Prologue : “He is a beatiful girl.”
誰もが知ってる俳優、歌手、モデル、エトセトラ。
そんな有名な芸能人の所属する老舗の芸能プロダクションはどこかと言われれば、誰もが『美城プロダクション』だと口を揃える。
そんな美城プロダクションは新たな企画を打ち立てては飛ぶ鳥を落とすがごとくの勢いで、成功に次ぐ成功。
まさに失敗知らず、怖いもの知らずの大企業である。
有名私大キャンパス並みの敷地内には複数のビルがあり、レッスンルームにトレーニングルーム、レコーディングや撮影のためのスタジオ、その他芸能に関連した設備は一通り揃っているし、一般にも開放されるオープンスペースにはカフェテリアやコンビニはもちろん、ファストフード店、アパレルショップ、いろんな店舗が構えてある。余談だが他にもエステサロン、ビルの上階には高級レストラン、さらに数千人規模のステージがあったり、まさに日本国民の憧れる企業であると言っても過言ではない。
現に上場企業で毎年黒字。入職倍率も数十倍。
社員として入社したならばトップクラスの魅力の詰まった芸能人と、逆に芸能人として所属すれば上位数パーセントにも満たない日本の高収入リーマンと生涯を共にすることが多く、まさに幸福であり理想であるような煌びやかな人生を謳歌できるのだ。
ここまでが世間の認識である。
大抵、トップの企業に所属するということは人生の勝ち組であると思われがちだが、人は皆一様に悩みを抱えており、大企業の中でも特段トップというだけあって、注目度、それに応じた所属者へのプレッシャーも段違いである。
広大な敷地の中で、場所は複数の建物の一角へと舞台を移す。
企画会議や外回りで汗水たらして働く、それでいてスーツを崩すことなくきっちりと着こなした社員が出入りするここは、オフィスビル。
大企業の肩書を手に入れたい若者の就職面接、芸能界入りを志す者たちのオーディション等々、大体がこのオフィスビルで行われる。
本日、このオフィスビルでは例に漏れず、その新企画のオーディションが行われていた。
向かい合って面接するには少々だだっ広い応接室。
長机を二つ並べて、審査員という文字の横には彼らの名前と部長、課長、という肩書がA4のコピー用紙に血の通っていない字で印刷されていた。
その肩書から錚々たるメンツが横一列に鎮座しているような風格でいるのは明らかであり、
おまけに美城プロダクションの誇るトップアイドル、シンデレラガールの肩書を持つ『高垣楓』や『十時愛梨』、『島村卯月』といった憧れの存在を前にして、会場入りした候補者たちは皆一様にしてガッチガチに固まってしまっている。
応接室の出入口のドアは閉ざされているが、外から見れば『第4回アイドルオーディション面接会場』とこれまた簡素なコピー用紙に印字されていた。
おそらくは敷地内で最も緊迫した場所であろう応接室の中で、実の姉に勝手に書類を送付され、一次審査の書類選考をすんなり通過したアイドル候補生の『水上詩緒』は会場の中で唯一困惑していた。
詩緒は、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花、と称されるほど端正な顔立ちをしており、小学時代、中学時代とよくモテた。
高校においても現在、入学からわずか一ヶ月で三人の男を玉砕させたモテっぷりであり、詩緒の長すぎるモテ期は未来永劫続くんじゃなかろうかと思ってしまうほどだ。
そんな詩緒がなぜ面接会場で困惑しているのかということについてだが、それはこの二次審査に至るまでの経路にある。
姉に勝手に応募させられてしまったとはいえ、書類審査を通過したあとの二次審査のお知らせで、会場まで来てくださいとの招待状を貰ってしまえば無下にできないお人好しが詩緒の性格である。
別にアイドルになりたくて来たわけでもない詩緒にとって、こちらから断ろうくらいの気持ちで会場まで足を運んでいるのだが、そんなことしなくても電話して辞退すればいいのだ。
おかげで受けたくもないのに、きっちりと面接を受けてしまっているのが困惑している要因の一つだった。
しかしながら、そんな要因は気の弱い詩緒にとっても予想の範疇である。
会場で断らずにそのまま面接を受けてしまうなんて光景自体、詩緒自身の脳内にありありと浮かんでいたのだから。
困惑している最大の要因といえば、右を見ても、左を見ても男性が詩緒しかいないということだった。
おかしいな、とは彼自身気が付いていたはずだが、女性アイドルとは一言も書かれていなかったため然程疑わずに会場まで到着し、向こうにも然程疑われずに会場へ入り面接官の対面に、牡丹のようにしゃなりとした佇まいで着席している。
他の候補者もレベルの高い美少女であるが、他と一線を画す詩緒の美しさに面接官のおじさんたちも、ほぅ、と感嘆の吐息を漏らす。
歴代シンデレラガールもどこか詩緒に惹かれるようで、視線を彼に向けていた。
さて、と面接官が言葉を発したことで一段と空気がピリつき、オーディションを受けに来た候補生たちが自己紹介を始める。
緊張の中で声を震わす人がいたり、淡々と答える人や、ありのままの元気溌溂な様子で答える人がいる中で、詩緒の順番が回ってくる。
落ちてもいいどころか、受かりたくないとさえ思っている詩緒は何も気負わずにすらすらと言葉を紡ぐことができる。
「
「ぼく?」
一人称に違和感を覚えたのか、面接官の一人が聞き返してくるが、詩緒も「え?」と困惑気味に答えたので面接官は一つ咳払いをして「失礼、続けてください」と返す。
その後も、自己アピールを続け、最後に彼自身から質問を投げ返す。
この質問が後に美城プロダクション内でも向こう十年以上は語り継がれる伝説となるのであった。
「あの、他に男の人はいないんですか?」
「はい?」
詩緒の問いに、一人の面接官が何言ってんだと声音と眼で訴えかける。
「男性は募集していませんよ?」
他の冷静な面接官が当たり障りない返答をすると、詩緒は首を傾げた。
「じゃあ何で僕は一次審査を通過したんですか?」
「え?」
「え?」
お互いにクエスチョンマークが浮かぶ。
面接官はお互いに顔を見合わせて、まさか、といった様子だ。
歴代のシンデレラガールたちも察したようで、驚きの表情。
オーディションを受けに来たアイドル候補生たちも、驚愕のあまり目を見開く。
「すみません、一応確認なんですが……」
恐る恐る、面接官の一人が口を開いた。
男性でいらっしゃいますか? と簡素な質問に対して、肯定した詩緒だったが、その日一番のざわめきが録画された。
☆ ☆ ☆
詩緒が質問に答えた直後、面接官たちで会議が始まった。
面接官たちの中には当然、島村卯月、高垣楓、十時愛梨のシンデレラガールズたちも混ざっているのだが、どうにも彼の処遇を決めかねているようだった。
詩緒は周囲の人間からチラチラと注がれる視線を少し窮屈に感じていた。
オーディションの面接官たちが自身を話題にしていることを察し、どことなく自分がその場から浮いているような印象に思えた。
「うちは今女性アイドルしか育ててませんよね?」
部長の肩書を持つ、白髪のお年を召した面接官が言う。
「男性のアーティストならいらっしゃるのですが……」
課長という肩書の面接官はそれに肯定する。
「あ、応募要項に性別について書き忘れてませんか、これ?」
男性面接官、三人のうちプロデューサーとしか肩書の持たない新人が上司にスマホを見せながら答える。
「あら、本当ですね」
口に手を当てて微笑む高垣楓。
「ええ!? じゃあ男の人も勘違いして応募してくる可能性があったってことですか?」
杜撰な書類の作成に驚愕する島村卯月。
「でも、まさに今男の子が面接受けちゃってますよ?」
事実だけをのんびりと伝えている十時愛梨。
なぜこの三人を面接に同席させたのかは永遠の謎、ということはなく、単にスケジュールを調整してもらっただけである。
他のシンデレラガールたちも召集予定であったが、どうしても外せない仕事があって来られなかったらしい。実に多忙なのだった。
そうしてしばらく相談し合っていると、あの……と議論を進展させるものがいた。
会議中の面々は一斉にそちらの方へ振り向いた。
視線の先には当然、話題の渦中の水上詩緒である。
『あの……』という声が意外とはっきり発音されてしまい、かぁっと耳を赤くさせてやや俯きがちになってしまう。
その恥じらう姿を見て本当に男の子なのだろうかと疑う一同へ、恐る恐ると言葉を紡ぐ。
「この話はなかったってことでいいので、すみません、お騒がせしてしまって……」
詩緒は立ち上がり、逃げるようにして会議室を後にしようとするが、手持無沙汰なことに気が付き、椅子の下に置いていたリュックを慌てて取りに戻る。
重なる羞恥で首まで真っ赤にさせる詩緒を見た一同は、本当に男の子なのだろうかと思った。
そんな彼の様子に思わず見惚れて、面接官や会社の人間は誰一人引き止めることもできず、その背中を見送るばかりであった。
☆ ☆ ☆
「ただいま……」
自身の黒歴史に新たな一ページを深々と刻んでしまったと、詩緒はかなりブルーな気持ちで自宅へと帰ってきた。
「お帰り~」
様子を見に来たのは、元凶でもある姉の『時雨』だ。
詩緒の気も知らないで、どうだった? と笑顔満面で尋ねてくる。
「どうもこうもないよ。女の子限定だったみたい」
少し怒り気味の詩緒に対して、やっぱり? と、さも知ってましたみたいな口調でさらりと答える時雨に、さらに怒りのボルテージが上がる。
しかし彼は声を荒げたりすることもなく、お姉ちゃん嫌いと一言呟いてから二階の階段を上がり、すぐに自室へ戻った。
しばらくしてコンコンと部屋のドアを叩く音に返事をすると、時雨が申し訳なさそうな声音で謝った。
「ごめんって」
詩緒はドアを小さく開けて隙間から姉の顔色を窺い、はぁとため息を吐く。
「もう怒ってないからいいよ」
謝られたら許してしまうのが詩緒の難儀な性格だ。
もう何度も、時雨に同じようなことを繰り返されている。
「ウタなら行けると思ったんだって」
時雨はばつが悪いと、謝罪の後には決まって言い訳を始めるのであった。
「自己紹介とかしちゃったけど、僕のこと女の子って勘違いしてたみたい。男って分かったら面接官同士で話し合い始まっちゃった」
彼自身もよく間違われることに慣れてしまっており、それなりに恥はかいたが性別を間違われること自体にはショックを受けてはいないようだ。
まあよくあること、と今では割り切ってしまっている。
「ていうか、お姉ちゃん知ってたでしょ?」
姉を責める視線ではあるが、男子が凄むにしては弱弱しく、例えば詩緒が女の子だとしても女性特有の恐ろしさは感じられないであろう睨みは文字通り可愛いもので、時雨にその気はなくとも口角が上がってしまうような癒しすら感じられる。
「いや、知ってたわけじゃないけどさ……」
言い淀むのもしかたがない。
何せ応募要項には性別に関する記載は一切なかったのだから。
美城プロダクションのアイドルといった、大手特有のブランドというだけで社内外の人間は女性アイドルのオーディションだと勝手に勘違いしてしまったのだ。
時雨はむしろ要項をよく読んでいると言えた。
そういう事情を聞いた詩緒はすでに怒りが収まっていることもあり、次からは勝手に応募しないでと釘を刺すだけだった。
「でもウタだったら行けると思ったんだよぉ。男の子だけど可愛いし、アイドルやったら絶対バズるって」
「別に目立ちたいって思ったことないから」
そう言っても目立つかどうかは生まれ付きによる部分も大きかったりするわけで、小さい頃からいろんな話題の中心にいることが多かったとは言っても、ポジティブな意味合いは少ない。
それこそ中学までは男子からバカにされていたため、どちらかと言うと可愛いものが好きな女子に人気があった。
仲の良い男子から劣情を抱かれたりしたこともあるが、同じ男子に邪な気持ちを抱くなんてことを認めたくない男子中学生は必死にその気持ちを隠していたため、詩緒本人には気づかれずに卒業をすることができた。
ただ、一目惚れで告白してきた同校、他校の生徒にとっては辛酸をなめる出来事になっただろう。
中学時代に女子人気を獲得していたことは大きく、行き過ぎた嫌がらせになるようなことも無かったし、彼自身も影響力のある生徒だったため他人から酷く嫌悪されることも無かった。
さっと自分の過去を思い出してみて、あんまり良い思い出も無いなとあらためて実感する詩緒はそれ以上考えるのを止めて、目立ちたくないし、と確認するように口にする。
「ウタは咲ちゃんより可愛いのにもったいないなぁ」
「ええ、咲ちゃんって315プロの男の娘アイドルでしょ?」
ありえない、というのが詩緒の素直な感想だった。
咲ちゃんは自分の可愛さを常に磨き続けているし、自信もあるからいつも堂々としていて、おまけに可愛いだけじゃない。
ちゃんと美少年なんだなと思う時があるように、咲ちゃんの真剣な姿はイケメンそのもので、そのギャップにやられるほどだ。
ただし最近、よく比べられるからあんまりテレビに出ているところを見たくはない。
今通っている高校の教室でも、女子が陰でひそひそと、詩緒と咲ちゃんどっちが可愛いか談議に花を咲かせていたようだ。
途中からエキサイトして本人にも聞こえていたから余計、教室に居づらかった。
「咲ちゃんは芸能人だよ? 咲ちゃんより可愛い訳がないって」
もうオーラが違う。実際に見たことは無いけど。
「でも断ってきちゃったの残念だなー」
時雨が浮かない顔で言う。
姉である彼女は、詩緒なら絶対に人気が出るだろうと思っている。
弟の魅力を知っているし、弟を誇りに思っている。
だからこそ、勝手にオーディションに応募してしまうのだった。
わざとらしくがっかりする姉を、はいはい、といなしてから詩緒はベッドの上に転がり横になった。
「今日疲れちゃったから、ちょっと寝るね。ご飯の時間になったら起こして」
あふぅ、と欠伸をして目を閉じる。
「今日の晩ご飯、当番ウタじゃん」
ムスッとした時雨が責めるような視線を投げかけるが、彼にはもう見えていない。
勝手にオーディションに応募したことを、すでにふにゃふにゃになった口調で責められては時雨も強くは出られず、しぶしぶ当番を引き受けることになった。
☆ ☆ ☆
寝てしまうとすぐに時間は過ぎていくもので、十五時に寝てから目が覚めた時刻は十八時を示していた。ちなみに帰宅していた時刻は十四時だった。
「おはよー」
一階のリビングに降りてみると母親はすでに帰っており、リビングのソファでくつろいでいる。綺麗にして出かけた朝とはうって変わり、仕事の疲れからかやつれ気味だ。
料理はすでに出来上がっており、ちょうど姉の時雨が電話を取って話をしているようだったが、詩緒を見てすぐに手招きをした。
「どうしたの?」
近寄って姉の様子を見てみると、どうやら予想外の出来事が起きたような表情をしており、しっかりと電話対応している反面、慌しさのようなものが伝わってくる。
詩緒が近くまで来たことを確認した時雨は、少々お待ちくださいと柔らかな声音、いわゆる電話口調で告げてから保留ボタンを押す。
「美城プロダクション。ウタと話がしたいって、神保っていう人から」
時雨もかなり混乱しているようで、美城プロダクションの神保さんとやらから電話がかかってきたことしか情報を得られていないようであった。
今日のことで怒られるんじゃないかと思い、詩緒は苦い顔をして受話器を受け取る。
内心どころか声に出して嫌だなと吐露すると、しかたないとばかりに通話を再開する。
「お電話代わりました、水上詩緒です」
「あ、恐れ入ります。私、美城プロダクションアイドル部門のプロデューサーを務めております、『
とても丁寧な口調で自己紹介と会社まで足を運んだことへの感謝を述べていることを詩緒は理解した時、社会人って立派だなぁと思った。
対して詩緒は、はい、はい、と返事をして彼の話の続きを待つくらいしかできないでいた。
「本日ご参加いただいたオーディションに合格いたしましたので、よろしければ弊社所属のアイドルになっていただけないかと存じます」
詩緒の思考がいったん止まる。
そして、今なんて言ったんだろう? と疑問が溢れ出す。
どうやら合格したらしい、と客観的な詩緒が彼の耳元で教えてあげているような、理解しているけど実感の無いようなふんわりとした感覚だった。
アイドルになるつもりはなかったけど、合格という言葉が嬉しくもあった。
他人から認められることがただ嬉しいが、今日のオーディションの結果には自分でも納得いかない部分もある。
「合格って嘘ですよね? 僕、途中で帰ったじゃないですか」
詩緒がそう言うと神保は、うーん、と何か返事を考えるような唸り声を上げる。
「ですが話し合った結果、途中でお帰りになられたとしても水上さんには目を見張るような才能を感じ、ぜひとも我が社で活動をしていただきたいと意見が一致しました。もちろん水上さんの選択次第ではございますが、もしアイドルとして芸能活動をしていただけるのであればご連絡ください。一応期限が決まっておりまして、来週までにはご一報いただければ幸いです。また、水上さんは未成年ですので、ご家族の方としっかり話し合ってご決断いただければと存じます」
結構一方的に話を展開されて、それでも神保の誠実さが伝わってきて、詩緒はどことなく今は断りづらいと感じてしまう。
何か質問はございますか? と聞かれ、いえ特に無いです、と反射的に答えてしまう詩緒であった。
「それでは、ご応募頂いた書類に記載されているメールアドレス宛にあらためて当選通知を送らせていただきますので、入社いただくか否かはそのメールでご回答いただくようお願いいたします」
それでは失礼いたします、と言って通話は切れた。
詩緒はポカンとしてしばらく通話終了後のツーツー……という音を聞いていた。
「ど、どうだった?」
時雨が恐る恐る尋ねる。
「合格だって……」
「はぁ!?」
これには姉も驚きである。
まさか自分が勝手に出した書類で弟が大手プロダクション所属のアイドルになるなんて一体誰が思うだろうか。
すぐさま詩緒の両肩を掴んで、絶対有名になれよと目で訴えておく。
とにかく詩緒が断る流れを作りづらくしようとするために起こした行動であったが、驚愕のあまり声は出ていなかったようだ。
「で、誰だったの?」
ソファでぐだぐだになってた母親も話に入り、そのことを知るとびっくりしすぎてソファから転げ落ちた。
その日水上家では一世一代になるんじゃないかというくらいの家族会議が開催されたそうだ。