ボーイ・イン・ザ・シンデレラ   作:しらかわP

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お久しぶりです。


3rd extra stage : “He is talked about everywhere.”

「最近というか、ずっと気になってることがあるんだよね……」

 

いつになく真剣な声色で話し始めたことで、卓を囲んで談笑していたはずの美城プロダクション所属のアイドル『神谷奈緒』と『荒木比奈』は、やや警戒した面持ちで声の主である『大西由里子』へと顔を向けた。

 

「何スか? またいつものBL談義っスよね? アタシたちにしか話せないっスもんね」

 

真剣な雰囲気づくりを察して、比奈もまた鋭い眼差しを由里子へと向けていたが、ふっと破顔していつもの調子に戻る。

 

「いやいや、あたしは別に興味ないし、そういうの全然理解できてないからな!」

 

気後れしているが、オタク気質のある奈緒としても由里子の話に興味がないわけではない。

呆れたようなフリをしつつも、どんな話題を出してくるのか少し楽しみにしている節がある。

 

「そんなこと言っても興味津々なのは丸分かりだじぇ」

 

由里子もいつの間にかコミケのカタログを吟味するような表情から、沼に浸かり始めた新人を見守る優しい笑みにころりと変化しており、奈緒は見透かされているような気がして少しだけ決まりが悪い。

 

「大丈夫っスよ奈緒ちゃん、最初は誰もがにわかから始まるんで」

 

「知らなくても教えてあげるから大丈夫、みたいに言うなよ!」

 

どうしても沼に引きずり込もうとしてくる人生の先輩二人を相手にしてタジタジの奈緒ではあったが、内心ではこのやり取りも、普段他人に見せない自分を多少曝け出せているようで、彼女の口元は嫌じゃないということを如実に示していた。

比奈と由里子はそんな奈緒の心の内を見透かしており、沼に引き摺り込もうと画策しているようで、当の沼の精である二人は善意とも悪意とも取れないような笑顔を浮かべていた。

 

「おほんっ!」

 

おもむろにわざとらしく咳払いをして由里子が切り出した。

 

「……ウタちゃんって知ってる?」

 

しばらく溜めていたため、急に何を言い出すかと思えば、同じく美城プロ所属で現在トップアイドル街道を邁進している、実に旬なアイドルだが、特筆すべき点は非常にナチュラルな男の娘であることだ。

基本的には誰の目から見ても一発では男子だと分からない、何も言われなければ一生女性として扱ってしまいそうなプロダクション初の男性アイドルなのである。

 

人事が間違えて一次審査の書類を通してしまい、二次審査の面接でもかなり高い評価を受け、二次審査なのにもはや合格確定といった段階で判明したのが、性別欄の丸で囲われた男の文字。

人事が念のための確認をしたが、間違いであってくれという祈りも虚しく、男の子であることを自己申告し、オーディションを辞退したという噂はすぐに社内で広まっていたことだ。

 

「ついにユリユリからその話が出るとは……」

 

比奈も相当気になっていたようで、由里子と同じくそのような趣旨の話に同所属のアイドル(未成年)を引き合いに出すのは気が引けていたようだったが、由里子からその話題が振られたことで、どこぞの特務機関の司令官よろしく手を組んで眼鏡を光らせていた。

 

「さすがのアタシも同じプロダクションのアイドルでそういう妄想をするのはどうかと思ったんだけどね、気になりすぎて止まらなかったんだじぇ……」

 

「あの、由里子さん、今最低なこと言ってるのは分かってる?」

 

その世界には浸かっていない奈緒だけが二人にドン引きしていた。

ちなみに奈緒は仕事で何回か一緒になったことはあるので詩緒の人となりを多少は知っているのだが、比奈と由里子に至っては特に現場で一緒になったことはないため、テレビやネット、人伝に聞いた話でどんな人物なのかを想像するしかない。

 

「奈緒ちゃんは会ったことあるんでしょ?」

 

そんな三人で集まれば、当然、詩緒の情報を持つ奈緒へと質問が飛ぶ。

 

「会ったって言ってもアタシはそんなに親しいわけじゃないし、仕事でしか一緒になってないけど……」

 

奈緒はそこまで言い、二人の瞳を交互に見る。

どんな些細なことでもいいから情報をくれという想いが伝わってきており、この先の言葉を紡ぐことを躊躇ったが、眉間に皺を寄せ、自身の守護霊を具現化させるのではないかというほどの邪なオーラを漂わせる人生の先輩二人を見ていたら話さざるを得ないと感じてしまった。

 

「……あー、ウタは最初に挨拶した時も男に見えなくてあたしも疑ったよ。もちろん凛も加蓮も最初は信じてなくてさ、身体も華奢だし、声も女声に聞こえる絶妙な高さだし、男要素と言えば胸が無いことと、握手した時にちょっとだけ男っぽい感じがしたくらいかな? ……ぽいっていうのは、何だろう、女の子と握手した時よりもちょっとごつい感じ? でも些細な違和感程度で、マジで事前情報無かったら男って思えなかったなぁ」

 

「奈緒ちゃん、めっちゃ喋るね」

 

急に語り出す奈緒に対して、比奈がつい突っ込みを入れる。

由里子は言葉にはしなかったものの、やっぱ奈緒ちゃんも好きなんだじぇ、と目で語っていた。

 

「もう! 比奈さんと由里子さんが聞きたがってたからだろ!?」

 

奈緒は椅子から立ち上がり二人に詰め寄ったが、由里子と比奈はどこ吹く風で彼女を宥める態度だ。

冷静になった奈緒は周囲から注目されていることに気が付き、すごすごと引き下がった。

 

☆ ☆ ☆

 

「ウタちゃんの話に戻らせてもらうんだけど、実際、リアル男の娘がいるってなかなかの衝撃だじぇ」

 

「まあ水嶋咲ちゃんもいまスけどね、他事務所っスけど」

 

詩緒との比較の際に、元女装メイド店員アイドルの水嶋咲が引き合いに出されることが多く、現存する女装アイドルの中で最も有名なのが彼であるからだ。

可愛い男性は誰かとアンケートを取るならば、詩緒と咲の2トップになることは間違いない。

 

「うちの事務所に男の娘が現存するということに驚きが隠せないんだじぇ。咲ちゃんを見て空想上の生き物ではないことは証明されてたはず」

 

由里子が再び複雑な面持ちで話しを繋ぐ。

 

「いやでも、ユリユリは男の娘で萌えるような人じゃないっスよね?」

 

比奈は簡単な話でしょうと結論付ける。

 

「確かにそうなんだけど、やっぱり実物を一度目の当たりにしてしまうとあれこれと考えてしまうんだじぇ……」

 

悔しそうに顔を伏せる由里子を見て比奈が上体を反らしながら、ふーっと息を吐いた。

 

「オタクの性っスねー」

 

一向に付いていけないどころか付いて行く気にもなっていなかった奈緒は二人を交互に見て、そんなに大事なことだろうか、と頭を悩ませたが口にするのは止めておいた。

 

「えーっと、つまり由里子さんは男の娘が出てくるBLをBLとは認めないってことでいい?」

 

話しだけは聞いていた奈緒は精一杯の理解で由里子の気持ちをまとめてみせたが、どうやら彼女は納得いかない様子らしい。

 

「認めないわけじゃなくて、じゃあそれ男女で良くねっていうのが多いから難しい所なんだじぇ。好みの問題もあるし何とも言えないよねっていう話」

 

そんなもんなんか、と奈緒としては個人差がある程度の事にしか感じなかったようだが、比奈にとっては共感できるようなことらしく、うんうんと頷いていた。

 

「いやー、わかりまス。男側が女性性を受け入れちゃったら、なら女の子でいいじゃんってなりまスよね。アタシもシンプルに男同士の友情がメインで描かれる方が好きだし、そういう話を自分で描く時もそうしてまスね」

 

奈緒が、ふーん、と相槌を打つ。

何だか深い世界なんだな、と彼女の興味の幅は確かに広がっていたのだが、本人に自覚は無い。ゆっくりだが着実に沼へと引きずり込まれていることを認知できないのであった。

 

「じゃあ、男の娘と男の娘の恋愛は百合漫画とあんまり変わらないってことか?」

 

こうして自ら質問していくことが、歩を進めている証拠である。

 

「一概には言えないっスけど、男の娘同士の恋愛は女の子同士の恋愛と何ら変わらないみたいな……。どうしてもBLの成分が希薄になることはあるかなぁ」

 

「へえ、何だか難しい話なんだな。それじゃ、結局ウタが女性と結ばれようが男性と結ばれようが二人にとってはあんまり差がないってことなのか」

 

奈緒が勝手に結論を出す。

しかし、由里子と比奈は首を横に振ってまだ結論付けるのは早いと奈緒を制した。

話は終わったんじゃないのか、と内心で呆れてはいたが見解を聞く態勢に入った。

 

「んー、アタシからすればどっちでも納得感あるけどね」

 

由里子の偏見ではあるが、詩緒は押しに弱いように見えるため他者から迫られればあまり否定はしないでしょう、という意見だ。

唯一仕事を一緒にしたことがある奈緒は、偏見が酷いな、とツッコミを入れたが、確かに彼が人からのお願いを断っているところは見たことがなかった。

詩緒のスケジュールの都合で打ち上げに欠席したことが一度あったが、申し訳なさそうにお断りしていたのが印象に残っている。きっと都合が良ければ参加していただろう。

 

「どちらにせよ世間は騒ぎ立てそうなもんだじぇ」

 

「間違いないっスね」

 

普通に有名人の一人であるためマスコミが騒ぎ立てるのは確定である。

詩緒については見た目に関する失礼な質問などがくっ付いてきそうだな、と奈緒は内心で危惧していた。しかしながら、まだまだ気が早い話である。

 

「ていうかさ、由里子さんと比奈さん的にはウタはありなの?」

 

不意な奈緒からの質問で二人は目を丸くした。

幾ばくか間を置いて考える素振りをした後、比奈が恐る恐る答える。

 

「『あり』って、男性として見れるかどうかってことっスか?」

 

ようやく返事があったかと思えば、そこからかよ、と奈緒は肩透かしを食らった気分になる。

 

「まあ、そういうことだけど……それ以外に何かあったっけ?」

 

「そりゃ、漫画の登場人物として『あり』かどうか聞いてるのか? てことなんだじぇ。ちなみにそっちはさっきも言った通り、『あり』だけど男の娘じゃなくてもいいよねっていう答えになるよ」

 

謎に再放送を聞いた奈緒だったが、さっき聞いた、とは言わずに別の答えを待つことにした。

二人は再び悩み始め、しばらく難しい顔をしていたが、同時に奈緒を見やると口裏を合わせたかのように比奈の方が問い返した。

 

「奈緒ちゃんはどうなんスか? アタシたち会ったこともないし、メディアでしか見たことないからあんまり分からないな」

 

由里子も彼女の言葉を肯定するように何回も頷いた。

急にカウンターを受けた奈緒は予想だにしていなかったようで、え!? と驚きの声を上げるとしどろもどろになったが、自分自身が答えないのもおかしな話だと思い直す。いわゆる人に名前を聞く時は自分から名乗る理論を説明されれば納得がいくだろう。

奈緒はしかたないと思い自分の意見から述べることにした。

 

「あたしは『あり』かなぁ」

 

『あり』という言葉に反応して由里子と比奈は身を乗り出す。

この手の話が嫌いな人はなかなかいないだろう。多分に漏れず由里子も比奈も興味津々な様子である。

 

「何で『あり』なの?」

 

由里子はにやにやとした表情で心底楽しんでいるのが伝わってくる。

奈緒は込み上げてくる恥ずかしさをグッと堪えて、理由を話し始める。

 

「そ、そりゃあ、女の子みたいな見た目してるけど、お互いアニメとか好きだし、趣味をシェアできるんだよ。コスメにも結構詳しいし、めちゃくちゃ話しやすいから一緒にいても楽なんだよね。そういった意味ではウタは全然『あり』だと思う。個人的に」

 

吹っ切れたのか、その後もペラペラと話を続ける奈緒に由里子と比奈が、長いな、と感じ始めたところで、奈緒の後ろから近づく人物が見えた。

 

話を聞いていた二人はギョッと目を見開いて、制するように奈緒へジェスチャーで呼び掛けた。

気が付いた奈緒は、急に二人が慌てたことにどうしたのかと尋ねようとすると、彼女の後ろから声を掛けられる。

 

奈緒さん、と呼ばれて振り返ると噂をすればと言うべきか、詩緒がいた。

今しがた呼びかけてきた人について自分が語っていたと思うと羞恥心が肥大化していき額からわずかに汗が流れ始めた。

 

やばい、と思ったのも束の間だったが詩緒がぺこりと会釈した。

 

「こんにちは。この前はお世話になりました」

 

この前お世話になったというのは、以前一緒にした仕事でのことだ。

 

「あ、ああ、こちらこそ……。またよろしくな」

 

さっきまで当人について勝手に評価していたことを考えると後ろめたく、発する言葉はややぎこちない。

 

「初めまして、水上詩緒です。よろしくお願いします」

 

そんな奈緒を余所に、奈緒の向かいに座る二人のアイドルに挨拶する詩緒。

奈緒が親しげに話しており、詩緒自身も由里子と比奈の顔は知っていたので同所属のアイドルと分かったようだ。

 

「アタシは大西由里子です。同じプロダクションのよしみだから仲良くしてもらえたら嬉しいじぇ。こっちが比奈センセ」

 

「どもっス。趣味で漫画描いてる荒木比奈っス。こんなカッコでも一応アイドルだから、同じ現場になったらよろしくね」

 

二人とも無難に挨拶を済ませると詩緒を舐めるように観察し始めた。

本当に男の子かいな? と疑念が留まることを知らない。

 

詩緒はじっと見てくる二人に笑顔を返してから奈緒に視線を戻した。

 

「そういえば、さっき僕の話をしてました?」

 

「あ、え、うーん……まあ、してたな」

 

視線をさまよわせてあたふたする奈緒を見てられないなと思い、由里子や比奈が代わりに答える。

 

「ウタちゃんがどんな人か聞いてたんだよね」

 

「奈緒ちゃんからは良い人だって聞いてたっス」

 

褒められていたことを知ると、嬉しいのと照れているのとで可愛らしく微笑む詩緒に、美少女説の疑いが一向に晴れないでいたが、彼も交えてしばらく話をしていても先程、奈緒が言っていたように、確かに一緒にいて居心地が良いというか、男性であることを意識しなくてもいいことに由里子と比奈は納得する。

 

よく喋り、よく話を聞いてくれるのも好感が持てる。

事前情報の通り、アニメや漫画にも興味があるらしく、趣味を否定しない姿勢や他人のどんな話でも前のめりで聞いてくれるのは気分が良かったが、同人誌については無知なようだった。

 

コミケとか行くの? と何となしに聞いてみたところ、行ったことがないと告げられ、成人向けの本を売るイベントだと認識していたようだった。

その認識を正すために由里子と比奈が熱弁し、時間がある程度過ぎた頃、詩緒のプロデューサーがオフィスの方から近づいてくる。

 

「ウタ、お疲れ。皆さんもお疲れ様です」

 

どうやら詩緒はプロデューサーと待ち合わせをしていたらしく、親し気に会話を交わして席を立った。

由里子と比奈の目にはやはり男女のやり取りにしか見えなかったのだが、オーディションに受かったとプロデューサーが詩緒に伝えると、男の子らしくグータッチを決めている。

 

それを見送り、遠くまで行ったところで由里子と比奈はお互いに見つめ合った。

 

「「グータッチめっちゃいいじゃん!」」

 

ハモる二人を尻目に、結局いいんじゃん、と心の中で思う奈緒であった。

 




次に書く物語の構想に詰まっていたので気分転換に書きました。

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