ボーイ・イン・ザ・シンデレラ   作:しらかわP

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遅くなりました!


18th stage : “Entering a new phase.”

ミュージックJAMが終わり、しばらく休暇を得ると思われたが、意外にもライブを観ていたメディア関係者より声が掛かり、雑誌や報道番組で取り上げるための取材をさせてほしいとプロダクションへ依頼が入る。

 

美城プロダクション主催の大きなイベントの後はそのような取材が多く入るのは珍しくもないことで、今回ミュージックJAMへ出演したアイドル全員が毎年このイベントを扱っている雑誌からのアンケートを受けることになっていたし、さらに編集部が注目しているという特集で一部のアイドルが深堀りされることになっているのだ。

 

今回ピックアップされるアイドルは、ニュージェネレーションズや高垣楓などの錚々たるメンツの中になぜか期待の新人枠として水上詩緒の名前が載ることになった、と神保から説明を受けた詩緒は久川姉妹と一緒に自主練習の真っ只中だった。

 

詩緒はしばらく考えて、それなりに名誉なことだろうと結論付けるが、如何せん実感が湧かず、神保に空返事する。

あの時は自分よりも千夜の方が確実に目立っていたはずだと認識していたので、近頃彼の中に生まれたプライドが先ほどまで空返事をしていた彼の口を動かす。

 

「あの、プロデューサーさん、プロジェクト全体でのインタビューじゃなきゃ嫌なので、お断りしたいです」

 

その言葉に神保と颯は目を丸くしたが、神保はフッと微笑み、承知いたしました、と了承する。

颯は、え、と信じられないという様子で顔を歪め、詩緒の方にその顔を向ける。

変な顔してるよ、と詩緒が笑いながら指摘するが、颯は眉を吊り上げると特に真剣な顔つきになる。詩緒は説教が始まりそうだ、としばらく共に過ごした経験からそう直感すると、確かに颯がくどくどと詩緒に詰問する。

 

「ウタちゃん、何で出ないの? いい、これはプロジェクトの宣伝をすることで、はーたちの知名度も上げようっていうチャンスなんだよ? だから絶対出た方がいい! あとウタちゃん頑張ってるから個人的に出てほしかったりして……」

 

最後は恥ずかしかったのか消え入りそうな声で話していた。

本当は自分が取材を受けたいという欲求はあるだろうが、自分以外の別のアイドルに取材を受ける権利があるならばメンバーである詩緒に是非やってほしいというのも本心であった。

近くで見ていて、アイドル活動に対して一番真摯に取り組んできていたのは自分を除けば詩緒であると考えているし、プロジェクトの中でも頭一つ抜きんでた知名度があるのも彼だと颯は理解している。

 

さすがに美城プロ初の男性アイドルで、そのビジュアルが美少女ともなれば一過性と言えど注目の対象になるし、ミュージックJAMへの出演以降、詩緒が男性であるという事実だけでSNSなどでの注目が一気に集まっているのだ。

 

ネット記事でもすでに掲載があり、大体が『これで男性!?』のような煽り文句となっている。酷いものは『性別詐称疑惑』などと平気で見出しにされるものだ。詩緒本人は特に気にしていないようだが……。

 

また夏合宿で見せた男性として強調した一面を見せられることも拍車をかけており、そのあらゆる需要に対して供給を満たせるようなアイドルとして認知され始め、いわゆる少しバズっている状態だった。

 

「でも、あの時のフェスのことを考えると、僕よりは千夜さんの方が目立ってたし、千夜さんを差し置いて僕が取材を受けるのは……」

 

その先の言葉を紡ごうとした詩緒だが、なかなか言葉が見つからないようで、うーんと唸って考えていた。

神保が、プライドですか? と問うと詩緒は得心がいったように頷いて、そのあと少し首を傾げた。

 

「ちょっと大袈裟かもしれないですけど、多分そんな感じです」

 

颯は全く分からない、といったように呆れて肩を竦める。

千夜だって何も言うこともないだろうから颯の言う通り受けてもどうということはなく、完全に詩緒の我儘だ。

神保は彼の意思を尊重しない訳もなく、先方が詩緒の条件を飲むなら案件を受けるし、飲まなければ案件を断ることに決めた。

 

何より、望まずして始めたアイドルであったが、これまでの活動を通してアイドルとしての誇りを持っていたことが神保には嬉しいことであった。

 

颯は最後まで勿体ないと文句を言っていたが、自分の事ではないのにそこまで詩緒のことを考えていたり、詩緒がプロジェクト全体で受けたいと希望したことにムッとした表情を保てなくて口元がニヤついていたりと可愛らしい一面を詩緒に見抜かれていたが、彼女はそのことに気が付かない。

 

詩緒も内心ではホッとして、颯が優しい女の子であることも再認識する。

メンバーの皆が、男子だから詩緒との接し方を他のメンバーと変える、ということは一切せずに同じように遊んでくれることに詩緒は感謝していた。

特に颯は高い頻度で詩緒を遊びに誘い、楽しかったと帰り際にいつも言うような真っ直ぐな人柄である。

 

あるいは詩緒の事を男子としてあまり意識していないかの二択であるのだが、そのことを詩緒は勘定に入れていなかったようだ。

 

☆ ☆ ☆

 

数日後、詩緒たちが雑誌の取材を行うことになったのは、彼の提示した条件が通ったからである。

 

先方の会社内の会議室で八人のプロジェクトメンバーが取材に応じ、それを神保が横から見守るという構図で進展していった。

 

詩緒を中心にして取材が進んでいくのは多少目に見えていたが、彼が積極的に他のメンバーに話を振っていたおかげか、取材する側である編集者も他のメンバーあるいはプロジェクト全体へ興味を抱き始めたのか、次第に詩緒以外のメンバーについても深く取材していた。

 

その様子に詩緒は安堵する。

元々は詩緒へ対する取材であったため、自分に興味があることは重々承知のうえだったが、上手くメンバー全員の良さを伝えて好印象を持たせることができた、とアイドル活動を通して初めて自分を褒めてあげたい気持ちになった。

 

神保としても何かフォローを入れようかと考えていたが、詩緒の自然な会話の運び方、というよりはその質問内容に適したメンバーへの話題の振り方が巧みであったため、話を聞いている人が思わず続きも聞きたくなるように仕向けることができたのだと神保は分析した。

 

しかしながら、仕向けるといっても結果的に神保からはそう見えただけで、当の詩緒本人は全員に見せ場を作れるように必死に自分への会話を回していただけで、あまり考えて話しているわけではなかったらしい。

 

取材が終わった後は先方の編集者は、面白い話が聞けたので良い記事が書けそうです、と神保に挨拶して、当初予定していた枠も拡大することになりそうだということで、神保にとってはかなり嬉しい誤算であった。

 

彼はメンバーにそのことを伝えると、ウタちゃんのおかげだと皆こぞって詩緒を讃えたが、当の本人はありがとう、と作った笑顔を向けるだけであった。

 

その後で詩緒は背中に冷や汗をかきながら、何を喋ったか忘れたことを神保にこっそり伝えていたのだった。

 

「無意識であれだけ話せるのでしたら、問題ないと思いますよ」

 

神保が本心で言っていることだった。

一方で、詩緒はもう取材はしばらくしなくていいかもとも思ったが、男の娘という話題性を擁する彼の個性は業界内で瞬く間に広がり、次々と取材の依頼が入ってくるのにそんなに時間はかからないのをこの時はまだ知る由もない。

 

取材の帰りでは、それぞれが公共交通機関を利用する。

彼女たちの知名度を鑑みて、近場の取材程度では八人で乗るような車を借りられなかったらしい。

仕方がないので美城プロダクションの最寄り駅まで電車を使うことにした。

 

ちなみに現地解散だったのでちとせと千夜、りあむとは途中で別れることになった。

ちとせと千夜はお疲れ様~、とあっさりした別れだったが、りあむは血の涙を流しそうな勢いで別れるのを惜しんでいた。

 

あきらにどれだけ寂しがりなのか言及されていた。

その後、連絡沢山しますね、と詩緒が約束してりあむに笑顔が戻ったので、詩緒も忘れないようにスマホのメモ機能でしっかりと記しておくことにした。

 

りあむはどうやら友達同士のやり取りを特別大事にしているきらいがあるらしいが、詩緒もそれは同様で、このメンバーでの活動や会話などのやり取りを非常に特別なものと感じているのだ。

 

彼もまた楽しみに感じながら、どういう話題を提供しようかと今から頭を悩ませていると、肩をトントントトンとリズミカルに叩かれた。

振り向けば、頬にぷにっと指先が食い込んだ。

犯人は凪で、指先を銃みたいに構えてフッとその銃口を吹く仕草をする。

普段は無表情な彼女だが、少しだけしてやったりと上がった口角と些細なちょっかいは珍しい。

 

「なーちゃん、どうしたの?」

 

阿保らしくも何だか気の置けない友人にするようなやり取りに、顔が綻びながらも詩緒は凪に尋ねると、彼女は銃に見立てていた指をくるくると回し、ピッと詩緒に指を向けた。

 

「ウタちゃん、何だか楽しいことでもありました? その楽しみを凪にもお裾分け~……してほしいですね」

 

詩緒は頷いて、楽しそうに微笑む。

 

「皆とアイドルできて良かったなって思って……」

 

それが本当に楽しいと伝えると凪も頷き返しながら、それもまたアイカツだね、と適当なことを言うのであった。

 

詩緒はまた変なこと言ってる、と電車に揺られながら笑っていると不意に視線が自分に集まっていることに気が付く。

 

指を差されてヒソヒソと会話している集団がいるようで、首を傾げながらそちらを見た。

ナンパな感じがせず普段通りの対処が出来なさそうであったので、他のメンバーも不審に思い、皆でぎゅっと身を寄せるように集まって警戒する。

 

やがて集団の中の一人の男性が意を決したように近付いてくるので、ヤバそうだと感じた彼らはスマホを取り出したり大声を出せる準備をしたりした。

 

とうとう目の前に男性が立ち、詩緒がおずおずとした態度で、何でしょうか? と尋ねると、男は水上詩緒さんですか? と質問し返してくる。

 

街中で声を掛けられることはあっても、電車内で知らない人に名前を尋ねられたことは今まで無かったので、アイドルとして認知されている嬉しさと、世間から監視されているような恐怖が綯い交ぜになり、ライブや営業では感じたこともなかったというのに、詩緒たちに注目する周囲の乗客の視線が気になって上手く返答をすることができない。

 

しばらくフリーズしている詩緒に不信感を覚えた男は、間違えたかもしれないという焦りが表れた顔になる。

詩緒はその表情を見てようやく落ち着きを取り戻し始めた。

 

「ウタちゃん、ファンの人みたいだよ?」

 

あかりが小声でボソッと詩緒に耳打ちした。

一番胆力があるのはあかりのようだ。

 

「そ、そうです。美城プロダクションの水上詩緒です……」

 

あかりの耳打ちを受けてやっと声を出すことができた詩緒は、何とか笑顔を作ることに成功する。

しかしながら普段の元気はなく、まるで仕事とは別人のような対応になってしまう。

いつものようなナンパなら何とか営業スマイルを振りかざして仕事のように対応できるのだが、自分のことを知られているのがこんなに不自由なのか、と縛られているような感覚になってしまう。

 

相手の男は、ファンなんです、と言っていたが詩緒は見たことない人であった。

恐らくミュージックJAMからのファンなのだろう。

詩緒はやけに纏まってくれない頭を回してたが結局、ありがとうございます、と言うだけに終わった。

 

男とそのグループは次の駅ですぐに降りていったが、少し微妙な空気になった車内に詩緒たちは取り残される。

周囲の人たちからは奇異の視線を向けられており、有名人なのだろうかと俄かに勘繰るような雰囲気だった。

名前も知られたので、きっとスマホで調べている人もいるだろう。

 

難しい表情をしてただ困惑する詩緒の様子を見た他のメンバーは、何て声をかけていいか分からないでいたが、凪がひょいと顔を覗き込む。

 

「ウタちゃんも有名人ってことですね」

 

颯は凪のそのコメントをデリカシーがない発言と感じたが、詩緒の反応も見たくなってしまい、内心では詩緒に謝りながらも彼の様子を窺った。

 

「……そうかな? うん、変な感じだけど嬉しかったかも」

 

最初は疑問に思っていた詩緒も先ほどのやり取りを受け入れることができたのか、誰かに認知されて話しかけられることは嬉しいこととして認識を改めたが、それ以降何か考え込むようになり、メンバーが話しかけても空返事しかしなくなるのだった。

 

☆ ☆ ☆

 

メンバーに心配をされつつも、呆けたまんま帰宅した詩緒はただいまとも言わずに自室へ向かう。

姉の時雨が、二階に上がってきた詩緒を見て驚いたようだ。

 

「お帰り、ウタ。どうしたの?」

 

うん、と生返事をした詩緒に訝しむような表情を向けて、時雨は問い質そうとしたが、何かやらかしたというよりは一生懸命に考えているみたいだったので部屋に入っていく詩緒を引き留めることはなった。

 

「よく悩めよ~」

 

そんな適当なことをドアが閉められる前に言っておく時雨だった。

ドアを閉めた詩緒は、ベッドにぽふとうつ伏せに倒れて、今日電車の中で一人の男性が声を掛けてきたことについて考えていた。

 

詩緒自身は認知されて声を掛けられることは初めてで、それをアイドルの詩緒は嬉しいと思ったが、プライベートの詩緒にとっては怖いという思いもあった。

活動を始めてわずかな期間でそこまで認知されるのかという世間と自分の認識のズレを感じた瞬間であった。

もちろん、偶然詩緒を知っている人に出くわしただけで、偶然その人が勇気を出して声を掛けただけなのは間違いない。

 

詩緒は何でこんなに変な気持ちを抱えているのか分からなかった。

嬉しいことと怖いことが同居するのがそもそもの間違いであり、一般人としての水上詩緒は死んだことに今更気付かされたのだ。

いや、詩緒は自分がアイドルとして頑張っていくと決めた瞬間から、それまでの詩緒が死んでいたことを認めていなかっただけであった。

つまり、認知されたことに怯えるのは一般の考えであり、アイドルとしては喜ぶべきこと。

 

だから自分はアイドルに徹するべきだ、と詩緒が踏ん切りをつけるきっかけになったのである。

ファンだと言った男性には感謝すればいいのかどうか分からなかったが、これからは奇異な視線で見られることを恐れることはないと分かった。

自分の中で答えを出せたことを安堵したのか、そのまま詩緒は少しの間眠りについた。

 

☆ ☆ ☆

 

詩緒はゆったりと目を覚ます。

着替えずに良くない姿勢でベッドで寝たためか、身体のあちこちが凝り固まってしまった感覚がする。

 

ベッドの上で簡単にストレッチをすると幾らか楽になったような気がした。

そのまま柔軟体操を行おうと思い、膝を真っ直ぐにして足を伸ばし、その状態で身体を折って胸を膝へ、ぺたりと押し当てる。

幼い頃から身体が柔らかく、運動音痴ながらも体力テストの長座体前屈は最高点だったし、開脚も150度以上は開くことができる。

レッスンを始めてからはさらに成長を遂げており、開脚で180度開くようになること、足を上げてY字バランスを超えたI字バランスを達成できることを密かに目標にしているのだった。

 

ある程度覚醒すると今日使った鞄からスマホを取り出そうとするが、横着してベッドから手を伸ばし、結局転がり落ちた。

あいた、と一人で小さく呟いて痛がりながら、そのまま床の上でを腕を伸ばし、鞄からスマホを出す。

寝ていた時間は短く、三十分も経っていないようだ。

 

ベッドに足を乗せたままスマホを操作していると、りあむに連絡することを思い出したので、メッセージアプリを開く。

全体でのチャットか個別とのチャットで悩んだが、りあむとの個別チャットを開くことにした。

 

お疲れ様です、と言葉を口に出しながらタップで打ち込んで送信すると、数秒後に既読が付いた。待っていたのかなと推測してしまうと待たせて申し訳ない気持ちにもなってしまう。

 

りあむから、お疲れ様! というスタンプを受信した。

しばらく待つと『おぼえててくれて嬉しみ! 連絡来なかったらやむとこだったよー(絵文字)』という文章が追加で返ってきた。

 

『ちょっと寝たけど憶えてました!』と送ると、『偉いね(絵文字) おはよう(絵文字)』とのお返事が来るので、やんでる状態のりあむじゃなくてひとまず安心する。

ちなみに、やんでる状態は絵文字などが消えてとてもネガティブになる。

 

詩緒は今日あった出来事を伝えると、りあむからは声を掛けてきたファンに対して否定的であった。

最初から応援してくれたファンがそんな態度を取ってきたことがあったか、りあむに尋ねられた詩緒は、そんなこと無かったかな、と記憶に無いことを思い出した。

 

りあむ曰く、プライベートに干渉してくるファンはマナーが悪いということを言っているらしく、自分は絶対にやらないとのこと。

遠目で見て限界オタクになることしか許されない、とメッセージが飛んできたが、単純に話しかけられる人の勇気、あるいは図太さが羨ましいのだと詩緒は考えると、いかにもりあむさんらしいなと納得するのであった。

 

その後、ご飯やお風呂などを済ませて詩緒が寝落ちするまで、りあむとのメッセージのやり取りは続いたのだった。

 

☆ ☆ ☆

 

夏休みも終わりを迎えて高校生活が始まるなと半袖半ズボンのパジャマを着た詩緒は寝惚け眼を擦りながら考えて、ベッドの上で伸びをした。

 

部屋を出て、廊下の壁に身体をぶつけつつも一階の洗面所へと向かう。

鏡に映る自分は見慣れたものだが、この一月ほどでどことなく顔つきが変わったなと感じるのは夏休みにいろいろ経験をしたからだけだろうかと推測する。

猛暑の中、野外ライブやメンバーとお出かけをしたりしてちょっと日焼けしたのもあるだろうが、それなりに肌のケアには気を遣っていたので、日焼けによる変化はわずかだ。目を凝らして見れば半袖の日焼け跡が薄っすらと確認できる程度だが、自分でも活発になった印象を受けた。

 

じっと鏡の中を見つめていた詩緒だが、観察している場合じゃないなと我に返り、ぱちゃぱちゃと顔を洗う。

洗顔料や化粧水でしっかりとケアをするのはアイドルになってからの日課でもあり、余談だが、調べていく内に美容に少しだけ詳しくなった。

 

フンフンと鼻歌を歌いながらささっと洗顔を終える。

ついでに歯も磨き、なるべく白い状態を保つよう心掛けてもいる。

意識が変われば習慣が変わるとはよく言ったもので、詩緒はすでにこのルーティーンを済ませないとムズムズしてしまうのだった。

本人としてはこんな潔癖症みたいな性格をあまり好かないのだが、仕事と割り切れば義務感のように続けていけるし、鼻歌を歌うほどには綺麗になったことを実感して楽しんでいる様子である。

 

夏休みの間に仕事人間としてさらなる磨きをかけた詩緒は本業が学生であることも忘れて、久しぶりのレジャー施設に行くような感覚でいるらしい。

 

「皆と会えるのも楽しみだなぁ」

 

そう呟きながら口をゆすいだ後、ニコニコしている自分が鏡に映っていて少し引いた。

何にも無いのに良く笑ってるのが奇妙である。

 

羞恥をわずかに感じて、一人で良かったなと振り返ると、時雨が洗面所に半身だけ出してこちらを見ていたので、思わず悲鳴を上げながら後退ってしまった。

ニチャア……と嫌な笑みを浮かべる姉を見て、先ほどまでの自分を見られていたと詩緒はすぐに理解した。

 

「可愛いねぇ」

 

明らかにバカにされたような口調であったため、詩緒はわざとらしく不機嫌な態度を取ってみせる。

 

「いつも早起きじゃないのに……」

 

「今日は朝から出かけるのさ」

 

絶賛夏休み中の女子大生である時雨はどうやら休みを謳歌するらしい。

この時期の時雨は二ヶ月くらい家でダラダラするか、バイトへ行くか、遊びに出かけるかという三択なので、羨ましいというよりは大丈夫だろうかという心配が勝るのだが、特にだらしなくなっていくわけでもないし、そういうものなのかな、と大学生に対するイメージが凝り固まりつつある詩緒であった。

 

朝食を終え、学校へ行く準備をする。

久しぶりに袖を通した制服からはつい先日クリーニングに出したこともあり、パリッとした良い香りが漂ってくる。

気が引き締まるような感じがして、まるで衣装を着た時のように気合が入るが、さすがにプライベートでもアイドルモードに入ってしまうのは公私の区別ができていない証拠でもあり、避けたいところだ。

別に着飾ってもいない訳だし、新品の服を着て行く時のような高揚した気持ちは抑えておこうと心に決める。

 

何事もなく家を出て、プロダクション方面とは反対方向に進んでいくと詩緒の通う高校が見えてくる。

都内でもそこそこ高めの偏差値で、進学校とまではいかないが準進学校と呼ばれるくらいの都立高校であり、大半の生徒は大学進学へ進路を絞っている。

詩緒も今のところは進学希望であるが、仕事との両立を考えると彼の進路については悩みの種でもある……とは言ってもまだ高校一年なので深いことは考えておらず、今を精一杯生きているのが現状で、将来設計はほとんどゼロに等しいのだ。

 

そんな今を生きる詩緒が学校へ到着すると、夏休み前とは違った生徒の反応に気が付いた。

周囲から詩緒に向けてヒソヒソと噂話でもされているかのような雰囲気だったが、特にむず痒さを感じることもなく教室まで辿り着く。

 

教室に入るとクラスメイト達から挨拶され、ライブを観たと報告される。

詩緒がありがとう、と応えると話し掛けたクラスメイトは笑顔になったり、顔を赤くしたりと反応は様々だった。

 

同じ学校の生徒が大きめのライブに登壇したことが話題になり、ほとんどの生徒が詩緒のパフォーマンスを見てくれていたようだ。

周囲からヒソヒソと噂されるのにも得心がいく。

 

しかしながら、夏休み以前よりも注目を浴びている理由はそれだけではなく、夏休みが明けて他人の目から見ても彼は良い方向に変わっていた。

雰囲気が明るくなり、容姿の美しさに磨きがかかっているのもあるが、説明できない魅力のようなものが強く備わっており、他人を惹き付けている。

一言で言えば、オーラがある、と表現するのが適切だろう。

 

ただしクラスメイトとの距離感にも僅かに隔たりができた気がした。

彼らからしたら、クラスに有名になり始めたアイドルがいることが現実感に欠けるような出来事なのであるが、それを気にも留めないような持ち前の接しやすさ、可愛さ、優しさが詩緒にはある。

 

詩緒から声をかけていくことで緊張が解れたのか、慣れてしまえば以前と同じクラスメイトの対応であり、そのことを残念がりつつも安心する詩緒であった。

 

☆ ☆ ☆

 

詩緒は学生という一面を終えると、すぐに事務所に向かった。

この日はプロデューサーからメンバーへ招集が掛かっており、何やらプロジェクトが新たな局面へと動き出すようである。

 

アイドル部門の応接室に入ると、何時ぞやのようではあらず、珍しく詩緒が最後であった。

彼はそれぞれのメンバーと挨拶を交わしたあと、適当な場所に腰掛ける。

 

全員で、休みの間は何をしていたとか、新学期はどうだったとか、談笑しながらしばらく待っていると、プロデューサーの神保が入室してきた。

次第に談笑は止み、全員が神保に挨拶し、彼が話し始めるのを待つ。

神保は一拍置いて全員を見渡し、少し悩んだ素振りを見せて声を発する。

 

「ユニットごとにCDデビューしていただきます」

 

メンバーの頭の上には、ユニット? と疑問符が浮かび、複雑なような険しいような表情になった。

かつてのシンデレラプロジェクトを彷彿とさせるプロデュース方法に胸が熱くなる。

ただお互いに切磋琢磨していけるプロジェクトメンバー同士の関係性をうまく利用している一方で、同じプロジェクト内で競い合うことでメンバー間での格差が生まれる懸念もある。

 

「まずは黒埼さん、白雪さんで一枚。次に久川颯さん、凪さんで一枚。辻野さん、砂塚さん、夢見さんで一枚。最後に水上さんで一枚。それぞれ両A面のシングルで考えています」

 

もう決められているのか、と自由に組まされなくて良かったと思ったが、詩緒だけはメンバーが自分しかいないことに遅れて気が付いた。

 

「僕は一人ですか!?」

 

神保は絶叫する詩緒に首肯する。

一人なのにユニットとは一体どういうことなのか、とソロデビューすることが決まった詩緒であった。

 




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