ボーイ・イン・ザ・シンデレラ   作:しらかわP

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16th stage : “She won't give up until she loses.”

猛暑。

そんな表現がお似合いなほどの気温を、詩緒たち演者は感じていた。

先ほどからプロデューサーやスタッフたちから熱中症に気を付ける旨のアナウンスがやたらと繰り返されている。

 

そんな症状にかかったことのない彼らからしたら、気を付けないとね、という程度の認識しかしていなかったが、スポーツドリンクなどのミネラルを含んだ清涼飲料水を勧められるたびに口にしていた。

 

今よりさらに気温が上がるのかと思った詩緒は運動が億劫になってくるが、せっかくのライブ、千載一遇のチャンスでもあるフェスに無理やりにでも士気を高めようと努力する。

 

このミュージックJAMではスプラッシュステージ、パステルステージ、ゴージャスステージと呼ばれる三つのステージに分かれて、アイドルがパフォーマンスを披露するようになっている。

それぞれのステージに割り振られたアイドルたちは自分たちが受け持つステージをより盛り上げることがこのフェスでの目的となっており、その判定をファンの投票によって行う。

 

現地のファンが一人当たり二票、ネットからの投票が一人当たり一票、最大で一人三票分の投票権を持っていることになり、自分が盛り上がったと思うステージをライブの最後に投票する。

見方によってはアイドル同士のパフォーマンスを見てファンが審議を行う競技でもあり、あるいは人気投票のような一面を持つこともある。

アイドルもファンも一喜一憂するような、ある意味でシビアなイベントでもあるのだった。

 

ステージの内訳としては、小学生のアイドル、二十歳を超えたアイドル、プロジェクトミーティアのメンバーという括りで、年齢で別けられた分かりやすい組み合わせになっている。

 

ミーティアのメンバーはさすがにここまで大きな野外のステージというのは初めてで、息を呑んでいたが、リハーサルの時間になれば徐々に落ち着きを取り戻していた。

背中を流れる大量の汗も最初は気持ち悪かったが、気にならなくなっていった。

 

暑いのは仕方ないものと割り切り、汗で足を取られないこと、脱水を起こして熱中症にならないことを常に念頭に置きながら心身に気を遣って本番まで集中を高める。

 

リハーサルを終えた頃、プロジェクトミーティアのメンバーが受け持つスプラッシュステージ全体のスタッフを集めながら最終確認を行う。

 

野外のステージに照り付ける陽の光と、照り返しの熱気が人員の体力を奪い、機材の脅威ともなる。

 

あと一時間で開演すると考えると、詩緒は何だか落ち着かなくなる。

すでにステージの周辺には早入りのファンが集まり始めており、ざわざわと喧騒に包まれて、開演前の期待感が熱気となって周囲を覆う。

 

スタッフからは、ファンの前に極力姿を見せないように釘を刺されており、チラリと舞台袖から覗いた前列のお客さんに目をやると、いつも応援してくれるファンの方がいらっしゃる、と嬉しさを覚えたし、ちゃんとチケットが当たっていて良かったと安堵した。

 

「ウタちゃん、どうだった?」

 

詩緒がステージの外の様子を眺めていると、颯が興味本位で聞いてきた。

どうだったかと言われても、多いよ、としか答えられないのだが、いつも来てくれる人もいることを伝えると、彼女もどこか安堵したような表情になった。

やはり最初から応援してくれるファンというのはアイドルにとってもそれなりに特別な存在になっていくらしい。

颯も最初からいてくれるファンに顔を綻ばせているところを見て、詩緒も共感するのだった。

 

「いつもの人たち、早く来て最前列で応援してくれるみたい」

 

大きな舞台、真夏の気温、外出するにも厳しい条件の中、彼らが自分たちのために来てくれたことを思うと目頭が熱くなるのを感じる。

いつから泣き虫になったっけ、と目元を拭って考えると、間違いなくアイドル活動を始めてからだという正解がすぐに出た。

 

颯も舞台袖からチラッと覗いた後、詩緒に振り返る。

彼女の目にも涙が溜まっているようで、わずかに目が赤くなっていた。

 

「はーはさ、有名なアイドルになりたいっていう気持ちでずっと頑張ってきたけど……アイドルになって本当に良かったなって、もう思っちゃってるみたい」

 

まだ早いよね、と言う彼女に詩緒は首を縦に振った。

これから先も何度だってこんな場面が訪れるはずで、特に颯がこのまま終わるわけがないと詩緒も直感している。まだ終着点とするには早すぎる。

 

もう一度気合を入れ直すと、二人して泣きそうになるのを我慢して、お互いにまだ泣けないねと笑い合った。

 

そんな彼らの周りに他のメンバーも集まり、泣いてる? と聞かれたりもしたが、泣いてないと強がった。

 

「ウタちゃんと一緒にアイドルやれて良かった」

 

颯が吹っ切れたような笑顔で詩緒に告げる。

嘘も偽りもないその眼差しは仲間であり、ライバルである相手を見るような鋭い光を帯びていた。

 

どうやら他のステージだけじゃなく、同じステージ内でもバチバチになりそうだなと離れたところから見ていた神保は思った。

 

そんな中、あかりはとてつもなく緊張した面持ちをしていた。

集まっているメンバーの中でも一際顔色が悪い。

リハーサルの時は大丈夫だったものの、客の入りを実際に目の当たりにし、今までにない規模の大きさに完全に委縮してしまっているのだ。

 

「あかりチャン、大丈夫?」

 

心配して声をかけたのはあきらだ。

普段から趣味で配信をして慣れているからか、あきらに余裕があるのを見て、あかりは羨望のような感情を抱いたが、あかりの肩に置かれたあきらの手が今まで見たことのないくらい震えているのが分かり、驚いた。

 

いつも緊張とは無縁そうな態度を取っているあきらであったが、ポーカーフェイスなだけで内心では大きな会場にプレッシャーを感じていたのだった。

 

「あきらちゃん……」

 

肩に置かれたあきらの手をそっと自分の手で包み込む。

お互いの手をしっかり握ってその震えを確認する。

 

「#夏フェス って思ったより緊張するんだ」

 

あきらが言った。少しだけ弱弱しく感じるのは聞き違いではないと、あかりは思った。

 

「あきらちゃんって、結構な人数相手に配信もしてるし、慣れてるのかと思いました」

 

配信とは全然違う、とムスッとした顔で反論する彼女の震えは先ほどよりも随分と治まっている。

 

「緊張しないような、変な人たちはそっち」

 

落ち着きを取り戻し始めたあきらが指を差す先にはちとせと千夜、凪やりあむもいる。

詩緒と颯に関しては、今のあかりとあきらのような状態であり、お互いが支え合っていることが見て分かるが、ちとせも千夜も元よりお互い支え合う関係を築いているとはいえ、開演前の大舞台を控えても明らかに普段通りであった。

まるで意に介していないような、ターニングポイントどころか通過点とでも言わんばかりに毅然とした態度なのだ。

 

凪も何を考えているか分からないが、緊張していないだろうということは窺える。

以前、あかりが凪に対して、何か緊張することは無いか聞いたことがあったが、しばらく考えた後でハプニング映像かゆーこちゃん、と答えていたのを思い出し、意外と小心なのかもしれないと思ったことがあったが、とんだ間違いであったと認識した。

 

その名前に相応しく、まるで心が凪いでいるように落ち着いているように見える。

事実、彼女に背負うものはなく、今日も仕事兼趣味の領域を出ない。そこに会場の大小は関係無い。

あかりはその豪胆さを羨ましく思う。もちろん、ちとせと千夜にも同じように思っている。

 

ところが視線をりあむへ移すと、ちとせたちとは違い、険しい表情をしていた。

きっと緊張しているに違いないとあかりは思ったが、りあむをよく見ると、緊張はしていながらもどこか強い意志を感じさせる面持ちで、その小さな身体にいつになく頼りがいのある雰囲気を感じる。

 

誰もが成長しているんだ、と感じてあかりは自分のことが恥ずかしくなった。

ここで気分悪くして立ち止まってる場合じゃないと言い聞かせて、今度は詩緒に視線を移す。

 

最初は男子だという癖に女子みたいで頼りなかった。

ライブを控えたレッスンでは泣き出すし、ちとせにはいつも揶揄われるし、本当に男なのかと何度も疑問に思ったこともある。

でも、誰に対してもとことん優しくて、人一倍頑張り屋さんで、何だかんだでいつもメンバーの中心にいて、皆が彼に触発されていった。

そう考えるとあかりも彼に変えられてしまった一人なのだと実感する。

頑張ることが苦手だったけど、彼らとの活動を通して努力することの有意義さを学んだ。

たとえ努力を裏切る結果になっても立ち止まらないで進む勇気を与えてもらった。

 

仲間と共に活動してきた過程を反芻して、あかりは最後の調整を行うのであった。

 

☆ ☆ ☆

 

開演時間の直前となり、アシスタントの千川ちひろから開演に際する注意事項がアナウンスされていた。

客は行儀よくアナウンスを聞いているようで、コール&レスポンスよろしく相槌を打っている。

 

関係者席で詩緒の出演するスプラッシュステージを見守る水上一家は初めて体験する会場の熱気に圧倒されていた。

すし詰め状態で大変に暑そうなのに、疲弊するどころか盛り上がっていく雰囲気に、立っていたら思わず後退りしてしまいそうである。

 

アナウンスが終わり、音楽が流れ出す。

ファンの雄叫びがところどころから聞こえてきて、いよいよ始まるのだと水上時雨は何とも言えない気持ちが込み上げてくるようであった。

 

『私たち、シンデレラガールズです!!』

 

スピーカー越しに聞こえてくる音に確かに弟の声が交じっていて、開始してから数秒で涙が流れてしまったが、そのことに気が付けないまま、じっとステージを見守る。

別の会場からの熱気の方が凄いものになっていたが、彼女たちの目には弟、あるいは息子の晴れ舞台しか映っていない。

そこには華奢で弱弱しい詩緒の姿は無く、立派にアイドルをしている彼が笑顔で踊り、歌っている。

 

感動を覚える時雨は、パフォーマンス最中の詩緒と目が合った気がした。

それは勝手な思い込みかもしれないが、こっちに向かって手を振ったことを思い込みではないと感じる。

どんどん胸が熱くなる。自分の弟ながら魅せられ、惹かれていくのを自覚する。

きっと隣で見ている両親も我が子の見たことのない姿に新たな魅力を感じているに違いない。

 

時雨はアイドルになった詩緒を誇りに思うと同時に、自分の目に狂いはなかったとニヤリと笑みを浮かべた。

 

「ていうか、何で女性用の衣装なの?」

 

熱がピークに達して、高いテンションに慣れて頭が冷静になってきた頃、時雨はふとそんな疑問を呟いたが、似合っていて寧ろ最高なので、さらにテンションが上がるのだった。

ちなみに、詩緒が最近化粧を覚えて女装し、友人と街に繰り出していることを時雨は知らなかった。

 

☆ ☆ ☆

 

ステージの両端から二人ずつ、迫から四人のアイドルが登場する。

詩緒は迫から上がりジャンプして見事に着地まで成功することで、多少なりとも目立つことができたのだが、出てきた時には会場の熱気はすでに高まっており、雰囲気に飲み込まれそうになってしまうほどだった。

 

この場にいて客に飲まれるわけにはいかない。

詩緒は強く自分を保ち、すぐに一曲目のパフォーマンスに身を入れた。

しかし、ギャラリーのさらに奥、二つある会場からより大きな声援が聞こえてきて、お客さんに飲まれるよりも早く、ステージごと飲み込まれてしまった。

 

いまいち集中ができず、いつもよりも力んでしまったり、緊張から身体の動きも固くなる。

さっと周囲を見渡すと、他のメンバーにも動揺がわずかに波及しており、全体のバランスが不自然さを帯び始めた。

焦燥がステージの上を支配しそうになる中、ダン! と力強くステップを踏むメンバーがおり、視線が集まる。

 

そのタイミングで出るにしてはリハーサルよりも一歩か二歩ほど前に出ていたので、ミスが続いているように感じたのだが、その人物がリーダーのちとせだと認識すると、他の全員がミスではないことに気が付く。

 

乱れたフォーメーションは、彼女を中心に据えることで瞬く間に整えられた。

開幕からわずか数秒で焦燥を帯びた辛苦の表情は、その数秒後に信頼の笑顔に変わった。

 

良かった、と安堵する者もいれば、さすが、と称賛する者もいる。

とにかく彼女たちに笑顔が戻った。

 

立て直したことで余裕も生まれてくる。

視界がだんだんと開けていき、ファンの姿が鮮明に目に映った。

 

詩緒の目には関係者席で応援してくれる家族の姿が映ったが、恥ずかしさなど微塵も感じないほどの高揚感に身を包まれ、アイドルとして家族に手を振った。

ついでとばかりに常連さんにも、いつもありがとうのアピールをする。

以前、ファンと交流の機会があった時に少し話をしたのだが、それぞれに次に来たときはこうする、というその人だけに伝わる隠しメッセージのようなサインを伝えていたのだ。

 

そのサインを早速送ると、より激しい動きで手を振り返してきたり、同じサインを見せてくれたり、自分の意図が伝わってくれていたようで詩緒は嬉しくなる。

 

徐々に飲み込まれかけていた雰囲気も押し返し始めて、開始してから二十分とかかったが、ようやく、最初から見てくれていたファンを自分たちのステージに留めることに成功する。

 

MCが入り、アイドル、ファン共に軽い休憩タイムに差し掛かった。

きっと、ちとせがいない状況でガタガタに崩れていたら、多くのギャラリーがもう見ていられない、という思いで別のステージに移動していただろう。

 

「水分補給はしっかりしましょうね!」

 

詩緒の呼び掛けにお客さんはちゃんと応えてくれており、若干悦に浸っていたが、まだ始まったばかりのイベントだ。

気を抜くことなく、最後まで走らなければならないことは自覚している。

 

すでに会場の後ろの方には会場を移動するお客さんもいて、彼らを繋ぎ留めるためには手を抜いたり、パフォーマンスの質を落としてはいけない。

 

この猛暑なので、数曲が終わってからメンバーたちも数人がバックヤードに戻り、残ったメンバーと入れ替わりながらパフォーマンスをこなす。

 

ステージ裏では、顔を真っ赤にして、大粒の汗を垂らし、衣装をぐちゃぐちゃに湿らせたアイドルたちが椅子に座って束の間の休息を取っている。

今ステージに出ているのは颯、凪、あきらの三人だった。

 

会場の盛り上がりようで、いくらハイになっているとはいえ、気温の高さや、リハとは違うことをして精神的な負担も掛かっていたちとせは限界が近い。

椅子に座り、もたれかかると息を荒らげており、すぐに氷嚢を当て、スポーツドリンクを飲ませられていた。

衣装の開けられるチャックをすべて開けて、女性スタッフが団扇で扇ぐ。

本番の時に、ぐでー、と腕を下す彼女を見るのは初めてで、詩緒はちとせはしばらく動かせないと考える。

それは自分たちの責任でもあるし、彼女に頼り切った最序盤のツケだった。

 

神保は次の曲をちとせが出演するセットリストとして考えていたのだが、この状態ではさすがに登壇させられない。

ちとせ唯一の弱点である体力の無さだけはどうしようもなかったし、これ以上無理させるわけにはいかないのは彼だけではなく、メンバーやスタッフを含めた全員の総意である。

 

「詩緒くん、行けますか?」

 

なので代役を立てるしかない。

ちとせのリーダーシップは惜しいが、次は千夜とのデュエット。

ちとせの振り付けを完全に身体に叩き込んで誰よりも準備をしていたのは詩緒か颯しかいないと踏んで、神保は今裏にいる詩緒の方に聞いた。

 

「行けます!」

 

ノータイムで返答される。

彼がアイドルになってから可愛らしさにも磨きをかけていたのに、こんなにたくましくなっていたなんて、誰が想像できただろうか。

初めてのライブから付き添っていたメイクや衣装のスタッフは詩緒を驚いた表情で一瞥したが、すぐに登壇の準備に取り掛かる。

軽く化粧直しと衣装のチェックをする間、ちとせが詩緒に視線を向ける。

 

詩緒はすぐにその視線に気が付いた。立て直したステージで失敗したら許さないと言わんばかりの鬼気迫るような瞳で、ちとせが感情を剥き出しにするのを詩緒も初めて見た。

心が凍り付きそうなほど恐ろしい視線だったが、真っ向から受け止めて見つめ返した。

ちとせがステージに戻ることを諦めていないと理解した頃、ちょうど化粧と衣装のチェックが済んだ。

詩緒がちとせに近寄ると、ちとせは放り出していた手を握って拳を出した。

詩緒はそれに応えるように拳を作って、こつんと打つ。

 

それからすぐにスタート位置である迫の上に立った。またポップアップでの登場となり前を向く。

 

隣にスタンバイする千夜を横目で見ると、どこか曇った表情をしている。

ちとせの事が心配なので極力離れたくなかったが、神保に何か言われたようでこの場で待機しているようだ。

 

「詩緒くん、代役ありがとうございます」

 

千夜が前を見たまま詩緒にお礼を述べた。

何でそう言われるのか純粋に分からない詩緒は、目を丸くして千夜へ振り向いた。

 

ちとせの傍に居ることができず歯がゆい気持ちでいるみたいだが、詩緒としてはそんな千夜の態度に初めて仲間に対して沸々と怒りが込み上げてくる。

 

「お礼を言われる筋合いなんてないです」

 

ぶっきらぼうに言い放った言葉に次は千夜が目を丸くした。

 

「ちとせさんがダウンしてる今、千夜さんがしっかりしてください。そんなあなたを誰がちとせさんの従者として認めるんですか? ちとせさんは全然諦めてないですよ。ステージに立つことも、自分を一番だって認めさせることも……」

 

詩緒がそこまで言って前を向く。

言い過ぎたなんて思っていないし、千夜がその程度で哀しむほど打たれ弱くないのも知っている。

 

「余計なお世話です」

 

力強い声音で彼の言葉を突っぱねた千夜は、無理にでも笑みを浮かべていた。

 




読んでいただきありがとうございます。
次回に続きます。
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