ボーイ・イン・ザ・シンデレラ   作:しらかわP

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早速、番外編です。


番外編
1st extra stage : “Is this fiction or non-fiction ?”


【推しのドラマと複雑な感情】

 

学校の教室で詩緒は他事務所所属の男性アイドル『天ヶ瀬冬馬』と近い距離で見つめ合っていた。

冬馬は詩緒を教室の壁に追い詰め、両手を突いて逃げられないようにしている状況だった。

 

「好きだ『カナタ』、俺のものになれよ」

 

カナタというのは詩緒が演じる男子高校生の役名で、今撮影しているドラマの主役でもある。

簡単にあらすじを説明すると、男子校に進学したよく女子と勘違いされる美少年のカナタを主人公として、彼を中心に展開するBL学園ラブコメである。

原作は漫画で、ドラマ化などあり得ないと思われていたが、詩緒の存在を知った監督が抜擢して現在に至る。演技力が無ければしっかりと育成しようと思っていたほど本気の人選だったらしいが、詩緒の元々の演技力が高かったため、その話は結局無くなった。

 

テレビの画面に映された状況に戻ると、見下すような身長差がある二人、冬馬が詩緒を見下して歯の浮くようなセリフを吐いているところで、詩緒は恥ずかしそうに顔を赤らめている。

 

「でも、僕男だよ……?」

 

チラリと目を合わせてから逸らす詩緒の仕草が愛らしく、テレビの画面を見ているちとせは胸を一瞬だけキュンとさせたが、その直後には思わず歯を食いしばる。

 

冬馬が詩緒の顎をクイと持ち上げると、思わず発狂してしまいそうなほどの怒りが込み上げてきて、これもうキスするじゃん、という確実に起こる展開が頭を巡っていた。

 

しかし、そんな怒りをぶつけようとも、収録済み、絶賛放映中のドラマの展開が覆るはずもない。ただ、それを分かっていても画面の中の冬馬を睨みつけることを止められないのであった。

 

二人の顔が徐々に近づいて、内心でちとせは頼むからやめて、と再三祈っていたが、祈り虚しく詩緒と冬馬がキスしているシーンを目撃してしまった。

 

ウタちゃんのキス待ちの顔が可愛すぎる、ということ以外は負の感情に支配されたちとせ。

彼女はその瞬間を境に天ヶ瀬冬馬のアンチになるのだった。

 

「お嬢様、涙を流すくらいなら見なければよいのでは?」

 

千夜が呆れてはいるもののどこか気の毒そうに尋ねた。

 

「だって、ウタちゃんの初主演のドラマだもん……」

 

目を赤くして好きな異性が、どこの馬の骨とも知れない男とキスしているなんて非常に腹立たしいのだが、せっかくの主演だし、詩緒の演技も素晴らしく毎度胸キュンさせられるし、意外と脚本も面白いしで、詩緒がドラマにおけるお色気担当でさえなければ……と考えるほどにはしっかりとドラマを見続けていたちとせである。

 

「でもキスシーンあるって詩緒くんも仰っていましたし、分かっていたことじゃないですか……」

 

「でも実際に見ると、何ていうか、こうさ、あるでしょ? というかファーストキスとか言ってたの思い出してまた泣きそう」

 

同性とのキスがファーストでいいのか、と問いかけたかったが、純粋に良い演技をやり遂げようとするストイックさに水を差すわけにもいかず、へぇ~頑張ってね、と笑っていない目で送り出したのを今更になって後悔していた。

 

画面の中ではなお続いているキスシーンに、さっさと終わらせろよ、と悪態を吐いて血の涙を流しそうになるちとせであった。

 

【撮影現場と共演者】

 

カットォ! という掛け声と共に撮影が終わる。

本日の詩緒の撮影分は終わり、次回の撮影でクランクアップとなる。

 

「お疲れ様でした!」

 

パッと切り替えて元気に挨拶する詩緒に、スタッフたちも彼が弱冠十六歳であることを忘れてしまう瞬間がある。

それに先程のシーンについて、詩緒の事を男子だと認識していてもあれ程女性らしい色気が出せるのかと、唾を飲み込むくらい食い入るように魅入っていた者がほとんどである。

 

気難しいことで有名な監督もこれには満足しており、笑顔で深く頷くと、詩緒に優しく挨拶をする。この監督、詩緒にデレデレな様子で、周囲のスタッフからは白い目で見られていたが、それと同時に詩緒が監督を懐柔したとして謎の畏怖を抱かれることになっている。

 

実際、当の本人にそういった狙いを持っているなんてことはさらさら無い。

 

「冬馬さん、お疲れさまでした!」

 

共演者である天ヶ瀬冬馬の元へと向かい、挨拶をする。

先程までキスしていたにしては全く意識していない様子なのは、冬馬にとっても幸か不幸か、とにかく複雑な気持ちである。

 

「お、おう! お疲れ……」

 

アイドルとしてはキャリアもあり、数年先輩の冬馬からしても肝の据わったやつだなと感じるところで、現場においても物怖じしない性格はある意味男らしいと言える。

ただし見た目はどう見ても女子なので、さっきキスしたのは本当に男だったのだろうか、というよりもこの水上詩緒という自称男性アイドルは本当に男性なのかが、今の冬馬の最大の疑問点でもある。

 

仕事だから仕方なくキスシーンを撮影したとはいえ、ドキドキしなかったと言えば嘘だった。冬馬も仕事にストイックなので、自身の演じる役に深く入り込んでいたはずであり、あのシーンはお互いにドキドキするような場面であるため、余韻として残っている冬馬の胸の高鳴りはその名残であるはずだった。

しかし思い返すと、良い匂いしたし、唇柔らかかったし、睫毛も長かったし、と詩緒から男性要素を抜き取るのが難しく、仕事して割り切れていない自分がいることに冬馬は気が付き、顔を顰める。

 

「どうかしました? 変な顔になってますよ」

 

「へぁ? そ、そうか?」

 

一応ヒロイン役の詩緒がそんなに気にしているような素振りを見せず、冬馬だけモヤモヤしているのが馬鹿らしいと気が付き、彼も切り替えることにした。

 

「ところで、今日の演技どうでしたか?」

 

詩緒がストイックだと称される理由は、監督からの一発オーケーを貰ったにもかかわらず、このように共演者からアドバイスを求めるようなところである。

 

「いや、一発オーケーだったし良かったんじゃねーか? 特に教室でのキスシーンのあたりなんだが、表情も、言葉に込める情緒も、こう、なんつったらいいか分からないけど、胸にグッとくるものがあったというか、詩緒のドキドキが伝わってくるような良い演技に思えたけどな。俺の方も何か悪かったとことか、不満なことがあったら遠慮無く言ってくれ」

 

また冬馬の方もストイックだとされる理由は、このように仕事に対するアドバイスを自分なりに伝えて、相手にも求めるようなところであった。

不意に意趣返しをされた詩緒はわたわた慌てるも、えっと、と撮影を振り返って考えているようだ。

 

「冬馬さんは完璧に役作り出来てて、同性を好きになってしまった『ケント』の葛藤を表情と行動から感じることができて、凄いなって思いました」

 

それってアドバイスと言うよりかは感想じゃん、と冬馬は思いつつもサンキュー、と褒めてくれたことにお礼を告げる。ちなみにケントは冬馬の演じる役の名前である。

 

「あと教室でのシーンは力強さがあって、思わず本当に動けなくなっちゃったみたいで、ドキドキしました……」

 

詩緒の言葉は尻すぼみになっていき、耳を赤く染めて冬馬から顔を逸らす。

冬馬は、え? と内心で驚いたのは言うまでもなく、さっさと切り替えてまったく意識していないと思っていた詩緒が、まさかキスを思い出して今更羞恥を感じているのだろうか、と一瞬混乱までした。

しかも詩緒は自身の唇を指でそっと触れると、ハッと我に返り、冬馬にお礼を言ってすぐにその場を離れた。

次の仕事へ向かおうと急いでいる様子で、スタジオ内では油断しているのかあまり人目を気にせずに着替えを始めている。おそらくこの場から一刻も早く去りたいという気持ちもあるだろう。

 

「いや、意識してたのかよ……」

 

詩緒の反応が冬馬の脳裏に焼き付き、またしても悶々としてしまうのであった。

 

【おまけ】

 

SNSのメッセージグループでドラマの同時視聴をしながら実況するメンバーたち

 

颯『キミカナ(※)はじまったー!』

※ドラマのタイトル『君は遠く彼方』の略称

 

あかり『前回ウタちゃんが恋を自覚したとこで終わったよね?』

 

ちとせ『ウタちゃんじゃなくてカナタね』

 

りあむ『カナタだからウタちゃんとは別』

 

あきら『二人とも必死過ぎて草』

 

ちとせがスタンプを送信しました

 

詩緒『ちゃんとドラマの世界観を大事にしてもらえて嬉しいです!』

 

凪『ちとせさんステイ』

 

りあむ『ウタちゃんがピュアで今日も世界が平和だなぁ(にっこりした絵文字)』

 

凪『ウタちゃんには戦争を抑止する力があります』

 

あきら『戦争の引き金にもなりそう』

 

颯『OPすち』

 

りあむ『ウタちゃんすち』

 

ちとせがスタンプを送信しました

 

凪『ステイステイ』

 

あかり『この曲いいよね~! ウタちゃんの声も曲に合ってるんご』

 

千夜『そうですね。でも詩緒くんはどんな曲にも対応している印象ですね』

 

あきら『#それな』

 

颯がスタンプを送信しました

 

詩緒『ありがとうございます!』

 

~数分後~

 

颯『やっぱ振るかぁ』

 

あきら『まあBLだしね』

 

凪『幼馴染は負けヒロインなんだなって……』

 

千夜『今週も詩緒くんの演技が素晴らしいですね』

 

ちとせ『本当イイよね♪ 才能隠し持ってた感じ?』

 

詩緒がスタンプを送信しました

 

りあむ『謙遜も忘れません、と』

 

~キスシーン~

 

颯『マジで冬馬くんとキスする感じ?』

 

凪『キマシタワー』

 

あきら『凪ちゃんそれは違くない?』

 

りあむ『あかん』

 

りあむ『ダメダメ! ダメだ!よ! それは許されない! 誰の許可得てんだ!?』

 

あかり『男の子同士で……ドキドキするんご!』

 

詩緒がスタンプを送信しました

 

颯『おお、実際にちゅーしたんだ!?』

 

りあむがスタンプを送信しました

 

千夜『お嬢様が……』

 

あきら『あっ(察し』

 

凪『あっ(察し』

 

詩緒『初めてだったけど、上手く撮れてて良かった!』

 

ちとせ『はじめて?』

 

りあむ『初めて……?』

 

あきら『死体は拾っておきマス』

 

凪『ステイステイステイ(先行入力)』

 

ちとせがスタンプを送信しました

 

りあむがスタンプを送信しました

 

あきら『わざわざ同じスタンプ買ってて草』

 




短いと思いますが、番外編はオムニバスな感じで投稿していきたいと思います。

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