普段からその表情が動くことは少なく、何を考えているか分かり辛いというのが周囲から見た凪への印象だった。
彼女は、妹の颯と友人の詩緒と一緒にアイドルの頂点を決めるIdol Ultimateへと出場したが、力及ばずに本選進出とはならなかった。
五次予選の結果を聞かされた時も、特に悔しがる様子はなく、颯と詩緒を称賛したうえで本選での健闘を祈る言葉を投げかけていた。
目の前でその様子を見ていた神保は、凪がどんな気持ちでいるのかを慮るが、やはりと言うべきかその態度や表情、声のトーンなどからは全く読み取れなかった。
悔しくないということはないのだろうが、そこまででもない、というのが彼女を見て素直に感じた印象である。
本人よりも詩緒の方が悔しがっているようだったが、それよりも神保が珍しいと思ったのは颯も感情の機微を見せなかったことである。
見せないように振る舞っているのだろうが、いつも通りのテンションなら一言あっても良いはずだ。
それなりにショックを受けているのかもしれないとは考えたが、しばらく経過すると笑顔が戻っていたので、引き摺るよりも切り替えることを選択したのだろう。
颯は強くなったと、神保は実感した。
「凪は四天王の中でも最弱……」
「いや、四人目いないじゃん!」
さっさとネタに昇華してしまう剛毅なメンタルが凪の強みであり、実に芸能界に向いている。
また颯も凪の言動に対してツッコミを入れられるくらいには負から正への切り替えが上手い。
「四人目には夢子さんが加入しました。毒タイプの使い手です」
「勝手に入っちゃた!? 本人に聞かれたら怒られるよ……」
連絡もなしに勝手に四天王に加えられた挙句、皮肉にも毒舌と引っ掛けたタイプまで決定されてしまった夢子。今頃くしゃみでもしているのだろう。
詩緒は凪がそんなに気にしていないであろうことにホッとする。
自分もIUで優勝するつもりでやっているから、時には自己中心的な考えを持つことも必要だと理解しているし、強力なライバルが減ったことに喜ぶべきでもあるのだろうけど、ファンへのサービスが過剰だと評価される彼にとって、仲間を蹴落としてまで自分が上へ登ることは胸を締め付けられるくらいに辛いものだった。
自己犠牲の精神が強いことは時に美徳で、時に残酷だ。
予選を突破できなかった全員の想いを背負っているなんてことはないが、できることなら凪と代わってあげたいと言うのはあまりに傲慢で失礼なことだというのも分かっているつもりである。
それでも彼が凪を想うのは、彼女に感謝しているからであり、その想いは決して嘘にはならない。
いつも練習に付き合ってくれるし、一緒に遊びに行ってくれるし、仕事でもフォローしてくれる。
凪だけでなく颯にも同じことが言えるため、凪と颯の立場が逆でも詩緒は同じことを考えていたに違いない。
「……あ、う……なーちゃんの分まで頑張る!」
少し言葉に詰まった詩緒から出たそれは月並みなものだった。
単なる決意表明に過ぎないが、伝えずにはいられないのが彼の性分である。
「……ウタちゃんなら大丈夫です。そんなに気負わなくてもいいですよ」
一瞬硬直した凪だったが、優しい声音で伝える。
「そんなことより、次に向けて練習しましょう。ここまで来たら凪も最後までやってやります。今から二人のサポーターです。応援団長とも言います」
やはり淡々とした態度や表情ではあったが、凪の献身に少しばかり目頭が熱くなる詩緒だった。
☆ ☆ ☆
「これは……確かになーちゃんキツイね」
ぽつりと感想を漏らしたのは、IU五次予選の凪が出たグループのパフォーマンスを配信で確認していたちとせだ。
画面の様子を食い入るように見ていたのは、彼女の他にも出場していないメンバー全員である。
普段はあかり、あきら、りあむのユニットとちとせ、千夜のユニットで活動している二組はたびたびスケジュールの合うタイミングで、こうしてIUにおける詩緒らの活躍を見ては陰ながら応援していた。
今回の五次予選で凪が本選出場に至らなかった理由を探ろうとしていたが、ちとせの発言に対して否定するものはいない。
凪は容姿の良さと卒なくこなすダンス、特徴的な声のボーカルは他者と比べても決して埋もれることのないアイドルだ。
何が悪いかと言われても今配信のアーカイブを見ているちとせたちでも答えるならば、運が悪いと言う他に言葉が見当たらないだろう。
それほどまでに最終グループの玲音が目立っていた。
他のIU参加者がバックダンサーに見えるくらいに玲音だけが浮き彫りになっているような、画面越しでもどうしても目が惹き付けられる。
それを感じ取ってか、玲音の周辺にいる参加者たちが委縮する始末である。
四回の予選を潜り抜けても玲音との差の大きさを実感してしまうのだろうか、と千夜は不思議に思うと同時に戦慄もした。
「やー、なーちゃん悪くないと思ったけどね、ぼくはね。審査員は見る目ないわー」
りあむの言う通り、マイペースの凪はその組の中でも委縮するということはなかったが、如何せん玲音の独壇場に過ぎる。
この組の中で印象に残っている人を挙げなさいと言われたら、おそらく玲音の名前しか出てこない。
「悪くないんデスけど玲音サンが強すぎて、なーチャンの引きが最悪だったとしか言えない」
あきらとしては、しょうがないという意見に落ち着く。
しかし今までの予選も玲音との直接対決を避ける運を含んでいると考えるとあかりは納得がいく様子ではなかった。
「でも、凪ちゃんが玲音さんに届かなかったのは事実ですよ」
彼女の辛辣とも取れる率直な意見に全員が注視する。
あかりがネガティブな発言をするのは最近では珍しい。
「あんなに頑張ってたのに、運が無かったの一言で片付けるなんて嫌です」
あかりは以前、頑張ることを嫌うタイプの性格だった。
実家が林檎農家であり、頑張って育てていてもその年の天候一つで左右されるため、その年の頑張りが無駄になることを経験したことがあるからだ。
その彼女が運のせいではなく実力で本選に届かなかったと言うのだから、考えが一八〇度変わっていることにあきらとりあむは感動した。
「頑張ったけど、あと一歩及ばなかったってところですね。凪さんにとって良い経験になっていることを願いましょう」
千夜があかりを見つめながら言って、画面に再び視線を落とす。
本選出場を決めた二人を考えながらも、IUのオーディションの様子を見ているとどうにも身体がうずうずするのはアイドルを生業としている性分だからだろうか。
「なーちゃんを本選で見れないのは残念だけど、ウタちゃんとはーちゃんは会場で見れるから私たちも応援しよ」
ちとせが切り替えも大事だと話題をIU本戦へと移す。
IU本選は会場を用意しての全国中継になり、観客も導入して行われる。
その場で審査員の評価が行われ、本選の最終戦に三名のアイドルが選ばれる。
休憩を挟んでから今度は一人ずつパフォーマンスを行い、IUの頂点を決めるという流れだ。
会場には招待席が設けられており、ちとせの言った、会場で見られる、とはこのことである。
実は詩緒と颯は、凪を含めたプロジェクトのメンバーとそのプロデューサーである神保を招待者として申請しており、申請が受理された連絡が先日IU運営から届いたのだ。
颯がメッセージアプリでそのことを全員に伝えて、招待された全員がスケジュールを何とかして空けようと動き、無事にIU本選を観に行くことができるよう調整したのだった。
招待されたメンバーの内心は穏やかではない。
IUの本選という舞台を観に行けることは楽しみだが、先程まで見ていた動画のように玲音が無双する姿を想像してしまい、複雑な気持ちになる。
そのことを皆は口に出さなかったが、詩緒ならあるいは……、と密かに彼に期待する発言も閉口するのであった。
☆ ☆ ☆
一方で詩緒と颯は本選に向けて練習に励んでいた。
本選への日が近いため、凪も最後まで付き合うと練習に参加してお互いに意見を出し合う。
凪が実際に肌で感じた玲音の印象は、会場全体を飲み込むような存在感の大きいアイドルというよりも、全てを一体にさせようとして自然とその空間を創り上げてしまう創造主のようなイメージだった。
誰よりも心の底からアイドルを楽しんでおり、それがパフォーマンスによって表現されていた。
玲音を中心とし、たかだか予選の会場がライブ会場のように錯覚したのは凪だけではなく、見ているだけの詩緒と颯にも鮮明にその感覚が残っていた。
本選で一緒にステージを作る限り、必ず意識しなければならないし、せざるを得ない相手である。
本選に出場する他のアイドルも有名どころが多く、決して油断できるものではない。
五次予選ではたまたま詩緒に軍配が上がったが、桜井夢子もまた強敵であり、本選までに十二分に仕上げてくることが予想できる。
本選では今までの予選で出た課題曲を複数組み合わせて一時間程度のセットリストが編成され、途中途中で自己紹介のMCを挟みながら実際のライブ形式で審査が行われる。
どれだけ強いインパクトを残せるかも大事だが、必ずお客さんや審査員が応援したくなるような印象を残さなければならないのもポイントである。
しかしながら、MCについての対策は全くしなかった。
ここのアピールタイムは台本が無いので、各自で口上を用意して来ることを運営側も見越して設けていたのだが、歴代のIU制覇者は誰一人として台本を持っていないか、あるいは用意してきた台詞をそのまま読み上げたものはいなかった。
IUについて研究がされて、そのようなジンクスがあると判明してから参加者のほとんどがアドリブで自己紹介のアピールを行うようになっているのが今のIU本選である。
ただプロジェクトミーティアの誇るコミュ力強者の二人にはそもそも台本や練習など必要ない。
ライブではいつも決まった自己紹介はなく、最近起きた出来事を話したりしてファンの心を掴むスタイルなのだ。
ゆえにパフォーマンスに尽力しているのだが、どうも颯の様子がおかしい。
練習に身が入っていないことは普段の彼女を見れば一目瞭然であった。
いったん休憩にしようというタイミングで凪が尋ねる。
「はーちゃん、どうしんたんですか? そんな下手でしたっけ?」
「え、そうかな? いつも通りだと思うけど」
「いつも通りじゃダメだと思いますけど。次は本選なので」
「それはそうだけどさ……なんか今日厳しくない?」
「頂点を目指しているならそれは当然。凪の尿意も限界寸前。……というわけで御手洗いに行きます」
限界と言いつつも凪は特段急ぐ様子もなく部屋を出ていく。
相変わらずのマイペースであったが、不穏な空気が漂っていたので詩緒としては悪い雰囲気にならずにホッとしていた。
いつも仲良しの久川姉妹がまさか喧嘩を始めるのではないかと肝を冷やし、あらためて珍しいことだと考えていた。
いや、あと数秒凪の尿意の限界点が遅ければ喧嘩を起こすのは間違いなかっただろう。
意外にも周囲が見えたり頭が切れたりする凪なので、彼女はお互いに頭を冷やすためにわざとあのようなことを言って退室したのではないか、と詩緒は考える。
ただ、凪の言っていることも分からなくない。
颯の様子がおかしいのは確かで、下手は言い過ぎだが、詩緒からしても正直に言って普段の練習の時よりも颯に魅力を感じない。
表情や口調から怒りを露わにする直前だった颯も、凪がこの場から離脱したことでクールダウンできているようで、詩緒に対して落ち着いた様子で口を開く。
「空気悪くしちゃってごめん。本当は分かってるんだ。はーがちゃんとできてないってこと……」
いつものがむしゃらに練習をして、自信に満ちている彼女ではない。
元気な態度はどこへ行ったのか、体調が悪いというわけではないが、普段の活発さは感じられない。
後に続けようとする颯の言葉を、詩緒が遮る。
「何か、なーちゃんに後ろめたいことでもあったりする?」
颯はわずかに肩を震わせると、少し驚いた表情で詩緒を見やる。
しばらくお互いの目を合わせる。詩緒が沈黙する颯に首を傾げると彼女は観念したように、ふすぅ、と小さく溜息を吐いた。
「……言っても引かない?」
その発言から後ろめたいことは正解らしく、ネガティブなことを言います、という宣言でもある。
「どうだろ?」
詩緒は安易に嘘をつかない。
笑わないで聞いて、と言われても笑うかもしれないし、今の颯の質問に対しても然りである。
颯はその言葉に顔を軽く顰めたが、素直なウタちゃんらしい、と前向きにとらえつつも数舜口籠る。
「……本当はなーが落ちて、はーだけが受かった時、残念だーって気持ちにならなく、嬉しかったんだ。本選に出れる! っていう嬉しさじゃなくてね。なーに勝ったっていう意味での嬉しさだったの」
颯は自身が感じた卑しい想いを吐露し始めた。
まるで懺悔でもしているようだが、詩緒はただ彼女の話を聞いた。
「今じゃ双子アイドルっていうイメージが付いてるんだけど、元々アイドルになりたかったのははーだけだったし、成り行きでなーもアイドルになるのが決まった時は、その時は双子でやるのエモいなとか思ったりしたけど、やっぱりオーディションで受かったはーとしては悔しかった。その後も、なーって結構要領良かったり、面白いこと言ったりするじゃん? はーには出来ないから正直羨ましいって思うし、皆はバランスが良いって言うけど、それは二人セットでしか見てくれてないってことでしょ? だからはーだけ残ったのが凄く嬉しかった。でも……」
颯は自分の気持ちを何とか言葉にして表現する。
表情は険しくなって、やがて歪んで、口をぎゅっと引き結ぶ。
続く言葉は彼女の口から紡がれることは無さそうだった。
「そんな自分が嫌になっちゃったってこと?」
詩緒が尋ねると颯は小さく頷いたが、詩緒はどうしても腑に落ちない。
凪が予選落ちしたことに対して邪な気持ちを抱いていた、と颯が思い込んでいる点がしっくりと来ないのだ。
「はーちゃんってやっぱすごく優しいんだ」
颯は詩緒の言葉に目を丸くする。
「ずっとなーちゃんのこと考えてる」
颯は、そんなことない、と首を横に振るが詩緒は構わずに続けた。
「なーちゃんもずっとはーちゃんのこと考えてる。だって練習にずっと付き合ってくれてるし、アドバイスもくれるでしょ。生まれた時から一緒にいる仲良しの双子でもあるけど、アイドルとしては一番身近にいるライバルでもあるから、勝って嬉しいのは当たり前の事なんじゃない?」
話を聞いてもらった彼女だったが、たったそれだけで心が軽くなった。
何より詩緒の声音が颯の耳に馴染み、詩緒の笑顔が颯の脳裏に温かく残る。
それでいいんだ、と納得すると同時に目の前の詩緒が生まれ付きのアイドルなのだと気付かされた。
何でこんなにもアイドルとしての資質が高いのか腑に落ちた。
誰かを応援することや励ますことについて、ステージの上でも、直接会って話したうえでも投げかけてくれる笑顔や言葉、その一つ一つが琴線に触れる。
「今はなーちゃんの分も背負ってトップを目指そう」
詩緒が握った拳を前に突き出す。
「……そうだね!」
颯もそれに合わせて、拳を打つ。
タイミングよく凪が戻ってくると、颯は凪に抱き付いた。
「なー、ごめん! なーの分まで天辺取るよ!」
「どうしましたはーちゃん?」
先程とは打って変わった颯の様子に、凪は特に動じることもなかったが、にこにこと笑う詩緒を見て親指を立てて見せたのだった。
会話の表現って難しく、無限に悩めます。
スッと内容が浮かんで、サッと書ける人がいたら羨ましいですね。
次回でIUのお話は多分終わります。