ボーイ・イン・ザ・シンデレラ   作:しらかわP

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一話までにアイドルが全然登場していなかったので急遽投稿しました。


2nd stage : “It’s friends irreplaceable existence.”

時間は詩緒が受けたオーディションの日まで遡る。

その日、詩緒と同じく美城プロダクションのアイドルオーディションを受けていた久川颯は男性が同じ会場で同じオーディションを受けていることに驚愕を隠せないでいた。

 

自分の出番は終わったとはいええらく動揺してしまい、それ以上の印象を残せなかったであろうことを後悔したのだ。

つまるところ、自分のアピールタイムが終わった後、候補者でも一番目立っていた詩緒にさらなる爆弾を投下されて面接官がその場で会議を行うという一幕があったため、颯自身の印象は薄れてしまったのではないかという懸念であった。

 

結果としては、後日プロデューサーの神保から連絡があり、無事オーディションに合格となった。

しかしながら、オーディション終わりに待ち合わせをしていた双子の姉の凪と一緒にいたところを見られたのが決め手となったらしく、オーディションだけではもしかして受かってなかったのではないかと疑っていたが、結果オーライということで割り切った。

 

「それで、Pとはーちゃんの言っていたその男の娘とやらも同じアイドルになったのでしょうか?」

 

この時点ではまだアイドルに対してそこまでやる気のない凪は、その現場を目撃していなかったからか詩緒のことに興味津々の様子で、面白いことがあるぞと目を輝かせていたのを、神保と颯が苦笑を浮かべて説明した。

 

「まあ、誘ってはみますけど、あとは彼の判断に委ねることにします」

 

「あの子途中で帰っちゃったから、アイドルやらないと思うけどなー」

 

口を尖らせて言う颯は、実を言うと詩緒が帰った時ホッとしていた。

確かに美城プロには女性アイドルしかいないのだが、詩緒は間違いなく誰よりも目立っていたし、芸能活動を行うにあたっての資質も兼ねているように思えた。

何より、男性で女性よりも可愛く美しい容姿なのが特別と言って差し支えない。

メディアに露出すれば、少なくとも一回は話題に上がること間違いなしなのだ。

芸能事務所がそんな逸材を逃すはずがない。あとは詩緒の頑張り次第である。

そんな彼がライバルから脱落してくれるのであればこんなに安心できることはない。

緊急で行われた会議の様子でも間違いなく採用しようとしてたのは、オーディションを受けに来ていたアイドル候補生でも分かることだったのだ。

 

「男の娘、リアルで会って、みたかった。凪、心の俳句」

 

「口に出して言っちゃってるじゃん」

 

「P。その男の娘をしっかりと口説き落としてきてください」

 

颯のツッコミをまるで聞かなかった風に流して、凪は神保に要求する。

どれだけ会いたいんだよ、と神保は心の中でツッコんでおいたが、彼としても詩緒をプロジェクトに参加させたいと思っていたので、断ることもない。

 

「上手くいくかはわかりませんけどね」

 

あくまで彼の意志を尊重することを強調して言えば凪も強く要求はできなかった。

 

「期待していますよ、神保さん」

 

代わりに組織のお偉いさんみたいなことを言い捨ててひらりと踵を返していく。

神保としてはまだ話の途中なので、どこに行くんですか、と引き留める。

 

「今のは主人公のやる気を焚きつける、特に表立って何もしていないけど裏ではいろいろと動いてくれているので、ファンから有能と評価されることになる上司のキャラクターです」

 

「なーは何言ってるの? ていうか長すぎでしょ」

 

神保が扱いに困ってしまったところをさすがは双子。さらっと流して場をリセットしてくれた。

颯にこう言われると、凪も自分のせいで話が進んでいないことを理解するようで、長すぎくんでしたか、と言って神保の話を聞く姿勢に入った。

そこからは書類の作成について、保護者の同伴が必要だのなんだの話をして、後日神保から彼女たちに会いに行ったのだった。

 

ちなみに詩緒が参加するかどうかは初顔合わせの時のお楽しみだと言っておいた。

 

☆ ☆ ☆

 

そうして迎えた初顔合わせの当日。

久川姉妹は待ち合わせの時間ギリギリになり、小走りで事務所へと足を運んでいた。

 

「も~、なーがしっかりチャージしなかったからだよ! おまけにふざけちゃうし」

 

あわや遅刻という状況を作り出したのは凪であると主張する颯。

確かに、チャージができておらず改札に阻まれた凪は、凪のことを置いて先に行け、と茶番をかましていたが、そんな程度では時間は取られないはずだ。

颯の主張を小走りで聞いていた凪は一秒ほど瞑目した目蓋を開き、探偵風に語り始める。

 

「あの時点では時間的に全然余裕があったはず。そう、はーちゃんがタピオカミルクティーを飲みたいって言い出さなければ、今急ぐ必要はどこにもなかったのだ」

 

それを言われた颯は言葉に詰まって動揺する。

さながら証拠を揃えられて推理をきっちりと的中された犯人そのものである。

まあ凪の言う通りで、時間に余裕があることを確認し、店に並び、タピオカミルクティーを買い、自撮りして、SNSでアップして、だらだらとベンチで飲んでいたら意外と量があることに気付き、飲み終える頃には思ったよりも時間がかかってしまっていたというだけの話だった。

 

「ごめんってば」

 

颯は最初こそ凪に責任を転嫁しようと試みたが、明らかに劣勢であることを悟りすぐに謝った。

そこから二人は無駄話することもなく小走りを続けた甲斐もあり、集合時間の5分前に事務所のある建物へ到着することができた。

 

「けっこう片腹痛し」

 

凪は脇腹を押さえてやや顔面蒼白気味に言った。この場合の片腹痛しはもちろん誤用である。

一息ついたところで安心感と共に疲労はどっと押し寄せてくるものであり、さらにタピオカミルクティーをキメた後の小走りもなかなかにキツかった。

 

「けっこう量あるよね、あれ」

 

同じように颯も顔色が悪くなったようだ。

一連の仕草が同じところはさすが双子と言いたくなるが、褒められるようなことでもない。

そんな二人の到着にいち早く気が付いたのは受付のお姉さんと神保であった。

 

「颯さん、凪さん、お疲れ様です」

 

受付のお姉さんは当然何も言わないので、神保が声をかける。

 

「どうしたんですか?」

 

不自然に息を切らしている二人を見て、神保は疑問符を浮かべる。

 

「凪たちも流行に乗ってみたら、とんだビッグウェーブだったぜ」

 

へへっ、とニヒルに笑う凪を颯が呆れたように半目で見ていた。

まあいいか、と時間に遅れたわけでもないので神保も凪の茶番には付き合わない。

 

「皆さんいらっしゃるので、どうぞこちらへ」

 

すでに346プロの新しいアイドル全員が集まっているらしいことを知る凪と颯。

凪は途端に瞳を輝かせて、件の男の娘がいないか期待の表情をしている。

颯は対照的に緊張の面持ちだ。彼がいるかどうかという点では凪と考えていることは変わらない。

 

案内されたロビーの休憩スペースでは、久川姉妹の他に6人の新メンバーがいた。

初顔合わせと言っていたが、もう全員がそれなりに仲良くなっているみたいで颯は少し羨ましく思った。

集まっている新メンバーは金髪でゴシック調の服装に身を包んだ綺麗なお嬢様。

その彼女の横に座るお付きのような雰囲気を持つ黒髪の女の子。

快活な笑顔で楽しそうにお話ししているロングヘアの女子。

泣きぼくろがチャームポイントのマスクを着けた女の子。

髪色がピンクと、派手なのにどこかおどおどした女性。

最後に、肩あたりまで伸びた髪を後ろで一つに束ねている美少女として紹介しても誰もが信じて疑わないような男子。

 

「あ、いた」

 

その姿を一度は見ている颯は指をさして呟いていた。

凪が横でそれを聞き、件の男の娘が来ていると理解すると、じっと目を細めて誰がそうなのか当てようとする。

 

「P、男の娘っていうのは、ずばりあのポニーテールちゃんですね?」

 

「おお、素晴らしい。正解です」

 

一発で当てた凪は、ふふん、と得意げに胸を張る。

神保もこれには驚いた。詩緒の服装も制服ではなく私服なので、初見で見破るにはなかなか観察眼が優れていると言えた。

 

「ちなみに、どうしてわかったんですか?」

 

「彼女の胸は平たんであった……」

 

神保は心の中で前言撤回しておいた。

確かに男の子であるという前情報を知っていれば、他の子がそこそこ成長しているというのもあり、胸を見れば一目瞭然なのである。

素晴らしいと褒めたが、何も素晴らしいことはなかった。

 

「あのぺったんこが女の子だとしたら申し訳なさで土下座するレベルですね」

 

そう評したのはもちろん凪である。

しかも彼女は胸以外の部分で男女の判断を全くしていないようであった。

颯以外とのコミュニケーションに大丈夫だろうか、と神保は一抹の不安を覚えたが、妹の颯は神保と常識が近いらしく、失礼なやつだなぁ、みたいな視線を凪に向けていたので、ある程度のフォローはできそうだと安心する。

 

「ところでP、他の子たちは知っているのでしょうか?」

 

何気ない凪の質問に颯が、知ってるんじゃない? と返す。

はーちゃんには聞いてないんだよなぁ、と思いつつも、さよで、と適当に返事をしておいてから神保の返事を待つ。

 

「いえ、知っているのは久川さんたちだけです」

 

それを聞いた颯が、えぇ……と呆れたような呻き声を出す。

メンバーに一人だけ男の子が混ざっているなんて大事なことは、事前に教えていたんじゃないのかと思ったが、そういえば当日まではーたちにも伝わってなかったな、と思い直す。

 

「あまり他の人の動向などを話すのもご本人に失礼ですし、そこはご理解いただければと思います」

 

颯と凪は、それもそうか、と納得した様子だ。

確かに男の子がいるからといって意識しないことはないが、特に嫌なわけでもない。

現に笑顔で話すメンバーを見ればいかに詩緒が溶け込んでいるかというのが窺える。

 

「でもはーたちが教えてあげた方がいいんじゃないの?」

 

「凪は黙ってた方が面白いと思います。アイドルには秘密があってしかり」

 

さらけ出している芸能人のほうが珍しいだろうが、神保は話を広げずに集まったメンバーと合流する。

 

「皆さん、お待たせしました。メンバーが揃いましたので、移動します」

 

神保がそう言うと、アイドルたちは立ち上がって彼についていく。

移動中も女の子たちの話は絶えず、颯はその中で早々に会話の輪へ入っていた。

凪はというと件の男の娘である詩緒に声をかけるタイミングを見計らい、話しかけてみることにした。

 

「へい、そこなボーイ。凪は凪です。よろしくお願いします。ボーイミーツガール」

 

詩緒はボーイと呼ばれて、しばらく驚いたようなあるいは呆けたような表情をしていたが、にっこりと嬉しそうに微笑んだ。

間近で見てもあんまり男子に見えなかったので、凪は一瞬やらかしちまったと考えたが、その笑顔を見て杞憂だったな、と内心でどや顔を決め込む。表情には出にくい性格なのである。

 

それを聞いていたのか、神保がチラッと詩緒に目配せし、詩緒も彼と目が合ったことで普段から勘違いされる性別をどういう経緯で認知したのか納得したようだ。

それにしても先ほどは黙っていた方が面白いだのと言っていた凪だが、自分たちだけが知っているという優越感を少しばかり感じたかったがために詩緒をボーイと呼んだのだ。

 

「水上詩緒です。よろしくお願いします」

 

「これはご丁寧にどうも。凪です。他のことは忘れてもこの名前だけは憶えて帰ってください」

 

「ちょっと、なー! ごめんね! 失礼なこと言っちゃって!」

 

パーソナルスペースを土足で駆け回る凪を見かねて颯が注意し、二人の間に割って入る。

詩緒は颯と凪を交互に見て、納得したように手を合わせた。

 

「もしかして双子ですか?」

 

「勘のいいガキは嫌いだよ」

 

某錬金術師に出てくるセリフを原文まんまで吐いた凪に、颯が失礼だと再び注意した。

一方で詩緒は特に気にすることもなく、ニコニコ笑っている。

知っているネタでそれなりに刺さっているらしい。

それからは双子であること、なんでアイドルになったのかということで話題を広げる。いつの間にか会話の流れを詩緒が作っており、凪と颯は気が付けば楽しく件の男の娘とのお喋りに興じていた。

 

一行はアイドル部門の事務所に到着すると、特に何かに使用されていることもないフリースペースへと案内される。

 

「ここは基本的に自由にお使いください。以前はシンデレラプロジェクトのメンバーが使っていましたけど、今は皆さん忙しく、あまり活用されておりませんので、せっかく新たなプロジェクトを発足するのでしたら、と前任のプロデューサーから引き継がせていただきました」

 

軽く部屋の使い方等の説明をし、各々がソファに腰かけた。

これから改めて自己紹介をしますとのことで、端から順番に挨拶をする。

まずは金髪でゴシック調の服装をした女性。

 

「私は黒埼ちとせ、19歳。よろしくね♪ この人がどうしてもアイドルやってほしいって言うから、お試しにやってあげてるの。退屈だったら辞めちゃうから♪ それで、こっちが私の僕の千夜ちゃん」

 

ちとせが座ったまま言い切って、手を隣の女の子に向ける。

千夜と呼ばれた子は、ちとせと違い立ち上がってお辞儀をした。

 

「紹介に預かった白雪千夜です。歳は17です。よろしくお願いいたします」

 

これ以上は何も言うことがありません、と言いたげでな表情で千夜は次の人に順番を回す。

独特な二人の自己紹介に少し困惑する空気が広がった中、はい! と元気に立ち上がったのはぴょこっと跳ねた髪が愛らしいロングヘアの少女だ。

 

「辻野あかりです! ええっと、アイドルになって山形りんごをどんどんPRしていって実家のりんごが売れるように頑張るんご!」

 

んご? と詩緒は首を傾げたが、誰も触れることなく進行していき、マスクを着けた女の子がマスクを下にずらしながら立ち上がる。ギザギザした鋭い歯が特徴的だ。

 

「砂塚あきらデス。15デス。ゲームとかファッションが好きなんで、そういう仕事できたらいいなーって考えてます。今んとこ」

 

ダウナーな感じの話し方で、マイペースな人なんだろうなと詩緒は思った。

あきらが座ると、隣の派手な髪色の女性がおずおずと起立する。

 

「いや、めっちゃやむ。あ、じゃなくて、夢見りあむ、ギリ10代! 詰んでる人生をアイドルでワンチャン逆転したい! ていうかちやほやされたい! あと、みんな可愛すぎな! まじでやむから!」

 

自分に自信がないようだが、個性が強すぎて逆にやむと言いたいのは詩緒やあかりの方であった。

順番が回ってきた凪はりあむのことを個性の塊の後に自己紹介するのは気が引けると前置きした。

 

「久川凪は一般市民であった。双子の妹であるはーちゃんがアイドルのオーディションに合格したその帰り、Pに天啓と呼ぶべき電撃が走る。アイドル志望のはーちゃんと、特にそこまででもない凪。ここに双子アイドルが爆誕したのだった。どうぞお楽しみに」

 

他のアイドルがぽかんと呆ける中、じろっと半目で睨むのはやはり隣に座る妹の颯であった。

 

「もー! なーの名前しか分からないじゃん!」

 

軽く文句を言って一つ咳ばらいをすると、凪を座らせて颯が入れ替わるように立ち上がった。

 

「久川颯、14歳の中学二年生です! なーとは双子で、一応私が妹です! あんまり似てないけどね。ちなみに、なぎだから『なー』で、はやてだから『はー』って呼ばれてます! よろしくお願いします!」

 

王道のような、まるで模範のような自己紹介を披露して、すとんと座った。

しかしどこか浮かない顔で、キャラ弱かったかなぁ、なんて呟きを隣の凪は聞き、誰ともキャラ被ってないし気にすることは無いでしょう、と思った。

 

そして最後に残った詩緒も立って自己紹介を始める。

 

「水上詩緒、15歳の高校一年生です。こんな素敵なメンバーの中に僕なんかがいていいのかなって感じですけど、アイドル活動精一杯頑張っていきますので、よろしくお願いします!」

 

多少ネガティブな要素も交えつつ、特筆すべき点もなく普通に自己紹介を終える詩緒だが、特筆すべき点が無いのは彼の性別が女である場合に限る。

他のメンバーは、貴女も素敵です、程度の認識なのだろうが、詩緒の場合は根本的に含まれている意図が違う。

 

勘違いが起きているだろうなという神保の予想は正しく、それを訂正する意味も込めて補足する。

 

「ちなみに水上さんは美城プロダクションでは初の男性アイドルなので、お互いに気遣って行動していただけると幸いです」

 

さらりと言ったこの一言に空間がぴしりと固まった。

それを知っていた凪と颯は返事をして気にしている様子はなかったが、驚きを隠さずに顔に出すアイドルが5名。

詩緒は詩緒で、言ってなかったんですか!? と驚愕している。

 

 

「ちょっと待って、Pサマ今なんて?」

 

神保は想定していた範囲内であると考え、混乱を禁じ得ないりあむに対して臆することなく同じ文章を口にした。

 

「#エイプリルフール企画 デスか?」

 

あきらもまさかと疑い、へらりとした態度で聞いているが、その目は笑っていないようだった。あくまで真面目に聞いているらしい。ちなみに今は5月だ。

 

「嘘ではありません。水上さんは男性です。今回のプロジェクトに相応しいと考えて私が推薦しました」

 

実際にはオーディションに合格したことになっているが、それを決定したのもプロジェクトに参加させたのも神保であるため、あながち推薦は間違いではない。

 

「言ってたと思ってました……」

 

目に見えてシューンと落ち込んでしまう詩緒に、他の面々も驚いてしまったことに対しどこか申し訳なくなってくる。

ただ、向けられる視線の先はもちろん神保で、その説明責任を果たすべしと久川姉妹以外の全員が思っていたに違いない。

 

「すみません、他の方の情報を事前にお伝えすることは好ましくなくて、実際に集まっていただいたときに公表しようと思っていました。これは私の準備不足であったと痛感しております。申し訳ございません」

 

素直に謝られてしまえば、彼女たちに許す以外の選択肢は浮かんでこず、男子がいるのは仕方ないと割り切ることにしたのだが、やはり詩緒の容姿が女性のそれにしか見えないため、いまだに疑い続ける者も少なくなかった。

もしかしたらドッキリというやつではないだろうか。

 

「えーっと詩緒ちゃんだっけ? 男の子っていう証拠はあるのかなぁ?」

 

そんな状況を楽しみ始めるのは凪以外にももう一人、黒埼ちとせである。

すでに下の名前にちゃん付で呼んでおり、本人の距離感の詰め方が窺える。

隣の千夜はあまりちとせに男を近づけたくないのか、半信半疑ではあったが、焦ったようにお嬢様、と静止させようとしていた。

 

しかし証拠を見せてくれと言われて詩緒もありませんなどと言うことはなく、カバンから生徒手帳を取り出して、プロフィールのページを開いてちとせに見せる。

性別の欄を指差して男性であることを確認させ、顔写真とも見比べてもらった。

名前も一致しているし、確かに証拠と呼ぶには申し分ないにもかかわらず、ちとせはまだ納得いかないなー、とわざとらしく口にした。

生徒手帳も偽ってるかも、と僕である千夜ですらバカなと思うような言いがかりを付けられる。

詩緒はそう言われても、と途方に暮れてしまったが、ちとせはもっと簡単に確かめられる方法があると胸を張った。

 

「いったいどうやったら証明できるんですか?」

 

生徒手帳の改竄こそありえない話でしょう、と少し呆れ気味の詩緒であったが、その表情が一瞬で歪み、飛び上がらん勢いでビクッとする。

次いで、すぐにちとせとの距離を離すと、神保を盾にするようにして彼の背中の後ろへ隠れた。

 

「わーお、本当に男の子だった♪」

 

「お、お嬢様!」

 

一早く状況を整理した結果、慌てた様子でちとせを呼んだ千夜はすぐに詩緒を睨む。

しかし、詩緒は睨まれていることなど全く気にせず、顔を真っ赤にしてちとせに対する警戒心をマックスまで高めていた。さながら威嚇しているようだったが、か弱い小動物が一生懸命にするようなそれは可愛らしい印象しか生まない。

さすがに非があるのはちとせの方であると考えを改めた千夜はため息を吐くと、白けた視線を向けることでちとせを言外に非難した。

 

「ちとせお嬢様の無礼をお許しください」

 

「ごめんね♪」

 

深々とお辞儀をして謝る千夜に対して、悪びれもせずに舌を見せて可愛らしく手を合わせて言葉だけの謝罪をするちとせであった。ちなみに千夜は何にも悪くない。

主の失態は従者の失態、ということは基本的にはあり得ないが、自由奔放で食えない性格をしている主に限ってはその限りではないことを千夜は経験から学んでいる。

 

他のメンバーはようやく思考が追い付いてきたのか、徐々に顔を赤くさせており、平気そうなのは凪くらいだ。

そうした一悶着もあり、詩緒が男子である事実はさっさと認識されることになった。

余談だが、この出来事で詩緒からちとせに対して作り上げた溝はなかなかに深く、しばらくちとせは彼に近づけなかったらしい。

 

☆ ☆ ☆

 

自己紹介を終えて、今後のスケジュールを連絡し解散という流れになった。

詩緒は相変わらず神保プロデューサーを挟んで向かいにちとせが来るように立ち回っていた。

 

「ごめんってば」

 

まさか本当に男子か確かめようとしただけで、開幕からこんなに嫌われると思っていなかったちとせはいまだに詩緒に謝っていたが、初対面なのに思いっきり股間を触ってくるような女が信用できるはずもなく、つーんという効果音が聞こえそうなほどに無視を決め込んでいた。

 

「アイドルってこうやって不仲になるんごね」

 

「いや、これで不仲になるアイドルなんて前例が無いでしょ」

 

あかりとあきらが今後の活動と当事者の二人を心配し、りあむは一人で陽キャリア充怖すぎ、と顔を未だに赤くさせていた。

千夜は、ちとせをフォローするのをやめたらしく、行く末を見守っているだけである。冷静になって考えた結果、従者としても主の行動に呆れを抱かざるを得なかったようだ。

 

「Pサン。これってもしかして#男女混合アイドルグループ? 結構、話題になりそうなハッシュタグデスね」

 

あきらの質問に神保はさほど間を置かず首肯する。

 

「そういうことになりますね」

 

詩緒が男子であると認識し、自然と全員が性差を意識した。

 

ロビーまで降り、神保が全員を見送る。

 

「新たな試みのため、前途多難なことも多々あるでしょうが、皆さんが美城プロダクションを支えられるアイドルになれるよう、私もプロデュースしてまいりますので、よろしくお願いいたします」

 

そう言い残して神保は自分のオフィスに戻っていく。

取り残された一同は、初対面なこともあり、多少の気まずさが漂い始める。

帰るだけなので、誰かがさようならと言えば済む話であるのだが、言い出しっぺはなかなか出てこないもので、代わりに誰かが手を叩いて注目を集める。

 

「そ、そうだ! これから一緒に活動していく仲間になりますし、どっか行ってお話でもしませんか?」

 

そう言ったのはあかりで、メンバーの皆も仲良くなるには良い機会だと思い、会社に併設されているカフェへ行くことになった。

 

いい感じに四人掛けのテーブル席があり、隣同士の二卓を押さえてそれぞれ座る。

ちなみに詩緒は、ちとせから一番離れた席を選択した。

ちとせは距離感を縮めようと思っていたのだろう。露骨に距離を開けられていることにショックを受けて、千夜が慰めもせず隣に座る。

凪と颯はあえて別卓で、詩緒がいる卓には颯とあきら、そしてりあむが座る。

 

周囲を見渡せば、美城所属の芸能人もちらほらいるらしく、颯やりあむは興奮した様子だった。

 

席も押さえたところで、注文しようとレジへ向かう。あまりカフェに入ったことのない詩緒はどうやって注文すればいいのか慣れていなかったので、おしゃれに気を遣うあきらや颯に教わりつつ、一緒に注文することにした。

それなりに長いメニューを注文していくメンバーたちの中で、詩緒はそのメニューは果たしてどんな飲み物なのかと、変な期待と疑問符を頭に加えながら自分の注文をしようとメニューを見た。

 

「えーっと……」

 

美味しそうな名前のメニューに悩むが、メニュー名が言いづらく、時間が経つにつれて何故か恥ずかしくなっていく。

 

「……カフェオレください」

 

真顔で告げた。

 

「サイズはいかがいたしますか?」

 

笑顔で返される。

 

「……普通で」

 

RやGといったアルファベットで答えるのかわからなかったが、とりあえず母国語で答えると、レギュラーですね、と英単語で返答された。

謎の緊張からか軽く冷や汗を流した詩緒は愛想笑いもできないまま、レジ横の受け取り口へ移動する。

 

ドリンクを各自で受け取り席へと戻ると、詩緒は早々にため息を吐く。

彼だけではなく、りあむとあかりも同じように意気消沈しているようであった。

 

「なして、都会の注文ってこんな難しいんですか……」

 

「めっちゃイメトレしたのにコミュ障丸出しだった……」

 

あかり卓では共感できていない様子でそれを見る千夜と、くつくつと笑いをこらえるように肩を震わせるちとせ、凪は特にフォローするでもなくマイペースにストローでドリンクを飲んでいる。

 

「あかりちゃんってけっこう田舎の方なんだ?」

 

「そうですよ。実家がりんご農家でアイドルになったらうちのりんごをPRしようって思ってて……」

 

アイドルになった時の夢を語るあかりであるが、明確に目標があることに詩緒は少なからず羨ましいと思った。

 

「皆さんは何でアイドルになったんですか?」

 

羞恥も落ち着いてきたあかりが皆に尋ねる。

すると全員が考え込み、楽しそうだったから、とちとせが答えた。

 

「あの人にしつこく誘われて……根負け?」

 

「あの男、うさんくさいけど熱意はあるみたいでした」

 

辛口評価なのは千夜だ。

彼女はちとせに巻き込まれる形で参加することになったが、もちろん最初に彼女自身にも声をかけていた。

ちとせが千夜とやりたいと言ったことから渋々参加したらしい。

 

「アイドルってちやほやされるじゃん? オタクどもに貢いでもらって楽して暮らせないかなーって思って……みんなごみを見るような目を向けるのはやめてよぉ」

 

あんまりな理由に全員の視線がりあむに集まったが、あながちアイドルを始める理由として間違ってはいないなと詩緒は考える。不純ではあるが……。

 

「なんだろ、Pサンが可愛い衣装着れるって言ったからかな」

 

ファッションに興味のあるあきらはいろんな衣装を着てみたいという欲求から。

 

「なんかキラキラしてるじゃん? 私もやりたかったし!」

 

新しい世界に踏み込んでファンを魅了したいという思いから。

 

「たまにいる 双子アイドル おもろそう」

 

五七五の調で詠んだ凪はその面白いことへの探求心と好奇心から。

いろんな人の意見を聞いて詩緒は特に自分にも理由がないことに気が付いたが、みんなやってみたいからやるんだ、と何となく伝わってくる。

 

「僕はせっかく合格したし、家族と神保さんが背中を押してくれるからかな?」

 

こうして、理由は違えど同じ場所に向かう彼らのアイドル生活が幕を開けるのだった。

 




次話までお時間いただきます。
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