ボーイ・イン・ザ・シンデレラ   作:しらかわP

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8th stage : “After the gorgeous stage, we return to our daily lives for a short time.”

ライブの日から一ヶ月が経過した。

神保の手腕によりこの一か月間で何とか営業を増やすことに成功し、急ピッチではあったがすでにもう一件の案件を完了している。

 

詩緒も既修のダンスであればすでに安定しており、しばらくは新曲も無いだろうということで、レッスンでは既存の曲でもパフォーマンスできるようにレパートリーを増やしていくのが彼の目標である。

連日遅くまで練習をしている甲斐もあって運動神経が皆無の詩緒でもダンスに関しては覚えも早くなり上手くなっていると言えるだろう。

 

そんな彼の本業と言えば学生であり、学校生活も疎かにしてはいけないと思いながらも学業面ではじわじわとその成績を落としていた。あちらを立てればこちらが立たず。

 

詩緒はノートに板書していたが、内心では数式の意味も全く分からず、何がどうなってその式が出てくるのかという事態へ陥っていた。有体に言えば授業についていけていなかった。

夏休みというデザートを目の前にして、期末試験という料理は彼にとっていささか重すぎてならないのだ。

 

お昼休みの時間になり自分の席で弁当を食べる。

基本的に一人でも大丈夫な詩緒は黙々と食事を始める。知らない男子からは敬遠されがちだが、孤立している訳ではない。

友達はいるし、誰かが向こうから話しかけてくる程度には詩緒に対する接しやすさや魅力を感じているようだ。

 

それに加えて初ライブが夕方の報道番組で少しだけ特集されたらしく、それを見た同校の生徒から静かに噂が波及していった。

そして動画投稿サイトにアップされた件の報道と詩緒が同一人物であることが半信半疑となる中、真偽を確かめるべく他学年、同学年にかかわらず生徒が詩緒を見に来ており、肩身が狭くなる思いをしている。

 

プライベートで見られる不快感と、仕事でアイドルとして見られる快感とで、こんなに差があるとは彼自身も思わなかったのだが、クラスメートがそういった好奇心から詩緒を守ろうとしてくれて生徒を追い払ったり、扉を閉めたり、先生を呼んでくれたりと大いに助かっている。

 

詩緒が、ありがとう、とお礼を言うと男女とも笑顔を返すのが大体の反応だが、たまに照れる男子や、顔を真っ赤にさせる女子がいたりして大抵クラスメートに弄られている。

 

体育の時間は多くの男子が変な気持ちになることがある。

男子の着替え場所は更衣室ではなく教室なので、詩緒が躊躇なくパッと脱ぎだすのに時折慌てる男子がいて、漏れなく他の男子から弄られている。

細身の体系で顔も女子なので、チラチラと上半身裸の彼を盗み見る者もいたが、胸がとことん平坦であることに変わりなく、そこで正気に戻る男子もいたりする。

しかしアイドルを始めてしばらく経ってから男性用のスポブラとスパッツを着用するようになり、色気が増したと評する者も現れた。

 

陰であれこれ噂されており、本人の耳に入っても気にしていないと笑って許してくれるような姿は健気であり、心の広い人物であると同級の友人は語る。

つまるところクラスでの詩緒の扱いは天使のそれと同じである。

 

詩緒の評価とは関係なしにいつだって学校行事は平等だ。

今回の期末試験でスクランブルが発生するとは詩緒だって夢にも思わない。

 

赤点取ったら補習な、という担任教師のその一言にクラス内ではブーイングが起きたほどだが、詩緒の顔色は静かに蒼褪めていた。

まさか本当に赤点で夏休みが補習で潰れるという展開を漫画の中でしか知らなかったのだ。

 

赤点の条件は平均点の半分。ちなみに主科目の5教科のみで保健体育などの副科目には補修は発生しない。

 

テスト初日は残り一週間と三日であり、とにかく何とかしないと、と気持ちを引き締めるのであったが、レッスンには行かないといけない気持ちもあり、その日の放課後はまず事務所に向かうのであった。

 

☆ ☆ ☆

 

「そろそろ期末試験だからヤバいんご……」

 

「#期末試験 って言っても自分たちのとこは芸能人がたくさん通うような学校デスからね。そんな気にしなくてもいいんじゃない?」

 

レッスンを一通り終えてこれから自主練習する時間になるのだが、その合間に学校の試験の話が持ち上がり、二人の話している内容を聞いて詩緒はそう言えばそうだったと思い出した。

みるみる顔面蒼白になっていく詩緒をあかりが発見する。

 

「ウタちゃん!? どうしたの!? 具合悪いんですか!?」

 

びっくりしすぎてほとんど叫んでいるあかり。他のメンバーも心配している。

メンバーは事情を聞くと、何だそんなことかと肩を竦めた。

 

「はー、いいっすねぇ……青春っすねぇ……」

 

りあむがやれやれとポーズを取って小馬鹿にしたように言う。

千夜は何かしら高校時代に未練があるのかと思ってしまったが詮索するのはやめておいた。

 

「どうしよう夏休みなくなっちゃう……」

 

本気で心配する詩緒に対して颯は大丈夫、と背中を叩いた。

彼女は中学生で義務教育の只中なので授業を受けてれば最低でも赤点になることなんてないと信じている。中学と高校ではレベルが違うのをまだ知らないことに加えて、家で勉強しなくても点数取れちゃうタイプの人間なのである。

 

「夏休みがなくなることがあるんですね……。いやいっそ夏休みを取り上げられる人をこの目で見てみたい気持ちもあります。『ウタの夏休み 先生と二人の恋愛補習』……いいですね」

 

「何にも良くないよ! 最近なーちゃんサブタイトル付けるのハマってるし。せっかく仲良くなったみんなと遊びたいのに……」

 

珍しく強い口調の詩緒。ツッコミに回るのも珍しいが、それからしゅんと落ち込んだ。

聞き逃さなかったのはあかりで、誰と仲良くなりました? とうずうずしながら聞いてみると、案の定と言うべきかアイドルメンバーの名前を挙げた。

 

そこそこ距離感は詰められたかなと疑っていたメンバーだったが、実際に詩緒から仲良し認定されると思った以上に嬉しい。

今まで男女の適切な距離感を侵害しないように詩緒は立ち回っていたので、実はビジネスパートナー的な存在なんじゃないかと心のどこかで思っていたのだが、本人の口から告げられたのだ。

 

「ウタちゃん……!」

 

ひし、と抱き着こうとしてきたりあむをさらりと躱す。ダンスレッスンが板に付いてきたらしい。

 

「と、とにかく試験をどうにかしないとヤバいんです」

 

こほんと詩緒が一つ咳払いをしてから状況をあらためて説明するが、ちとせが何を言ってるのかとばかりに呆れた様子を見せる。

 

「試験ってちゃんと授業受けてれば赤点取ることなくない?」

 

高校レベルの問題を経験していない颯の言葉とは比較にならない説得力で言い放つ。

体力的には詩緒と同じくらい貧弱なちとせだが、その要領の良さでカバーしており、要領の良さとはもちろん勉強にも応用が利く能力である。

 

圧倒的な才能の差を見せつけられた詩緒はぴしゃりと雷に打たれたように固まったと思ったらその場にうずくまって、そのままの姿勢でこてんと横に倒れる。

他にも、がつんと殴られたように目を見開くのはりあむやあかりである。衝撃的であるらしい。

 

「天才には分からない悩みを凡人は抱えているんです……」

 

遠回しに勉強ができない頭の悪い子と言われているようで、すっかり拗ねてしまう。

彼の言葉に、逆もまた然り、と千夜は思ったが、詩緒が可哀想だったので何も言わないことにした。

 

「別に天才じゃないけどねぇ……ほら、よく考えてよ? クラスの中でも赤点取る人なんてそんなに多くないでしょ? 私だって平均点ちょい下くらいだったし、それくらいなら最低限の勉強で取れるって話♪」

 

さらっと言ってはいるが、前提として詩緒はレッスンを始めてから授業以外での勉強を全くしていない。基本的には予習と復習をしなければ学習というものは頭に入るものではない。

 

ちとせは詩緒を無理矢理起こすと、夏休み無くなっちゃうの嫌でしょ? と奮い立たせようとする。ちとせとしても、詩緒がせっかく遊びに行きたいと明言している状況をみすみす逃そうとするはずがない。

そして何か思いついたように、そうだ、と一言言うと千夜に振り返った。

 

「千夜ちゃんが教えてあげればいいじゃん」

 

千夜は、また厄介なことになりそうだと身構える。

ちとせは知っているが普段から勉学を欠かさない千夜の学力は高く、現役の高校二年生であり、詩緒の範囲は既修済みであることから、まさに適任である。

 

「……自主練習の時間は減ると思いますが、それでも良ければ」

 

逡巡した千夜だったが、少なくともちとせの頼みとあらば無碍にすることもできないし、自身も詩緒との友情が深まっていることを本人から聞かされれば情が湧くこともあり、自主練の時間を勉強に費やすならいいですよ、と言外にレッスンの削減を提案している。

まあ千夜にも家事に炊事にちとせの世話にとやることがあるので、断ってしまえるならそうしたいのが本音だ。

 

むむ……と詩緒は悩み始める。

彼の現在の目標はというと、このプロジェクトでアイドルとして活躍することだ。

活躍するにはパフォーマンスのレベルを上げることが近道だと思っているので、詩緒はできるだけ練習の時間を省きたくないのだ。

それに遊ぶことより仕事の方が優先順位は高いと考えているので、最悪の場合、夏休みに補習を受ければいいかと能天気なことを考えていた。勉強も嫌いらしい。

 

そういった理由で断るとメンバーに、ウタちゃんは歌以外に何が残っているの? と言わんばかりの表情をされ、本気で心配される。

準進学校レベルの高校に通ってはいるものの勉強についていけない、運動もできないとなると、学生としての基礎ステータスは壊滅的と言わざるを得ない。

 

千夜にも心労をかけなくて済むし自分の中で完結した詩緒は補習を受けてもいいかと開き直り、自主練習を始めようとした折、ちょうど神保がレッスンルームに入ってきた。

一応ノックはしてあったので、全員が神保に注目している状況である。

 

「皆さん、お疲れ様です」

 

その言葉に全員がお疲れ様です、と返事をして彼の言葉を待った。

神保は今後のスケジュールのために話をしに来たという。

初ライブ後に全員の今後のスケジュールをヒアリングしていた神保は学校行事等に支障が出ないように管理する必要があると考え、そのヒアリング結果を基に仕事を調整していたのである。

遠い日程では来年の二月、バレンタインデーに近い休日に案件が入っている。

もちろんそこまでのスケジュールはアイドルメンバーたちも未定なので、神保が空けておいてくださいとお願いしている程度だ。

 

こうして仕事の合間を縫ってアイドル達とのコミュニケーションも行っている神保は着々と信頼関係を築いている。

 

七月は試験期間ということもあって受ける案件を絞り、選択を行っているが、事前調査で八月からは完全に夏休みに入ることを把握している神保は、美城プロ合同夏フェス、それに向けた合宿、他にも雑誌掲載のグラビア撮影など、スケジュールを割と詰め込んでいた。

 

今は本業がアイドルのちとせや、先日専門学校を退学したりあむはスケジュールを埋めてくれるならそれで問題ないが、学校があるメンバーは違う。

まずは各人の希望を尊重しているので、学業に力を入れたいのであれば止む無しといった形で脱退も視野に入れてはいるが、それはあくまで説得しきれなかったらの話である。

彼もせっかくオーディションやスカウトで厳選したメンバーたちを早々に手放したくはない。

 

そんな気持ちをわずかに滲ませて八月のスケジュール表を配ると、詩緒が明らかに動揺しており、食い入るように日程表を見つめた後視線をきょろきょろと右往左往させるというベタなほど分かりやすい反応を見た神保はどうかしたのか聞かざるを得ない。

他のメンバーの視線も確認すると、やはり何故か詩緒に集中していることが分かる。

 

「あぅ……これって来月の仕事ですよね?」

 

躊躇いがちに確認を行う。先ほどそう説明したことを再度丁寧に教えて来月スケジュールの調整で何か不備があったか尋ねる。

 

「あ、いや、何でも……ないです」

 

「……確認ですけど、詩緒くん夏休みですよね?」

 

明らかに何かあることを察知した神保は、微妙な空気になりながらも聞いてみた。

 

「……その予定です」

 

予定というか学校的には確定なので、のっぴきならない事情があることを踏まえて再び質問をする。

 

「試験で赤点なら補習とかあります?」

 

いきなり核心を突いてきてビクッとなる詩緒。

それを見て神保の懸念は確信に変わると、珍しく額にそっと手を置いた。

久しぶりに見せる困った表情の神保に、メンバーの皆が事の重大さを理解した。

 

「赤点取らなければいい話なので、勉強に力を入れてください」

 

簡潔にそう言うと詩緒は本日から試験が終わるまでの間、レッスン禁止令が下される。

ちゃんと勉強してください、と神保に念を押された詩緒はすぐさま帰り支度をさせられた。

 

「ウタちゃんお疲れー。しばらくウタちゃんとレッスンできないの残念だなぁ……」

 

「凪も、ウタちゃんが補習まみれで合宿行けなくなってもウタちゃんの分まで楽しみますから……」

 

颯はいつも詩緒と自主練を繰り返してきた自主練仲間である。

颯と凪はいつも一緒にいるが、凪は途中からサボり出すので詩緒がいるかいないかでモチベーションが変わってくるのは確かだったので、心から残念そうだ。

凪はただただ煽っていた。

 

勉強の良し悪しが仕事に直結するなんて思ってもみなかった詩緒は悔しくて血の涙を流しそうなほどであったが、すぐに帰って勉強をする決意を固める。

彼にとっての目標はアイドル活動における全員の成功であり、一人で足を引っ張り他のメンバーに心労をかけるわけにはいかないと考えていた。

あとは単純に合宿やら夏フェスやらに参加したい気持ちがある。特に合宿という響きにワクワクしているのだった。

 

それも含めて何としても八月のアイドル活動を行いたい詩緒は神保を説得しようとしたが、聞き入れてもらえなかった。

だが、補習も休めば問題ないことを説明したところで神保が首を縦に振るわけもなく、逆にお説教されてしまった。お説教など珍しいどころではなく初めてのことであった。

 

本分である学業を疎かにしてはならないこと、補習を休んでまで活動を続ける意味があるのかどうか、問題を残したままファンの前に立つ資格はあるのかなど……割とガチ目に説教されて項垂れてしまったが自身を奮い立たせることもできた。

 

皆からも頑張ってねと声をかけられてレッスンルームを退室する。

勉強をちゃんとできるかどうか分からなかったが、帰ってから考えることにした。

 

☆ ☆ ☆

 

「……わかんない」

 

詩緒は自室の学習机の上に頭を横にして寝ながら不貞腐れていた。

家に帰り、食事と風呂の時間を経て現在に至るわけだが、どうしようもなく理系科目が分からなかった。

 

その後、一分くらいまごついていたが、これでは駄目だと思い直した詩緒は暗記なら比較的容易にできると考えて文系科目の出題範囲に目を通し始める。

英語も出題範囲さえ分かれば所詮は一年の期末なので問題ないし、国語も現代文の内容を読み込むことである程度対応できると踏んでいる。社会は地理で資料の暗記をして対策。

家族には勉強すると告げて部屋に籠っている。

寝るまでの時間をその三科目に費やして、日付が変わる前に寝る。

 

☆ ☆ ☆

 

翌朝起きた詩緒はちょこちょこと跳ねた髪の毛をそのままにして早々に教科書を広げる。

ぶつぶつと唱えるように音読しながら記憶を整理する。

 

数学、物理、生物はクラスの友達に聞こうと決意して、朝はいったん捨てた。

それから寝癖を直すのも忘れず登校。アイドルなので身だしなみには気を遣う。

登校中、片手には教科書を持っており、歩きスマホみたいな迷惑な状態であるが、問題なく教室まで到着する。

 

授業もいつも通り受けるが、理系科目はやはり分からなかったので授業終わりに先生に相談したところ、珍しそうな顔をしたが不良生徒が更生するような謎の感銘を受けたようで、快く時間を作ってくれることになった。

 

これじゃ補習と変わらないと思ったが、赤点から正式の補習を受けることになったら神保の信頼も失うし、仕事にも支障が出るし、合宿にも行けなくなるので、明らかに違う。

 

その日の放課後から各担当の先生に相談し、個別で勉強を教えてもらう。

先生の私物の問題集からコピーした課題も出してもらい意外と親身になってくれることに驚きながらも、試験が始まるまでの間勉強を続けた。

 

アイドルに関する活動は、習慣のようになったストレッチを毎日続けるくらいであったが、たまに我慢できなくなり自室でダンスを踊ったり、歌を歌ったりして親に怒られた。

 

そうして、あっという間に終えた試験期間なのであった。

 

☆ ☆ ☆

 

結論から言うと詩緒は赤点を取らずに済んだ。

 

「おめでとう!」

 

あかりにぱちぱちと拍手で称賛される。

点数はどうだったかと聞かれた詩緒は、赤点じゃなかったです、と笑顔で答えるマシーンになったのであかりは聞くのをやめた。クラスで下から数えた方が早いことを何となく察したのである。

 

「お疲れ様です。これで懸念無く八月の活動ができますね」

 

神保も詩緒の試験結果を確認するためレッスンルームに来ていたが、すぐに事務所に戻っていった。本当に確認しに来ただけだったのか、と軽く困惑してるところにトレーナーの聖が入れ替わりで入ってくる。

 

「それじゃあレッスンを始めるぞ」

 

これからしっかりレッスンするぞと意気込んできた詩緒。

 

「水上はまず赤点回避おめでとう。今日から新曲の練習が始まる。水上はまず感覚を取り戻せるように尽力してくれ」

 

それを聞いた詩緒の頭上に疑問符が浮かび上がる。

他のメンバーは、ああそっかとばかりに気の毒そうに詩緒を一瞥したのだった。

 

「Pサンもウタちゃんに必要以上の情報は与えないようにしてたから、今回はしょうがないね」

 

新曲の情報が入っていなかった詩緒に対して、あきらがフォローする。

凪もすかさず、サプライズです、と両手をパッと開いておちゃらけてみせた。

詩緒も知らなかったというだけで特段気にする様子もなく、むしろ新曲が嬉しいと思ったくらいだった。

 

本日は久しぶりにレッスンを再開して数日経つが、以前と違うところと言えば、ダンスの練度が上がったことによる振り付けの覚えの速さ、動きのスムーズさが挙げられる。

 

トレーナーである聖もやはり目を見張る成長のようで、練習を行っていない期間が開いていたことも加味すると凄まじい成長速度である。

 

「水上、君は普段頑張っているんだな。この調子で勉強と両立できるように頑張りなさい。この二週間ほど練習できなかったのは勿体ない。君ならバランス良く両立できるはずだ」

 

お褒めの言葉とアドバイスを同時に貰って、少しきょとんとした詩緒だが普段クールでカッコいい女性に笑顔で言われたので、顔がぽっぽっと熱くなっていくような感じがした。

困惑しているのか、照れているのかスポーツタオルで汗を拭うふりをして口元を隠した。

 

「はい、頑張ります。いつもありがとうございます」

 

と彼女の目を恐る恐る見て、表情を窺いながらお礼の言葉を口にしたのだった。

 

☆ ☆ ☆

 

レッスン終わりにいつもの美城プロダクション併設のカフェで詩緒の赤点回避おめでとうの会と称したただのお茶会が開かれる。

 

「ウタちゃんおめでとう♪」

 

ちとせが相変わらず詩緒の隣に陣取ると、レモンティーを優雅に飲みながら祝福する。

 

「ウタちゃんはやればできる子だと信じていました」

 

凪が本当ですよ? と念を押してくるので逆に嘘っぽく聞こえる。

 

「でも良かったデス。みんなで仕事ができるみたいで」

 

あきらが安堵したか分からないテンションで言ったが、フラペチーノを飲むためマスクをずらした時に口角が上がっていたのが見えたので、嬉しそうなんだとメンバーは理解する。

 

「あきらちゃん、嬉しそ~」

 

にやり、と反応したのは颯だ。

その隣のりあむもにまにまと厭らしい笑みを浮かべてあきらを見ていた。

あきらは、何デスか……と呆れたように言ってもう一口飲み物を口にしたが、耳は赤くなっていたので、図星を突かれて少し居心地が悪くなったようだ。

 

「はーちゃんこそ今日はずっとそわそわしてた癖に」

 

凪からの横槍に颯は声を上ずらせて否定していた。

 

「ウタちゃん、もしかして聖さんのこと好きなの?」

 

そんな中、あかりが突拍子もなく恋バナを展開し始める。

今日、詩緒が聖とやり取りをしているところを見てそう思ったのだろう。

詩緒は急にどうしたんだろうと思ったが、あかりの質問を不思議に思うことはなく、好きです、と素直に答える。

へー! とあかりが納得したようにこくこくと頷いた。いつになく興奮しているらしい。

 

「カッコいい系が良いんだ!」

 

「うん、聖さんはカッコ良くて憧れの存在って感じかなぁ」

 

お互いの好きの定義が違うようで微妙に話が噛み合っていなかったことに、周囲はいち早く気が付いていたがもしかしたら詩緒から別の情報が出るかもしれないと思い、黙っておくことにした。

 

「ほぇー! そうなんだ! 意外だなー」

 

「え、あかりちゃんは聖さんのこと好きじゃないの? 厳しいから?」

 

好きの感情を意外と捉えられたことが詩緒にとっては予想外で、あかりちゃんは好きじゃないのかもしれない、と思い聞いてみた。

 

「え? いや、好きだけどそういう好きじゃないよ?」

 

そのあかりの言動にますます頭が混乱してしまったが、チクタクと思考すること数秒、ティン! と閃いたようにハッとするとみるみる顔を赤くさせていた。

 

「あ! もしかして、お付き合いしたいとかそういう意味で好きかってこと!?」

 

答え合わせをしたようにお互いが驚いている表情が周囲には可笑しい光景らしく、気付いていたメンバー全員は笑っていた。

 

「好きだけど、お付き合いって……僕じゃ全然釣り合わないし、無理だよ」

 

服の襟をパタパタさせて熱を逃がそうとしている仕草から、満更でもない、という考えに落ち着く。

 

「まあ人の嗜好にあれこれ口出ししませんが、十歳くらい離れてませんか?」

 

千夜が詩緒と聖が仮にくっつくとして歳の差が少し離れていることについて言及する。

特に深い意味はなかったが、単純に自分の想像する男女の交際との認識に齟齬があったゆえの発言である。

高校に通う学生からすれば周囲の状況と似通っている分、年齢が近い方が想像しやすいのだ。

 

「そうそう、千夜ちゃんの言う通り年齢差あるよね。ウタちゃん、悪いことは言わないから将来結婚するならぼくとするのがいいよ。ウタちゃんのこと好きだし、将来スーパーアイドルのりあむちゃんと結婚だよ?」

 

何故かどや顔上から目線で話してくるりあむに詩緒が苦笑いをして、アイドルは恋愛禁止だし今はちょっと……とはっきり言うことで本人が意図せずして心を折った。

何でだよぉ……、と藤原竜也が役でやる登場人物のような台詞を言いながら本気で悔しそうに項垂れるりあむを見て、他のメンバーは心穏やかに飲み物を飲んだ。

 

その後必死にフォローする詩緒の優しさを受け、さらに二回求婚するりあむだった。

 

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