艦娘転生時にバグって自分を中年オタクサラリーマンだと思い込んでしまった駆逐艦吹雪のお話。

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転生吹雪(偽)の船出

 転生したら吹雪だった。

 

「それ勘違いだから」

 

 と思いきや、即座にご主人様に否定された。

 

「おや。いま私、ご主人様って言いましたね?」

 

 言ってはいないか。ともあれ。これはおかしい。ご主人様なんて使うのは吹雪じゃなくて……。なるほどそういうことですか。確かに勘違いしていました。

 

「つまり私は漣だったのですね」

「そうじゃなくて」

「え。では、まさかの艦娘ではなくKAN-SENへの転生パターン?」

「困ったな。この子、想定外のパーソナリティーだぞ。キミは確かに艦船だけどカンムス? よく分からないけど、一旦、そこから離れてもらえるかな」

 

 呆れられちゃった。

 それでも「自分は駆逐艦である」という強烈な自認があるのだ。

 仕事帰りに、デパ地下で弁当を買おうとエレベータに入ったら、もう私は自分を軍艦と信じる女の子になっていた。

 エレベータの中で突っ立つ、くたびれたサラリーマンが、ソファに行儀よく座る美少女である。姿見で確認した。かなりの距離があったのにすぐ前にいるようにはっきり見えてビックリした。驚異的な視力だ。

 アンティークな革張りのソファに向かい合って座っているのがご主人様だ。赤い髪の眼鏡の美人。洋服の上から緋色の打掛を羽織っている。傾いた格好だ。名前は知らない。またご主人様って言ったな。

 現在地は豪邸の一室。三方の壁に本棚が造り付けられている四十八畳(数えた)の和室で、絨毯敷きの一角にソファとテーブルが設えられている。

 和洋折衷の書斎を兼ねる応接間と言ったところか。

 趣味の(恐らく)良い調度品の数々。先ほど少し言及した姿見も、白雪姫の王妃が使っていそうな、とにかく高そうという感想しか浮かばない重厚な代物だった。

 中でも目を引くのが、素人目にも見事な螺鈿細工の刀掛けと、各々がさぞや名のある業物なのだろう数振りの日本刀と西洋剣。

 上背のあるご主人様が振るえばさぞかし絵になることだろう。

 

「ボクの言い方も悪かった」

 

 おやボクっ子。一人称がボクの見た目二十代半ばの赤毛の長身巨乳美人かっこ眼鏡かっこ閉じですか。属性過積載の趣きもなきにしもあらずですが……「アリ」ですね。

 

「失礼なこと考えられてるのは分かるけど、話が脱線するからツッコまないでおくよ」

「助かります」

「実際さ。転生っていうのは間違ってはいないんだ。矢印の向きは逆だけど」

「逆ですか」

「そう逆。キミは自分が人間から駆逐艦に――どうしてその少女の体を指して軍艦だと思ったのか謎だけど――生まれ変わったと考えている。けどそうじゃない。キミは艦だ。特型駆逐艦のネームシップ『吹雪』。ボクがその船玉を、神に見立て、ホムンクルスに降ろしたんだから間違いない」

 

 そう来ましたか。ホムンクルスすなわち錬金術。となると艦これではなく文アルだったかあ……とおふざけもこの辺りでやめにしましょう。

 

「つまり魂の器を鉄から肉に差し替えたと」

「詩的だね」

「ではこの記憶は何なのです。私には駆逐艦として、帝国海軍の一員として、アメリカ海軍と戦った記憶があります。敵を倒し国を護れと訴えてきます。なるほど、これが駆逐艦吹雪の船玉その意志なのでしょう。そして同時に、21世紀の日本人として、平凡に暮らしていた記憶が確かにあるのです」

 

 父は私立の中学教諭、母は保険の外交員。

 絵に描いたような中流家庭だった。

 私が十歳の時、祖父が亡くなり、マンションから建て替えた父の実家に引っ越した。一軒家では兄弟全員に個室が与えられて喜んだ。大型犬を飼う事になった時はもっと嬉しかった。

 中高と地元の公立学校で部活に精を出し、エロゲにはまって物理的に精(液状)を出し過ぎて、危うく二浪しかけた京都の大学。

 ゼミで知り合った友人と組んで、意気揚々と制作した同人誌を持って乗り込んだ冬の即売会での頒布0冊の悲喜劇と、その夜のホテルでの「お前が悪い。いいやお前だ」の醜悪な罵り合いからの、お互い感極まって号泣して抱き合いながら雪辱を誓った三文芝居の愁嘆場。

 勉学と同人活動とどちらが主か分かったもんじゃない大学生活も瞬く間に過ぎ去って、私は大阪の中小企業に就職し、件の友人は入院した(なお大学院への進学ではなく、卒業式で調子に乗ってよじ登った学長の銅像から転げ落ち、骨を折って病院に担ぎ込まれたことを付しておく。そいつの渾名はしばらくマスターだった)。

 

「けして特別な人生ではありませんでした。これは誰なのです?」

 

 ホムンクルスの記憶だというのは考えづらい。

 答えは簡潔で、そしてとても残酷でした。

 

「酷な話だが。ボクとしてはこう言うしかない。それは錯覚だ。キミは誰でもない」

 

 赤髪のアルケミストはキッパリと容赦なく言い切りました。

 

「キミの依代に使用した、フラスコの小人の生得的な天眼通が、たまさかに混線した平行世界の情報を読み取ってしまったに過ぎない。つまりね。それは前世の記憶じゃあないんだよ」

 

 本当に酷な話すぎて笑えてきました。

 

「生まれたばかりの無垢なる知性が、記録を記憶と勘違いしてしまうのも無理はないと思うけどね」

「なるほど」

 

 以外にどう言えと?

 

「……試みに尋ねるけど。キミが構築しちゃった仮想人格、言い換えよう、前世の記憶の中でのキミの身分来歴はどうなってるんだい?」

「そこで言い換えられましても……。好いですけど、今さらにもほどがないです?」

 

 思わず変な笑いが出た。配慮の仕方を間違えてる。善意なのは明らかだったが、その奇妙な優しさはかえって堪える。さてはコミュ障だな?

 

「キミの記憶は夢幻の所産だが、果たして盧生の一生は無価値な物だろうか」

 

 それはそれとして私の人格は尊重する。そういうことが言いたいのだろうか。

 イラッと来なかったと言えば嘘になるが。私も大人だ。作り物だとしても自意識としてはそうなのだ。グッと飲み込む程度の度量はある。

 私は笑って自己紹介した。

 

「42歳独身のオタリーマンです。ちなみに三男。酒もタバコもギャンブルもやりませんがソシャゲの課金は嗜み程度に。名前は……吹雪と呼んでください」

 

 さらば我が名よ。生まれてこの方慣れ親しんだ、私の物ではなかった名前。長く短い付き合いだったが、お前はオリジナルの物だ。

 察するモノがあったのだろう。錬金術師は今日一番の優しい微笑で応じた。

 

「わかった。吹雪。これからよろしく。慣れるまでこの子を付けるから、困ったら気兼ねなく頼ってやってくれ。蜂須賀。任せたよ」

 

 そういうと彼女は、傍らの刀掛けから一振りの日本刀を掴み取り、音もなく抜刀すると――はっきり言って、むちゃくちゃビビりました――手の中に刀はなく、見目麗しい男性が立っていました。

 私はコマ送り動画でも見せられたんでしょうか。

 

「ああ、任された」

 

 青年は応じます。

 前後からして日本刀が変じた存在でしょう。変身するところなんてまったく知覚できませんでしたけど。

 女神像さながらの容顔。腰まで届く紫色のさらっさらのロングヘア―。キネマの女優が横に並ぶのを忌避するほどの美貌の主だ。それでいて優に180cmを超す長身――これは後々、私の身長が縮んだことで過剰に大きく見えていた勘違いだと判明した――は全身しなやかな筋肉に覆われている。

 西洋の甲冑を思わせるデザインの、金に近い山吹色のコートなんていう、ハイセンスに過ぎて、余人が着れば悪趣味と評すほかない代物を、嫌味なく十全に着こなしている。

 というか、ええ、私は彼を知っています。

 

「艦これかと思ったらとうらぶだったかぁ!」

 

 思わず叫んだ私に罪はないと思います。




憑依タグにチェックが入ってないのは意図的です。憑依ではないので。


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