ボーイ・イン・ザ・シンデレラ   作:しらかわP

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6th stage : “The first moment he is recognized came.”

ライブ当日の朝。早く起きてしまった。

ついにこの日が来てしまったか、とできることならもうちょっと先延ばしにしてほしかったという気持ちは詩緒の紛うことなき本音である。

準備も万端にして、出かけるまでダンスの振りを復習しまくる。

歌は特に問題なく頭に入っている。パートごとに歌う人が分かれていたりするし、踊るよりは彼にとって簡単だ。

 

いくら復習したところで不安な気持ちを払拭することはできず、居ても立っても居られないので、集合場所に向かうことにした。ちなみに集合場所は現地である。

 

久々に電車に乗り、乗り換えを一回行えば、目的地の百貨店の最寄り駅に到着。

スマホのマップを頼りに百貨店に着くと、詩緒はとりあえずイベントのスペースに向かった。

会場の設営はすでに済んでおり、あとはアイドルたちの衣装や音響の確認などが必要だ。

すでに百貨店内への来客は多く、リハーサルはないということも事前に伝えられていた。

 

どこへ行けばいいのか分からず、とりあえずプロデューサーに連絡を入れてからスタッフに聞くことにした。

 

「あの、おはようございます」

 

「? おはようございます」

 

近くにいた男性のスタッフが、誰だろうか、と訝しみながらも挨拶を返す。

 

「今日ステージに立つアイドルの水上ですけど、神保プロデューサーがどこにいるかご存じでしょうか?」

 

得心いった様子で、ああ、と頷くと神保の居場所を教えてくれた。

詩緒はお礼を言って、その場をあとにし、フロアの端にある関係者以外立ち入り禁止の扉を開けて入っていった。

 

いくつか控室のようなものがあり、美城プロダクションアイドル御一行と簡易的に印刷された紙が貼られた部屋をノックする。

返事が無いので誰もいないだろうと考え、そのまま扉を開ける。

予想通り誰もおらず、家を出るのが早すぎたのを今更実感した。遅刻するよりいいかと前向きに考えるものの、やっぱり大きめの部屋に一人はちょっと寂しい。

 

部屋には今日の衣装や、メイク道具など準備の準備は整っており、昨日のうちに用意したんだろうなとスタッフの方々に頭が上がらない思いだ。

 

一通り見て回り、やることもなくなったので、スマホでSNSを確認する。

あきらや颯の投稿を見ると、今日のライブのことについて宣伝をしているようだ。

もう起きていることがわかってしまうと、まだ来ないのかな、と待ち遠しくなってしまう。

詩緒もこの前プロフィール画面やアイコンやらの設定を教えてもらってSNSデビュー始めたばかりであるが、すでに数千人のフォロワーが付いており、いずれも公式のホームページで見たという美城箱推しのファンか、あきらや颯から派生したファンである。

ちなみにあきらは配信をやっていたという経緯もあり、フォロワー数は一番多い。

 

彼女のツイートやストーリーの中に詩緒に関する情報も含まれており、あきらが男子とずっと言っているのにも関わらず、一部のファンは半信半疑であり、詩緒自身がファンから都市伝説的な扱いを受けていたりもする。

 

詩緒もこの機に自分で投稿してみようと思い、控室の写真を撮って投稿してみたら、すぐにいいねやリツイートの数が増えていく。

複数の人に見られてるのかと考えたら少しだけ恥ずかしくなったが、数字が伸びていくのは見ていて気持ちがいい。

 

リプライも来ており、恐る恐るコメントを確認してみると、あきらの書き込みだった。

内容は『ウタちゃん早いね 自分もすぐに行きます!』に、可愛らしく絵文字を付けたものであった。

詩緒も何か返さないと、と思い『ありがとう。気を付けてくださいね!』と返事をしておいた。

 

他に、まだお互いに見たこともないファンの人からもメッセージが来ていたりして、どうすればいいんだろうか、と一人で慌ててしまう。

一般の方に返事を勝手にしてもいいか分からなかったので、いいねボタンだけ押しておいた。

そうしてスマホとしばらくにらめっこをしていると、ぶぶっという振動と一緒にLINEのプッシュ通知が届く。画面に映った通知にはアイコンの横に『神保勇美』と書かれており、『どちらにいらっしゃいますか?』と一文送られてきていた。

 

『控室にいます』と詩緒も簡潔に返すと、『向かいます』というスタンプが返ってきた。

いつもはお堅い喋り方だけどメッセージとかはちょっと砕けてもいいのかな、なんて思った詩緒は『了解です!』というスタンプを送って、すぐにアプリを閉じる。

既読の文字を付けられるのが何となく恥ずかしく感じた。

 

数分が経過し、部屋にノックの音が響く。

詩緒は突然のノックにびっくりしてガタガタと椅子を動かしてしまったが、神保は返事を待たずに開けた。

 

「おはようございます。早いですね」

 

「あ、おはようございます。緊張しちゃって居ても立っても居られなくて……」

 

変に笑顔を作って詩緒がそう言うと、神保は優しい笑みを浮かべた。

 

「緊張してしまうのは分かります。私も実は、今日のライブで皆さんがどんなパフォーマンスをするのか楽しみでありながらも、緊張しているんです」

 

詩緒は素直に疑問に思い、おかしな話だと感じた。

神保はステージに立つわけでもないし、彼の評価が上下することもないのにと思ってしまう。

実際にはファンからの評価は変わらないのであり、現場指揮はほとんど神保が行うので、会社や業界からの評価に大きく関わってくるのだが、詩緒はまだ知らない。

 

「プロデューサーさんも緊張するんですね」

 

だが当たり障りなく、そうなんだと相槌を打つだけにとどめた。

詩緒の知らないところであれこれ動いているような気配はあり、昨日も社用車で送ってもらったので、その後一旦会社に戻っていることは知っている。

そして現在の神保の様子は、元気そうだがやつれているという印象で、特に目の下の隈を見るとあんまり寝てないであろうことが窺えたので、神保がプロデューサーとしてこのライブを成功に導こうとして人生を削るほどの覚悟があるのだろう、と詩緒なりに察することくらいはできた。

 

「どうでしょう、これから打ち合わせまで時間ありますし、少し早いですがランチでも行きますか?」

 

突然の誘いに、え、と困惑した様子を隠さない詩緒は、失礼なことしちゃったかも、とすぐに反省した。せっかくのプロデューサーさんからのお誘いだし、朝食を忘れて家を出たことを思い返せば、何だかお腹も空いてきたような気がする。別に断る理由もない。

 

「ご一緒します!」

 

ガタっと咄嗟に立ち上がり、勢い余って椅子を倒してしまったのは彼の恥ずかしいエピソードとして神保は記憶したことだろう。

 

☆ ☆ ☆

 

「五階がレストランのフロアになってます。何か食べたいものありますか?」

 

エレベーターで目的の階まで上がっていく間に神保が尋ねた。

特に好き嫌いが無い詩緒は、今これが食べたいというものもなく、お任せします、と無責任な回答をしてしまった。

尋ねた方はどこにしようか相手の顔色を窺いながら決めなければならないため困ってしまうのだが、何でもいいしプロデューサーさんの好きなものを食べてもらおう、と詩緒は深く考えていなかった。

 

「そうですか」

 

プロデューサーもあまりしつこくは聞けず、エレベーターの中はその後無言で少しばかり気まずい空気が漂った。

目的階に着き、エレベーターから降りたところで視界に見えているカツ丼屋でもどうかと提案する。何となく縁起が良いからという理由での選択だった。

 

「はい、いいですね」

 

詩緒もこれまた無難な返しで会話が弾む様子も無い。

詩緒も察しが悪いわけではなく、願掛けのつもりなのだろう、と考えてはいたが一体何に勝利するのかいまいちピンと来ない。また一つ謎が増えたところである。

 

店内へ入ると、バイトのお姉さんにテーブル席に案内されてお互いの対面に腰掛ける。

神保は詩緒にメニューを渡すと、さらりと流し見てから神保へと返す。

初めて来るようなカツ丼屋で注文するものと言えばカツ丼の並以外に考えられなかったので、確認する程度なのだ。

 

あっさりと早い決断もできる子なのか、と神保は驚いたが、確かにアイドルになる決断をするのとは重みが違う。考えるべきところで考えられるし、辛く嫌なこともあまり顔に出さずにこなせてしまう。

その自ら警報を出さない性格が、昨日の事態を引き起こしたとも言える。

 

できるだけ溜め込んでしまう前に捌け口を作ってやらなきゃいけないなと神保は対策を練るのだが、それよりもまず自分の身を案じるべきだと周囲からは文句を言われそうである。

自身の優先順位を一つ下げてしまうことについて、神保と詩緒はよく似ているのであった。

 

「僕はカツ丼の並でお願いします」

 

「わかりました。……すみません、カツ丼の並二つ」

 

さくりと注文を済ませられるのを、神保はありがたくも感じた。

注文した料理を待つ間、神保は詩緒に人間関係は上手くやれてるかどうかなど聞いてみる。

 

「詩緒くんがメンバーで唯一の男子なので、困ったことがあるかと思います」

 

詩緒は少し考える素振りを見せて、皆さん優しいしあんまり無いですけど、と前置きしたが、何かを思い出したようで顔を赤くさせ、苦い表情をする。

 

「皆、僕のこと男子って忘れてるような瞬間があって……」

 

そう話し始めたとき神保自身も忘れることが時折あるので、心の中で他のメンバーに賛同しながら続きを聞いた。

 

「この前は早く帰りたいからって、僕がいるのに更衣室に行かないでレッスンルームで着替え始めたことですかね。他には……無防備な格好をすることが多くて、最近は慣れてきたんですけど、やっぱりまだ困ります。目のやり場とか……」

 

神保がレッスンの現場などに来ることは少ないので、そのことを知る由もなかったが、今後はメンバー間の意識調査も必要かもしれないと神保は思った。

 

あとは、と詩緒の話は続くので神保は再度聞く姿勢を整えた。

そして、やはりというか、彼の悩みの種の一つはちとせである。日頃からあまり人目を気にしないで距離を詰めたり、ボディタッチをしたりとスキンシップが激しい。

生来、男子を揶揄うことに愉しみを見出しているようだが、男女間のやり取りであるので、今後はファンに勘違いされたりも多くなってくることは危惧している。

不仲の方がファンの精神衛生上、圧倒的に良いのかもしれない。

 

詩緒はちとせ絡みで神保にどうにかしてほしいとは思っているが、それよりも今日一番の輝きを持つ笑顔を見せて言葉を紡いだ。

 

「ちとせさんはすっごく尊敬できる素敵な方です」

 

最終的に彼はちとせをそう評価したのだ。

迷惑だと思うこともあるけれど、彼女に助けられている部分も多い。

要領もいいし、容姿も十二分、自由奔放だけど、いつも仲間を気にかけている。

 

「でもプロデューサーさんからも注意してくださいね!」

 

それとこれとは話が違うとばかりに身を乗り出し、詩緒は神保にお願いした。

 

「ええ、善処します」

 

落ち着いた様子で神保が首肯したタイミングで、注文したカツ丼が運ばれてきた。

 

☆ ☆ ☆

 

「いただきます」

 

挨拶をしてちまちまと食べ始める。

神保は失礼ながらも、見た目通りの食事風景だな、と観察しながら自分も食事をする。

 

「そういえば今朝SNSを更新していましたけど、こういった食事の写真は載せなくてよかったのですか?」

 

何か話題になりそうなことが見つかったので、食事中ではあるが話せるうちに話しておこうと思った神保は、SNSについて聞いてみた。

すると詩緒はきょとんとした表情を見せる。

 

「僕が何食べてるかなんて、フォロワーさんは気にならないと思いますけど」

 

その一言であんまりSNSやるタイプじゃないということが明らかになった。

しかしそれが、意外と気になる人もいるということを懇切丁寧に説明すると、詩緒は気が変わったようで、神保に撮ってくださいとお願いする。

 

「ちょっと食べちゃったけど、いいんですか?」

 

詩緒の最初の数口くらいじゃ全然量は減っておらず、問題ないことを伝えてから詩緒とカツ丼のツーショットを撮影した。カメラ目線でピースしている写真は新人というか素人っぽさが滲み出ており、あまり良いものとは言い難い。

 

食事に戻る詩緒に写真を投稿しないのか聞いてみると、料理が冷めてしまうので食べ終わってから投稿するとのこと。律儀な性格をしているなと思った。

 

ただ神保が何か提案をすれば詩緒は大体乗ってくれるので、実は何を食べているかだけではなく食べているところも需要があると説明し、動画も撮ってみますか? と尋ねた。

詩緒はやはり、そうですか、と一言言ってスマホを手渡してきた。

 

少し調子に乗ってしまったなと反省はするが、きっとフォロワーは盛り上がるだろう。デビュー前の今でさえ男子か女子かの議論が行われているのだ。

神保としてはホームページにしっかり性別についても書いてあるから、疑う余地は無いと考えているのだが、信じられない人も一定数いるらしい。

 

詩緒が食事をして、美味しい、と言っているだけの動画を一分弱撮影した。

照れていたのか三十秒経ったくらいで、そんなに撮ってたら冷めちゃいますよ? とプロデューサーに注意したが、神保が何も言わないので詩緒も無視して食べ進める。

 

「なんか変な気分です……」

 

撮り終わり、スマホを返されたので、そうぼやきながら鞄にしまった。

お手拭きで手を拭いてから食事に戻り、時折、他愛のない話をしてランチを終えた。

 

席を立つ前にプロデューサーに投稿しておくといいと勧められ、やり方を教えてもらいながらさっき撮った写真と動画をアップしてみる。

投稿して数秒でいいねとリツイートの数に変化が起こり、あきらから『美味しそう』と絵文字付きでメッセージが返ってきた。

あきらの返事の早さに驚いた。とりあえずいいねボタンを押しておくことにした。

 

お会計でレジ前に二人で並ぶ。

詩緒が財布を取り出して、自分のお支払いをしようとしたのを神保は慌てて遮った。

 

「詩緒くんは払わなくて大丈夫です!」

 

「え、そんな訳にはいきません」

 

払ってもらうことにとてつもない罪悪感を抱いたのか、しばらくの間、払います払わなくていいですの問答になったが、神保が経費で落ちることとその意味を懇切丁寧に説明してようやく納得した詩緒があっさりと折れた。

 

「ちょっとラッキーかも」

 

と本音の感想を漏らしていたのが歳相応で可愛らしいなと神保は思った。

 

☆ ☆ ☆

 

集合時間の十分前。

詩緒が控室に戻ると、すでにメンバーは集合していた。

そのことを認識した詩緒は全員に向かって頭を下げる。

 

「皆さん、おはようございます。昨日はご迷惑おかけしました!」

 

あかりや颯が駆け寄り、他のメンバーも挨拶を返す。

りあむは、気にしなくていいよ、と椅子に偉そうに座っていた。

 

「ウタちゃん、早かったね!」

 

「早く起きちゃって……」

 

「お昼ご飯誰と行ったの!?」

 

あかりが会話を続けようとしたが、横から颯が勢いよく割り込んだ。

少し驚いて、詩緒とあかりはビクッと肩を震わす。

 

「プロデューサーさんと……」

 

「変なことされなかった!?」

 

「えぇ……変なことって何?」

 

矢継ぎ早に質問を繰り出されて、戸惑ってしまったがSNSに投稿したことやプロデューサーとランチに行ってたことなど話題に尽きることは無い。

 

あれこれと話していたらあっという間に集合時間になり、神保とスタッフがノックした後部屋に入ってきた。

よろしくお願いしますと挨拶を交わし、隣の部屋でメイクアップや衣装替えを行うことをスタッフに説明されて移動する。

男子である詩緒は部屋に残って準備をする。彼を担当することになったメイクスタッフと衣装を合わせるために持ってきた衣装スタッフが部屋へ入って詩緒を確認すると、驚愕に目を見開く。

 

「嘘、本当に男の子?」

 

このやり取り見たことある、とまだ新しめの記憶を呼び起こし、しっかり男であることを明言しておいた。

スタッフさんたちも、担当するアイドルが男の子だと聞いていたが、これほど女の子に見えるとは思わなかったし、事前に聞いていなかったら女の子と勘違いしたまま仕事を進めるところであった。

フリーズしていたところに彼からの挨拶が入ったことで、仕事モードに切り替わる。

 

「先に衣装合わせますね」

 

衣装スタッフが詩緒に衣装を着せるため、部屋の端に移動する。

試着室のような小さな個室が隣の部屋にはあるのだが、控室の方には無いのでパパっと脱いで下着姿になる。

男性用のスポブラとスパッツを着用しており、運動しやすそうな格好だ。

二人のスタッフは一瞬だけ仕事を忘れてスパッツの股間部分を凝視した。

時間にして一秒程度だが男性が持つわずかな膨らみを目視して、ちょっとだけ邪な気持ちを抱いたが、仕事になるとその感情もすぐに薄れてテキパキと準備に取り掛かっている。

 

「衣装合わせお願いします」

 

詩緒の言葉に応じて衣装さんがまずズボンを渡した。

実は一週間ほど前に衣装合わせをしたことがあり、その時は可愛らしいスカートだったが、詩緒の希望というより我儘でズボンにしてくださいとお願いしていたのだ。

今回みんなと同じ衣装にはならないが、男子であることを印象付けるには良いだろう。

 

だが、実際着てみるとホットパンツ並みの短さで想像していたズボンとは違ったし、スパッツも少しはみ出していた。

 

「どうしよ……」

 

詩緒の顔色はじわじわと青ざめていく。

 

「下着を着替えれば対応できるから大丈夫!」

 

それを見たスタッフが落ち着かせるように余裕をもって答えた。

とりあえずズボンはそのままにして靴、上半身と衣装を合わせていく。

 

「相談してくるね!」

 

着替えが一旦終わり、衣装スタッフさんはそう言って部屋を出た。

その間にメイクを始めておいてとメイクのスタッフさんと連携を取る。

 

メイクをする準備は整っており、詩緒は座って目を瞑る。

黙々と顔にお絵描きされているようで不思議な気分のまま髪までセットし終わっていた。

メイクさんができたから確認して、と詩緒に手鏡を渡した。

 

彼は自分の顔を見て、見違えるように綺麗になっていることに驚き、そんなことを考える自分はもしかしてナルシストかもしれない、と恥ずかしくなった。

エクステで髪を二つ結びのお下げにしてイメージチェンジもしている。

 

「これ、僕ですか?」

 

女装に目覚めそうになった瞬間であるが、冷静に考えたら女性みたいな格好させられていることがそもそも疑問であった。

 

「素材が良いからメイクのし甲斐があったよ!」

 

メイクさんのやり切った笑顔が眩しく、絶対にライブを成功させたいという気持ちが強まった。

あとはズボンからはみ出たスパッツをどうするかだが、ちょうど衣装さんと神保と他のメンバーが戻ってきて、詩緒を見る。

 

アイドルたちはしばらく呆然としていたが、ハッとすると口々に可愛いだとか、もう女子にしか見えないだとか、どうやら絶賛しているようであった。

 

神保は彼女たちを尻目に苦笑しつつも、問題となるスパッツを確認する。

彼は詩緒の全身をじっと見て、このまま行きましょう、と言った。

 

「あの、スパッツ見えてますけど……」

 

詩緒は控えめに抗議したが、衣装全体の見栄えを崩すものではないし神保は特に問題にはならないとした。

念のためメンバーにも確認する神保だが、別におかしなところはないと答える。

どうにも気を遣った様子も無かったため、詩緒の不安も薄れていき見えてるスパッツの状態でステージに出ることになった。

 

☆ ☆ ☆

 

このあとすぐにプロジェクトのメンバーがステージに上がる。

初めてのライブ、初めてのパフォーマンス、それもメンバー全員。

初ステージにしては少し荷が重いかもしれない。

もっと閉鎖された小さな空間で経験を積むべきだったのかもしれないし、レッスンの時間ももっと確保しておくべきだったかもしれない。

神保は後悔とも反省とも似てないようなパラレルを考えてしまうが、それも仕方ないことだと割り切った。

上司から課された課題をこなすには、少しばかり無茶なスケジュールに対応してもらうしかない。

 

今回ずっと不安を抱えてるであろう詩緒を見れば、手や足が震えていた。

大丈夫かと声をかけようとしたが、彼の手をぎゅっと握ったちとせを見て口角を上げる。

 

「大丈夫だよ。私もちゃんとビビってる」

 

不敵に笑うが、確かに手の震えは詩緒に伝わってきた。

空いた手を他のメンバーが繋ぎ、自然と輪になる。

 

「黒埼さん、リーダーとして一言いただけますか?」

 

それは神保から課せられたオーダー。

何で私が……と考えるはずもなく、笑みを深めてちとせは全員に振り向いた。

 

「一人一人が主役だよ! 初ライブ楽しんでいこう!」

 

おー! と全員で手を掲げる中、そんなことも言えるんだ、とメンバーはちとせに対してそう思った。

 

『それでは登場していただきましょう!』

 

舞台の司会進行の人が彼女たちを呼ぶ。

ぎゅっとお互いの不安を拭うようにして強く手を握り、離す。

 

☆ ☆ ☆

 

『私たち、シンデレラガールズです!!』

 

これが美城所属のアイドルの定型自己紹介である。

ちとせがヘッドマイクを通して話し始める。

 

「初めてのライブに来てくれてありがとう! 名前だけでも覚えて帰ってね!」

 

それぞれ自己紹介を終えて、すぐに一曲目が始まった。

練習通り、ミスもなく完璧にこなしている。お客さんの反応も悪くない。

笑顔で楽しんでくれている。

 

客層は事前に情報を仕入れていたアイドルファンや、地元でたまたま足を運んだお客さんがいる。

 

一曲目を終えて拍手が沸き起こる。

気が付けばギャラリーは整理券で指定の席に座っている人たちだけでなく、買い物に来た客まで上の階から見ているのだ。

 

MCに入るが、特にこの部分に対しての台本は用意されていない。

いつも通りの会話でお願いします、と神保からは注文されているが、いつもって何だっけ? と緊張から口が開かない。

 

「そういえば、ウタちゃんの衣装だけみんなと違いますね? どこの企業スパイ?」

 

凪が話題の取っ掛かりを作る。みんながナイス! と思いながら、乗っかるしかないと会話を繋いでいく。

 

「スパイじゃないよ!? 皆さんもご存知だと思いますけど僕は男子だから、スカートじゃなくてズボンを用意してもらいました!」

 

性別カミングアウトで聞いていたギャラリーがざわつく。

 

「誰も知らないって! ほら、みんな驚いてるじゃん!」

 

颯がギャラリーを巻き込みながら彼女たちの空気を作り上げた。

それからは緊張も徐々に解けていき、全員が上手く会話を盛り上げることに成功する。

 

良い流れで二曲目に入りギャラリーをどんどん引き込んでいく、いつの間にか足を止める人の数も倍近くに増えていた。

ただ、詩緒に対する注目度が先ほどよりも高い。

 

そうして無事に二曲目も終わり、続けて最後の曲を披露する。

今まで完璧にこなせたことのない課題の曲だ。

 

笑顔を見せていた先ほどの可愛らしい二曲とは違い、カッコよさを前面に押し出したクールなナンバーであり、振り付けの難易度もかなり高いことが見ている人にも伝わる。

 

序盤、激しい動きが多いがパートで分けられているため、タイミングさえ掴めばバッチリ決まる。

中盤、勢いもそのままで疲れてくる頃合い。歌が乱れるわけにはいかないので、体力の管理が必要になる。

終盤、この曲の見せ場であり、今まで詩緒が練習で乗り越えたことが無い最難関のポイント。一糸乱れぬフォーメーションを決められれば、文句なしの出来。

 

練習でできないことは本番でもできないことが多い。

しかし、昨日できなかったことが今日できないとは限らない。

 

なんと、終盤の動きに詩緒が付いていけている。

昨日の練習が功を奏したのだろうか、それでも詩緒は何も考えられず、ただ歌って踊っていた。

 

必死に食らいついていると、いつも聞いている曲のため、楽曲がそろそろ終わることを理解したが、その瞬間に苦悶の表情を浮かべそうになる。

その時初めて周りのメンバーの表情を見た。もちろん余裕があったわけじゃない。

今、みんなはどういう顔をしているのか、自分と同じ顔をしているだろうか、自分みたいに辛くなかったらいいな、といろんなことが頭を駆け巡った。

 

そして目が合う。嬉しそうに笑っていた。

そうして気が付く。やったね、できたね、という労いの笑顔だ。

全員が全員、初のステージにも関わらず仲間一人の成長が何よりも嬉しい、と語りかけているようだった。

 

本番にしてようやく、初めて最後まで完走することができた達成感は大きい。

曲の最後もバッチリと決めると、余韻に浸る間もなく、わぁーっ! という歓声と拍手がアイドルたちに響いた。

 

数秒後、ぐすっ……! という誰かのすすり泣く声をマイクが拾った。

終わった時に前を向かずに俯いたまま肩を震わせているのは詩緒だけだった。

隣の千夜が袖を引いて、我慢して、と小声で告げた。まだ泣くなと言っている。

 

「ありがとうございました! 美城プロダクションのニューアイドルプロジェクトを今後ともよろしくお願いします!」

 

開演前にリーダーに任命されたちとせが締めて、閉演となる。

ギャラリーは散り散りになっていくが、アイドルや整理券を受け取った人たち、たまたまステージを見てファンになった人たちのイベントはまだ終わっていない。

CDの販売が控えているのだ。




ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。
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