています。その後、順動丸の航海を指揮していた勝海舟に海軍操練所の設置を命じました』

 

 故に、彼に与えられたクラスはライダー。騎乗するのは蒸気船、当時の日本では軍艦とされていた船に彼は乗る。

 家茂自身が操り、帆を張って蒸気を熾した訳ではないが、幕府のトップがこの順動丸に乗船したことにより日本は大きな進歩を見せ始める。

 時の天皇の要請により上洛を行い、帰路は順動丸に乗船した。今までの長い道のりが嘘のように、あっと言う間に江戸へと帰還したその機動力に家茂は感心したと言う。

 それは同時に、鎖国を続けていた日本に入って来た新たな文明を将軍が認めたということになる。停滞していた文明を前に進ませた兆し……彼自身は世界を開けない。だが、兆しになることはできる。

 兆し(ヒント)を与えて、実現できる者へと託す。それはさながら、探偵に証言というヒントを与える証言者・目撃者のようであった。

『出航せよ、順動丸』

 これは、世界を開くための兆しを与える宝具。

 順動丸とそれを動かす乗船員たちの幻影は瞬く間に消えてしまったが、出航した光は消えずに暗い地面を這って走った。向かう先は、扉が高く閉ざされたエレベーターだ。

 光がエレベーターの中に消えると、何かが落下する大きな音がした。また爆発かと人々は悲鳴を上げて身を縮ませるが、これはビルを破壊するための倒壊ではない。

 今この瞬間に、脱出ルートが出現したのだ。

 

『っ! 脱出ルートが、出現しました!』

「え?!」

『先輩! 地下駐車場です!』

 

 今の音は、エレベーターのワイヤーが切れて箱が落ちる音だったのだ。

 エレベーターの通り道を塞いでいた箱が地下駐車場まで落ちたのなら、扉の向こうは空洞……それも、箱を通って地下まで出られるはずだ。

 

「扉を開けよう!」

「はい、マスター!」

「はいはいーっと。筋力Eでも、そこらの人間(モブ)よりは使えますよーっと!」

 

 幸いにも、エレベーターの扉はそこまで歪んではいなかった。清水……否、家茂とアンリマユが手をかけると、鈍い音を立てて扉は開かれる。下を覗き込めば、先ほど落下したエレベーターの箱とその天井に設置された天窓が見えた。

 あの天窓を通って地下駐車場へ出られれば、そこから地上へと脱出できる。幸いにも地下駐車場の出入り口は完全に封鎖されていなかったのだ。

 

「みなさ……っ!?」

「誰か、います! 箱の中に!」

 

 取り残された人々に声をかけようとしたら、下の天窓がドン!と殴られたように跳ねた。誰かが、箱の内側から力任せに天窓を空けようとしている。

 まさか、箱の中に誰かがいたのか?

 バン!と大きな音を立てて天窓が開かれると、箱の中から光が漏れた。ライトを点けたスマートフォン片手に、エレベーターの箱の上によじ登って来たのは、箱が落下する音を聞き付けてこの脱出ルートを発見した“探偵”だったのだ。

 

「っ、安室さん?!」

「藤丸君! 何故ここに?」

「それはこっちの……っ、そんなことより。他にも閉じ込められている人がいます! 避難を手伝ってください!」

「ああ! そのために、エレベーターの扉を開けたんだ!」

 

 後に訊くところによると、たまたま米花シティビルを訪れていた安室も、地下駐車場で車に乗り込んだタイミングで爆発に巻き込まれたらしい。レストラン街に人々が閉じ込められていると気付き、脱出ルートを捜している中でエレベーターの箱が落ちる音を聞いて一階によじ登って来たのだ。

 安室透が米花シティビルにいた理由がこれである。降谷零として爆弾事件の捜査に当たっていたという真実は語ってくれない。

 公安警察は、都内に点在している森谷の作品の周辺を徹底的に捜査していた。その中の一つである米花シティビルに駆け付けた安室は、取り残された人々の救出のために奮闘していたのだ。

 発動した家茂の宝具の兆しを、降谷が受け取った。脱出ルートを拓く者が現れたことにより、レストラン街に閉じ込められていた人々は無事に脱出することができたのである。

 これが、徳川家茂が持つ世界を開く能力。閉ざされた世界は開かれ、停滞した物語は次の頁へめくられる。

 この能力が、必要だったのだ。

 

 地下駐車場から地上へと出れば、甲高いサイレンと怒号がいくつも飛び交っていた。

 消防車から飛び出る消防隊員、救急車に飲み込まれるストレッチャーと負傷者。パトカーの無線に向けて声を張る警察官。公安警察が事前にマークしていたお陰か、消防や救急車の到着が早かった。

 多くの人々が救出されたが、それでも未だビルの中に取り残された人々がいる……救えなかった命がある。

 再び爆発が起きて、地下駐車場の出入り口も塞がれてしまった。

 

「立香! 清水! 無事か!?」

「エドモン! うん、俺は平気。慶君……彼のお陰で助かったよ。外までは、安室さんが連れて来てくれた」

「蘭! どこだらぁぁぁぁん!!」

「っ、やっぱり蘭さん……まだあの中に!?」

 

 炎を吹き上げる摩天楼に響く、小五郎の悲痛な声。

 その様子を愉悦そうな表情で眺めるのは、両腕に手錠をかけられた犯人――米花シティビルの設計者であり、一連全ての事件を起こした建築家・森谷帝二。

 彼の計画はまだ完遂していない。

 最後の爆発の時刻は、5月4日の午前0時3分だ。

 

 

 

***

 

 

 

 やはり通じない。

 多くの人々が同時に、この周囲の発信局を使っているから混み合っているのだろう。ナマコのキャラクターのストラップが付いた携帯電話を見下ろした蘭は、不安を飲み込みながら通話終了のボタンを押した。

 米花シネマ1のインフォメーションロビーには、彼女だけではなく数名の人間が閉じ込められていた。電気は消え、携帯電話もスマートフォンも繋がらず、非常口は爆発の衝撃で歪んでしまい開かなくなっている。

 

「うっ、ううう……」

「大丈夫よ、もうすぐ助けが来るわ」

 

 泣き出してしまった女性を慰めて励ましていると、インフォメーションカウンターに備え付けられている固定電話が鳴った。蘭は恐る恐る電話を取ると、聞き覚えのある……最も待ち望んでいた声が聞こえたのだ。

 

『蘭か?!』

「し、新一!?」

『ラッキー! 電話線はまだ切れてねぇみてーだな』

「何してたのよ! いつもいつも、肝心な時にいないんだから! 本当、いつもいつも……分かっているの? わたしが今、どんな目に遭っているか!」

 

 彼の声を聞いた安堵からか、それとも、こんな事件に巻き込まれても隣にいてくれないアイツへの怒りからか。蘭の目には、自然と涙が滲んでいた。

 

『ああ、知ってるさ。瓦礫で塞がれた非常ドアのすぐ前まで来てるからな』

「え……」

『ここまでは何とか、瓦礫の隙間を抜けて来られたけど……爆発のショックで、ドアが変形したらしくて、どうしても開けることができねぇんだ』

 

 扉一枚を隔てた向こう側には、息を切らせた新一――幼い姿のまま、蝶ネクタイ型変声機越しに蘭へ電話をするコナンがいたのだ。

 小さな身体は瓦礫の隙間をすり抜けるには楽だったが、やはり体力もなくすっかり息が上がってしまった。力もなく、扉を動かすこともできない。

 しかし、森谷から奪った切り札がある。爆弾の設計図……新一への復讐のために蘭を標的にしたのなら、一番大きな爆弾は米花シネマ1に仕掛けられているはずだ。

 

『ところでよ、ロビーの中にアタッシュケースとかトランクケースとか、変な物ないか?』

「変な物? ……っ、あったよ。何なのこれ? 凄く重くて大きいよ。デジタルの時計みたいなのが付いてる」

『っ! 気を付けろ! それは爆弾だ!』

「爆弾!?」

 

 ロビーにある椅子の隙間に、米花シティビル一階に入る百貨店の紙袋に入った大きな荷物が置いてあった。

 デジタル時計のカウントダウンは、残り42分と7秒……爆発の時刻は、日付が変わって午前0時3分だ。

 

「お前のために3分間作ってやった! じっくり味わえ!」

 

『何なんだ、3分って……!?』

 

 森谷が吐き捨てた言葉の意味が分からないまま、時間は刻々と過ぎていく。

 米花シティビル正面の広場には数多の消防車と救助隊が集合していたが、蘭たちが取り残されている五階へのルートは全て瓦礫で埋まってしまっている。五階に辿り着くまでに多くの時間がかかってしまう。

 救助と爆弾処理班の到着を待っていたら、日付を超えてしまう。

 そうこう考えている内に、コナンの腕時計は午後11時40分を過ぎてしまった。もう時間がない……こうなったら。

 

『おい蘭。お前、ハサミ持ってねぇか?』

「ソーイングセットのハサミなら持っているけど……どうするのよ、そんなもの?」

『……お前が解体するんだよ。爆弾をな』

「ええ?!」

 

 こちらには爆弾の設計図がある。設計図通りに間違えずに全てのコードを切ってタイマーのカウントダウンを止めれば、爆発を阻止することができる。

 残り15分……時間がない、これしか方法がない。

 新一の言葉を飲み込んだ蘭は、小さく頷いた。覚悟したのだ。爆弾の解体に。

 電話を切って新一――コナンが背を預けている歪んだ扉の正面に爆弾を下ろして紙袋を破くと、規則正しい音を立てながらカウントダウンを刻む爆弾と対面した。

 言葉を失ってしまう。カウントダウンが「0」になったら、この重い爆弾は爆発する。もし爆発したら、こんなにも近距離にいる自分は無事じゃ済まないだろう……勿論、新一も。

 大丈夫、新一の言う通りにすれば成功する。蘭は頭の中でそう言い聞かせながら、鞄の中に入っているソーイングセットのミニハサミを取り出し、爆弾のカバーを外した。

 複雑に絡まる様々な色のコードと対面すると、決死の爆弾処理が始まったのだ。

 

「これから、中の配線を切るからな。順番を一つでも間違えたらお陀仏だぞ……」

「……う、うん!」

「最初は、下の方にある黄色いコードだ」

「き、切るよ」

「ああ」

 

 震える手で爆弾の下にある黄色いコードを掴み、ハサミの刃を添える。指に力を込めてハサミを閉じると、黄色いコードはパチンと音を立てて切れた。




この映画の影響か、私が書くオリキャラのヒロインはソーイングセットを持ち歩いているような子が多いのです。
いざという時のため……そう、爆弾を解体しなければならない時のためにね!
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