「クソがっ!」
バゴォンと炎に包まれた足を振るいゴッサムは裏路地のゴミ箱を粉砕した。
何時も不機嫌そうな顔をしている男だが、今日は一段と荒れている。私との立ち稽古に敗れたからか、男のナニを蹴り潰されたからか、或いは。
「フフッ。お前ではパロミデスには勝てないと師範代に言われて苛立ってるの?」
「カーミラ」
獣のような眼光で睨み付けてくるゴッサムにこの推測が当たっているのだと私は確信を持った。
そもそもの話、ゴッサムは確かに荒くれ者だが元々はこんなに女を見下すような性格ではない。それは門下生から聞いて分かっている。
ゴッサムがここまで拗らせたのはパロミデスと試合をしてからだ。女は男が守るべきなんて古風な価値観で女門下生の入門に反対して文句を付けていたゴッサムをパロミデスが半殺しにしたらしい。まあ、爆裂流はパロミデスの同郷の爺さんが師範代だしね。一門下生に過ぎないゴッサムが図に乗っていたのを懲らしめたに過ぎないから、それは問題ない。ゴッサムも立場は弁えた。
初めての敗北を経験して誇りに傷が付いたなんて事もない。ゴッサムは強者だが、キャメロットには怪物が多い。これまで何度もゴッサムは負けて、その度に相手より強くなる為に鍛錬に集中して最後には勝ってきた。私に何度も立ち稽古で敗北しているが、その事をゴッサムはそれ程、気にしていない。
おそらくは私になら勝ち筋が見えるからだ。勝利には何が必要か立ち稽古の中で見定めて具体的なビジョンを思い描いているのだろう。
だが。
「ゴッサム。貴方、パロミデスに自分ではどう足掻いても勝てないって認めたわね?」
「き、さまっ」
怒りに声は震えているけれど目に宿る虚無が私の発言を肯定していた。
なるほど。S級ナイトとはそれ程の存在か。そもそも目指そうとすら思えないような人類のハイエンド。そういう生き物か。
怪人の物差しだとS級は絶対強者って訳じゃないけれど、まあ災害レベル虎のノイ達が災害レベル鬼の私を見る視線を思い出せば分からなくはない。
私だって魂の蒐集という反則技を持っていなければ未来に現れるサイタマの影に怯えながら自堕落な日々を続けていたでしょうし。次元が違い過ぎて日々の鍛錬での強さの積み重ねが馬鹿馬鹿しくなってしまうのよね。ゲームに例えるならレベルキャップに到達してもラスボスが倒せない強さに設定されてるようなもの。ネトゲの類いならともかく一人用ゲームでエンディングに到達できないってのは欠陥。レベル上げすら億劫になる。
「お前はパロミデスを知らないから、そうも気楽に構えていられるのだ!」
「図星を指されて真っ赤になってる。クスクス」
「……っ!!」
怒りに震えるゴッサムを笑い、私は瓦礫に腰掛けた。この男ならきっと乗る。只管に強さのみを追い求めて人としての正道など目に入らない、この男なら。
「ねえ。もし魂を売ればパロミデスに勝てるかもしれないと言ったら、どうする?」
悪魔の囁きに怪訝そうな顔でゴッサムは続きを促した。
「バンパイア一族。人間の怪人化か。身体能力の向上と驚異的な再生能力。ふん、話にならんな。それではパロミデスには勝てん」
「かもね。怪人の中では非力な方だし、身体強化はちょっと筋肉が増えるだけって可能性もあるわ」
「時間の無駄だったな」
興味深そうに吟味こそしたものの、そう言ってゴッサムは背を向けた。
ま、そうでしょうね。怪人を一方的に葬る円卓の騎士を知ってるゴッサムが怪人化に期待を抱くはずがないもの。
「でも、寿命はなくなるわよ?」
「なに?」
ピタっとゴッサムの足が止まった。
その利点を武術家であるゴッサムが思い至らないはずがない。
「人間は歳を取ると身体が衰える。特に爆裂流は強靱な身体能力があって初めて真髄を発揮する。ゴッサム、貴方19だっけ。若いけど50年もすれば老克流の老人達に勝てなくなるんじゃない?」
「…………だが、それでは意味がない。それはパロミデスより長生きすれば勝てると言ってるようなものだ」
考え込んだゴッサムに私は一つの毒を吹き込んだ。
「円卓の騎士は聖杯を持っている。彼らに寿命なんてないわ」
「なん……だと……」
一方的に自分だけが衰えてパロミデスは只管に強くなり続ける。
そんな事、貴方は耐えられるかしら。ゴッサム。
「私が与えるのは膨大な時間。果てしない時の流れの中で地獄の鍛錬を続けてみなさい。S級だろうと強さの為だけに生きるなんて難しい。もしかしたら千年後には貴方の方が強いかもよ?」
「…………、カーミラ。貴様、人としての人生では、俺がパロミデスに勝てる可能性などはないと思っているな?」
「ええ。貴方もでしょ?」
飢えた獣のような眼光のゴッサムと私の目線があった。おそらく、私も似たような眼をしている。
私はS級ナイトの強さを感じた事はないけれど原作という運命の流れを知っている。S級ヒーローの強者達でも災害レベル竜には苦戦する事も、災害レベル竜以上には勝ち目がない事も、災害レベル竜以上がサイタマを本気にすら出来ない程度の実力だという事も、全てが理想通りに上手く行こうとも私が到達できる位階は災害レベル竜以上だろうという事も、私は知っている。
別にサイタマと戦う必要性はない。むしろ戦う状況に陥ってしまった段階で私の敗北が決まったようなものだ。
だが、怪人としてのプライドが矮小な人間の顔色を窺って生きるという状況に納得がいっていない。
災害レベル竜が激突している戦場であるゲルマン戦線を避けて、S級ナイトを刺激しないよう大人しくしているのは構わない。その安全策が戦略的に必要だからだ。強くなりさえすれば、どうとでもなる。アングロ・サクソン七大王も円卓の騎士もいずれは何人か眷属にしたいと思ってるくらいだし。
でもサイタマは駄目だ。そもそも生まれさせないか、関わらないか、頭を垂れて陣営入りをするかの選択肢しかない。戦う前から敗北している。
それが、どうしようもなく我慢がならない。
「いいだろう。その提案に乗ってやる」
飢えた獣が牙を剥いて笑った。
よし、爆裂流の達人の魂ゲット。若いのにA級上位の実力に至る才能も併せて入手。
フフフッ。ちゃんと約束は守って上げるから安心なさいゴッサム。貴方の全ての技術を模倣した後で、人間の眷属化技術が完成したらね。