世間のほとんどが休日である大晦日だが、詩緒を含む美城プロダクション所属アイドルの大半は仕事がある。
その中でも特に売れっ子のアイドルは年末の大きな歌番組に出たり、その後元旦に美城の年越しライブに合流したりと、とにかく忙しいのだ。
一年も経たずに注目を浴び始めて連日スケジュールが埋まっている詩緒だが、そこまでの忙しさとは無縁であり、現在は年越しライブのリハーサルを行っている最中であった。
先日詩緒が会った子供から大人まで、参加するアイドルが顔を出しており、この場にいないのはメディアに引っ張りだこのアイドルだけであった。
「ミュージックJAMも凄かったけど、このライブも凄いね!」
大きなライブへの参加自体は多少経験のある詩緒だが、同じ所属のアイドルが一堂に会する、謂わばお祭りのようなイベントに興奮を隠せない。
何よりプロジェクトのメンバーと出られることが詩緒にとって嬉しいことだった。
「最近一緒に練習できてなかったからちょっと不安……」
あかりが心配事を口にするが、それでも表情は全く暗いものではない。
むしろ彼女も久しぶりに全員での出演、それに加えてオープニングアクトを担当するとあっては誇らしい気持ちが勝るようだ。
しかしながらあかりの言っていることも確かで、今行っているリハーサル以外では合わせてパフォーマンスができなかったため、メンバー全員で揃えるパフォーマンスに少なからず不安を抱いていた。
「まあ、みんな練習してたみたいだし大丈夫っしょ」
楽観的な考え方をしていたのは意外にも颯だ。
ただ彼女が楽観視している時はメンバーに対する信頼がある時だけであり、基本的にパフォーマンスには人一倍厳しい。
それからリハーサルを行ったが、確かに颯の言った通り、合わせていくうちに大丈夫だろうという感覚が戻ってきて、後半は全員の息が合ったパフォーマンスに満足する。
プロジェクトメンバーのリハーサルは無事に終了し本番を待つだけになり、他の初めて面識を持つアイドルに挨拶して時間を使う。
個性的なアイドルたちと話をしていたが、プロジェクトメンバーの噂は広まっているらしく、特に詩緒の話となるとあれこれと質問されるので、少しだけ詩緒の心労が溜まる。
他のアイドルたちが気になることと言えば、プロジェクト全体のパフォーマンスの高さや、詩緒と他のメンバーとの距離感だ。
ミュージックJAMに共に出演していたアイドルや、プロジェクトのライブを見ていたアイドルは、パフォーマンスに惹き付けられたと褒めてくれるので、詩緒やあかりとしてはどこか照れ臭いが、りあむや颯はそうでしょ? と言わんばかりのどや顔で、それをしらっとした様子で眺めるのはあきらと凪である。ちとせは彼らを引っ張て行く立場からか一歩引いた場所から笑顔で見守り、千夜は瞑目して聞き入るのみで無関心に見える。
しかし詩緒と他メンバーとの距離感の話になると、全員穏やかではいられない。
美城プロダクションでは厳密に恋愛禁止を掲げているわけではないが、アイドル界の暗黙の了解として先人が設けた御法度に恋愛があるため、メンバー間で恋愛をしているとなると世間への印象が悪くなってしまう。
勿論、詩緒のキャラクターからしてもそんな噂が目立つはずも無く、ネットでの書き込みなどの推測程度で詩緒と誰かが恋人関係にあると揶揄されている。
しかし穏やかでいられないのは、主にりあむやちとせが詩緒との関係性を匂わせてくるためであり、それを詩緒を始め、千夜や颯が片っ端から否定していく。
決まって、最年長なんだからしっかりしてください、と赤い顔をした詩緒に注意されているものの、りあむやちとせはその表情を見ながらにやにやしているので、きっと詩緒が困っている姿を見て楽しんでいるのだろう。
照れているのか怒っているのか分からないような彼のリアクションが悪くないために揶揄い甲斐があるらしく、現にそれを傍から見ているあかりとしても彼の反応は可愛らしいものに思える。
「もう少し詩緒くんへの迷惑を考えてください」
二人の悪いノリに千夜が説教をする。
一言二言ではなく、クドクドとしっかりお説教をするのが千夜のスタイルであり、ちとせは、はいはいと聞き流しているようだが、りあむは千夜に怒られて徐々にテンションが下がっていくようだ。
ただ、結局のところ詩緒本人が気の毒に思って千夜の説教を止めに入る。
ちとせとりあむの二人が、その状態の詩緒に謝るとすぐに許してもらえるので、ちょろいものだと内心では思っているし、やはりその一連の流れを楽しんでいるようだった。
プロジェクトメンバーの仲睦まじさに対し、他の出演アイドルやスタッフは優しい目で見守っている。
☆ ☆ ☆
リハを終えて、出演者との会話を楽しんだり、最終調整をしたりしているうちにいつの間にか本番の時間まで数分に迫っていた。
メンバーはいつでも行けるようにスタンバイしていて、程よい緊張感が漂っていた。
他の出演者もプロジェクトミーティアのパフォーマンスに対しては信頼を置いており、安心して見ていられるようであった。
スタッフがいよいよ本番までのカウントダウンを出す。
三秒前から指でカウントダウンを示して、指一本を立てた一秒後に演出が始まり、イントロが流れ始める。
特にトラブルも無く配信が始まったようで、スタッフ間では随時オーケーサインが飛び交っているようだった。
詩緒はそれを横目で見ながらも事前の打ち合わせどおりの動きでポジションを移動していく。
仲間とのフォーメーションも問題なく、練習を合わせていないにもかかわらず息がぴったりなのを他のアイドルたちが感心したように眺めていた。
一曲が終わり、すぐに二曲目が始まる。
予定では最初に三曲披露して、一回目のMCがあり、その後五曲の後に二回目のMC、さらに五曲披露してから三回目のMCを挟んで、最後に四曲を終えて次の部へとバトンタッチする運びになっている。
ちなみにプロジェクトミーティアの八人で三時間を受け持つので、他の部に比べると幾らか負担が重い。
全員の了承のうえで設定された時間ではあるが、実際に二回目のMCを過ぎたあたりから疲労が溜まっていたはずだが、誰一人として疲労を感じておらず、パフォーマンスは落ちてこない。
アスリートで言うところの、いわゆるゾーンに入った状態で、勢いもガンガン増していく。
配信の視聴数も右肩上がりで、ネットでの書き込みなどを見ていると彼女たちのことを知らない人も多く視聴しているようだった。
最後のMCを終えて最後のステージが始まった。
徐々に高揚感も解けて、じんわりと衣装に汗が滲んでいるのに気が付いたが、まだまだ疲弊するわけにはいかない。
足が棒になったように感じても、なお質は落とすことなく自然な笑顔も見せる。
ようやく歌い切って、踊り切って、止めのポーズをカメラに向かって魅せた。
年末年始ライブの第一部が終わり、アシスタントの千川ちひろがナレーションでその事をアナウンスしてから舞台の袖に捌けていく。
これから始まる第二部は深夜帯まで差し掛かる。
そのため入れ替わりで登場するのは一八歳を超えた大人のアイドルたちだ。
彼女たちとハイタッチを交わしながらステージ裏の階段まで駆けて行き、その階段を下りる手前でちとせの軸がふらりとブレた。
すぐ後ろから見ていたあかりがぎょっとしてちとせの名前を呼ぶが反応はなく、このまま倒れて階段から転げ落ちる、と頭ではわかっていても疲弊しきった身体では咄嗟に動くことができない。
だがあかりの声を聞いてちとせの前にいた詩緒が振り返った。
ちとせの二段下くらいにいた詩緒が、ふらりと階段に向かって倒れてくる彼女を懐で抱き止めた。
しかし、ちとせの体重が軽いと言っても少なくとも四十キロはある重さが階段の二段上から倒れてきて、そのうえ先ほどまでのライブで足の踏ん張りが利かなくなっていたため、詩緒は勢いに負けてちとせと二人一緒に階段の下、残り三段の高さから落ちた。
床とぶつかる鈍い衝撃音が周囲の人の耳に届き、あかりとその後ろにいたりあむが驚きの声を上げる。
「ちとせさん! 大丈夫ですか!?」
詩緒は何事もなかったかのようにすぐさま上体を起こして、ちとせの名前を繰り返し呼んだ。
周囲で見ていた人は怪我をしたように見えた詩緒が何事も無く起き上がったので一瞬だけドキッとしたが、心配の対象が一人減っただけである。
スタッフもちとせに駆け寄り、すぐに身体の異常を確かめる。
逆側からステージ裏に下りてきた四人も異変に気が付いたのか、千夜は血相を変えて、お嬢様! とちとせに駆け寄る。
スタッフが千夜を制止しながら、ちとせの体勢をうつ伏せから仰向けにして呼吸の確認、次いで心拍の確認を行っている時に意識を取り戻したので、その場の全員がホッと一息ついた。
見たところ疲労から気を失ったようで、休んでいれば大丈夫そうではあるが、念のため神保が病院に連れていくことになった。
千夜はそれに同伴すると言って聞かず、お互いを讃え合う暇もないまま年内最後のライブは終わってしまった。
颯はやり切ったと思っていた自分に心底腹が立った。
仲間の容態も気に掛けられないまま、どこか自分と同じように、あるいはそれ以上に大丈夫だと、信頼できるものだという考えがまさに思考の放棄だと悟り、常に周囲を考え続けておかなければならなかったと反省する。
「ところでウタちゃん、ピンピンしてるけど大丈夫なの?」
「さっき一緒に倒れてた気がしますけど……」
先ほどからちとせが気になりすぎて忘れていたが、思い出したのか、りあむとあかりが心配そうに詩緒を見るが、彼は床に強く打ち付けた箇所を見せて、多少痛むが問題ないことをアピールする。
実を言うとちとせのクッションになった詩緒の怪我はあまり軽いものではなく、アドレナリンが分泌されているおかげで打ち付けた箇所の痛みはほとんど無いが、脚にちとせの体重が強く乗ったらしく、痛烈な痛みが襲っていた。
腰の痛みが薄いのは足の痛みの方が異常に感じるからという理由もある。
「ちとせさんに怪我が無ければいいんですけど……」
やせ我慢をしてちとせの心配をする。
本当は痛くて仕方がないのだが、これ以上心配をかけるのは気が引ける。
今日は何とか耐えて、顔に出さずに家までさっさと帰ろう。
疲労と痛みによって全然回らない頭でそんな結論を出した。
「家族が待ってるから帰らなきゃ!」
急にそんなことを言い出す詩緒を不審に思ったが、メンバーとスタッフは彼の家族仲が良いのを知っているし、年末だから一緒に年を越す約束でもしているのだろうと想像した。
聞いていた衣装スタッフが、事情があるなら早めに対応しようと詩緒の着替えのために彼に近付くが、このまま帰っていいですか? と尋ねてくるものだから、いよいよ不思議にすら思っていたところ、やけに顔が青ざめていることに気が付いた。
「何か隠してますね? この名探偵凪の目は誤魔化せません」
じっと見ていたのはスタッフだけではなかった。
真横で凪が詩緒の様子を探っていたようで、直球で詩緒に尋ねる。
凪どころか他のメンバーやスタッフも詩緒の様子に大体どんな状態か把握ができたが、本人が一向にしらばっくれるので椅子に座らせて問い質す。
しばらくは、帰ります、と頑なな態度を見せていたが興奮も冷めてくると鈍い痛みが広がっていき、まるで怪我をした足首あたりが心臓のように脈を打つのをしっかりと感じ取っていた。
数名に囲まれてようやく観念したのか、足が痛いことを正直に告げると、患部を見られる。
酷く腫れており、すぐにスタッフが氷嚢で冷やし始めた。
何でもっと早く言わなかったのか、と怒られてしょんぼりするのも一瞬で、それどころではない痛みに苦悶の表情を浮かべるばかりだった。
どうやら足の骨が折れているらしく、詩緒は救急車で搬送されることになった。
☆ ☆ ☆
『改めまして、明けましておめでとうございまーす!!』
スマホで年末年始ライブの配信をぼーっと眺めていると、最後にニュージェネレーションズが締めの挨拶をして幕が下りる。
ちょうど二十四時間が経過しているので、現在時刻は元日の十八時である。
こんなにおめでたくない年越しも初めてだなぁと思いながら、病院のベッドで横になっていた。
つい十数時間前までライブをしていたとは思えない程に満身創痍な詩緒は珍しくぼやく。
もっと自分がちとせさんをしっかり支えられていれば良かったのに、と華奢な自分を責めたが、華奢な容姿でなければ同じステージに立てなかったのだから仕方がない。
面会時間は終わりを迎えたが、本日はいろんな人が見舞いに来てくれて、詩緒は嬉しく感じる。
午前中には家族がお見舞いに来てくれた。
年明け早々だというのに大きな怪我をして縁起が悪いと文句を言われたので、愛想笑いでやり過ごす。
身体が資本のアイドルなのに云々と主に説教をされて少しうんざりとした気持ちになったが、それだけ心配もしてくれているというものである。
家族は詩緒が出演していた部分の配信を見ていたらしく、彼の活躍を誇らしそうに話していたのが詩緒の脳裏に強く焼き付いた。
昼過ぎには神保と颯と凪が仕事の合間に顔を見せてくれた。
大丈夫? 不安げな表情でそう聞く颯と、コンビニ袋を差し出してくる凪。
「カルシウム足りてますか? いっぱいカルシウム買ってきました。カフェラテ。これで病院食もオシャレに変わります。あとは定番の成人向け雑誌……は買えなかったので、代わりに私たちの写真集を持ってきました。ぜひ邪な目で見てください。いやん。おすすめは二十二ページのフリフリ衣装です」
普段と変わらないような凪に颯は呆れたような表情を向けるし、神保は苦笑いだ。
詩緒が屈託ない笑顔でお礼を言うと、そんなに喜ばれるものなのか、と凪は自分の想像と違う反応に少し思案する表情を見せて、幸せならそれでヨシ! と現場猫のポーズで自分の写真集を手渡したことによるわずかな羞恥心を誤魔化した。
夕方になると、あきらとりあむとあかりが訪問した。
こちらも仕事の帰りでお見舞いの品をいくつか持ってきてくれていて、あかりは山形林檎の素晴らしさを嬉々として語っており唐突に、剥いてあげるンゴ! と林檎を果物ナイフで剥き始めた。
「あかりチャンは置いといて、ウタチャンは何かやってほしいことある? 不自由っぽいし」
「ウタちゃん! 何でもいいよ!? 何でもいいよ!!?」
やけに『何でも』を強調して言うりあむに、そこまで慕ってくれていることを詩緒は少し気恥ずかしく思ったが、同時に嬉しく思った。
りあむの目は変に血走っており、その点だけ大丈夫かな、とも心配になったがせっかくの好意を無下にしたくなかったので、治ったらまた一緒に練習してほしいと告げた。
りあむのことを残念そうな顔で見ていたあきらだったが、詩緒を見て目を細めると、最初から変わんないね、とギザ歯を見せた。
そして先ほどまで、ちとせと千夜が彼の様子を見に来ていた。
お見舞いに来てくれるというのは嬉しいが、余計な心配や手間をかけさせたりすることは本意ではない。
特にちとせと千夜には謝られてしまう始末で居心地が悪かったし、その時に泣きじゃくるちとせを初めて見たが、心臓が締め付けられるような思いをした。彼女は決して悪くないのだが、責任を感じてしまうのも無理はない。
詩緒はただ、ちとせに怪我が無くて良かったと心の底から安堵した。彼女のような絶世の美女の顔や身体に傷が残ってしまったらとんでもない損失だろうと彼は考えていたのだ。
「ちとせさんはあの後体調どうですか?」
「……大丈夫」
ぐずぐずと泣きながら答えるちとせに、詩緒は少しだけ困った顔をしたが、すぐに笑顔になって、良かった、と答えた。
ただ死んだわけでもないし、そんなに泣かなくてもいいのに、と内心でもどかしい気持ちを吐露する。
「私に出来ることがあるなら何でも言って」
贖罪のつもりなのか、ちとせが詩緒の手を握って真っ直ぐに彼を見つめていた。
彼女の瞳は吸い込まれそうなほど綺麗な深紅で、ヴァンパイアの末裔と自称する設定もそれだけで現実味を帯びた。
詩緒が真っ直ぐにその瞳を見るのは、合宿の時に夜の海でちとせと月を見た時以来で、真剣な気持ちが伝わってくる。
りあむが『何でも』と言った時とはまた違った印象を受けた。
詩緒がちとせにしてほしいことは明確であり、じゃあ笑顔が見たいです、とすぐに答えた。
「ウタちゃんってたまに酷なこと言うよね」
ちとせは涙を流しながらそう言ったものの、彼の要求に応えるかのように笑顔が戻った。
千夜もちとせの弱気な様子に悲し気に眉尻を下げていたが、彼女が微笑んだのを見て安堵したように詩緒に目を配り、軽く会釈した。
☆ ☆ ☆
詩緒はしばらく療養となったが、唯一の心残りは直近の仕事がほとんどバラされてしまったことで、申し訳ないなぁ、と深く反省する。
ちなみにバラすとはキャンセルするとほとんど同義で、つまり仕事がなくなったということである。
残っている仕事といえばアニメ映画のキャラクターに声を当てたり、ラジオの出演などの人前に出ないものだけになった。
プロデューサーからはスマホでやり取りをし、復帰の時期について相談してはいるが、完治するまでは安静にするよう注意を受けている。
身体が動かせないことで本業のアイドル活動が疎かになってしまいそうなことに不安を抱えている反面、がむしゃらに練習することが無くなる期間でもあるので、演技や歌に力を入れることができる。
プロデューサーからも、ピンチをチャンスに変える大事な転換期、とアドバイスをされており、この時間を活かす手立てはないかと模索する日々が始まった。
休養中は学校に通い、帰ってからいろいろと映画やアニメを見て演技の勉強をしたり、ボイストレーニングなど簡単な発声練習を欠かさずに行う。
皮肉にも怪我のおかげで休みがちだった学校にしばらくの間通えるようになり、声楽部や、吹奏楽部、ダンス部、演劇部など様々な部活を見学、体験したりして、高校生らしい生活を送っていたともいえる。
収穫だったのは詩緒よりも演技に優れた生徒が稀にいることで、身近にも見るべき点は多くあったということだった。
学友にも支えられて、何だかんだ充実した学校生活であった。
それから一か月強が経ち、二月の中旬頃には詩緒はレッスンへ復帰することができるようになった。