ボーイ・イン・ザ・シンデレラ   作:しらかわP

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GW目安でしたが、遅くなり申し訳ございません。
想定より長く、次回にも続きますのでタイトルを一部変更いたします。


6th extra stage : “Great athletic meet full of idols.” #part3

第一種目である障害物競走の準備が完了し、各チームから一名ずつが選出される。

エンタメのイベントと言えど、優勝すればそれなりに褒賞も出るため、プロジェクトミーティアは優勝を狙い、それぞれの競技における人選に注意しているようだ。

 

「一緒に出られなかったウタちゃんのためにも優勝しよう!」

 

そう意気込むのはちとせで、本日はリーダーらしく個性派のメンバーが集まるチームをまとめ上げたものの、まあ私はあんまり出ないんだけどね、とあくまでチームの参謀であることを念押しするような一言を付け加えた。

しかし参謀とは名ばかりで、単純に身体が弱く、詩緒を含めたメンバー内で最も体力面に難がある彼女は、他のメンバーよりも出場回数を減らしているだけの話である。

 

ちとせの掛け声に合わせて、おー! と気合を入れるメンバーに自然と注目が集まった。

どうやら士気が高いらしいと周囲のチームに知られてしまったようであるが、特段、イベントに向けた練習などはしていない。

 

「第一種目は障害物競走だね。千夜サン頑張ってください! うちの中じゃ一番運動神経良いし、自分、期待してます」

 

メンバーの中でも運動能力に秀でている千夜がプレッシャーを浴びながらも澄ました顔でスタート地点に向かう。

その期待感がもどかしいのか、わずかに眉間に皺が寄っており、体操着が少し捲れていることにも気が付かない様子である。

 

「あれ、千夜さんもしかして緊張してるんご?」

 

あかりが覗き込むようにして問いかけてくるのを真っ直ぐに見つめ返して、少し、と一言で返事をした。

 

「へぇ、千夜サンでも緊張することあるんだ」

 

あきらが意外な一面を見つけたとばかりのリアクションで言うと、千夜は照れ臭そうに顔を逸らす。

 

「それは、まあ、私も人間ですから」

 

「そっかぁ、千夜ちゃんって何でもできるイメージあるからなぁ」

 

あきらに同調するのは颯で、千夜がちとせのお世話をしたり、家事や料理までこなしているということを知っているうえ、あまり表情を変えることもないので、メイド型のアンドロイドのようなイメージが定着してしまっていた。

 

「アイドルになってからはできないことの方が多いと感じますね」

 

アイドルになってから歌とダンスを高水準でこなし、愛想もかなり良くなったため、できないことの方が少ない状態であることは明白だが、まだまだであると千夜自身の評価は低いものである。

そういった過小評価は彼女の自己肯定感の低さが要因である。

 

「とても謙虚ですね。しかしPには悪態もつけます。ギャップヨシ」

 

千夜はメンバー間でもプロデューサーを目の敵にしているのは周知の事実である。

もちろん神保本人は気にしていないだろうが、千夜は不満があればまず先に神保へ責任を追及するのである。

 

「あいつはお嬢様を誑かして、アイドルの道へ引きずり込んだので……」

 

早速、千夜が彼の不満を口にする。

神保が会話の中に出てくると、どうも口調が荒くなるらしい。

 

「おや、誑かすなんて、さらりとウタちゃんの批判もしましたね?」

 

「…………」

 

凪の鋭い言葉狩りに、千夜は慌てた様子も無かったがスッと口を引き結んだ。

目を閉じると詩緒の姿が脳裏に浮かぶ。

 

「……彼は特別です」

 

凪の瞳を見つめて、臆せずに言葉を放つ。

千夜は詩緒の人となりを知っており、主人にとっての希望であることも理解していた。

 

近い将来、歩むべき未来が打ち切られるだろうと諦めていたちとせが彼によって変えられ、希望を持って歩みを止めずにいられるのは、詩緒の存在が大きい。

要領は悪いが人一倍練習に励む努力家、持ち前の明るさで人々を元気付けようとするポジティブ精神の持ち主。

最初は可愛らしいからと、ちとせの興味を引いた詩緒だったが、今では隣で共に歩んでほしいと望む存在になっている。

故に千夜にとっても特別な存在である。

 

「そう、ウタちゃんは特別。私にとっても、千夜ちゃんにとっても、もちろん皆にとってもね」

 

事務所同期に加えて、同じユニットで所属初期から共に活動しているメンバーというだけあり、他のメンバーもちとせの言葉には頷くばかりである。

 

「それにウタちゃんだけじゃなくて、皆が皆、特別だって私は思ってる」

 

「ちとちゃん、急にエモいこと言い出すじゃん。さすがリーダーだよね。カリスマの塊」

 

りあむがからかうように人差し指でちとせを突っつく。

身を捩じりながらも彼女のちょっかいを笑いながら受け入れているちとせに周囲のムードもより柔らかくなる。

アイドルを始める前からは想像もできないちとせの対応に、千夜だけでなくちとせ自身も以前の自分が喪失しているのを頭で理解することができており、その喪失について違和感はない。

 

「それじゃあ頑張ってね、千夜ちゃん。……できれば一番!」

 

千夜を送り出すちとせから要望が入る。

彼女のお願いは珍しいこともなく、願われたならばやるのみだという千夜の日常。

そんなお願いをしたちとせへ振り返ると、彼女だけではなくメンバー全員がこちらを向いており、それぞれの煌びやかに光る瞳が期待の大きさの表れであることを感じ取った。

 

「……仰せのままに、お嬢様」

 

☆ ☆ ☆

 

障害物競走。

一般的には走路に配置された障害物を突破してゴールを目指す競技である。

単なる徒競走よりもバラエティ性に富んでおり、単純な走力だけでは勝敗を決するとは限らない種目である。

 

スタート地点に立った千夜には既に緊張は無く、ただスタートの合図が鳴ってさっさとゴールしたいという気持ちが残っている。

トラックの内側か外側によって距離を調整するため隣のレーンの選手は千夜よりも前方か後方にいるが、走る距離は変わらない。それでも遠く感じるのはトラックの錯覚とでも言うべきだろう。

 

本格的なスタート位置が中継でよく見る陸上競技を想起させるが、走路に散りばめられている障害物でバラエティ番組だと気付かされる。

あらゆる仕事をこなしている千夜だが、実はこういったバラエティ系の内容はあまり好きではなく、プロデューサーには断るようにしてほしいと度々連絡していた。

神保もプロジェクトが駆け出しの頃、あまり選ばずに仕事を受けていたのだが、仕事内容が気に食わなかったときの千夜があまりにも怖いので、彼女たちの意思を尊重し、心掛けるようになったのである。

 

ピストルの音が鳴り、選手たちが一斉にスタートし始める。

千夜は障害物までの何もない走路でぐんぐんとスピードを伸ばし、まずは一位をキープしたまま一つ目の障害物である平均台に差し掛かった。

 

『まずは一着で白雪千夜選手、平均台を進んでいきます。軽々とした足取りで他の選手を突き放す勢いですね』

 

『千夜さん速い、すごい! 頑張ってください!』

 

『あんた、同じメンバーだからって依怙贔屓止めなさいよ』

 

『……はい、気を付けます。ところで実は僕、平均台ってあんまり渡ったことがないんですよね』

 

『どうしたの急に? ……でもそうね、体操選手でもなきゃあんまり使わないんじゃない?』

 

実況席の放送は垂れ流しのためアナウンサーの実況が入り、それに対する詩緒と夢子のオーディオコメンタリーのような雑談が混ざることで、何かのラジオ番組なのではないかと疑ってしまいたくなる。

 

選手たちはそれを聞きながら走るので、緊張の糸は解けるが同時に気が抜けてしまう。

同業であるアイドルには彼らのファンもいるようで、名前を呼ばれて感動している人もいたが、詩緒たち本人は気付かない。

 

詩緒を相変わらず賑やかな方だ、と評価した千夜はトップを独走中であった。

驚異的なスピードで平均台を渡った後、段階ごとに高さが増している三つの跳び箱を軽やかに越え、少々だるそうにしながら網を潜り、少し恥じ入るように麻袋を履いてぴょんぴょんと跳び進み、二位との差が埋まることなくゴールする。

 

出場者の中でも運動能力は抜群であり、他事務所のアイドル達だけではなく、局のプロデューサーなども一目置いているようだ。

 

ミーティアのメンバーが集まっている席は一段と盛り上がっており、千夜に向かってブンブンと手を振っている。

主であるちとせに言われたまま難なく一着でゴールしただけで、これといって感情的になるわけでもない千夜だったが、嬉しそうにしているメンバーを見てしまうと、ちとせだけではなく多くの仲間がいることをふと実感させられ、胸の奥に明りが灯るような温かな幸福感が溢れて、千夜を破顔一笑させた。

カメラが捉えたその表情がスクリーンに映ると、客席は驚嘆し一瞬の間静寂が生まれたが、ざわざわと徐々に騒々しく盛り上がりを取り戻す。

 

『今の千夜さんの笑顔、メンバー内でもあんまり見せないレアな表情ですよ。一着なのすごく嬉しかったみたいですねぇ』

 

詩緒のコメントが聞こえてきた千夜はスッと無表情に戻り、別にそういうわけではない、とわずかな恥辱を与えてきた詩緒に後で物申すことを心に決めるのであった。

 

☆ ☆ ☆

 

第二種目は運動会というには珍しい会場全体を使っての宝探しゲームである。

会場の至る所、観客席にまでも封筒が散りばめられており、その中にポイントの数字が書かれたカードが入っている。

封筒を見つけたらゴールまで持って行き、獲得したポイントと着順によってスコアが変動するルールだが、開封するまで獲得するポイントが分からないという運要素を併せ持った競技内容となっていた。

 

この種目で特筆すべきは、競技に参加する芸能人が観客席まで足を運ぶことになるので、ファンとの距離が物理的に近くなるという点だ。

 

そのようなファンとの交流もあれば客席のボルテージが上がることは間違いなく、選手側のファンサービス精神も必然的に注目される。

 

「ねえ、みんな! お宝どこにあったかぼくに教えろよな!」

 

そんな競技に参加していたのは夢見りあむである。

ファンへの対応が丁寧どころかフランク過ぎるほどの口調で、ゴールに必要な封筒の在処を聞いて回っていた。

広い会場の中でその封筒を探すだけでそれなりに骨が折れるため、いろんな人に聞いて回るというのはある程度効率的な攻略方法である。

 

「りあむちゃん! そこにあったよ!」

 

「お前、有能!」

 

呼びかければ、こうして返事が来るため、さっさとゴールできそうだと甘く考えていたりあむだったが、指が差された場所を探しても一向に見つからず、悪態を吐く。

 

「おい、無いじゃんか!」

 

「さっき他の子が持ってったよ!」

 

「じゃああるわけないだろ! 無能がよ!」

 

握った拳を顔の前に出して拳の上部をもう一方の手で覆えば、まるで中指を立てているようなポーズの出来上がりである。

いじられキャラのりあむがファンに助言を求めた時に度々発生する虚言が、りあむの足を引っ張っており、ヒートアップしてきている彼女の言動や行動もコンプライアンスを気にする人からすれば快く思わないだろうが、デビュー時からのキャラクター性もあり、ある程度許容されている。その代わり、テレビの出演は減る一方であった。

 

善良なファンの助言によって、ようやく封筒を手にしたりあむはあちこち走り回ったためゴールを目指す頃にはへとへとになっており、周囲の声援を受けて何とか走ることを止めずにいた。

 

「あー、しんど……。お前らが嘘ばっか言うからだぞ! 教えてくれた心優しい人はありがとう!」

 

ファンを貶したり、持ち上げたり、また喧嘩しながら客席の通路をジョギング程度の速さで走る。

最下位でゴールに到着すると拍手が起こる。

 

千夜の時と比べてメンバーの士気は下がりに下がっていたが、ここから一発逆転の可能性があるのがこの宝探しゲームである。

封筒に書かれたポイントによっては再び首位を奪還してもおかしくはないため、あかりや颯は手を握ってお祈りをしている。

 

『着順は残念でしたが、この封筒に入っているポイントによっては再び一位に返り咲きます』

 

アナウンサーの解説も入り、スクリーンに映るりあむが持ってきた封筒に注目が集まった。

 

「来い、来い、来い、来い!!」

 

りあむの両手を合わせて祈りを捧げ、ゴールで待っていた審判によって紙が取り出される。

紙に書かれていた数字は『0』で一瞬、何が起こったか分からないりあむはその紙を奪い取ると光で透過しないか試し始めたが、数字に変化は起こらない。

 

「あれでしょ? 炙れば出てくるやつ」

 

往生際の悪いりあむに改めてポイントを伝えると、膝から崩れ落ちる。

メンバーは意気消沈しながらも笑っており、詩緒も笑いを堪え切れずにマイクをオフにされたくらいだったので、皆が笑ってくれたならまあいいや、とりあむは開き直るしかなかった。

 

☆ ☆ ☆

 

「りあむちゃん、お客さんとは喧嘩してたし、最下位だしゼロ点引くし、一番目立ってたよ」

 

颯は苦笑しながらも、芸能人としては一番重要である注目されることに関して、誰の引けも取らなかったりあむを称賛する。

 

「みんなぁ! ごめんよぉ! 全部嘘教えてくるあいつらのせいなんだ!」

 

まだ言い訳をするりあむを優しく包み込むあかりとあきらが、よしよしと慰めながら、りあむを先頭にして三角の陣形を組んでいた。

 

「え、なになに? もしかして最下位だから拷問?」

 

「そんなことするわけないんご!」

 

謎の行動に恐怖したりあむの妄想を、あかりが全力で否定する。

 

「すみません、りあむサン。次は騎馬戦なので立て続けになっちゃいますけど、頑張りましょう」

 

りあむが帰ってきて早々、次種目の騎馬戦が始まるということなので有無を言わせず騎馬を組ませ、そこに千夜が跨る。

 

「もう次!? 早いよー」

 

「行きますよ、りあむさん」

 

千夜が後ろから見下す形でりあむをぞんざいに扱う。

 

「なんか千夜ちゃん、王女様みたいでぼく興奮してきたかも」

 

息が荒らげながら、にへらと笑う表情に一抹の気色悪さを覚えた千夜は、普段より眼光を鋭くしながら足を肩辺りにぐりぐりと押しつける。

 

「いいから早く立ってくださいりあむさん」

 

「……はい」

 

彼女の迫力に気圧され、りあむはそれ以上何も言うことなくすっくと立ち上がった。

 

「調教が完了しているようですね。命名、あきらりんご☆レボリューション、騎乗は注目の美少女ジョッキー白雪ですね。競馬界の白雪姫」

 

時代を感じるような某少女漫画を彷彿とさせる名付け、これからゲートにでも入るのかという言い回しで凪が茶化す。

 

「ねえ、それ、りあむちゃん要素どこ?」

 

名付けに関して自分との関係性が希薄過ぎるとクレームを入れるりあむ。

千夜も何か物申したそうに凪へと振り返っていたが、りあむが先に苦言のようなものを呈していたので、二人のやり取りを眺めるだけで何も言うまいと、すぐに関心を失った。

 

「星の部分です」

 

「別にりあむちゃん要素でもないし、その星は発音しないから口頭じゃあ分からないじゃん」

 

表情を一切変えずに即答する凪に、珍しくツッコミを入れるりあむだったが、わぉ、と驚いたふりをするだけでそれ以上のクレームは受け付けていないようだ。

 

「ふむ、千夜さんが騎手、実際に競走馬に乗っても似合いそうですね。天才美少女ジョッキー。つまり映えですね」

 

凪の中で騎手白雪千夜を思い浮かべ、意外にもしっくりきた様子である。

帽子と勝負服の構想を練り始めたのか無表情のまま顎に手をやり、黙々と考え始めるのが千夜にとっては不気味であったが、意識しないよう努めることにした。

 

「とりあえず行きますか!」

 

あかりが元気良く提案して、りあむとあきらに動くように働きかける。

 

「初期位置まで崩してもよいのでは?」

 

「また崩すの勿体ないんご!」

 

千夜の疑問は、勿体ないというあかりの力技で一蹴される。

千夜としては他チームの選手が騎馬を組んでいないことで覚える疎外感が恥ずかしくもあり、勿体ないと言えばりあむの体力が削れる方が勿体ないのではないかと考えたのだが、インドアかと思いきや競技に乗り気なあきらと、皆が楽しいならいいやと諦観気味なりあむの哀愁漂う背を見て、千夜も再び何も言うまいと心に決めるのであった。

 

☆ ☆ ☆

 

チームミーティアの騎馬戦は可もなく不可もなく終わる結果となった。

千夜の身体能力で一人の騎手から帽子を奪い取ったが、低身長なりあむが先頭とあっては背の高い玲音や咲耶の騎馬に追い掛け回され、逃げるも体力が尽きてガタガタになり、呆気なく崩れる形で出番終了である。

ちょうど中盤での脱落に加え、帽子を一つ取ったため、全体での順位変動に関わることもなく、四種目の競技を迎えることになった。

 

「やっとはーたちの出番だね!」

 

待っていましたと言わんばかりに、颯は右の足首にベルトを巻き、同じベルトで凪の左足首をしっかりと固定する。

 

「こんなに手際よく拘束するとは……。はーちゃん、ヤル気満々ですね。その手際の良さに、はーちゃんの将来が心配になりました」

 

「なーは、はーの何を心配してるの!?」

 

いつも通りの調子を崩さない凪に早速調子を乱される颯だったが、むしろこの状態が彼女たちのデフォルトなのかもしれない。

 

「双子だから息ピッタリそうだね」

 

ぽろっと出たちとせの感想に、颯が顔を顰める。

 

「ちとせちゃん、本気で言ってる……? なーに合わせられる人なんてウタちゃんくらいしかいないよ」

 

凪の奔放さには颯も匙を投げるレベルではあるが、実際に会わせられるのは颯自身で、彼女にはその自覚が備わっていなかった。

また詩緒が合わせられるのも、凪の言動に上手く波長を合わせられるコミュニケーション能力の高さから来るものであり、二人三脚などの運動となると話は別である。

しかしながら、当の双子の妹である颯が、詩緒と凪の相性が良いと思い込んでいるのはステージの上でのパフォーマンスをバッチリと合わせることができるからであり、それは偏に彼らのアイドルとしての偏差値が高い証拠である。

 

「はーちゃん、大丈夫。他の事務所も双子のアイドルが出てくるみたいなので、久川家の双子力を見せ付ける時が来たようですね」

 

「顔以外はあんまり似てないってよく言われるけどね。それに双子アイドルと言えば亜美ちゃんと真美ちゃんが息ピッタリで有名だよね。はーたちよりも一歳年下なのに身長高いし」

 

どこから来るのか分からない自信に満ちた凪とは対照的に、颯はライバル事務所となる双海姉妹に劣等感を抱いている様子である。

 

「まあ、そんなに気負わなくてもいいんじゃない? それより自信持って行けばいいと思うよ。IUのファイナリストなんてトップ中のトップ、心配しなくても颯ちゃんに掛かった魔法はそうそう解けないよ」

 

「ちとせちゃんってばそんなこと言って、全然二人三脚と関係無いじゃん!」

 

くすくすと笑うちとせに、もぉ~、と颯が口を尖らせるが、いつになく満足そうな笑顔を見せるちとせを懐かしく感じて、颯も相好を崩した。

 

「そんなことないって。確かに優勝は目指してるけど、アイドルとしては注目度も高いし、一生懸命やれば結果は付いてくると思うな」

 

抽象的なアドバイスでお茶を濁されたような感じではあったが、あれこれと悩んでいてもしょうがないことは明確なので、颯も気持ちを切り替えて凪と共にスタート位置まで移動する。

 

「絶対とは言わないけど、勝ちに行こうね、なー!」

 

生まれた頃から隣にいる姉に声を掛ける。

今も横にピタリとくっ付いており、そのことを以前は当然のように享受していたが、IUで初めて道を分かたれて、颯はいつまで一緒にいられるだろうかとふと考えてしまうことがあった。

前に進む実感はあるものの、代償のように何かを失っていく怖さも短期間で経験した颯だったが、こんな時には実の姉というものが頼りになるもので、目が合うと肩ががっしり組まれる。

 

「このゲームには必勝法があります。必勝法があるということは絶対勝つということです」

 

普段と変わらない凪の態度、何の根拠も無い言動が颯を落ち着かせる。

とは言え、凪の言ってることの意味が分からず、必勝法とは? と頭の中で反芻しているうちにスタートの合図が鳴り、早速転倒してしまった。

 

「痛ったぁ!」

 

「ふん! ……っと、凪は踏ん張りました。はーちゃん、笑いを取りに行くとしても開幕に転ぶのはやり過ぎでは? 欲しがりさんな一面に軽く引きました」

 

まさかの相方からの煽り文句に、若干の苛立たしさを覚える。

実況席はその事故に反応を見せ、詩緒が心配する声と声援もしっかりと颯の耳には届いており、苛立ちはすぐに治まる。

 

スッと差し伸べられた手を取って凪に引き起こしてもらう颯。

ありがとうは言わずに、双子とは思えない見事なまでのバラバラ行進を披露したことに羞恥を感じながら凪の世界観に倣って、必勝法を教えてよ、と鋭い視線で問う。

 

「……必勝法は、一で内側、二で外側の足を出すことだったのさ!」

 

「いや、それ普通だし、事前に教えてくれないと分からないから!」

 

他の競技参加者全員が掛け声を用意している中、久川姉妹は無策だったのである。

それにしても大したことない必勝法とやらを聞かされてげんなりとした颯ではあったが、一度掛け声を決めてしまえばそこからの立て直しは早かった。

 

さすが双子と言ったところか、颯と凪が出す足の歩幅が寸分違わず一致しているため、足首周りに無駄な負荷が一切かかることなく、大体トラック半周分というやや長めの距離をかなりのハイペースで追い上げていく。

 

久川姉妹は一組、二組と抜き去って、残り約五〇メートルの地点で三位に位置付けていた。

眼前に捉えた二組のペアはやはりどちらも双子アイドルの双海姉妹、大崎姉妹である。

 

双海亜美・真美ペアと大崎甜花・甘奈ペアも波長の合う双子同士のため、久川颯・凪ペアと同じく高い効率で歩を進めることに成功していたが、甘奈と甜花は徐々に亜美と真美に引き離されて、二位という位置。

その二人を久川姉妹が追い、横に並んだかと思うと一気に突き放す。

 

「ウソっ!?」

 

「なーちゃん対決は凪が勝利をいただきます」

 

凪が決め台詞を吐いた時点で既に残り二〇メートルを切っており、双海姉妹はゴールから一〇メートルくらいのところに位置していたため驚異的な追い上げの颯と凪であったが、最初のロスが響いて二着のままゴールした。

 

「悔しい~!」

 

遅れてゴールした甘奈と甜花が颯、凪の元へと駆け寄りその心情を吐露する。

すぐにベルトを解いた颯は、まだ二人三脚をしている大崎姉妹の以心伝心っぷりに感心しながらも、ギリギリだったよ、と自分たちの走りを謙遜した。

そうしておかないとドヤ顔を隠さない凪とのバランスが取れないのである。

 

「最初に転んだのに……速かった……! みんな注目してる……」

 

甜花の言葉通り、颯・凪ペアの順位は二位だったものの、結果的には会場を盛り上げた立役者のようになっており、ある意味では大勝利で競技を終えた。

 

☆ ☆ ☆

 

颯と凪がメンバーの元へ帰ってくると、歓迎ムードで迎え入れられた。

第二種目のりあむの時の対応とはえらく異なっていたため、彼女は不貞腐れていたが、颯と凪がりあむに絡むと、手首を返したように表情を和らげて二人を抱きしめながら背中をよしよしと擦っていた。

しかしながら身長は久川姉妹とあまり変わらないので、りあむが二人にただただ甘えているような見た目になっている。

 

「颯ちゃんも凪ちゃんも可愛すぎるし、大活躍だったじゃん!」

 

ふにゃふにゃに相好を崩して何度も褒め称えるりあむに、颯はそろそろ離れたいと思い始めていたが、自称ザコメンタルのお姉さんにそんなことは言えず、されるがままの状態で競技の反省をする。

 

「最初に転んでなければなぁ……」

 

最初の転倒が無ければ一位でフィニッシュできたのではないかと会場中が疑問に包まれていたのだが、結果は結果として変わらず、受け入れるしかない。

 

「まあ、それも含めてアイドル的に得したんじゃない?」

 

あきらの言う通り、最初の転倒のおかげでこの種目の話題を掻っ攫うことができたので、アイドル的にはむしろ良かったことと言える。

 

順位も順調に伸ばしているため、とりあえず前向きに捉えることにして落ち着いたところ、次の競技のアナウンスが入る。

次の種目は借り物競争で、まずはお題の書かれた紙を机の上に置かれた箱から無作為に選び、お題に沿った品物を持つ人を広い会場の中から探して、その人とゴールするというルールであり、参加者に選ばれたファンにとっては一生の思い出に残るであろう種目となっていた。

 

「お嬢様の出番ですよ」

 

千夜の一言で、ちとせが気だるげに立ち上がる。

彼女の病弱な体質は日々のレッスンなどで改善されているとはいえ、まだまだ心許ない。

そのため、比較的スピードを意識することの少ない借り物競争で出場を消費しようという魂胆であった。

 

だが、お題によっては結構な距離を走らなければならないため、ちょっと失敗だったかもしれないと顔を顰める。

 

「あんまり期待しないでね」

 

ちとせはひらひらと手を振りながら、自身が無いことを伝えて、飄々とした態度でスタート地点へ向かっていく。

頑張れ! という仲間の声援を受けるのは聊かむず痒いが、悪い気はしないものだと感じていた。

 

☆ ☆ ☆

 

第五種目の借り物競争で、ちとせはあろうことか全力ダッシュをかましていた。

お題を確認した直後の全力疾走に、あれだけ体力を温存させようと皆で決めていたのに、という想いからプロジェクトミーティアのメンバーは大いに困惑した。

しかし彼女があれだけ本気で走っていくということは、お題に該当する人物に見当がついているということである。

それに加えて、誰を連れてくるのか、ということをちとせの事をよく知るメンバーだけは容易に予想ができていた。

 

「絶対ウタちゃんだ……」

 

颯がそう言うと、他の皆も納得というよりも、むしろ既知の事実といった様子で首肯した。

全力疾走の理由は、心当たりがあって絶対に勝ちたいという気持ちは二の次で、他の参加者に詩緒を取られたくないという想いが圧倒的に勝っているに違いない。

 

絶対に帰ってくるときはペースを落とすんだろうな、と半ば諦めた気持ちでメンバーはちとせの帰りを待つことにした。

 

☆ ☆ ☆

 

スクリーンに全力疾走のちとせが映り、会場がヒートアップしている。

その盛り上がりの影響は実況席にも伝播しており、ちとせの動向をカメラが捉えるたびに逐一状況を伝えていた。

 

『ところで、黒埼選手はどちらへ向かっているのでしょうか?』

 

アナウンサーがコメンテーターの二人に尋ねるが、迷いなく進む足取りがどこに向かっているかまでは分からないようで、首を傾げていた。

 

『もう尋ねる先が決まってるってくらい迷いがないみたいですね』

 

『何か、ちとせさんから鬼気迫るものを感じるわね』

 

どこに行くんだろう、と疑問符を浮かべる詩緒と、ちとせの雰囲気に注目してやや戦慄している夢子の様子がまるで対比のようになってスクリーンに映し出される。

 

数秒が経過して実況席の出入り口のドアが強く開かれ、息を切らしたちとせが現れた。

ちょうどスクリーンにドアが開く瞬間も映し出されており、勢いよく来たちとせとそれにビクッと反応する詩緒と夢子、慌てて振り返るアナウンサーが会場中に発信された。

 

乱れた息を整えて、ちとせが詩緒の傍まで寄る。

 

『……ウタちゃん、来てくれる?』

 

『もちろんです!』

 

メンバーの予想を一切裏切ることのないやり取りが一瞬で行われると詩緒が席を立った。

 

『即答……』

 

ぼそっと呟いた夢子へと詩緒は振り向く。

彼女は不満そうな顔をしており、ハッと我に返った詩緒は本番中であることを失念していた自分にようやく気が付いた。

 

立ち上がった手前、実況席を離れようかどうしようかと悩み、ちとせと夢子、アナウンサーそれぞれに申し訳なさそうな表情を向けていると、呆れたように夢子が溜息を吐いた。

 

『ちとせさんが実況席の水上さんを借りたいみたいなんですけど、どうしましょう?』

 

不意に夢子は、この状況を何とかしようとわざとらしくアナウンサーへ相談を始めた。

 

『そうですね。借り物競争ですからね。実況席からお借りするというのもルールとしても問題ないのではないでしょうか?』

 

『私もそう思います。水上さんがお仕事を放棄して席を離れるのは如何なものかと思いますけど、そこは会場の皆さんに決めていただくのがいいんじゃないですか?』

 

冗談とは分かっていつつもチクチクとした言葉に詩緒は少し胸を痛める。

彼が、ちとせへ返事をした後戸惑ったのは、実況席での仕事を放棄してしまうことになってしまいかねないからである。

 

『そうですね。……では、水上さんをいったん預けてもよろしいでしょうか? 良ければ拍手をお願いします!』

 

アナウンサーが会場に向けた一言で、すぐに会場中から拍手が沸き起こる。

盛り上げてくれる、と夢子は詩緒に嫉妬をしつつも、自分も上手く機転を利かせられただろうと自賛する。

 

『あ、ありがとうございます! じゃあ行ってきます!』

 

そう言って詩緒はスタッフにマイクの音声を切ってもらい、ちとせの手を取った。

 

「ちょっとあなたが席外すくらい問題ないから」

 

「こっちは任せてください!」

 

部屋を出る際に夢子とアナウンサーもいったんマイクをミュートにして、詩緒へ声を掛ける。

二人の頼もしさに思いが胸に込み上げてきて、きゅっと喉が絞られる感覚に陥るが、笑顔でその場を後にした。

 

見送った夢子は引き続きコメンテーターとしての役割へと戻るが、ちとせに呼ばれた時の詩緒の表情が脳裏に焼き付いてしかたがなかった。

いつもニコニコとした笑顔を絶やさない彼ではあるが、今日一番嬉しそうな顔をしていたのが、どうにも印象深かった。

 

それだけメンバーのことを大切にしてるのね、と内心で納得して詩緒の分まで頑張ろうと気合を入れ直すのであった。

 

☆ ☆ ☆

 

「ちとせさん、急がなくていいんですか?」

 

来た道を戻っているちとせであるが、帰り道では詩緒と手を繋いだままというのが往路との違いだった。

 

「うん。疲れたし、ウタちゃんとまだ一緒にいたいから」

 

照れることもなく言い放つちとせに、質問した詩緒の方が照れてしまう。

彼女の手を握る力もいつもより強い気がしており、少しだけ不安になるが、真っ先に来てくれたちとせが何より詩緒には嬉しかった。

 

「僕もです。最近一緒に遊びに行く時間とか少ないですもんね。またちとせさんのおうちにも遊びに行きたいですし、美味しいものも食べに行きましょう!」

 

そこから詩緒はあれもこれもと話し始める。

ちとせは相槌を打つのみになっていったが、グラウンドへと戻る通路に人気が無いことを確認すると、詩緒へと振り向いた。

 

ぴたりと詩緒の言葉は止まり、どうしたの? と尋ねる暇もなくちとせの雰囲気に気圧されて、通路の壁へと追いやられていた。

傍から見れば、女の子に迫る女の子という画になっている。

 

「ど、どうしたの、ちとせさん?」

 

ようやく振り絞って出した声はわずかに震えている。

恐怖というよりは、いつもと違う雰囲気によって緊張を感じているというのが正しい。

問われたちとせは尚も彼の瞳をじっと見据えながら、言うか言うまいか考えているのか、口を開いたり閉じたりを二度ほど繰り返した。

 

「……あのさ、私、ウタちゃんのこと好きなの」

 

ちとせの真剣な眼差しに射抜かれたかのように、詩緒は全身が硬直して動かなくなる。

その言葉が意味するところは、いくら詩緒が女性と恋愛関係に発展しないことを自覚しているからといっても、疑いようがないほどに恋愛的な意味でのそれであった。

 

詩緒は、頭が沸騰しそうなほどに顔が熱くなっていることを自覚し、彼女の紅蓮の瞳に理性も何もかもを吸い込まれそうになる。

 

心臓の音が頭に響くほど大きく鼓動しており、それに合わせるかのようにちとせの顔が迫ってくる。

愛の告白をされたことで詩緒も彼女のことを愛おしく感じており、シンプルにキスがしたいという欲で身体が動き出しそうになっている。

 

お互いの吐息が触れ合うほどの距離。

あとわずかに近付けば唇が触れ合いそうな距離だったが、詩緒は残っていたとてもわずかな理性をかき集めて、ダメ! と叫んだ。

驚いた表情のちとせから徐々に覇気が無くなっていくようで、詩緒は慌てて訂正する。

 

「ちがくって! 僕も、ちとせさんのこと好きです。今、ちとせさんに告白されて僕もそうなんだって分かりました。……でも、僕たちはアイドルだから、今はダメなんです」

 

苦しそうに説得する詩緒を見て、ちとせは自分の行動を反省するが、それ以上に彼と両思いであることが分かり、安堵した。

泣きそうな表情で詩緒がちとせを見上げる。

彼は彼女の頬にキスをした後、呆ける彼女をぎゅっと抱きしめた。

 

今はこれで我慢してほしいという意思表示をされたちとせは、彼の意思を尊重して抱きしめ返すまでに留めた。いつもと変わらないようなスキンシップだったが、確実に二人の距離はいつもよりも数倍も近いことを実感させてくれる。

 

ちとせも感情がぐちゃぐちゃになりそうだったが、詩緒の温もりを肌で感じることで落ち着きを取り戻し始める。

二人が密着しているのはわずかな間だったが、落ち着きを大分取り戻したちとせは内太腿に違和感を覚えた。違和感というよりも固めの感触。

試しに太腿を前に押し出してそれに擦り付けると、詩緒が猫のように跳びはねて距離を取った。

 

急に全力で走り出して、どこかへと逃げてしまった。

唖然として立ち尽くすちとせだったが、借り物競争の途中で逃げられては競技を終えることができないため、詩緒の名前を呼ぼうとする。

しかし、その必要もなく詩緒は踵を返すと再び全力疾走でちとせの元へと戻って来た。

息を荒らげた詩緒は少しもじもじした様子で、履いていた短パンをパッパと整える。

 

「も、もう大丈夫です。行きましょう!」

 

ちとせは詩緒の一連の行動に得心がいったようで、にんまりと嫌らしい笑みを浮かべながら彼の腕に密着する。

 

「私で興奮しちゃった?」

 

ちとせが耳元で囁く。

詩緒は吹きかけられた吐息にくすぐったそうに身を捩じらせて何とか距離を取ろうとしたが、なかなか放してくれない。このままだとまた……と思った詩緒は、ちとせに向かってしっかりと注意することにした。

 

「ちとせさん、調子乗りすぎ! もう別れる!」

 

そんなことを口走った詩緒はすぐに罪悪感を覚えてしまったが、ちとせはきょとんとして、また嬉しそうに笑っていた。

詩緒が、何で? と考えていたのだが、ちとせの口からは謝罪などもちろんない。

 

「ウタちゃん、『別れる』って、まだ私たち付き合ってないでしょ? それともウタちゃんはもうその気でいてくれたんだぁ?」

 

ちとせを意識するあまり、詩緒の中ではもう付き合っていることになっていることに本人すら気が付いておらず、彼女に指摘されたことで初めて図星を突かれたのだと理解した。

 

その後のちとせは借り物競争を一位で終えると、メンバーにも疑問符が浮かぶほどの上機嫌であった。

 

ちなみに借り物競争のお題は、シュシュで髪を結っている人、だったらしい。

 




次回のpartで終了できればと考えています。
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