今回少し短いです。よろしくお願いいたします。
IUへ挑戦してから数日が経ち、一次予選の結果が事務所に届いている、と神保から連絡が入った。
今日も今日とて、レッスンに仕事にと駆け回っている詩緒であったが、IUの結果は実際にこの手で受け取って確かめようと心に決めていたので、本日の用事が終わるなりすぐにプロデューサーの元へと向かうことにした。
最近はテレビの仕事が増えたため、テレビ局から神保の後輩であるアシスタントの大井と一緒に事務所に戻ることが多くなったが、神保の対応がおざなりになったわけではない。
連絡は相変わらずマメであり、現場にもよく顔を出すので、所属アイドルには最低限の安心感を持たせるように努めているようだった。
美城プロダクションの事務ビルまで戻ると、待ち合わせていた颯と凪と合流する。
アシスタントも含めた四人でエレベーターを使い、階数を上がった。
エレベーターの中では詩緒と颯が何時になくそわそわした様子で、数が表示される電光の数字をじっと眺めていた。
「このエレベーターと一緒で上がっていくだけですね。後で下りますけど」
凪が良いことを言ったが、すぐにプラスマイナスをゼロにする。
縁起が悪いよ!? と驚く颯を詩緒は横目で見て、結局落ちるのでむしろマイナスまであると口には出さないものの一人で考えていた。
大井は姉妹のやり取りを見て苦笑いしつつも、目的の階数に到着してドアが開いたので『開』と書かれたボタンを押して先にアイドルが降りるのを待つ。
エレベーターから出た詩緒は大井にお礼を伝えて、それに倣って颯と凪も感謝の言葉を並べた。
詩緒はとにかく人当たりの良い性格であり、自分ではそのつもりはないが、社内での評判が上がるのはそういった日頃の行いである。
ちなみに彼と同じプロジェクトのメンバーも同時に株が上がっていた。
詩緒たち四人は事務所に入るとデスクでタスクをこなしている神保を見つけて、彼の元に向かった。
神保は集中していたのか、彼らが近くに来るまで気が付かなかったが、声を掛けられる前に人の気配に振り向いて、疲れた顔を隠すように笑顔を見せる。
「お疲れ様です。届いていますよ」
そう言って、詩緒と颯と凪それぞれの名前が記載されている、デスクの上に丁寧に置かれた封筒三通を手渡す。
詩緒はドキドキとしながら受け取った封筒を眺め、変な千切れ方がしないようにゆっくりと開封する。
隣では凪がベッ! と豪快に封を剥がしており、わーお、と呟きながら合格通知書を取り出していた。
「おー! なーやるじゃん!」
凪が合格なら自分も大丈夫だろうと、双子理論で自信を付ける颯も躊躇なく封筒を開けて合格通知書を取り出す。
丁寧に封筒の中身を取り出した詩緒も合格しており、三人とも無事に一次予選を突破し、全員でハイタッチをした。
神保はおめでとう、と三人を祝福する。
誰よりも嬉しそうなのは意外にも詩緒の付き添いのアシスタントである大井で、しきりに凄いと連呼していた。
詩緒は、まだ一次予選なのに大袈裟だろうと反応に困りはしたが、ここまで喜んでくれる人がいることに嬉しさを隠しきれない。
次回も頑張って突破しないといけないというプレッシャーを感じつつも、こうして合格をすることで誰かと喜びを分かち合える感覚は久しい。
身体の内からはじんわりと熱が込み上げてきて、頭の中からは色とりどりの成分が生成されているようで、たまには賞レースへの出場も悪くないと考えるのだが、その裏で誰かが辛酸を舐めている状態にあることを今はまだ実感できないのであった。
次も頑張ってください! とエールを送ってくれる大井に挨拶をして、詩緒たちは事務所を後にする。
まだ残る神保は内心、一次予選は余裕で突破すると考えており、予選を突破し本選へ出場するまでも視野に入れていた。
それほどまでにプロジェクトメンバーのアイドルとしての資質を信じているのだが、それでも優勝は難しいと彼は考えている。
IUではオーディションの様子をモニタリングしており、期間限定で配信をしている。
神保がそれを確認した時にまず映っていたのが詩緒の会場で、彼をすぐに見つけることはできたが、何よりも玲音の存在に目が引かれる。
彼女は別格だと思った。
ちとせが最高のコンディションを発揮してようやく対等になれるくらいではないだろうか、と感じさせるほどのパフォーマンス。
ちとせも十分に華やかで、個性豊かなメンバーを引っ張っていくほどのカリスマ性を持ち合わせているが、玲音はそれを凌駕している。
神保の個人的な感想に過ぎないが、プロデューサーの立場として経験を積んできた彼の慧眼とも呼べる直感にはそこはかとなくも説得力が付随されており、社内でも詩緒を拾い上げた敏腕として囁かれているのだ。
しかしながら配信の状況を見るに審査員の全員が彼女を意識しており、必ず視界のどこかで捉えている雰囲気が窺えるため、神保の直感が無くとも玲音が一番目立っているのは明白であった。
その時の神保の表情は険しかったが、詩緒が決して敵わない相手ではないことも同時に理解する。
詩緒のパフォーマンスは、一般の参加者よりも響く、という日々の鍛錬によって磨かれた非常に安定したものであり、ところどころで玲音を凌駕する瞬間が訪れる。
彼は特に客前で十分な力を発揮する。
要するに本番に強く、このままオーディションを勝ち進めば、現在だと一対九くらいの分の悪さを四対六程度まで持って行けるだろうと思っているのだ。
神保は今後のIUの展開について想像を巡らせていたため、やや緊張、あるいは興奮していたが、その糸を解くと少し大きく息を吐いて椅子に深くもたれた。
予選もまだ始まったばかりなので本選まで行ける実力があっても何が起きるか分からない。
毎回のオーディションが一発勝負のため、当日の体調によって結果が左右されることもよくあることだ。
それにオーディションを受ける彼らに対して、あるいはオーディションそのものに対して神保自身に出来ることなど何一つ無い。
結局のところ、彼らの栄光を願っても祈るだけに終わる神保もまた自身を無力だと肩を落とすのだった。
☆ ☆ ☆
詩緒たち三人がロビーへ降りると、珍しくプロジェクトのメンバーが揃っていた。
彼女たちはIU一次予選の結果が発表される日程を把握していたらしく、お祝いに来ていたらしい。
実際に一次予選突破という結果を知っていたわけではないが、それぞれの会場の様子を配信で見ており、審査は通過するだろうと確信していた。
スケジュールも合わないことが多いので、神保に確認して時間を空けられそうな日に皆で会いに行く約束をしていたのだった。
「みんな、お疲れさま!」
詩緒と久川姉妹を見つけたあかりが駆け寄って労いの言葉を掛ける。
万が一の結果もあることは想定していたが、三人の表情から悪い想定は杞憂に終わったことを確信する。
まだ一次予選で気は抜けない、と語る颯だったが、表情はニマニマと緩み切って嬉しさが隠せておらず、愛らしくもどこか調子に乗っているような一面を見せている。
「ふっ、まだ一次予選を突破しただけ。やつは四天王の中でも最弱ですからね」
凪はニヒルに笑ってそんな台詞を吐き捨てるが、予選は五回だよ、という純粋な詩緒の訂正が入り、それは幻のシックスマン、と返答していた。詩緒の頭には疑問符が浮かんでいたが再度、五回だよ、と訂正を繰り返していた。
集まったメンバーから口々におめでとうと言われて、久しぶりに会社併設のカフェへと赴いた。
「ウタちゃんも、はーちゃんも、なーちゃんも流石っ!」
よっ! と掛け声を発して持ち上げるりあむ。
あきらはIUでの審査を個人的に分析していたみたいで、参加者のパフォーマンスについて語る。
「今までの経験って生きるもんデスね。大体どれが良くて、どれが悪いかっていうのがよくわかったよ。特にあの人、何て名前だったっけ?」
「玲音さんですか?」
詩緒が答えると、そうそう、とあきらは首肯する。
知り合いなのか聞かれたので、帰り際に少し会話したことを伝えると、ちとせが詩緒に視線を向けてじっと見つめ始める。注意深く話を聞く態勢に入ったようで、彼女も玲音を意識していることが感じられた。
確かに玲音の絶対強者感と、ちとせの非現実的な美麗さは比べようにも比較しがたく、出会ってもいないが良きライバルになれそうな印象を受ける。
「ウタちゃん、何て言われたの?」
少し前のめりになって興味津々に聞いてくるが、とても真剣な表情をしていたので既にちとせからライバル認定されているのかと、玲音の特異さをあらためて感じる。
その隣で千夜がちとせの姿勢を正すようにアドバイスをすると、ちとせは一つ咳払いをして、従者の言う通りに姿勢を正した。
詩緒は玲音に褒められたことを明かしたが、彼の顔は玲音からもらった言葉を思い出して納得しているような表情ではなく、むしろ圧倒的な資質や実力差を見せつけられてなお他人を称賛する玲音の純粋な気持ちに敗北感さえ抱いていた。
それを聞いたちとせの眉間に少しだけ皺が寄る。
このエピソードを聞いた彼女も玲音の資質を感じ取り、強力なライバルであることを悟ったのだろうと詩緒は解釈した。
ちとせの横にいる千夜は、顔が少し強張っていることを伝えて直すようにアドバイスをして、ちとせが咳払いをしてから僕ちゃんの言う通り落ち着いた表情に戻した。
「玲音って、前回のIU優勝者じゃん!」
りあむは二人のやり取りを横目で見て何か考えている様子だったが、思い出したように叫ぶ。
聞き覚えのある名前に記憶を辿ったらそれがとんでもない大物だったので、驚いたようだ。
さっきまで、詩緒にちょっかいを掛ける女、というりあむの中での評価だったが、一気にアイドル界のレジェンドへと認識が変わる。
「私もあきらちゃんと一緒に見た時に凄い人がいると思ったら、その玲音さんだったんですよ!」
あかりは配信を見ていた時も玲音に目を奪われていたようで、あきらもマスクをずらしてストローに口を付けつつ、瞑目しながら首を縦に振って納得デスといった様子である。
「そうですね。確かに彼女は特別に見えましたし、二連覇も十分あり得ると思います」
千夜の目から見ても、玲音は別格であると判断するほどで、普段は自分と周囲のメンバーにしか気に掛けないような彼女が目を奪われたというのも珍しい。
ただ一人、そんな凄いんだ、と淡白な反応を示すのはちとせであった。
ちとせはつまらなそうに頬杖を突いてストローを唇で挟む。
アイスカフェラテがストローの道を通り、透明な白色に薄茶色を混ぜる。
「それにしても三人とも凄いなぁ、お仕事忙しいのに。私ももっと頑張らないと……」
疲れたように言うあかりだったが、三人も出ているなら自分も出れば良かったと少しだけ後悔する。
「ウタちゃん、言ってくれたら私も出たのにな~!」
頬を膨らまして言ったのはちとせで、あからさまに不機嫌である。
三度目の千夜からのアドバイスを聞き入れてムスッとした顔は鳴りを潜めたが、詩緒はちとせの様子がいつもと違うことに違和感を覚える。
普段は詩緒の隣か対面に座り、その表情を眺めたり揶揄ったりして楽しそうに、あるいは厭らしく笑顔を浮かべるのだが、本日はどことなくよそよそしく、IUの話題が深くなってきてから仏頂面が多いような気がしていた。
詩緒なりに考えた結果、ちとせの体力では仕事に加えてIUへの参加が難しいという思考に至り、この話題はなるべく避けるようにしようと気遣うが、そういえばこの会の発端がIU絡みであることに思い至り、さらに頭を悩ませるのであった。
現に先ほどもIUに出たのに、と言っていたしますます不明であったので思い切って聞くことにする。
「ちとせさん、大丈夫ですか?」
困ったように笑顔を浮かべてちとせに尋ねると、急にどうしたの? とちとせが尋ね返す。
「いや、ちとせさん、いつもと態度が違うような気がして……お仕事の合間でお祝いに来てもらって、やっぱり疲れちゃいますよね」
そんな詩緒に対してバツが悪そうにするのは罪悪感からだ。
玲音の話が出た時に当初の目的を忘れてイライラしてしまったのは事実だが、決して詩緒を蔑ろにしたいというわけではなく、むしろ逆である。
玲音に取られたくないという想いが強く出てしまい、隠しきれなかっただけなのである。
ちとせがフォローするようにあれこれと言い訳するのも彼女らしくないと思った詩緒は、もしかして熱でもあります? と心配そうに尋ねたがそれは否定される。
いったん落ち着こうと慌てて飲み物を手に取ろうとするが、上手く掴めずにコップを倒し、飲み物を溢してしまった。
もう量も少なく蓋もしていたため、あまり溢すことはなかったが、体力面以外でちとせのミスを見るのはメンバー全員にとって珍しく、それなりに衝撃であった。
詩緒は倒れたコップを立ようとして、同じく立てようとしたちとせの手が触れる。
詩緒は少しだけ手を引いたが、ちとせはビクッとして大きく手を引いたので詩緒は心的にショックを受けるも、コップを立てる。
千夜はすでに拭くものを借りてきていたようで、ちとせの服に掛かっていないか確認した後、飲み物で濡れた机をササっと拭いた。
「ちとせさん、大丈夫ですか?」
詩緒も席を立ってちとせの服が汚れていないのか、あらためて確認する。
ちとせは恥ずかしさからか顔を赤くしており、詩緒と目を合わせようとしない。
その気持ちを慮り、詩緒はあまりそのことに触れないようにして再び席に座った。
ただ颯や凪、あかり、あきら、りあむはちとせを見て目を見開くようにして驚いていたため、それほど衝撃的なことだったのだろうか、と詩緒はおそらく男女間で変わる価値観が違うのだろうと結論を出す。
「そろそろ帰りますか。ちとせさんもどうやらお疲れのようですし」
解散を切り出したのは凪で、ちとせに向けて指を重ねてハートマークを作るとその指を詩緒に向けて移動させる。
「な、なーちゃん、ナイスアイデア! 今日は何か疲れちゃったなぁ」
その動揺から詩緒と千夜以外の全員に彼女の心の内がバレてしまい、心配そうに見つめる詩緒と千夜以外のメンバーからは生温かい目を向けられるのだった。
更新が週一くらいのペースに落ち着いてしまいました。