ボーイ・イン・ザ・シンデレラ   作:しらかわP

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35th stage : “He is in a beautiful world.”

合宿から二週間ほど間を空けたツアー初日は夏の暑さという洗礼を受けて始まった。

野外のライブステージに集まった人々はしっかりと暑さ対策を行っている様子ではあるが、油断はできない。

野外で行われるライブにしては珍しい夕方からのスタートで、真っ昼間より気温は下がっているとはいえ最高気温が三十五度を超えたと考えると夕方になったところで焼け石に水と言っていいほどに体感気温は下がらない。

 

メンバーは昨日のリハーサル、本日午前に行った最終調整でパフォーマンスを磨いてきているものの、体力的に全快という状態ではない。

本番が始まってからフルメンバーでステージを彩っており、MCを除けば休憩なしというセットリストで、最初のMCまでのわずか二十分くらいでも、まだ落ちそうにない陽の光がうっすらと浮かぶ陽炎と共に彼らの体力をじりじりと削る。

 

「いやー、あっついですね! 皆もしっかり水分補給しないとダメですよ!」

 

詩緒が注意を促しつつスタッフから水筒を受け取って、冷えたスポーツドリンクを飲む。

こんなに暑いとは思わなかったと内心で弱音を吐くが、ライブ中に弱気な表情を見せるわけにはいかないと思い笑顔を保つ。

 

すでに衣装は汗で濡れて蒸れ、髪もぺたりと肌に張り付き、普段ならば気持ち悪さと苛立ちを覚えているだろうが、それ以上にライブへ向ける気持ちが大きく、気にならないほど集中していた。

 

ステージの上に汗の滴がポタリと落ちる。

詩緒はチラリと周りのメンバーを確認して、その顔色――特にちとせの――を窺った。

まだまだ始まったばかりであるため、皆の士気は高く疲労も感じさせない表情だが、詩緒と同様に肌に髪が張り付いている。

 

予定ではアンコール込みで二時間半の長丁場になるため、ペース配分も上手くしなければいけないと神保は教えたが、一つ一つのパフォーマンスを全力で行うことをモットーにしているメンバーたちにペース配分というものは存在しない。

 

当然MCにも本気で取り組むため、決してMCが休憩時間になるというわけでもない。

しかもMCについても何か企画があるわけではなく、行き当たりばったりのトークタイムのような雰囲気に近い。

ツアーライブの一発目、会話の取っ掛かりを作ったのは詩緒だった。

 

「それにしても、ミーティアで揃ってライブっていうのも久しぶりですね。本当にはーちゃんはいつぶりぐらい?」

 

「えーっと、はーがウタちゃんたちと一緒にステージに立ったのはIUぶりくらい? なーとはセットだったりしたけど」

 

その後も会話が途切れることなく、誰かが話せば他の誰かに繋いでいき、このままずっと続くのではないかというくらいには話題が尽きない。

あかりが合宿での話をし始めたくらいでカンペが出たため、次の曲を披露する。

 

ステージのボルテージはどんどん高まっていく。

八人全員で踊る楽曲もあれば、ユニットでのパフォーマンスや、ソロの歌唱もあり、バラエティに富んだ、まさにプロジェクトの集大成のようなライブでもあった。

楽曲ごとに歌唱の無いメンバーが壇上から捌けることはなく、バックダンサーやコーラスも彼女たち自身で行っているため、箱推しではないファンにとってもさらに見応えのあるステージとなっている。

 

時間は進み、会場の熱気は止まることを知らず、さらに盛り上がる。

後半になってもメンバーが全員、疲れることを忘れてしまったかのように笑顔とダンス、息も切らさない歌唱を披露し続けた。

いわゆるハイの状態を維持していたが、その状態は無敵状態というわけではなく感覚が麻痺してしまっている危険な状態であることを感知できないでいたのだ。

 

☆ ☆ ☆

 

アンコールを受けてあと二曲、限界を迎えそうになっていたちとせをカバーするように詩緒と千夜が彼女の分まで動き、歌う。

 

このような状態になっているのには、ステージから一度捌けた時にハイの状態が解けて疲労がどっと押し寄せてきたから、という理由がある。

アンコール後の一曲目から明らかに動きのキレが悪くなっており、表情もやや固くなってきていたのをいち早く確認したのは詩緒と千夜だ。

 

お互いに目配せをして、他のメンバーにも分かるようにリハーサルとは違う動きをすれば、察せない他のメンバーではない。

 

ちとせのファンには悪いが、彼女にスタミナを使わせないようにするため、隠すように動いて目立たせなくする。

さらにちとせがモニターに映らないようにカメラとの間に割って入る。

 

詩緒は残りの半分と一曲の使い道をちとせのカバーに徹底することに決めた。

彼女の近くに移動し、様子を見て、もう限界だと判断した場合は最悪ライブを止めてでも即座に裏に引っ張っていくつもりだった。

 

時折虚ろな眼差しをファンへと向けているちとせを内心ではハラハラとしながら見つめていると、彼女と目が合う。

詩緒はずっと気に掛けていたので、ようやく目が合った、とやや不安を駆り立てることにはなったが、ちとせも詩緒の思慮していることを察して、邪魔をするなとでも言いたげな表情を向ける。

鬼気迫るようなちとせを拝めるのはレアなことだが、ファンに見せられるものではない。

 

それからのちとせの立て直しと言ったら凄まじいものだった。

普段は優雅や可憐という言葉がお似合いな彼女から最も離れた、気合や根性というワードがそのパフォーマンスから汲み取れるくらいには、余裕がなく、かつ力強い。

 

ラストまで上がっていくちとせに、周囲のメンバーが引っ張られる。

やっぱりリーダーはこうでなくちゃ! と颯が昂りを見せると、凪を通してその熱い想いが波及していく。

 

すでに彼らは考えながらパフォーマンスをしていない。

気が付けば、拍手と喝采、そしてエンディングのBGMが流れていた。

 

詩緒は我に返ると、慌ててちとせの元へ駆け寄る。

膝から崩れ落ちそうになるちとせを左側から支えた。反対側では千夜が肩を貸している。

 

ほんの一瞬だけ気を失っていたようだが、すぐに気が付きファンに向けて一言放つ。

 

「ありがとー♪」

 

☆ ☆ ☆

 

ステージ裏へと戻る中、ちとせのことが心配でしかたがない詩緒と千夜は付きっきりで支え、少ない段数の階段を慎重に下りる。

今は自分の足で立っていられるようだが、既にふらふらとした不安定な状態で、年末の時みたいに落っこちてしまうことを想定すると普段より余計に力が入る。

 

階段の下で神保が待っており、階段を下りるとすぐに支える役を交代した。

 

「千夜ちゃん、ウタちゃん、ありがと。大好き♪」

 

離れるちとせが二人に笑顔を向けてお礼を述べる。

直接的な好意を受け取って照れ臭そうにはにかむ千夜と、笑顔を返しながら、僕もですよと恥ずかしげもなく返す詩緒。

 

ちとせが徐々に目を閉じていくのを見て、神保がひょいと抱えて彼女を運んでいった。

 

ちとせは疲労によって眠りに就いただけだが、詩緒は大丈夫だろうかと未だに彼女の心配をしながらも、先程の笑顔と台詞を思い出して今更ながらに顔を熱くする。

顔が火照っていくのと同時に、こめかみに近い部分が強く鼓動する感覚を覚える。大量に発汗して、チカチカと光が飛ぶような視界で一瞬前が見えなくなり前方にバランスを崩したが、踏ん張ることができた。踏ん張った刺激で足の筋肉が痙攣して、鳴り止まない歓声と疲労感が相まってどことなく心地よさを感じる。

 

不意に千夜が慌てた様子で詩緒の名前を呼んだ。

 

「詩緒くん! 血、大丈夫ですか!?」

 

流れていた汗に混じって気が付かなかったが、短いリズムで鼻先から血がぽたぽたと滴っており、ステージ衣装を赤く汚していた。千夜はその状況に目を見開かんばかりに驚いている。

自分から出ている血だと気が付いた詩緒も夢見心地からぱっちりと覚醒して、慌てながら両手で鼻を抑える。

 

「ウタちゃん、大丈夫!?」

 

「どうしたの!?」

 

異常に気が付いた周囲のメンバーやスタッフも駆け寄る中、凪がポケットティッシュを持ってきて詩緒に何枚か渡した。

血液や汗を吸ってじんわりと湿って赤く染まる。

 

「ご、ごめんなさい! なーちゃんありがとう。僕、大丈夫です!」

 

とにかく心配されている状況を何とかしなければと思い、口頭で問題ないことを報せた。

人の心配をしている場合じゃなかったと改める。

 

「お安い御用です。鼻栓も作っておきましょう。凪の手作りですよ」

 

そう言って凪はティッシュを綺麗に巻き始めた。

その後はスタッフに先導されるままに椅子へと座らせられ、首元を冷やされたり、スポーツドリンクを飲まされたり、おそらく熱中症だと思われたようで甲斐甲斐しく世話を焼かれた。

 

「衣装汚しちゃって、すみません……」

 

衣装に付着した血液や最後にいろいろと迷惑をかけてしまった申し訳なさで、せっかく高揚していた気分も落ち込んだ。

 

「全然気にしなくていいからね。むしろ付加価値ついてるっしょ、間違いなく。ぼくだったら家に飾るまであるし、ファン垂涎の一品だね。こんなに頑張ったウタちゃん想像したらおもむろにキュンでしょ。メルカリで売ろう」

 

団扇で扇いでくれているりあむから何故か気にしなくていいという免罪符を渡されて詩緒は疑問符を浮かべた。その後も何を言っているか分からなかったが、とりあえずお礼を言っておいた。

 

「#りあむサンきっしょ! 惚れ惚れするくらいきしょいデスよ。ちゃんときしょい」

 

一連のやり取りを聞いていたあきらは自身の語彙を失い、ドン引きしながらりあむを貶す。

ガラスメンタルのりあむには効果があるようで、しばらく悲しい目をしていたが、あきらちゃんに罵倒されるのも……、とぶつぶつ呟いて復活するのを見ると、自称するほどメンタルが弱いわけではないのかもしれない。

 

「あきらちゃん、ちょっと言い過ぎじゃない!? りあむさんも、なして最後しっかり稼ごうとしてるんですか……」

 

こうして、てんやわんやだったツアーの初日が終わった。

 

☆ ☆ ☆

 

初日から波乱を生んだおかげなのか、ツアー二日目以降は天候にも恵まれ、気温も初日ほど高くならず、室内での上演ということもあり、大きな事故などなく最終日の最後の曲までたどり着けていた。

 

千秋楽とも呼ばれるツアー最終日での特別感と言えば、演目が大きく変わるわけではないが他のアイドルが応援に駆けつけてくれて、今までのプロジェクトミーティアの集大成とも言える舞台にすることができた。

 

詩緒の目に映る景色は見慣れたものであるが、一年以上前の駆け出しの頃からは想像もつかないような景色だと改めて実感する。

 

ここにいる仲間と、活動の中で出会ったさまざまなアイドルやスタッフ、自分を成長させてくれるファンに感謝を込めて、歌と踊りを披露する。

終幕しても、大きな歓声に心の震えが止まらなくなった。

 

メンバーはバックヤードへ戻り、お客さんも会場から去っていったのが二十一時を回った頃。

都内とはいえ時間が遅くなることを見越してホテルを予約していたのは、未成年が深夜に出歩けないからである。

 

「ツアーお疲れ様でした♪」

 

今日は終幕した後も体力がまだまだ残っている様子のちとせが音頭を取って軽く打ち上げをする。

詩緒たちメンバーは飲み物片手に関係者に挨拶回りをしてすぐに帰るように神保から指示を受けていたので、それに従って行動した。

各スポンサーのお偉いさんに挨拶した後、参加してくれたスタッフさんと舞台を一緒に盛り上げてくれたアイドルたちにもお礼をした。

 

「ウタさん! とても良かったです!」

 

目をキラキラに輝かせていたのは一緒に同じイベントの舞台に立ったことのある橘ありすだ。

彼女は最初に出会って彼のライブを間近で観たその日から詩緒の事を尊敬しているらしく、今日の参加も快く引き受けてくれた。

 

「本当にありすはウタが好きよね」

 

参加してくれた可愛らしいアイドル達はありすだけではなく、的場梨沙や櫻井桃華も引き受けてくれていた。

 

「梨沙さんもこの前の舞台は食い入るように詩緒さんを見ていたじゃないですか」

 

桃華が詩緒の前で暴露する。

梨沙は桃華を睨んで、本人の前で言うなと怒るが、桃華は涼しい顔で聞き流し、紙コップに入った紅茶を一口啜った。

 

「ウタちゃん人気だねぇ。子供にもこんな懐かれるなんて、もう非の打ちどころ無いじゃん」

 

颯が揶揄うように詩緒を肘で小突く。

颯自身も同世代くらいの子から人気で憧れの存在になっていることについては詩緒ももちろん知っていたが、調子に乗りそうだったので言わないでおいた。

 

「はいはーい、お姉ちゃんたち急いでるから会見終了~!」

 

身長が小学生とあんまり変わらないりあむが両手を広げて詩緒との間に割って入った。

ありすとりあむはどうやら犬猿の仲らしい。

実に大人げないな、と千夜は呆れていたが悪ノリしてりあむに加勢する凪とあきらを見てわずかに微笑んだ。

 

☆ ☆ ☆

 

挨拶回りを終わらせて、メンバーたちは外へ出る。

辺りは暗かったが、街灯の明かりが神保と彼が呼んだであろうタクシーを照らしていて、すぐにそちらへ向かった。

 

「お疲れ様です」

 

彼の顔は陰になっていて表情を読み取れない。

きっと成功したと考えてくれていると詩緒が思う根拠は自分自身が納得のいくステージに出来たからだった。

 

それぞれがタクシーに乗ってホテルへと向かった。

神保は詩緒と乗って、それに続く。

 

数分で到着したものだから歩けば早かったんじゃないかと詩緒は言ったが、神保はファンが会場の前で待っているかもしれないという理由を教えた。

 

ホテルの目の前に降りた二人だったが、神保は入り口に向かわない。

どこに行くんだろう? と少し焦る詩緒だったが、神保の方から声が掛かった

 

「ちょっと、歩かないか?」

 

出待ちの話をしていた割には危機感が薄いんじゃないかと考えたが、それを言うのは何となく野暮に感じた。

 

「いいですよ」

 

少し考えてから返事をして、駆け足で神保の隣に並び歩く。

 

「今日は素晴らしい景色を見せてもらったよ」

 

普段は何も言わない人から不意に褒められたので、詩緒は少し動揺した。

 

「プロデューサーさんがライブの感想言うの珍しいですね」

 

神保が本音を言っているのであればこちらも腹を割って話そう、と詩緒は取り繕わずに思ったことを言った。

 

「そうかな? いや、そうか……」

 

神保がそう話してからしばらく沈黙が流れる。

詩緒は、少し歩こうかと神保が言ったのにも理由があると思っており、何か話したいことがあるはずなのに何も言ってこないことに違和感を覚える。

 

スーツ姿の大人と美少年が暗がりの中で当てもなく歩くという、ともすれば職務質問でもされそうな状況を大通りのネオンが照らしている。

 

ふと神保の横顔を覗いてみれば、顔を歪めて涙を流しており、詩緒は思わず声を発して驚いた。

何故泣いているのかという心配と疑問、他人から見られる羞恥を感じたが、すぐにどこか落ち着ける場所に行くことを提案した。

 

詩緒はスマホでマップを検索し、大通りから少し外れた公園へと神保を連れていく。

数分歩いて到着する。周囲を見回せば騒がしいグループや清純そうなカップルがちらほらといたが、詩緒は構わずに神保とベンチへ腰掛けた。

 

座ってから少し経ち、神保が口を開いた。

 

「今日、ツアーを終えて、俺が見たかったものが見られたよ。自分が美城に入った時から、何となくだけど、会場全てが隔たりなく一体になれるような、そんな景色が見たかったんだ。プロデューサーという業務に就いて、右も左もあんまり分からなかったけど、初めて君と会って男性だと分かった時に、君とならそんな景色が創れそうだって感じた」

 

そこまで言うと、神保はスマホを取り出して詩緒に写真を見せた。

今日のステージの様子が写されていて、詩緒自身の表情もはっきりと見える。自分でも楽しそうだと思えるほどの輝いた表情に、本当に自分なのかとさえ思う。

 

「……プロデューサーさん、辞めるんですか?」

 

見たい景色を見られたなんて言われると、もしかして辞めるのではないかと神保の今後についても思案してしまう。

 

「ごめんごめん。辞めるつもりはない。辞める時はプロジェクト解散の時になるかな。プロデュースしておいて後は宙ぶらりんって訳にもいかないしな」

 

「そうですか」

 

詩緒はその言葉よりも、彼の嬉しそうな表情に安堵した。

 

「それに、俺も凄い忙しくなった。君のおかげだよ。ありがとう」

 

隣に座る神保がそっと右の拳を突き出す。

 

詩緒は今までファンのためにやってきたことが、ひいては自分のためになるのだと思っていたが、こんなに近くにいる人にも響いているのだと胸が熱くなるような思いを感じた。

 

「僕が忙しいのはプロデューサーさんのせいですけどね」

 

詩緒は悪戯な笑みを浮かべて左の拳を神保の拳にぶつけるのだった。

 




Epilogueに続きます。
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