ボーイ・イン・ザ・シンデレラ   作:しらかわP

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33rd stage : “It will not be the same even if repeat the days.”

シンデレラガール総選挙を終えてからというもの、詩緒に対するイベントや番組出演のオファーが増えていた。

神保が取捨選択した後で本人に出演する番組を選ばせてオファーを引き受けるという、なんとも贅沢な仕事選びになっているのだが、彼のことなので基本的には全て受ける方針を取っている。

 

そんなやる気というよりもやらなければという義務感に満ちた詩緒に辟易してはいた神保だが、そこが彼の良さでもあるし、嫌々ではなく嬉々として引き受けているため特段心配するようなこともなかった。

 

他のメンバーについても同様で、現在は颯のスケジュールが群を抜いてギチギチに詰まっているのだが、彼女たちのモチベーションは高い。

自分の将来よりも他のメンバーについて案じるくらいの余裕をそれぞれが抱いており、ともすれば誰かが突然引退せざるを得ない状況になった途端、瓦解するような脆さも兼ね備えたグループであると窺えるが、一人一人が強いため現状でさっさとリタイアすることもないだろうと神保は考えていた。

 

この勢いを失いたくない彼としてはここらで一つアクションを起こしたいと考え、すでに計画を立てていたのだ。

全国を巡ってライブを行う、いわゆるツアーの開催。

 

自分が立ち上げた企画がさらなる飛躍を遂げて全国に広まっていくという先の明るい事を想像すると口元に笑みが浮かぶ。

いやいや、と首を振って妄想もそこそこにしておこうと自分を戒めるも、ツアーの成功を夢見てしまう。ポジティブなのは良いことだが、失敗した時の損害を考えると恐ろしいので、成功だけを視野に入れることにしていたのだった。

 

最近は同僚からも思慮深いようで割と無鉄砲であるという評価を受けている神保だが、プロジェクトのおかげで結果は大きなものを残しており、会社からの評価は上がっていた。

 

先日ツアーの企画は通り、各方面への連絡も済ませてある。

ツアーの開催は決定したので、あとはメンバーへの連絡をしなければ、とメールで文章を作り一斉送信するのだった。

 

☆ ☆ ☆

 

神保から『ツアーに関するお知らせ』という件名の連絡が詩緒のもとに届いた。

受信したメールを開き、小声で内容を音読していく。

 

「お疲れ様です。この度、全国ツアーを開催することになりました……」

 

アイドル業界にいる割には業界自体への関心がそこまで高くない詩緒は、ツアーという言葉に聞き馴染みがないようで、頭の中で疑問符を浮かべながらも、以前家族で参加した一泊二日のバスツアーを思い出していた。

 

箱根で温泉に入った際、周囲から奇異の視線に晒されたのを覚えている。

中性的というよりも美少女然とした顔立ちに加えて線の細い華奢な身体だったので、しかたないこととは自覚していたが、主に胸と局部を凝視されることで納得されるのは如何なものかと、少しだけ不満に思った。

 

そんな思い出に耽りつつ読み進めていくと、どうやら出先でライブをやるという旨の内容が記載されていて、少し首をひねる。

 

「旅行先でライブ?」

 

いわゆる慰安旅行というやつだろうと思って開いたメールだったが、その内容を見た限りむしろ勤労なのではないか、と正しい結論を導き出している詩緒。

しかしながら初めてのツアーということで、勝手をあまり理解していない彼は会社の旅行となればそういった余興なども必要なのだろうと決めつける。

 

また読み進めていくと、東北へ行ったり、九州へ行ったりするかと思えば、結局は関東圏に戻ってきたりと随分といろんな場所へ赴くのかと驚き、そのうえ長い期間実家を離れる必要があるのかと勘違いしていた。

 

お休みが長すぎると感じた詩緒は、文章に顰め面をして『その間のお仕事はどうするのでしょうか?』と打ち込み、全返信でメンバーにも送信していた。

 

詩緒の質問に対して、神保からすぐにSNSでメッセージが返ってくる。

どうやら仕事で必要な体裁ということで文書として送信しただけであって、質疑応答などは簡易なツールでのやり取りで構わないようだった。

その点を詩緒は特に気にすることなく、メンバーとプロデューサーが入っているグループに送られたメッセージを確認した。

 

『スケジュールは調整しますので、通常通りアイドル活動は行っていただきます』と書いてあり、丁寧な文面は珍しいなと感じつつ、その後も質問を投げかける。

 

旅行だと思っている詩緒と仕事の企画として情報伝達している神保とのやり取りは、噛み合っていないように見えるものの、会話が成立しているという奇跡的な展開を見せていた。

途中で既読が増えていき、すれ違っていることにいち早く気が付いたりあむが、疑問に思う人の絵文字を送信して流れを切った。

 

その十数秒後に『アイドルのツアーは全国各地でライブをやることだよ』とにっこりした絵文字と共にりあむがグループに記載した。

 

一方で、職場にてやり取りを確認していた神保は、さすがに詩緒もそれは知っているだろうと高を括っていたのだが、『りあむさん! ありがとうございます! 知りませんでした!』

と送信しており、頭を抱えざるを得なかった。

 

☆ ☆ ☆

 

ツアー開始に伴って、合宿を行うことになったプロジェクトミーティアの一行は去年と同じ旅館に泊まることになった。

ちなみに颯と凪はブッキングのため初日は来られず、二日目からの合流となっている。

 

車の運転は相変わらず神保の役目であった。

プロジェクトのおかげで忙しい毎日を過ごしているのだから、たまにはそういった雑務をマネージャーに任せてはどうだろうかとあきらは思ったが、まあどっちでもいいか、と我関せずの方針に切り替えた。

 

彼は詩緒と一度喧嘩してから、神保自身の相談事などでもマメに連絡してくれるようになったので、自分で行動するということはそうするだけの余裕や理由があるということなのだろうと、あきらは予想しただけであり、彼女が非情な人格の持ち主というわけではない。

 

「合宿だー!」

 

「合宿ですね!」

 

とにかく騒がしいのはりあむと詩緒の二人であり、合宿の前日まで仕事をこなしていたのによくこんなに元気でいられるなと、あきらは感心していた。

 

あきらは最近ではストリーマーとしての活動も再開しており、昨日も二十三時まで配信していたのだが、まさかりあむから着信があり、明日は合宿だからおしまい、と咎められて渋々配信終了していた。

自分の配信を見ていると思っていなかったあきらとしては不意の着信に度肝を抜かれた気分だった。

てか一番遅刻癖あるのりあむサンじゃん、という言葉をその時飲み込んだ自分をとても褒めたい。

だが、あきらは後部座席に座るりあむをチラリと見て、ウタチャンと久しぶりに会えて嬉しそうだし、まあどっちでもいいか、と許容する方針に切り替えた。

 

それにあのまま配信していたら、最悪朝方になっていた可能性もあるし、そうなると神保に配信を禁止されたり、詩緒やあかりに余計な心配を掛けたりするから、結果的にはりあむのモーニングコールならぬナイトコールはファインプレーだった。

 

「ウタチャンとりあむサン、はしゃぎ過ぎたら合宿で倒れるんじゃないデスか?」

 

ちょっとした仕返しに意地悪をしてやろうという意思を持って発言したあきらは口元をニヤリとさせていたが、マスク越しのそれは見ている人からは分からない。

 

「いやー、あきらちゃんさ、練習なんて余裕だよ。この一年と半年の間、このりあむちゃんがどれだけ体力を付けたか分かってないようだねぇ。よーするに、りあむちゃんを超えたりあむちゃんって訳」

 

ふふん、と鼻を鳴らして得意げなりあむにわずかな苛立ちを覚えたあきらだったが、そーデスかと適当に流す。

 

「あきらちゃんはあんまり楽しみじゃなかった……?」

 

詩緒にそう言われるとあきらもさすがにバツが悪い。

何故この人は一個上の男の人にも関わらずこんなに可愛くて庇護欲をそそるのか、どれほど考えたかわからない疑問を再び反芻するが、やはり答えは出ない。

 

「……めっちゃ楽しみ」

 

あきらはりあむの隣に座る詩緒にピースしながらそう言うと、詩緒は心底嬉しそうな表情を見せる。

対照的にりあむがニヤニヤとした腹の立つ笑みを浮かべていた。

 

「あきらちゃん、素直じゃないな~♪」

 

隣に詩緒がいるため上機嫌なりあむ。

あきらは部屋割りで必ず詩緒とりあむを引き離すことを誓った。

 

☆ ☆ ☆

 

目的地に到着したメンバーたちは荷物を降ろすと、旅館へと続く石造りの階段を上っていった。

真夏の陽の光が彼らを照らして、ヒリヒリと肌を焼く。

日焼け止めで対策をしていなかったら露出している部分はきっと赤く焼けていたに違いない。

 

石段を上まで上り、旅館がその姿を見せる。

当たり前ではあるが一年前に訪ねた頃と旅館の外見は変わっていない。

ただ、どことなく懐かしい雰囲気があり、思わずそう呟いた。

 

「ね。一年しか経ってないけどなんか懐かしいですよね」

 

後を追ってきていたあかりが彼の隣に立って頷いた。

麦わら帽子がよく似合っており、赤いワンピースとの取り合わせも彼女のイメージカラーと相まってよく映える。

 

「また写真撮ろう!」

 

どれだけ楽しみにしていたのか、詩緒は車内でも自分の持つスマホで写真を撮りまくっていたのを思い出したあかりは菩薩のような笑みを浮かべた。

 

「あは♪ いっぱい撮ろうね!」

 

あかりが応えると詩緒はスマホの内側のカメラを使い、その画面にあかりと二人で映る。

旅館をバックにしてパシャリと自撮りすると、二人でその写真の出来映えを確かめた。

 

「荷物置いたら後で海に行くんご♪」

 

あかりもテンションが高まってきたようだ。

海を去年の合宿で気に入ったらしく、早く遊びに行きたい様子である。

 

合宿での楽しい出来事を想像していた二人だが、上ってきた他のメンバーの後に続いてカメラや音響が続いてきたことに、詩緒とあかりはややギョッとした。

事前に神保から合宿の様子を取材されることは聞かされていたが、初日からとは全く想像していなかったのだ。

 

だから同じ車両が後方から続いていたように見えたのか、とあまり気にしていなかったことを改めて考えて納得する。

 

せっかくの楽しい合宿をインタビューなどで遮られてしまったら、と詩緒やあかりにしては随分消極的なイメージをしてしまい、映像に収められる前に旅館へと早々に逃げるつもりのようだ。

 

ちとせの荷物を持って階段を上がった神保の足取りは遅く、取材版のスタッフたちと、しっかり足並みを揃えて向かってきているので、高校生二人は神保を待たずにさっさとチェックインして部屋に身を隠し、合宿の初日くらいは仕事モードにスイッチを入れることなく遊びたいという魂胆のもと、慌てて荷物を引いて旅館へと入った。

 

目の前の受付には旅館の女将が控えており、二人は明るい声で挨拶をした。

詩緒とあかりの笑顔はまるで見る者の心を解かすような屈託のないものであり、女将も手厚く出迎えた。

 

二人は玄関でスリッパに履き替えて、プロデューサーの名前を出し、部屋の鍵を受け取る。

去年もお世話になったことや受付の隣にプロジェクトミーティアのポスターが貼られていることなどをネタに多少会話してから、受け取った鍵の番号の部屋へ移動する。

 

良い人だよね、と詩緒とあかりで話しながら廊下を進み、すぐに部屋へと入っていった。

ともすれば勝手にチェックインしないようにと神保に怒られる懸念はあったが、何だかんだと言っても許してくれるので、悪いと思いながらも彼の優しさに甘えることにした。

 

「あは♪ 逃げてきちゃったね」

 

「ね。合宿の初日から取材はイヤだからしかたないことなんだ」

 

「ねー」

 

部屋で荷物を置いた二人はクスクスと笑う。

さも子供の思い付いた悪巧みを、実行に移した時のような可笑しさを感じていた。

 

部屋の広さは八畳の和室と四畳の洋室に仕切られており、その二室の間に襖がある。

また洋室側に腰掛けの椅子が置いてあり、それに座って窓から外の景色を楽しむことができる。

 

しかしながら、詩緒とあかりには外の景色をゆっくり眺めるなんていう趣向はなく、さっき部屋に入ったにもかかわらず、すぐさま海へ行く支度を始める。

 

「あかりちゃん、水着に着替える?」

 

「うん、もう着替えておこっかな」

 

「じゃあ僕、そっちで着替えるからいったん襖閉じるね」

 

「ありがとー♪」

 

海水浴場にも更衣室はあるのだが、向こうに着いてから着替えるのが面倒らしい。

旅館にいるうちに下着の代わりに水着を着てしまおうという、まるで小学生の発想である。

 

ふんふん♪ と鼻歌交じりにあかりが着替えている隣の部屋で、詩緒も水着に着替えていたところ不意に、きゃあああああ! とあかりの甲高い悲鳴が詩緒の耳に届いた。

 

「あかりちゃん!? どうしたの!?」

 

ビクッと肩を震わせてから、詩緒が襖越しに尋ねると、どうやら神保が入ってきたとのことだったらしい。

ちょうど下着を脱いでいたあかりは部屋に誰かが入ってくるのを認識して咄嗟に叫んでしまったようだ。

目撃した当の神保は慌てて謝り、部屋から出ていった。

 

「あー、プロデューサーさん、あんまりノックとかしなくなったよね」

 

「なしてや!? ノックは普通するものだよ! まあ、プロデューサーさんならまだ良かったぁ。他の男性入ってきたらお嫁にいけないんご……」

 

あかりは驚いたものの、まだ信頼できる男性で良かったと安堵した。

余談だが、神保は詩緒の着替えに遭遇した時もすぐにその部屋から退出するような男性である。

 

☆ ☆ ☆

 

詩緒とあかりは神保たちにラインで『海に行きます!』とメッセージを残して取材班に見つからないようにこっそりと旅館を抜け出した。

 

歩いて数分で堤防へと到着し、そこから浜辺を見下ろすと海のシーズンなだけあって、それなりにレジャー客が来ており、多少の賑わいを見せていた。

 

適当なスペースにシートを敷いて、二人とも服を脱いだ。

服の下には水着を着用しているため、彼らは羞恥を感じることはなく、周囲の男性の目は美少女が服を脱ぐという行為に釘付けになっていることにも気付いていなかった。

 

詩緒のトップは先日メンバーと買いに行ったタンクトップとキャミソール二枚着のタンキニ水着で、アンダーはボトムだった。

メンバーに選んでもらった水着ではあるが、なぜかメンズのコーナーからは全く選ぼうとしていなかったのを覚えている。

どうせメンズは似合わないし、メンバーに任せてしまった方が間違いないことも理解していたので何も言わなかったが、実際あまり気にしていないようだ。

幼いころから女性と間違われることがあったため、そういった扱いには慣れているのだが、アイドル活動を通してさらに適応することに成功していた。

 

あかりは去年と同じく赤を基調とした色合いのワンピース水着だ。

山形にある実家が林檎農家であることについて、あかりを知る人からよく認知されているため、今では赤が彼女のイメージカラーになっており、去年と比べても良く映える印象を抱く。

 

詩緒は肌の露出が少ないため、肌が見えている四肢と首などにクリーム塗る。

 

「ウタちゃん、背中のとこ塗ってもらっていい?」

 

あかりの水着はワンピース型だが、背中が開けており、塗りが甘い箇所は他の人の手を借りる必要があった。

詩緒は、二つ返事で引き受けてクリームを左手に垂らし、両手で広げてあかりの背中に塗り込んでいく。

 

「はい、おしまい」

 

「あは♪ ありがとう」

 

詩緒が塗り終えたことを伝え、あかりはお礼を言う。

それから二人は波打ち際まで走り、海の煌めきをその目に焼き付け、そして潮の匂いを肺にいっぱい吸い込んだ。

近くの迫る波へと視線を移すと、ちょうど足首を水に飲み込まれる。

 

夏場に冷やりと触れる海水にぞわっとした感覚を覚えるが、高い気温と相まってすぐに気持ち良さに変わる。

あかりと顔を見合わせて、少し笑い合った後、波打ち際を散歩し始める。

 

「ツアーって初めてだから楽しみだねぇ。あかりちゃんは楽しみにしてる場所ある?」

 

「うーん、どこだろう?」

 

頬に手を当てて考える仕草が可愛らしい。

地元の方がいいかも、と言いながらはにかむあかり。地元愛を伝えるのが少し照れ臭いようだ。

 

そんな波打ち際を歩く二人は傍から見ればとても絵になり、アイドルと知らない人から見ても目を引いていた。

海水浴場という空間の中では明らかに浮いており、周囲から向けられる視線に対しても二人は特段気にしている様子もない。

中には彼らをアイドルと知らない男性もいて、声を掛けようとしているようだったが、それよりも早く詩緒にちょっかいをかける女性がいた。

 

がしりと両肩を叩かれた詩緒は、わっ! と驚きの声を上げてビクッと震えた。

隣のあかりも連鎖するように吃驚して悲鳴を上げそうになったが、既の所でちょっかいをかけてきた相手がちとせだと認識し、発声に至ることはなかった。

 

ちとせだけではなく、あきらやりあむ、千夜も集まってきたため詩緒たちにお近づきになろうとしていた男性は諦めて、遠巻きに眺めるだけに落ち着いた。

 

「ウタちゃ~ん、何勝手に逃げてるの?」

 

ちとせの嫌な笑みを久しぶりに見たな、と珍しく感じる詩緒はその後に起きる出来事を予想して目を泳がせる。

 

「あかりチャンもデスよ」

 

あかりは気の毒そうに詩緒を見つめており、自分はさも関係ありませんよと言った風に振る舞っていたが、水着姿のあきらが黒ベースに柄の付いたおしゃれマスクを下にずらすと指摘した。

なして? と普段よりも大分落ち着いたテンションであかりが問うた。

そんなテンションでそのセリフ使えるのか、とあきらは驚愕とも呆れとも取れない表情を見せたが、方言が出る時のあかりが内心穏やかでいないことを知っているので、気を取り直して彼女に詰め寄った。

 

この後、詩緒とあかりは他の四人に代わってインタビューに長く付き合う羽目になるのだった。




最終回にしようと思ったのにまた合宿始まっちゃいました。芸がなくて申し訳ありません。
合宿とツアーでおしまいなので、あと二話くらいになるかと思います。
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