合宿初日の夜。
颯は全員で一つの部屋にいったん集まり夜通し話をしようと提案したが、昼時からはしゃぎ回っていたためか、全員で集まったは良いものの凪共々お眠な状態であった。
「シスターズ眠そうだし、早いところ寝ようか」
ちとせがお開きにするが、舟を漕ぐ颯は言葉にならない声を出しながら首を横に振る。
あかりが布団を用意して颯を誘導すると、あやふやな呂律でイヤイヤ言っていたが、布団を被ったらすぐに寝た。
続いて千夜が同じように舟を漕いでいた凪を立たせると、隣の部屋まで手を引いて連れていった。
あきらとりあむもお疲れさまとその後に続く。
二人とももう眠くはなっているらしい。どちらも普段は夜更けまで起きているので珍しいなと詩緒は思った。
あかりとちとせもそろそろ寝ると言って布団を敷いたので、詩緒はおやすみなさいと言って神保との二人部屋に戻る。
「おかえりなさい」
詩緒が戻ってきたことを確認した神保はホッと胸を撫で下ろしたような表情をして、挨拶をした。
彼は洋風な机の上にパソコンを開いており、また仕事をしているのかと詩緒は思った。
和室の方にはすでに布団が敷いてあったので、用意してくれたのだと分かる。
詩緒がお礼を言うと神保は軽く目配せをして頷くだけである。
「明日はお仕事ですか?」
「そうですね。明日はレッスンのみですがフェスに向けての練習となります。明後日以降はそれに加えて撮影、黒埼さんと夢見さんはさらに深夜ラジオへの出演、最終日はミニライブを行う予定です」
スラスラと説明する神保に詩緒は明日の準備をしながら相槌を打つ。
明日から大変になるので、早いところ休むように言われ詩緒はもぞもぞと布団に入り込んだ。
詩緒の睡眠の邪魔にならないように電気を暗くして襖も閉めようとする。
「プロデューサーさんもあんまり無理しないでくださいね」
閉めきる前にそう言われた神保は少しきょとんとたが、お礼を言い、おやすみなさいと挨拶をした。
トン、と襖の閉まる音が部屋に響いてしばらく静寂な時間が続いた。
他の部屋では起きてる人たちが楽しい話をしているのだろうと想像して少しの羨望と幸福を満たしていると、不意に隣の部屋からキーボードの打鍵音が流れてきて、それが睡魔を助長する。
☆ ☆ ☆
詩緒の目がパチッと覚めたのは深夜で、日付を跨ごうとしている時間だった。
感覚としては数時間寝たようなスッキリさであったが、目覚まし代わりのスマホを見てみるとまだ一、二時間程度しか経っていない。
しばらく眠れないかもと思いながらも寝なきゃいけないと布団に潜ってじっとしたり、寝返りをうったりしてみたが、眠れそうになかった。
睡眠がとれないことに焦りや不安、嫌悪などを感じはしたが、しかたないと開き直る。
環境が変わったからという理由で睡眠がとれないことがあるのだが、詩緒はそのことに気が付かない。
その代わりと言ってはなんだが、諦めて天井を見つめてボーっとしていると、隣の部屋からタイピング音が全くしていないことに気が付いた。
隣の部屋に目を向けてみると、閉じた襖のわずかな隙間から光が漏れ出しており、明かりが点いていることは理解できた。
気になって襖を少し開け、隣の様子を覗き見てみると、神保が椅子に座ったまま眠っていたのである。
起こすのも申し訳ないと、詩緒は音を立てないように襖を閉める。
布団を敷いている和室側の電灯を点けて、冷蔵庫に入っている水の入ったペットボトルを一口飲んだ。
その後しばらく眠れそうになかったので、夜に出かけるのは良くないと思いつつも、散歩でもしようかなと考えてしまう。少し悩んだが、結局外に出ることにした。
詩緒はプロデューサーに内心で謝りつつも、夜の海まで出かけることにワクワク感を抑えきれない。
旅館を出ると生温かくも夜特有の冷えた空気を感じてぶるりと震える。
静けさの中に虫の声が鳴り、旅館の雰囲気と相まって趣を感じさせる。
海までの道には外灯が少なく、遠くまで見渡せないような暗闇が続いていたが、顔を上げると雲一つない良い天気が分かるくらいに星と月が輝いている。
海岸へ着くと潮が満ちており、先ほどまで砂浜だった部分を海水が侵食しているが、それに反射した月や星々がまた綺麗なもので、しばらく見惚れていた。
もう少し近くで見ようと思い、砂浜へ続く階段を降りている途中で、人物の影があることに気が付いて足を止めた。
夜目ではその人影が誰であるかを視認することはできなかったが、その神秘的な風景に似つかわしいほどの美しさを兼ね備えた人物であることは、不思議とすぐに理解できた。
誰だろうかと思うも、その風景と人物を頭の中で切り取りながら、一つの画として認識している詩緒はそれ以上近づけないでいた。
じっと海を眺めるその麗人は、不意に詩緒の方へ振り向くと彼の方へ歩いていく。
詩緒は少しばかり恐ろしい気持ちになり、逃げてしまおうかと考えたが、どこかで見たことあるようなシルエットと、直後に聞こえてきた言葉で考え直した。
「ウタちゃん! どうしたの?」
そこそこの距離、波の音の中でも透き通るように聞こえた声はちとせのもので、その美麗な画であることに納得する詩緒。
安心感と同時に、先ほどとは違う恐怖が背筋を駆け巡ったようで、夜の冷えた空気とは関係なしに、自身の肩を抱いてぶるっと震えた。
すぐにちとせの元まで走ると、彼女の両手を握った。
冷たく濡れた綺麗な指先は、彼女が海に触れたことを容易に想像させる。
「ちとせさん、危ないですよこんなところで……。どうしたのかも僕の台詞です」
焦燥や怒りが感じられるような声色に、ちとせは目を丸くさせた後、三日月のように細めて穏やかに笑った。
「心配して来てくれたんだ」
いつもの揶揄うような口調。
手を握り返してきて一歩迫るちとせに詩緒はたじろぎ、一歩後退ってしまう。
別に追いかけて来た訳ではないので、そのことを説明してたまたまちとせがいたことを伝えると、ふーん、と言った。
口調はつまらなさそうだったが、彼女の表情は楽しそうなもので、玩具を与えられた少女のようでもあった。
「眠れないなら、お姉さんが一緒に寝てあげるよ♪」
いいです、と本来なら答えてしまいそうな詩緒だが、聞きたいことがあったので彼女の揶揄を流して、どうして外にいたのか聞いた。
最初のうちは口を噤んでいる様子だったが、珍しく真剣な表情をするものだから詩緒は聞いたことを少し後悔した。
しかしその後悔も杞憂で、ちとせは相好を崩す。
「私ってヴァンパイアの末裔でしょ? だから、月の光を浴びるのが好きなの。夜も好き」
詩緒はその発言をちとせのキャラ作りだと思っており、特に真面目に相手にしていなかったのだが、その時は何となくふざけているように聞こえなかった。
多分、こんな綺麗な月が見える夜に海の景色を見ないのはもったいないと思ったのだろう、と彼は解釈した。ふざけているように聞こえないのも、多分本当に月が好きだからだ。
いつものちとせに戻ったことに安堵して、詩緒は呆れたようにそうですかと口にすると、彼女が信じてないでしょと頬を膨らませる。
信じるわけないですよ、と返答して自分から握った手を解いた。
「でも本当に綺麗ですよね。夜に外出て見たくなる気持ち分かりました」
詩緒は海に視線を移してその景色をじっと見つめる。
吸い込まれそうなほど深い暗闇の中、月光が反射する水面が儚く輝いていて、空の上にある確かな月と、ゆらゆらと揺れる海をキャンパスにして描かれた月。
先ほど砂浜に立っていたちとせはまるで絵画に描かれていたようだったと詩緒は思い出して、横のちとせを見る。
彼女も海へと瞳を向けており、横顔は切なさを孕んでいるようだったが、また意識を美しい景色へ戻した。
いつまでも見ていられそうな景色をじっと見ていると詩緒は何だか穏やかな気分になっていき、不意にその場に座った。
「砂、付いちゃうよ?」
「ゆっくり見たいなって思って……。ちとせさんも座りましょう?」
ちとせが注意するも、立ち上がるどころか一緒に座ろうと隣の地面をポンポンと叩く詩緒。
いいや、と言って拒否しようとしたちとせだったが、純粋な感動を抱いて海を眺める詩緒が羨ましく思えて、彼女も座った。
景色に見惚れてお互いに沈黙が続く中、不意にちとせの手が詩緒の手の上に乗る。
チラッと詩緒は彼女を一瞥したが、ちとせは彼を見ていない。
「私がいなくなったらさ。千夜ちゃんのことよろしくね」
詩緒が視線を戻し、ちとせが言った。
詩緒は不思議と驚くことはせず、彼女の手を握り返した。
小刻みに震えるちとせの手がすぐに収まった。
「変なこと言いますね」
「まあね。最年長だし、いつかはいなくなるから」
「最年長はりあむさんですよ」
詩緒が、りあむの誕生日の方が早いことを指摘するとちとせは笑って、誤差でしょ、と言った。
詩緒は彼女が何に怯えているのか分からなかったが、いつも助けてくれるリーダーとして、その態度が気に入らなかった。彼女はヒーローでいてほしいと詩緒は勝手で、押し付けがましいその願望を叶えたかった。
「あんまり変なこと言わないでくださいね」
その結果、直球で相手の考えもお構いなしに好きなように注意した。
ちとせは面食らったように詩緒を見るが彼は彼女を見ていない。
「……そうだね。そうする」
やがてちとせがそう口にする。
また沈黙が続いたが、不意に詩緒が握る手を解いて立ち上がった。
ちとせは急に不安が込み上げてきて、慌てて詩緒の方を向くと、彼は少し屈んで彼女へと手を伸ばしていた。
「もう戻りましょう」
詩緒の手を握って立ち上がる。
二人は砂塗れになった手をパッパと払った。
「浴衣にも砂付いちゃってます」
「だから砂付いちゃうって言ったのに」
自分のお尻の砂を払う詩緒を見て、ちとせも同じように払う。
「ウタちゃん、まだ付いてるよ」
そう言ってちとせは詩緒の浴衣に付いている砂を払い落とし、また詩緒もお返しに払い落とした。
お尻を触られたことに関して、どこを触っているのかと揶揄おうとしたがどうもそんな気分になれなかったちとせは、代わりにお礼の言葉を述べた。
こちらこそ、と詩緒も小さく頭を下げる。
旅館へ戻る道の途中、危ないので手を繋いで帰りましょう、と急にちとせに提案する。
先ほどからビクビクしている詩緒を悦に入るような表情で見ていたちとせは、夜道が怖いからそう提案してるのだということに気が付いて、笑みを深めた。
「仕方ないなぁ……♪」
そうして再び、ちとせは詩緒の手を取るのだった。
☆ ☆ ☆
合宿二日目の朝。
意外にも早く起きることができた詩緒は洗面をして、食堂に向かっている。
神秘的だと感動した夜の出来事を彼は思い返していた。
思い出すのは昨日というには日付を跨いでしまっているので本日の深夜の出来事。
詩緒が部屋に戻ってきた時、作業をしていた神保がそのドアの開閉音で様子を確認しに来ると、驚愕と困惑の表情を浮かべていた。
「どちらへ?」
グッと引き絞られた声帯から無理に出てくるような声色だったのを詩緒は覚えている。
「眠れなかったので、外に出かけていました」
嘘を吐いてもしかたがないと思ったので、正直に自分の動向を話した。
ちとせが一緒だったことについては一切触れていないため、嘘を吐いたことにはならないが、結局のところ報告していない罪悪感を覚えているのは嘘を吐いたことと同義になるのだろう、と考えてしまった。
神保が溜息を吐いた。安堵と呆れ、どちらも混ざったような、ともすれば少々の怒りも含んでいるものに聞こえなくもなかった。
紳士的な態度を崩さない彼が、こんなネガティブな反応をするのは珍しかったので、詩緒は嫌な汗を背中に流し、自然と背筋が伸びる思いだった。
「君たちに何かあったら、私は……」
詩緒を見下ろす神保の表情は今までで初めて見るものだった。どんな気持ちだったかは測り兼ねたが、少なくとも笑顔ではなかったことが、印象に残っている。
「早く寝てください」
背を向けてそれだけ言うと、神保は戻っていった。
詩緒は手を洗い、早いところ布団に潜った。
心の内がもやもやするような感覚はどことなく先生に怒られた時のようで、居心地は悪かった。
朝起きて部屋で顔を合わせるのも少し気まずかった。
神保はもう気にしていない様子に見えたが、おそらく気にしていないこともないんだろうと雰囲気で分かった。
食堂までのそこまで長くない距離を歩きながら、詩緒は自身の頬をぺちと叩き気持ちを切り替える。
アイドルになってから頬を叩くことが増えた気がするな、と彼は思った。
食堂では食卓が部屋ごとに分けられているが、同じグループということでアイドルメンバーは全員で一つの食卓を囲むことになる。
到着した詩緒は、彼に対して控えめに手を挙げる凪とぶんぶん手を振る颯が目に入り、手を振り返しながらそちらへと向かう。
挨拶を交わして、それぞれ食事を摂り始める。
しばらくして神保も来ると、詩緒の隣に座り、挨拶を交わした後に食事に手を付ける。
朝のテンションなどそこまで高くはなく、特にりあむは寝てるのか起きてるのか分からない状態で、お茶碗と箸を持ちながら目を閉じている。
雀の涙と表現してもおかしくない量を口に含んでもそもそと食べている。
これは時間がかかりそうだな、神保は一目で判断したが、特に何も言うことなく食事を続けていた。
ちとせも低血圧で朝は弱いらしく、眉間に皺を寄せながら朝ご飯を口にしている。
しっかりと寝たらしい久川姉妹、朝に強いあかりと千夜だけがいつもの調子で話をしながら食べていた。
「朝食なのに、結構豪華で美味しいですね」
朝にしては豪勢な食事を食べれるという初めての経験をしたあかりは、士気もすっかりいつもの通りで、血色もかなり良好だ。
「そうですね。この料理、どうやって作るのか気になります」
千夜は相槌を打ちつつも、料理に興味が向いている。
普段からちとせの食べる物を提供している千夜は作り方が気になるようだ。
「千夜さん作れるんですか!?」
あかりが勢いよく聞くと驚いたように彼女の方を向いた千夜が、作り方が分かれば多分、と謙遜を交えて肯定する。
数名が食事を終えた頃、神保が今日の予定について話す。
本日一日中レッスンであることが分かり、あからさまにげんなりする一同。
明日からは仕事もいくらかあるので、詰め込めるときに詰め込みたいが、無理は禁物、特にお互い気遣い合って体調が悪くなったらすぐに言うようにと念を押された。
さらに夜は出歩かないように注意されると、ちとせは目を細めて詩緒を見つめた。
バレてるじゃん、と責められているような気がして彼女から視線を逸らした。
☆ ☆ ☆
食事を終えた後、レッスンへ行くため車に乗り込む。
朝の九時を回った程度だが、この時間になるとりあむやちとせもすっきりと目覚めており、車内は前日の活気を取り戻した。
車に揺られること十数分で目的地に到着する。
どうやら美城プロの所有する施設のようで、施設内のダンスルームやトレーニングルームを借り、トレーナーさんが付きっきりで練習を見てくれるらしい。
今回のトレーナーは聖ではなく妹の明で、この姉妹は全員で四人だが妹になるにつれ物腰が柔らかくなっていくことでプロダクション内でも少しだけ有名である。
ちなみにトレーナー四姉妹を推している社員が一定数いるらしい。
閑話休題。
早速トレーニングルームに入るとトレーナーの明が笑顔で迎えてくれる。
「初めまして、いつもは姉の聖が教えていると思いますが、今回の合宿では私が指導させていただきますね」
メンバーは、よろしくお願いします、と挨拶をして基礎的なトレーニングで体力作りをすることになった。
トレーナーさん曰く、夏フェスに参加することになった新人は体力的にしんどくなることが多いので、まずは最低でも一日乗り切るための体力作りが必要だという。
初っ端からランニングをやらされ、真夏の外は三十度を優に超える暑さでメンバー全員はまずダラダラと汗を流しながら決まった道をトレーナーさんに続いて走っている。
5kmを走り切り、すでにちとせとりあむはしんどさに息も絶え絶えの状態だった。
詩緒も息は切れていたが、これまでの練習の成果なのか、いつの間にか普通に付いていけるくらいの体力は完成していたようだった。
体力お化けは相変わらずあかりと、千夜で、次点に体力があるのは颯、そして凪、詩緒、インドアなあきら、りあむに続きハンデを持つちとせ。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
千夜が声をかける。
基礎的なトレーニングが得意ではないことを知っているので、彼女は常に主人の体調を気にかけていた。
大丈夫、と答えるものの辛そうではある。
しかしながら、アイドル活動を始めて体力が伸びたのは詩緒だけではなく、ちとせもまた大きく成長していた。それを本人が気付いておらず、いまだに弱点として苦手意識があるようだ。ただ詩緒の成長と比較して、限界だと錯覚しているだけである。
そんな意識を持たれているとは露知らない詩緒は、暑さに負けているりあむに水やタオルを渡したり、励ましの言葉をかけていた。
「暑い……ウタちゃん、死んじゃう……」
膝に手をついてぼたぼたと額から汗を流す。
詩緒は、頑張れ! など月並みな言葉を並べ立てたり、ライブではりあむさんしか勝ちません! と五七五を詠んだりして、励ましていた。
「ウタラッシュ、もう疲れたよ……」
トレーニングルームに戻って靴を脱ぐと、ぱったり倒れるりあむ。
詩緒は、りあむさん死んじゃった、と悲しい顔をしながらトレーニングルームまでずるずると引きずっていく。
彼女の片足を持って容赦なく地面で頭部を削っていく姿は、天使というより小悪魔と比喩する方が的確である。
室内の涼しさに徐々に落ち着きを取り戻し始める一同。
トレーナーの明は一度休憩にして、ストレッチを入念に行うように指示を出しながら、今後のレッスンのためにアイドルのプロフィールをチェックする。
水上詩緒が今回の注意人物となることを明は性別からも、体力の無さや運動音痴であるという情報から把握していたはずであるが、どうやらこの情報は間違っているらしいと感じた。
確かに以前の聖のレッスンでは、伸び代はあるが及第点とは言い難いなどと評価を受けていたが、夏休みに入ってからしばらく練習漬けの生活を送っていた詩緒の成長は無視できるものにはなっていない。
その後も基礎的なトレーニングを続けて、午後からはダンスのレッスンが始まった。
夏フェスでは、設営されたステージが三つ。
それぞれで出演するユニットが異なり、どこの出入りが多いか、盛り上がりが凄いか、ファンの投票で競い合う美城プロダクションが主催するミュージックJAMと呼ばれる祭典である。
前年度の二日間合計来場者数は五万人を越えており、毎年その記録を伸ばしているので今年も上回る見込みである。
プロジェクトメンバーは初日昼の部の参加であり、同じステージには他にも数組のアイドルが登場して、出番をくるくる回すことになる。
高温での機材トラブル、アイドルの疲弊、ファンの熱中症など、毎回注意喚起はしているものの無事に終わることが少なく、かなり厳しいイベントであるが、中毒性の高いイベントでリピーターがほとんどだ。
そして辞められない理由はその生感にある。
美城プロのアイドルが魅せる本気のパフォーマンス、ファンとの一体感、そのグルーヴが他者を惹き付けてやまない。
真夏の暑い日、最高に熱くなれるイベント。
『日本で一番熱い日』という売り文句で行われる、美城プロダクションアイドル部、夏の一大イベントなのである。
そこで今あるレパートリーでは曲数が足りないし、また各部の最後に行われるステージ全体が一体となるエキシビジョンのライブ、通称スーパーライブで締めくくる。
スーパーライブは設営された三ステージの中で得票数の多かったステージに集まり、参加者全員で披露するパフォーマンスのことだ。一番の盛り上がりどころでもある。
現状、メンバーの体力的に厳しい面もあるが、何よりも曲のレパートリーが少ない。
自主練ばかりしていた詩緒と颯、凪の三人だけが他メンバーよりも多くレパートリーを獲得してはいるが、全員で新たに数曲覚えなければならなかった。
練習を始めるが、レッスンと言えど熾烈を極める。
トレーナーさんから叱咤が飛ぶ。優しい口調ではあるものの、その厳しさは聖さんの妹だなとメンバーは気を引き締めて汗を拭った。
表情にも気を遣い、何より誰に向けた楽曲であるかを表現していかなければならない。
休憩をこまめに挟みつつも、昼を過ぎてから踊り続けて、数時間が経過する。
歌も歌わなければならないので、並行作業でインプットしていく。
最近は楽しかったレッスンも、久しぶりにしんどいと思ってしまう詩緒。
他のアイドルも少しずつ疲労が目立っていき、徐々に休憩の時間も増えていく中、詩緒とあかり、颯、凪は踊れる限りずっと踊り続ける。
辛いけど、失敗したくない。
次のライブの概要を知らされれば、簡単なことで、ただ単純にパフォーマンスで負けたくないのだ。
努力することが嫌いなあかりであるが、詩緒と颯に触発されて、今も踊り続ける。
表情が崩れていることを指摘されると悔しさが込み上げるが、それでも止めない。無理矢理にでも表情を作れと自分に言い聞かせる。
何かに気を取られれば、他が疎かになり、ミスもちらほらと目立つ。
こんなんじゃダメだとあかりは自分に言い聞かせた。
「それじゃ、本日はおしまいにしましょう」
最後に全員で覚えた三曲を合わせた。
トレーナーさんの言葉を聞いた瞬間、かくんと膝が落ちる。
ぶるぶる震えるそれは、ランニングをしたときなんかと比べものにならなかった。
「お疲れ様です。皆さん、クールダウンしましたら、本日は旅館に戻ってゆっくり休みましょう」
神保は仕事をしていたが、今日はずっと同じ空間で見守っており、労いの言葉をかけると、トレーナーの明とも挨拶を交わしてから車へ戻っていった。
今日のレッスンがあと数日続き、途中に仕事があるなど想像もつかなかったが、疲れたことだけがそのまま身体全体に圧し掛かって、どうしてもアイドルたちをネガティブにさせるのだった。
☆ ☆ ☆
「まったく、あいつは何を考えているんだ」
独り言でプロデューサーに悪態をつくのは千夜で、それはちとせを案じたゆえに出た愚痴だった。
当のちとせはあまり気にしていないらしく、適度に休めたしギリギリのラインではあるが最後までレッスンに参加できたことを素直に喜んでいた。
そうなると千夜としても口を噤む他ない。
「マジできつ過ぎ、ぼくやめたいよこんなの」
前傾姿勢で重たそうに発言するりあむは体の節々が痛むらしい。
明日は無理だと叫びながらも、努力はたくさんしなければいけないことは知っている。きっと明日もぼやきながらレッスンを真面目にこなすだろう。
「ウタチャン、ここまで努力してたんデスね。自分も負けてられないって初めて思ったかも」
あきらも感心したように言うが、内心では詩緒の努力の成果を肌で感じて、焦りや嫉妬、悔しさをバネにするようにして沸々と対抗意識が燃え始める。
あかりも、今日のレッスンでの詩緒の成長、年下の颯が常に努力し着実に身になっている状況を見て、私も変われるんだと半ば確信を持てたことによりモチベーションが一気に上がった。
詩緒と颯は当初より変わらない。
詩緒は応援してくれる家族と可能性を見出してくれた神保プロデューサーのため、颯は自分が憧れの存在になり有名になるため、二人は一番近くにいるポジションでお互いに切磋琢磨し合う仲間だった。
凪はただ颯に流されるままだが……。
しかし、彼らはまだ駆け出しのアイドルで、アイドルが何たるかを知るには先のことになるのだった。
勝手に謝辞をいたします。
お読みいただきありがとうございます。
普段の投稿頻度より遅くなってしまったこと、申し訳ございません。
土日に書いて投稿するつもりでしたが、筆がうまく進みませんでした。
また温かいご感想や誤字報告もありがとうございます。
早く投稿できるように頑張ります。