ワンパンマン世界に怪人TS転生だって?   作:八虚空

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十二話 真祖の吸血鬼vs幻影飛翔剣の達人

 キャメロットの城下町にある宿で一夜を明かしたら昨夜の混乱が嘘のように治まった。

 歌唱魔法を習得してるらしいトリスタンにエレナが弟子入りするのは良いとしても、バンパイア一族でアイドルグループを結成させる? 歌唱力が戦場を支配する未来がやって来る? お前は何を言っているんだ。

 

 昨夜の自分自身にドン引きして冷静に事態を振り返ってみると、おそらくはトリスタンの歌唱魔法によって魅了状態になっていたのだと思われた。

 魔法の効果はキャメロット城を中心とした都市の建築物の頑健さの向上。範囲内なら余波で無数の無機物にすら効果を及ぼせる極大魔法。

 アイドルを他のあらゆる要素を無視して優先的に陣営に引き入れようとしていたのは、それだけトリスタンが魅力的に見えていたから。彼女の歌は無条件に人を惹き付ける魅了効果がパッシブで付いているのだろう。凶悪すぎるわね。

 

 そういえば、トリスタンの逸話には『彼に怪我を負わせる者は、彼が怪我を負わせるあらゆる敵と同じく命を落とす』という物があった。

 つまり魅了によってトリスタンには攻撃できない。例え攻撃できても怪我を負わせたら自ら命を絶つって事なんじゃ。

 

「なるほど。これがS級ナイト。ただの色物枠じゃないわね」

 

 原作に登場した怪人メガミメガネや怪人弩Sと同じ系列の力の使い手。精神力が高ければ抵抗できるらしいけれど、昨夜は私も危うかった。性欲に弱い私では抵抗仕切れないのかもしれない。

 これが神様が選ばせてくれたチート特典に状態異常の耐性強化が含まれていた理由か。獲得可能なチートに魅了の異能もあったし、状態異常の中でも特に気を付けるべき症状なのかも。

 

「魅了は魔法を覚えたら対抗可能なのかしら。純粋な精神対決は避けたい。身体を鍛える事で精神も鍛えられるなんて脳筋戦法は取りたくないし」

 

 この世界に来たばかりの私や三千年バージョンの私なら笑ってその対処法で乗り切りそうなんだけれど、変に頭が良くなったせいで逆に抗えなくなった気がするのよね……。

 精神力の差というよりはキャラクター性の違いでそうなるのだと思う。アホキャラなら変に対処しようと下準備するより真っ向から対決した方が良いけれど、天才キャラなら対処法を考案して事前準備をしてない段階で負けが確定してしまっているような。

 そういう自分らしさを貫けるかが精神対決には重要なポイントとなるのだ。多分。

 

「オマケにあれ程インパクトのある催しをカマセ隊の人員は恒例の行事として大して意識してなかったし。魂を介した情報収集では限界があるのね。詳細に記憶を探るには落ち着いた場所で一定時間以上の瞑想が今の私だと必要。これは情報収集を異能に頼りすぎるのもよくないわね」

 

 まだ転生して一年も経ってないし自分の力を把握しきれてない。仮想敵の本拠地にやって来るには早すぎたのかもね。

 険しい顔で考え込んでいるとエレナが不安そうな表情で私の事を見ていた。

 

「あの、カーミラ様。トリスタンちゃんに弟子入りするのは止めた方が良いんですか?」

「それについては構わないわ。危険な相手だけれど、それだけあの力は魅力的だしね」

 

 フッと強張っていた顔をリラックスさせて私はエレナに答えた。最終的に人間を滅ぼすのが目標ではあるけれど、別に最盛期のアーサー王が率いる円卓の騎士と敵対する必要なんてない。相手が強いなら歴史通りに円卓が内紛で弱体化するまで待てば良いだけ。そもそも100年もすれば寿命で死ぬでしょ。

 S級ヒーローに比肩するだろうS級ナイトは可能な限り眷属として取り込みたいけれど、力尽くで眷属にしたところで離反されるのは目に見えてる。エレナがトリスタンの籠絡に成功するのが最上の結果だけれど、それが無理でも逸話通りにトリスタンが重傷で倒れた時に眷属に勧誘すれば乗る可能性は高い。

 

 うん、事前に繋がりを持っていた方が得ね。

 トリスタンを完全に敵に回してしまったらエレナが魅了されて敵に寝返るかもしれないけれど、眷属は無限に作れる。大したリスクじゃないわ。

 

「じゃあエレナはトリスタンに弟子入りが可能かシノンに相談してきなさい。ラウンドナイトへの加入が必須なら入って構わないわ。時間はあるのだし気楽にね」

「はい、頑張ります!」

「ノイ・ジェントル・ソウルは私と一緒に資金稼ぎよ。アーサー王の私兵部隊であるラウンドナイトは原作のヒーロー協会とは違い、あくまで軍。任務として敵勢と戦争するのには慣れていても散発的に現れる怪人には手が回っていない」

 

 逆に言うと、放っておいても構わない程度の脅威でしかないのだけれどね。

 この世界に来て思ったのだけど、原作と違って異種族としてそう生まれついた怪人以外はせいぜいが災害レベル虎クラスの怪人しか発生していないような気がする。少なくとも何の力も持たない人間が突然変異をしても災害レベル竜にはならない。

 無機物や何らかの思念から生まれた自然発生型の怪人も大した脅威じゃない。まあ、歳月の積み重ねで災害レベル竜に至るのかもしれないけど。

 

 何というか全体的に戦力バランスが人間優位のような。これはS級ナイトが災害レベルの高い脅威を潰しているからかしら。

 それとも原作に登場した大予言者シババワの最期の予言『地球がヤバい!』に関係してるのかも。

 私が死ぬ直前に更新してた原作だと、現状の私と同等の怪人である災害レベル鬼が月一で出現して災害レベル竜が同時に5体も唐突に現れるのよね。

 

 これは意図的に怪人を集めて選別した怪人協会や暗黒盗賊団ダークマターとは話が違う。完全な自然発生というならば災害レベル竜が無限に生まれてくるような環境になりつつあるということ。

 もう地球が意思を持って人間を根絶しようとしてるとしか思えないような状況。

 やはりラスボスは災害レベル神、地球意思なのかしら。『地球がヤバい!』という予言は地球に住む人間がヤバいって意味じゃなく、地球自身がヤバいって意味?

 

 それかサイタマによって地球意思が粉砕されて滅ぼされるって意味の、地球がヤバい?

 どっちもあり得そうだから、ワンパンマン世界は困る。

 

 災害レベル竜の群れとか人間だけじゃなくバンパイア一族にとっても滅亡の危機なのよね。怪人同士って普通に殺し合うから。

 

「賞金稼ぎ。傭兵。どっちの組織にしろ実力さえあれば仕事には困らないわ。情報収集の為、一旦バラバラに仕事を受けて。失敗しても構わないけれど死なないよう気を付けなさい」

「畏まりました」

「了解した」

「初めての命懸けの実戦ですな。腕がなりますわい」

 

 眷属の怪人バンパイアが人間のように戦闘に忌避感がないのだけが救いね。

 生き残りさえすれば多少は強力な個体が現れてくれるでしょう。

 

 

 

「ほう。女にしては中々やる」

「チッ」

 

 朝食の後、人間の方が経験値が美味しいとカマセ部隊の人間の記憶にあったハンターギルドでB級賞金首の殺害依頼を請け負ったんだけれど。眷属より先に私が死にそう。

 向かった交易路に潜伏していた山賊が思ったより手練れだった。

 チームの構成員はB級。災害レベル狼程度の雑魚だったが、頭目が群を抜いて強い。A級ナイトでも上位。災害レベル鬼の私を殺しうる力を持っていた。

 

 これだからワンパンマン世界は嫌なんだ。道端のモブに圧倒的な強者が混じっていたりする。

 

「クソが。こんな山賊面の髭親父が何で一流の剣術家なのよ。そこまで強いならゲルマン人との戦争に参加してきなさいよ。弱い物イジメしか出来ないハゲが。頭頂部がツルツルなのに側頭部の長髪がウザいのよ」

「容姿は関係ないよね!?」

 

 山賊の癖に一丁前に傷付いた顔をして縦横無尽に剣を振り回してくる。

 生成した籠手で剣を受け止めようとしても幻影に騙されるように腕をすり抜けて私の身体を切り裂く。簡単に治るけど、痛いものは痛い。

 

「その自己再生は何時まで続くかな? 我が流派『幻影飛翔剣』は現と幻の境を操るぞ。何重にも現れる剣先のどれが本物なのか見分けられるものなら見分けてみせるがいい!」

「グゥゥッ」

 

 次々と繰り広げられる剣技に対応できす身体が切り裂かれていく。爆裂流で相手を破壊しようと拳で殴りかかろうと容易く受け流される。

 B級ナイトでも戦闘力が底辺のカマセ部隊の武術じゃ相手にならない。

 全力で地面を爆破する事で無理矢理に仕切り直しをしたけれど、このままでは勝機はない。

 

「負けたわ。私の武術では貴方の剣術には勝てない」

「ハッハッハ。だろう、そうだろう。伊達に30年も修行してない」

「マジで何で山賊やってんの?」

「だって、ラウンドナイトに入ると強敵と殺し合いになるし……」

「このチキン野郎が」

 

 ワンパンマンの原作にも隠れた実力者が大勢いた。災害レベル鬼の上位である深海王くらいなら単独で倒せそうな武術家すらも在籍していた武術界はヒーローとして怪人を倒すのは安易な道に逃げたのだと馬鹿にする風潮すらあった。

 全身をサイボーグと化した身体改造者達が大金の為に命を掛けて戦うサイボーグファイトの機闘士に、砂鉄を詰めたグローブで殴り合うデスボクシングのボクサー、身長3メートル以上体重四百キロ以上の力士のみが土俵入りを許される超相撲の超力士。

 

 他にもA級S級の実力を持つ忍者の里出身者で構成された忍天党や、S級ヒーローの閃光のフラッシュとS級賞金首の音速のソニックを同時に相手取って仕留めるのに1秒かからないとさえ言われる忍者の里を生みだした『あの御方』と数多くの実力者がワンパンマン世界にはいる。

 

 そしてそいつらが、揃いも揃って誰も怪人を退治していないのである。

 襲いかかるターゲットはむしろ人間の方が多く、『あの御方』なんて完全にヒーロー協会と敵対していてS級一位のブラストに重傷を負わされたくらいだ。忍天党は世界支配しようとか世迷い言を言って秘密裏に暗躍していた。人間種族が滅びそうな状況で。

 

 やっぱ人間種族、余裕あるっていうか色々とおかしい奴らが多い。不祥事が続くヒーロー協会に対抗しようと生まれたネオヒーローズは在野の人間を勧誘しただけのはずなのにS級ヒーロー並の人材が何人かいた。つまりS級ヒーローレベルの人材がまだまだ民間に多数いるわけで。

 まさかサイタマ並の人材がモブに紛れているとか言わないだろうな。流石にキレるぞ。モブサイコ100っていうワンパンマンと同作者の超能力者主人公の作品があるんだが、クロスオーバーして主人公がひょいっと作中に登場してきても変じゃない雰囲気がワンパンマンにはある。

 

「はぁ。嫌になってくるわね、ホント。こいつも強敵との殺し合いが嫌だとか言いながらラウンドナイトと敵対する山賊を稼業にしてるし」

「うぐっ。いや大丈夫だ。円卓の騎士が出張らなきゃ負けるはずがない」

 

 なるほど。格下だけをターゲットにして金を稼いだらトンズラする気だったと。

 私と思考回路が似てるわね。嫌になるくらい。

 

「心配しなくてもS級ナイトと戦闘にはならないわ。貴方はここで死ぬから」

「ぬ? 敵わないと諦めたのではなかったのか?」

「まさか」

 

 ニィっと笑って私は全身をコウモリと化していった。

 

「覚えたての武術じゃなく怪人として相手をさせて貰うわ。全身の血液を失う前に貴方は数千以上のコウモリを殺しきれるかしらね」

「な、なんだと!」

 

 ほら、頑張りなさいな。S級ヒーローのアトミック侍なら間違いなく出来るわよ?

 同じS級ヒーローのゾンビマンがバンパイア(血統書付)に持久力と再生力で勝てたのは、彼の血肉がマズくて食えなかったのとバンパイア(血統書付)が精神的に敗北したから。

 

 バンパイアは血がある限り再生する不死身の存在。サイタマのように非常識な威力の攻撃で血のストック毎、殺し尽くされる事がない限りは死ぬ心配はいらない。

 

「覚悟しなさい。ここからは死ぬほど面倒くさい泥仕合よ」

 

 コウモリの鳴き声と山賊の悲鳴が荒野に木霊した。

 

 

 

「ギリギリだった。偉そうな事を言って七割も殺された」

 

 勝ったのは勝ったけど、死闘だった。

 本当に私って弱かったのね。自分でもビックリしたわ。眷属はまだ生き残ってるのかしら。

 

 そう、ヨロヨロと立ち上がり帰還したら、眷属は余裕で任務を熟していたのを知って納得がいかずに首を傾げる結果となるのを私はまだ知らない。


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