ボーイ・イン・ザ・シンデレラ   作:しらかわP

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いつもありがとうございます。


22nd stage : “We have friends even on cold days.”

クリスマスイベントが終わり、すぐに年末のライブへとシフトチェンジをしていくプロジェクトミーティアのアイドル一同ではあったが、どうやらここ最近とあるメンバーの様子がおかしいとメンバー内で噂されていた。

 

噂の中心人物は水上詩緒で、直近のイベントで総選挙の投票対象にならないことが確定していた。

彼のアイドル活動に対するやる気と言えばプロジェクト内のみならず、アイドル部門全体で見ても話題になるようなレベルなので、総選挙に向けて何か特別な思い入れでもあったかと思えば、本人は口では残念と語っているものの意外にも気にしていないようであり、幾らか拍子抜けを食らったメンバーであった。

 

ライブなどでは切り替えが上手いことでも知られる詩緒だが、それでも様子がおかしいと噂されているのは、プロジェクトのプロデューサーである神保との空気感が普段とは違ったからである。

 

詩緒は詩緒でいつもと雰囲気が違うし、神保は神保で歯切れが悪い。

 

ついこの前ちとせが詩緒に何かあったかをそれとなく聞いた時ははぐらかされ、颯が神保に尋ねた時も同じような反応だった。

そのため、この二人の間に見えない壁が存在しているという結論に達したのだが、いかんせん二人とも問題は抱え込むタイプで、相談をする素振りは見せない。

 

このままの状態でファン対応をしようものなら、普段の神対応が発揮されずに詩緒の悪評が立ってしまうことも容易に想像できた。

ただ、ファンが増え続ける中でファンサービスなどのパフォーマンスの質がなかなか落ちないのは彼の特筆すべき点でもあり、よく離れていく古参ファンがいなかったな、と他のアイドルは陰で尊敬していたりする。

 

ということで、現在行っている年末に向けたライブの打ち合わせもややギスギスした空気を醸し出しながら進行しており、他のメンバーも少々やりづらかった。

さすがに見かねたのか、あの~、と弱弱しく切り出したのはりあむだった。

 

「ウタちゃんとP様、何かあった?」

 

急に核心を突かれて、二人とも目を丸くしながらりあむを見る。

詩緒はサッと視線をずらすと、他のメンバーも呆れたように見ていることに気が付き、ビクッと肩を震わせる。

 

ただし詩緒の方は自分たちが空気を悪くしている原因であることを自覚しており、ごめん、と一言添えてから溜息を吐いて、以前プロデューサーに苦言を呈したことを説明した。

 

「だから、もう怒ってませんし普段通りに接していたつもりなんですけど、なんだか避けられてるみたいで……」

 

詩緒のその言葉でメンバーが神保を見て、彼の言葉を待つ。

神保側は気にしていないと言えば嘘になるが、あれ以来連絡はマメに取るようにしているし、ホウレンソウをしっかりと実行してきたつもりだった。

 

「いや、避けてないよね。連絡だって増やしたし、ウタに関係のあることは相談もしてるじゃないか。避けてるのはそっちだろ?」

 

神保がまるで売り言葉に買い言葉のように、詩緒の非難に対して言い返した。

その瞬間、ピリリとした空気感が部屋全体に伝播したみたいで、二人の敵対心にメンバーの皆にも緊張が走る。

いや割とガチで喧嘩してない? とメンバーが考えるとすぐさまその余裕も消えるほどに舌戦が始まっていく。

何とか止めたほうがいいと思い始めた時にはそのタイミングを見失って、二人の言い合いを傍から眺めることしかできなかったが、その内容を聞いている限りでは先日の関係性より悪化していることが明るみになっているのかと思いきや、そういうことでもないらしい。

 

「だから、プロデューサーさんにはいつもお世話になってるから、相談してくれたらできる限り力になりますって言ってるのに、それを断るからじゃないですか!」

 

それは神保を慮っての主張であることに違和感を覚えたのは他のメンバーたちだが、神保はその主張に対しても言い返す。

 

「ウタはいつも頑張っていて忙しくなり始めている時に、あれもこれもやろうとするから心配なんだよ! もっと自分を労わった方がいいし、仕事も選んでやるべきだ! この前の仕事も君に合わなそうなやつは勝手に断っておいたからね!」

 

神保も神保で詩緒を褒めて、取捨選択すらさせないように負担を減らしているのだと分かるが、詩緒からすればそれが相談の欠如とみなされているようで、批判されていた。

 

先日の神保の非は詩緒が総選挙に出られるようにと部内で掛け合っていたが、その許可が下りずにギリギリまで何とかしようとしていたことで、そのことについては早く詩緒に出られないかもしれない旨を伝えるべきだったが、今回のように詩緒に関わる前の出来事を勝手に取捨選択していく分には問題ない。

なぜならファンが悲しまないからである。

 

詩緒の活動に対する一番の懸念はファンがどう感じるかであり、総選挙に参加する件についてはファンは期待を寄せている状態であり、その資格がないと知ればがっかりする。

しかし、オファーを勝手に蹴る件についてファンは出演のオファーがあったことをそもそも認知していない状態なので、がっかりすることも何もない。

 

なので、今回詩緒宛ての仕事を勝手に断ることに関しては詩緒の懸念には引っかからないことであり、オファーが来たら何でも受けちゃう詩緒の耳に届く前にその選択を消しておくことは彼のキャパシティを鑑みても有効な手段であった。

 

「おい、何だよ! 痴話喧嘩じゃねーか!」

 

お互いの思いやりでヒートアップする口論に思わず口を挟んだのはりあむで、神保に対して嫉妬の眼差しを向けていた。

 

そのツッコミを聞いた二人は冗談とも思わずにお互いを指差し合って、男だから痴話じゃない! というもはや叫びに近い声でりあむに言い返す。

息ぴったりなのがさらに気に食わなかったのか、りあむも何故か、やってやる! と意気込んで二人の間に割って入り、三人の口論は修羅場だったが、他のメンバーは安堵とくだらなさで一気に力が抜ける。

 

しばらくして、あかりがクスクスと笑い出した。

BGMは三人の口論という最低なものだが、その内容はよく聞けばお互いを尊重し合う最高なもので、それなのに怒りがヒートアップするという展開がどこか可笑しく感じたのだ。

 

☆ ☆ ☆

 

ようやく落ち着いて打ち合わせを再開したのはあかりが笑い始めてから五分後の事だった。

いつまでも続きそうな状況を見兼ねたちとせが、いい加減にしなさいと注意したところ、彼女の放つ圧が強いためにその場はピタリと収まったのだ。

美人が怒ると怖いとはよく言われるが、ちとせの場合はニュアンスが多少異なるらしい。美人に付随して彼女の持つ神秘性や高貴さといったような雰囲気がさらに言葉に重みを増やさせるのである。

そうして静かになったはいいものの、いつまでもピリピリと険悪な雰囲気が滲み出ている三人。

なぜりあむまでその二人の中に加わっているのか今となっては理解できる人もいない。

 

第三者から見れば重苦しい空気だが、別に誰も重苦しいとは感じていない異様な空間で、ようやく打ち合わせが終わる。

 

「後日、全体での打ち合わせが控えていますので、よろしくお願いします」

 

神保がそう言って締めると、あきらが、それ、と神保を指差しながら口を出した。

何だろうか? と他のメンバーも注目する。

 

「Pさんさ、さっきの言い合いで全然敬語使ってなかったよね」

 

指摘したのは彼の口調らしく、実はここにいるメンバーで詩緒以外の全員、神保の素の口調を聞くのは初めてであった。少なくとも先ほどの言い合いで驚いた部分の一つでもある。

実はりあむも名字で呼び捨てにされていて、なんだか新鮮だとメンバーは思った。

ちなみに、当のりあむ本人は杜撰な『夢見』呼びに腹を立てながら、詩緒を褒め称えまくっていた。

 

あきらの指摘に全員が首肯すると、神保はバツが悪くなったような顔をして、聞かなかったことにしてください、とお願いしたが、プロジェクトのメンバーが聞かなかったことにするはずもない。

 

「Pはいつも仕事モード」

 

凪が思い付いたであろう言葉を放つが、特に誰も拾わない。颯が横目でチラリと一瞥した程度である。

凪は内心で、思い付き、発言すると、すぐ滑るという五七五を完成させてスッとペットボトルのお茶を飲んだ。

 

「だから、自分らにもそういう態度でいいんじゃないデスかね」

 

結局のところ、あきらが言いたいのは神保とメンバーの距離感が遠いということだった。

詩緒にはタメ口だったり、『俺』という一人称を使ったり、気を許すところはあるようだが、なぜだか他のメンバーには一切そんな素振りは見せない。

 

神保は仕事に真面目な男で、決して恋愛感情を持ち込んだり、第三者から勘違いされるようなことはしないように気を付けている。

しかし、メンバーに直接言われてしまえば無下にノーとも言いづらく、うーん、と唸りながら悩んだ。

出した結論としてはプロジェクトの仲間内でいる時だけはそうするように心掛けると話した。

 

詩緒を見るとさっきの口論でそれなりにはスッキリしたようで、やや満足した表情だったのが気に食わない。

 

ただ、今はまだお互い気分が昂っているだけで冷静になればすぐに仲直りができそうだとりあむ以外のメンバーは思っていた。

 

「とにかく、今は年末のイベントに集中してくれ。ウタだけ今夜生放送入ってるから、準備しておくように」

 

そう言って神保は会議室から出る。

今日の事があって自棄になったのだろうか、すでに態度はかなり砕けていた。

 

詩緒はいつもとは違う疲労を感じていたが、プロデューサーと正面から向き合えたことを有意義に思った。

確か、怒られたのは夏合宿以来だったと思い返して、あの時とは状況が違うことに思いを馳せる。

 

あかりは初めて見るプロデューサーの姿に驚きながらも、大人の凄さというのを改めて知った。

芸能界に入りたてであることには変わらず、最近ようやく関係者の悪意など、その身を以て体感することになったのだが、自分が纏う皮を一枚も二枚も用意することが大事な要素になるのだと学び始めたようである。

彼女がぼんやりと考え事をしていると、不意にぎゅうぅとお腹が鳴って、自分から鳴った音だということに理解して、周囲を見回した。

じーっと皆が彼女に注目しているのを認識したあかり本人は徐々に赤面していく。

 

「あはは……。ラーメンでも食べに行きませんか?」

 

照れ隠しをするように話題を逸らしたようだが、お腹が空きました、と伝えているのと同じであることに気が付かないあかりであった。

 

☆ ☆ ☆

 

「近くに美味しいラーメン屋さんがあるんごっ!」

 

事務所から外に出て、あかりの案内でラーメン屋に移動するアイドルが八名。

普段プロジェクトメンバーが集まって食事をする場所は一階のカフェテリアなのだが、今回はあかりの提案ということで街に繰り出している。

アイドル八人で街へ出かけていること、それ自体は仲が良くてとても微笑ましい、とでも思われていそうなものだが、昼食でラーメン屋に行くにしてはそれなりに多い人数であるし、道行く人はそのことを知らない。

素顔を見ればアイドルということはバレる可能性が高いが、眼鏡やマスク、詩緒に至ってはエクステまで使って変装をしているため、たとえ気付かれても話しかけにくいようにしている。

 

あかりはメディアでラーメンが好きと公言しているが、女性アイドルという名詞から滲み出るしがらみを気にして、他の人をあまり誘ったことはなく、一人で行く時も常に顔を隠すようにしているため、本当に好きかどうか怪しいと言われたりもしていたが、都内のラーメン屋に詳しいことをファンは知っている。

 

颯はあまり乗り気ではなかったが、興味を持ったのが詩緒とちとせだ。

詩緒もラーメンは好きだが、最近は人の目を気にして避けていたということで、久しぶりに食べたいとのこと。

ちとせは逆にあまり食べたことが無いのでよく美味しいと噂で聞くラーメンを好奇心から食べてみたいという理由がある。

健康面には千夜に気を遣われており、もちろんラーメンも制限されているため食べる機会がほとんど無いのだ。

今回、友人との食事ということだったので、千夜も目を瞑ったようである。

 

あきらやりあむも、あかりのおすすめを楽しみにしており、凪もまたあかりの説明を聞いて口の端から涎を垂らしていた。

 

店の前まで着くとあかりは、ここです! と店外なのに待ちきれない様子を見せる。

外観は白を基調としているが、少し年季の入った雰囲気でこじんまりとしている。

今は午後の二時手前くらいで混雑していない様子だが、昼時はサラリーマンやOLが順番待ちで並ぶくらい繁盛しているらしい。

 

店に入ると案内され、四人掛けの席を二組用意してもらった。

八人では少し窮屈だが、食事するだけなら気にならない。

メニューはバリエーションは少なく、こってりの豚骨かあっさりの魚介かの両極端な二種類がメインとなっていて、メインが二種類で繁盛している店舗は珍しい。

 

「あはっ♪ 豚骨は濃厚でまろやかだし、魚介はあっさりと風味豊かで美味しいんご!」

 

あかりがそう評するも、どちらを選択するか悩ましい。

彼女以外がそれぞれ幾らか悩み、注文をして店員を呼んだ。

店員は全員の顔を見て、マスクや眼鏡で多少顔を隠してはいるもののその存在感から、きっと端正な顔立ちの女の子しかいないことを察し、少し緊張した様子だったが、最近常連さんのあかりが来ているのを確認すると、類は友を呼ぶ、という諺が頭を過る。

 

料理を待っている間に仕事の話や、プライベートの話をしていると、やはりラーメン屋に可愛らしい子が八人もいるのが衝撃的なのか、店に来た客は必ずその二席を一瞥していた。

周囲に気を配ってそこまで大きな声では話していなかったので、彼女たちの放つオーラに惹き付けられたか、どこかで見たことがあると思われたのだろう。

 

しばらくして注文したラーメンが運ばれてきて、各々で食べ始めた。

あきらや颯は届いたラーメンや食べてる皆の姿を写真に収めてから食べるようである。

ちとせは食事のために髪型をポニーテールで纏めており、箸で麺を持ち上げる。

 

「美味しー♪」

 

髪がスープに料理にかからないよう、片手で押さえて、一口すすり、もちもち噛みながら感想を述べた。

口に合うか心配そうに見ていた千夜とあかりはほっと胸を撫で下ろし、自分たちもと食べ始める。

あかりは頬に手を当てて、ん~♪ と唸りながら、とても美味しそうに食べるので、隣に座っていた千夜もその光景を見て思わずごくりと唾を飲んでから、蓮華でスープを掬う。

スープを唇に当てた時の熱さにわずかに震えつつも、喉に流し込むとまろやかなコクのある味わいが口に広がって、ほうっと息を吐いた。

冬真っ盛りのこの時期に温かいスープが身に染みる。

確かに平日の昼間に順番待ちの列を作るだけの事はあるし、カロリーや健康面に目を瞑ればジャンキーな食事も悪くないな、と千夜は思った。ただ、アイドルとしてはどちらも大事なので、目を瞑るわけにはいかないが……。

 

詩緒も髪型をポニーテールにして纏めており、猫舌なのか、箸で持ち上げた麺にふーふーと息を吹きかけてから静かに食べている。

食べる時に向かいに座るりあむからの視線が気になって髪を片手で軽くかき上げながら見上げると、りあむを視線が合う。

 

なぜ彼女がじっと見てくるのか分からなかったので、多分ラーメンの美味しさを疑っているのだと詩緒は思い込み、美味しいですよ、と小首を傾げて教えた。

 

「……食べてる姿も可愛すぎるっ!」

 

りあむは詩緒の仕草に悶えていたようで、いつものことではあるが、食べてる姿でもそうなるのか、と詩緒は困惑した。

このままでは彼女の視線が気になってしまうので、早く食べないと冷めてしまうことをやんわりと伝えた。

 

あきらや凪もマスクを取り、麺を啜って身体が火照っていくのを心地よく感じており、最初渋っていた颯も箸が止まらないほどに食事に夢中になっていた。

 

全員が大体二十分くらいで食事を終え、少し休憩してから席を立つ。

店を出る時に、ごちそうさまでした、とぞれぞれが口にすると店員は良い笑顔でお礼を言ってくれる。

 

冷たい風が頬を撫でる。

それなりに人通りのある道なので、八人の美少女――内一人は男子――がラーメン屋から出てきたことで周囲の男性の注目が集まる。

 

暖かい店内にいて温かい食事を摂ったとしても、冬の都会は寒く、すぐに身体が冷えてしまうなと詩緒は思った。

マフラーを巻いてしっかりと防寒をする。ふわふわの冬服は男性が着るようなものではなく可愛らしいものだ。

 

それから時間が余っているので自主練習をしようという話になり、事務所へ戻ることにした。

道すがらラーメンの感想を言い合ったり、今度はどこへ行こうかと想像したり、駅近くのショーウィンドウを眺めては歳相応にはしゃいだりもした。

 

この光景を見て詩緒はあらためてアイドルになって良かったと感じるのだ。

たとえ仕事が上手くいかない時があっても、プロデューサーとの間に小さな確執を抱えても、この時間があるからこそ乗り越えていけるんだろうと彼は思う。

大好きなメンバーと共に居られることが何よりの喜びで、有名にならなくてもそれはずっと変わらなかったことだと確信していて、最初のライブで支え合った時に彼女たちの本質に触れた。

 

それが彼の今一番大切なものである。

 

☆ ☆ ☆

 

「ウタちゃんは美城プロダクションの総選挙に出られないんだっけ?」

 

これはその日の生放送中、司会に言われたことだった。

詩緒をゲストの一人に呼んで開始した歌番組の生放送で、ネットで少しだけ話題になった情報をいきなり聞かれたことに対して詩緒は一瞬固まったが、いつも通り人当たりの良い笑顔を浮かべて、そうなんですよ、と切り返した。

 

「僕はシンデレラガールじゃないですから。でもファンの皆さんにとってのシンデレラであれたら良いなって思ってます。プロダクションの大きなイベントの一つなので、皆さんも興味があったら調べていただければ嬉しいです。僕の同期の皆も参加するんですけど、総選挙だからって雰囲気が悪くなることとかって全然なくて、今まで通り仲良くやってます。今日も皆でラーメン食べに行ったりしたんですよ!」

 

総選挙のことについて目線が行かないように、さっさと話題をすり替える作戦を使い、一気に話す。

この後の歌唱を披露すればその後はほとんど出番が無くなるので、自分のペースに持ち込んで時間を使おうという魂胆だった。

 

ファンに余計な詮索をさせないように必要以上のことは言いたくないし、ファンじゃない視聴者にも余計な攻撃をさせないように下手なことは言いたくなかった。

 

それから詩緒のペースに巻き込むことに成功して、しばらく話に出てくるワードで話題を繋いで事なきを得たかと思いきや、番組的には気になるところだったのだろうか、総選挙の件を深堀してきた。

 

「それで総選挙出れないってことだけど、ウタちゃん自身はそのことどう思ってるの?」

 

それは最初に話したことだなぁ、と愛想笑いをしながら考えて、少しだけ答えを変える。

 

「僕は出れる出れないに関係なく、美城アイドルの一員としてイベントを盛り上げていきたいと思ってます。まずはファンの皆さんに楽しんでいただくことが第一で、僕を応援してくださっている方には申し訳ないですけど、総選挙以外でも皆さんと交流できる場所はたくさんあるので、ぜひツイッターとかチェックしていただければ嬉しいです」

 

今の発言で大丈夫だっただろうか、という懸念が冷や汗になって背中を伝う。

また同じような質問が来たら顔が引き攣ってしまいそうなのでまたしても途切れることなく話し続けて、今度こそ粘り切る。

何か致命的なことを言っていないかどうか気になって仕方なくなってはいるが、スイッチを歌唱モードに切り替えなくてはいけない。

 

まだアイドルを始めて半年ほどだが、気持ちの切り替えには長けており、今までの自主練習や経験から糧としたことの一つである。

 

放送を無事に終え、久しぶりに心臓がドキドキする感覚で楽屋に戻るところだった。

途中、神保が番組のプロデューサーと話し合っているのが聞こえて、立ち止まる。

盗み聞きみたいになってしまって申し訳なく思う反面、少し強めの口調で物事に言及しているのが珍しく、何に怒っているのだろうかと気になった。

 

聞こえてくるのは、総選挙や台本に無いなどのワードで、きっと総選挙について話題にしないように掛け合っていたにもかかわらず、その話題が出たことを咎めているのだろう。

 

その後、楽屋に戻った詩緒のもとに神保が来て、今回の放送の件でしっかりと内容を精査できなかったことを謝られたが、全然気にしてないですよ、と答える。

 

逆に質問への答えがあれで良かったのか尋ねると、問題ないと目を見て言われる。

こういう時のプロデューサーは正しいと詩緒も何となく分かっている。

 

名前が知られ始めてからというもの、少しばかりピンチになる瞬間が増えたことも自覚しており、詩緒は気が抜けないなと考えるも、やはり神保が支えてくれる精神的な支柱は大きいことをあらためて実感し、感謝する。

 

今日も家の前まで送ってくれるとのことだったので、神保と楽屋を出て車の助手席に乗る。

 

送迎の間にスマホを確認すると、メンバー間のグループでいくつかメッセージが来ており、今日の詩緒への質問が気に食わないという愚痴や、詩緒の返答が良かったという称賛が書かれていて、自分が送るメッセージをどうしようかとニコニコしながら考えるのだった。

 

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