ボーイ・イン・ザ・シンデレラ   作:しらかわP

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4th stage : “The first step to step out together.”

ライブを行うと伝えられた日に、後日あらためて話すとは言われていたが、昨日の今日で会議室に集められるとは誰も考えてもいなかった。

急な対応にも応えられるのが学生のフットワークの軽さであり、神保はそれに助けられているのも間違いない。

 

「お前、集めるにしても今日中の呼び出しは急すぎる。せめて二日前くらいに連絡しろ」

 

渡された資料をぺらぺらめくりながらも、千夜がイライラしているのを隠さないで神保プロデューサーに苦言を呈した。

彼女とちとせは昨日もその日の呼び出しを受けているので、命令口調になってしまうのも多少は理解できるというものだが、千夜は普段からプロデューサーに対して横柄な態度だったりする。

 

「申し訳ありません。来月のスケジュールが予想外に決定したので、昨日と併せて皆さんに負担をかけてしまいました。それなりに時間が押してまして、私たちの方でも準備に手間取っている状態です」

 

自身の非と、余裕があまりない状態であることも伝えられて、社会では何が起こるかわからないんだなと詩緒はざっくり考えていた。予想したことだけが実現するとは限らないのである。

 

「P、ほうれんそうは大事なのです」

 

珍しく凪も責める。

現状、アイドルたちにも時間が残っていないことを、資料を見たことで理解していた。

 

そうは言われても神保が先ほど発言した通り急遽決まったことであるのは間違いない。

営業をかけていた先方が突然この日程でできないかと要求してきたことだし、今回断ってしまえば次回の営業の見通しも立っていない現状として案件を受ける判断をした結果でもある。

 

しかしながら、こうして現場に立つアイドルたちにも資料を作成し配布している点から言えば、仕事が早く、アイドルのことも十分に考慮していることは明白であるのだが、初めてのアイドル活動、メディアへの露出もなく、ステージにも立ったことのない彼女たちからすれば、そのことがわからないのだ。

 

資料によるとステージでのパフォーマンスはおよそ1時間弱を想定しており、彼女たちのデビュー曲と、そのCDに収録されるB面、あとは美城所属アイドルの登竜門でもあるお願いシンデレラの計三曲である。

 

いつも練習しているのはお願いシンデレラや他の既存曲であったが、新曲が二曲追加され、この四週間程度の間に振り付けと歌を身体に叩き込んでおかなければならないと考えると、まだ活動自体に慣れていないメンバーたちには難しい。

 

詩緒は少しばかり気の遠くなるようなプレッシャーを感じつつも、やらなきゃいけないんだと自分を無理矢理に鼓舞する。

 

「新曲の方は明日お届けいたしますので、16時にレッスンルームに集合してください。トレーナーからレッスンを受けていただき、その後本番まで三回ほど見ていただくことになっておりますので、皆さんはパフォーマンスに集中してください」

 

他の準備やスケジュールの管理等々は気にしないように、ということは言外に伝わるのだが神保自身にその意図はなく、またメンバーが気が付く由もない。

 

ミーティングが終わると、その日はいつもより長く自主練を行ったのだが、心に巣食う不安を拭うことはできなかった。

 

☆ ☆ ☆

 

「疲れたねー」

 

今日は練習後に併設のカフェに来ており、みんなでだらだらと時間を過ごすのも彼女たちのある種トレンドとなっていたりする。

席に座して開口一番にそう放ったのはちとせだった。

 

「もうちょっとそっち行ってもらえませんか?」

 

ぐでー、とソファ席の隣同士で寄りかかってくるちとせを鬱陶しそうにしながら、彼女の肩をぐいぐいと押し返しているのは当然だる絡みをされている詩緒だ。

詩緒の座った隣にすぐに腰を下ろしたちとせを見たメンバーたちは苦笑するばかり。

徐々に慣れてきた詩緒は今日のうちにまた成長したのか、ちとせへの反抗力をさらに上げていた。

ただ、ちとせとしてはまだまだ構ってくれる詩緒が可愛らしく思えるのだが、彼が塩対応になった途端に絶望できると自負している。

 

千夜は助けを求められない限り黙認しているが、さすがにちとせが家でも見せたこともないようなだらしなさを見せられると何か一言でも言いたくなってくるのだった。

 

「相変わらずですね、ちとせさん」

 

日に日に詩緒へのスキンシップが激しくなっているような気がしないでもないちとせに、困惑したような声音で詩緒の対面にいるあかりが言う。

 

「だって可愛いんだもん」

 

おそらく容姿の可愛さだけを言っているのではないだろう。

詩緒に負けていない容姿の子は周囲にいるし、見た目に反さない性別なのだ。可愛いと言ったらほとんどが彼女たちのことを示すはずである。

とにかく、それ以外の要因で詩緒がちとせのお気に入りとなっていることに間違いはない。

 

「あかりちゃん、何とかして」

 

だる絡み途中のちとせに入ってきたあかりなら何とかなるかもと思い、詩緒は縋ってみたが、ええっ!? と驚愕しておろおろとし始めてしまった。

悪いことしちゃったな、と詩緒はなおも寄りかかってくるちとせの肩や腕をぐいっと押し返す。

 

「きゃ、ウタちゃんが私の身体ベタベタ触ってくる~」

 

絶対に嫌ではないことがわかる声音のちとせ。

セクハラ扱いされてしまえば男子の詩緒はその気がなくとも抵抗をやめるしかなくなり、寄りかかってくるちとせの重さをそのままにしながら涙目で千夜に目配せをした。

 

ちとせの対面にいる千夜は彼らのやり取りを見ていたので、悪いのはお嬢様だということは千夜としても明らかだった。

 

「お嬢様、詩緒くんにそれ以上ご迷惑をかけるのはやめてください。男子というのを利用して弱みに付け込むのは少々意地悪が過ぎます」

 

千夜がいつもより厳しめにつらつらと注意を述べると、周囲はしんと静かになった。

 

「何ですか?」

 

訝しげに見回すと、あかりが口に手を当てて驚いている。

 

「千夜さんって、あんまりウタちゃんのこと好きじゃないと思ってたんですけど、そういうことでもないんですね」

 

いや確かに嫌いではない、と考えるが周りからその反応をされるのがおかしいと感じるのだ。そんなに驚くことだろうか。

 

「いつの間に詩緒くんなんて呼ぶようになったんだね、千夜ちゃん」

 

ちとせのにんまり顔を見て、何だそういうことかと納得したが、どうしたものかと考える。

勝手に男女仲を詮索されているようなのだが、それは特に構わない。

アイドルは恋愛禁止という暗黙の了解があるので、それを盾に否定しておけばいい。

 

「ええ、同じ志を共にする仲間ですし、私だけ名字にさん付けでは不仲を疑われてしまうのではないかと思いましたので……」

 

適当な理由で誤魔化すことにした。

実際の理由は彼が男子に見えなくなってきたから、というものである。

詩緒がこのメンバーの中でアイドルとして磨きをかけていく内に、どんどん女性らしくなっていってる……というわけではない。

周囲が詩緒のことをほとんど男子として見てないことが問題で、先日、颯が面倒くさがって練習後に更衣室へ行かず、まだ詩緒がいるレッスンルームで着替えを始めたのだ。

慌てて颯にそのことを伝えると、あー忘れてた、と言ったのだ。

これはもう完全に男として見られていないということを千夜は悟ったのである。

ちなみにその時の詩緒は颯が着替え始めるのを見ると、慌てて部屋から出て行っていた。

 

そういうわけで彼は気にするし、他は気にしないし、ちとせは絡むしで詩緒の心労が増えるのを配慮しなければならないなと千夜は考えたりもするわけで、『詩緒くん』と呼ぶことでみんなに彼が男子であることをあらためて理解してもらい、警戒心を高めてほしいという思惑があったりもする。

そうして適切な距離感、詩緒のストレスにならないようならなお良し、というのが千夜の作戦であった。

 

結論から言うと全く効果は無かったが、それをまだ知る由もない。

 

「へぇ、千夜さんも結構アイドル活動のこと考えてたんだ! あまり乗り気じゃなさそうだったけどクール系なキャラ作りだったんだね!」

 

勝手に勘違いした颯が嬉しそうな表情で言う。

別にキャラ作りではないのだが、色恋に持っていかれるよりはマシかと考えた千夜は適当に首肯しておいた。

お嬢様から弄られるんだろうなと溜息を吐きそうになるが、まあお嬢様が楽しいならいいだろうと考え直すことにした。

 

ちとせは飽きたのか詩緒を揶揄うことを止めて、いつもの談笑モードに入る。

 

「そう言えば、あかりちゃんのそのキャラクター何なの?」

 

詩緒があかりのカバンに付いているりんごのゆるキャラみたいなキーホルダーを指差しながら尋ねた。

 

「おお、ウタちゃん、この三週間くらい誰も何にも聞いてこなくて悲しかったんご」

 

そう言えばさりげなくアピールしてたけど皆触れていなかったことを思い出す。

 

「こいつはりんごろうさんです! 実家の山形林檎を有名にするために私が考えたりんごの精のマスコットです!」

 

珍しく意気揚々とするあかりに困惑する一同。

 

「あかりんごはこいつで一儲けすることを野望に上京してきたと言っても過言ではないんご!」

 

ぐっと拳を握って、ついでにりんごろうも掲げる。

にやり、とどこか不敵な笑みを浮かべる他称、いや、およそ自称りんごの精は可愛らしいとは言い難かった。

ただ、フェルトで作られた小さなぬいぐるみのようなキーホルダーの出来には感心せざるを得ない。とても器用である。

 

「#謎のマスコット #りんごろう 絶対バズらないしバズらせない」

 

早速アンチが誕生したらしいが、あきらの冗談だ。

 

「あきらちゃん!? なしてや!?」

 

そう言えばあかりは冗談を真に受けちゃうタイプだったな、と考えてあきらは冗談だよと教えると、あかりはホッとしたような表情になる。

 

「ですよね!」

 

元気を取り戻し、自分がアイドルとして有名になれば実家の林檎もよく売れるはずだと信じていることをキラキラした表情で語るので、誰も何も言えずにいたが、凪は違う。

 

「りんごろうさん、初めまして、凪は凪です」

 

急にりんごろうと挨拶を交わしたので、メンバーから何をやってるんだという視線が集まってくるが、お構いなしにおままごとを始めてしまった。

 

「おっす、僕はりんごろう。山形りんごを食べるんご! 君の力で山形県を林檎の生産量一位にするんご! あとは辻野家のりんごとアイドルのあかりんごをよろしく頼むんご!」

 

あかりも謎のテンションを保持したまま凪の土俵へと土足で上がる。

ちなみにこれは謎のテンションを保持したままだからこそ行える芸当である。

しっかりキャラを完成させており、アイドルとしても死角が無い状態に違いない。

 

「いえ、凪は間に合ってますので……」

 

凪はおずおずと頭を下げて身を引こうとする。

先ほどの態度から茶番がそれなりに続くのかと思ったら、どうやらそうではないらしい。

 

「ちょっ! なして宗教の勧誘を断られてるみたいになってるの!?」

 

りんごうろうの演技は一瞬で霧散し、ついついツッコミを入れてしまう。

 

「いいえ、りんごろうは詐欺の注意喚起に使えますよ」

 

「こいつは私利私欲で生まれたのに、そんな徳の高い内容には使えませんよ!」

 

「私利私欲って言っちゃった」

 

颯が静かに指摘したが、興奮気味のあかりには聞こえていないらしい。

あかりは徐々に落ち着いていったが、疲れたのか顔を赤くしている。

クールダウンが必要らしく、購入したアイスカフェラテを飲んでいた。

 

「あかりちゃん」

 

不意にりあむが真剣な表情であかりの名前を呼んだ。

ただ事じゃなさそうな雰囲気だったので、何か地雷を踏んだかもしれないとあかりは少し身構えながら、怒られることも視野に入れて何でしょうかと尋ねる。

 

「事業が成功したら、ぼくにも分けてくんね?」

 

「嫌です」

 

怒られる覚悟で話を聞いたのに、ただで利益を得ようとするせこい申し出だったのであかりは反射的にお断りしてしまった。

 

「なしてや!?」

 

りあむはちゃっかりあかりの口癖が移ってしまったのであった。

 

☆ ☆ ☆

 

「そろそろ帰ろっか?」

 

生産性のない時間を過ごすことおよそ1時間くらいの頃、颯が全員に尋ねる。

ガールズトークをするとあっという間の時間である。あのような会話をガールズトークと呼称するかはさておいて……。

 

人通りは未だに多いものの、もう辺りは暗くなり、自主練での疲れも残っているしお開きにしましょうかということになった。大体これを言い出すのは千夜か颯である。

帰りたいときに帰ろうという提案ができない詩緒としては、そういった雰囲気を察してくれる実に頼もしい二人であった。

 

「自分たち何しに来たんでしたっけ?」

 

当初の目的を忘れてしまったあきらが提起するが、ほとんどのメンバーが覚えておらず、今日も楽しかったねと楽観的であった。

 

「ライブまでそんなに時間が無いので、レッスンを頑張るための決起会を開こうっていう名目でりあむさんが提案したと記憶してます」

 

千夜のタレコミによってりあむに視線が注がれる。

不自然な注目のされ方に動悸が激しくなっていたが、美少女たちに注目されてると考えることで快感に変換した。

 

「まあ、ぼくはみんなと楽しくお喋りできて、明日からも頑張れそうって思ったよ?」

 

りあむの感想に共感し、全員の表情が柔和な笑みに変わる。

日頃からラクして売れたいとか、炎上商法とか騒いでいる人ではあるが、なんだかんだで仲間との繋がりを一番大事にしている人かもしれないと詩緒は思った。意外にも気を遣う人なのだ。

 

じゃあお疲れー、またね、また明日、と口々にして帰路につく。

詩緒はりあむと途中まで、正確には最寄りの駅まで一緒に帰っている。

 

夜は危ないからと詩緒がりあむを帰路の途中にある駅まで送ってから自宅へ帰るのだ。

詩緒は男子として女子を送るのは当然と思っているが、りあむの方こそ詩緒を守るためと思いながら一緒に歩いている。

 

「ウタちゃんのことはこのりあむちゃんが守ってあげるからね!」

 

「あはは、頼りになります。僕もりあむさんがピンチになったら守ります!」

 

お互い割と本気で言っているのだが、お互いに冗談だと思っているところが微笑ましい。

何事もなく駅に到着し、バイバイ、と手を振り合う。

りあむが駅のホームに消えていくまで見送り、詩緒も帰宅する。

 

「ただいまー」

 

挨拶をすると玄関まで姉の時雨がわざわざ迎えに来て、おかえりー、と言ってくれる。

何回かわざわざ玄関まで来なくていいと言ったのだが、まあいいじゃん、と流されてしまう。時雨もそれなりにブラコンで自覚もあるのだ。

 

「今日、ちょっと遅かったね」

 

か弱く可愛い弟が暴漢に襲われないか心配なのである。過去にも詩緒に劣情を抱く男子がいたという実績もある。

 

詩緒が男子だと分かると、男子に恋心を抱くのはどうなのか、と多くの男子が苦悩し、その大半が踏み止まるが、一部の男子は向こう側へと辿り着く。

そういうわけで、詩緒には隠れキリシタンのような男子のファンがこっそりと付いていたらしい。中には強引に迫ってくる男子もいたとか……。

時雨の聞くところによると詩緒は笑って流していたようだが、どうやって強引に迫りくる人をスルーしたのか詳細は知らない。

 

「うん、みんなでお茶した」

 

「いいねー、美少女に囲まれちゃってさ」

 

時雨はホームページでしか見たことない面々に対して少しだけ嫉妬した。

最近、一緒に出掛けてくれることも少なくなったのはアイドルが忙しいからだ。嫌味の一つでも言ってやりたくなる。

 

「そんなんじゃないって。ライブ決まったから、それに向けての決起会? っていうやつ」

 

「お茶したって言ったじゃん」

 

言ってることがさっきと違うと訝しむ様子の姉。

 

「うん、多分お茶」

 

特に否定することもない弟。

彼にとって、というよりもあの時間は誰にとっても特別なものじゃなかったはずだ。きっとすぐ忘れる。

しかし、ああいう時間をふと思い出すんだろうなと詩緒は思う。

 

「うーん、よくわからん。それよりライブするの?」

 

まとめると、決起会がただお茶したみたいだった、というだけの話であるのだが、時雨は分からんと切り捨てて、ライブという言葉を拾う。

絶対行ってやらないとな、という謎の使命感を覚えて心がうずうずし始めていた。

 

「うん、来月ある。土曜日だけど無理して来なくてもいいよ」

 

「いやいや、行きますって。弟の晴れ舞台に私が行かんで誰が行くのさ」

 

確かに都内某所の百貨店に会場を設営し、そこでライブを行うことになっているのだが、客の入りとかはまだ全然聞かされていない。

資料には当日までに十分な宣伝を行い、当日に整理券を配ると記載されているのだが、詩緒はそんなに読み込んでいないらしい。

やはり決起会ではなく、ただのお茶会だったのだ。

 

「じゃあプロデューサーに聞いてみるね」

 

「やったー!」

 

両手を上げて喜んでいるのは演技なんかではない。

そんな姉を微笑ましく見つめて、また一つ頑張れる理由を見つけたのだった。

 

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