意識が沈んでいく。
そろそろ限界が来たようだ。
人間は、食事をとらないと死ぬらしいが、
俺が最後に食事をとったのは…
さて、何十日前だったかな。
それでも、ここまで生きたのは、
俺の体が特殊だったからなのか…
それとも、元々ここまで人間が生きれるものなのか…
今となっては、どうでもいいことだ。
あと数分しないうちに、俺は死ぬ。
人間たちに復讐してやるつもりだったんだが、
どうやら、それは叶わず俺は餓死するらしい。
「貴様、ここで何している」
声が聞こえる。
あぁ、なんということだ。
人間から逃げてきて、
ようやく追っ手から逃れたのに…
あろう事か、人間の前でこんな醜態を晒し、
あまつさえ死に様を見られるなど…
あんまりではないか。
そこで俺の意識は暗い闇の中に堕ちた…
どれだけ時間が経ったのだろうか…
それとも全く経っていないのか…
俺の意識は再び覚醒した。
さっきまでは森で倒れていたはずだが、
ここはどうやら森ではないらしい。
「ここが…地獄ってやつか」
そう独り言を呟いた。
「人の家を地獄呼ばわりとは随分酷いね、君は」
声のした方を見る。
そこには女が座っていた。
「人間に看病されるなどゴメンだ」
「助けてくれたことには、礼は言っておく」
そう女にぶっきらぼうに言い放ち、
家から出ようとした。
「出ていくのは君の勝手だから、止めはいないけど」
「もし君が、『人間』に看病されることを気にしているなら、それは気にしなくていい」
「私は人間ではない」
「どちらかというと、君に近い存在だよ」
何を言っているんだ…この女は…
人間じゃない?
俺に近い存在?
意味がわからない…
そんな迷いが顔に出ていたのか、
女はクスリと笑い言葉を続けた。
「少し分かりにくかったかな」
「私の名前はオズ」
「『偽りの魔女』と呼ばれている」
「偽りの魔女…?」
魔女…魔女だと?
伝説上の…
「おとぎ話の登場人物だろ…かな?」
!?
「君、表情に出すぎ」
「確かにおとぎ話には、7人の魔女というものがあったね」
「だが、あれは事実を元に記されたものだ」
「『次元の魔女』ドロシー
『孤島の魔女』マーリン
『漆黒の魔女』エキドナ
『祝福の魔女』リタ
『崩壊の魔女』ジル
『起源の魔女』アテネ
そして、この私
『偽りの魔女』オズ」
「以上7名が、実際に存在する魔女だ」
「さて、つまるところ、さっきまで君は魔女の住まう森にいた訳で、もちろん危険な生き物がいっぱいいる」
「死にに行くなら止めはしないけど…本当に行くのかい?」
女…オズはニヤニヤしながら見つめてくる。
死にたくないだろう?
生きていたいだろう?
そんなことを思っているんだろう。
だが、もとよりもう終わった命。
1度拾われただけだ。
「復讐するんだろ?」
オズの一言が俺の心を揺さぶる。
確かにそれは俺の唯一の願いだ。
だが…
「なぜそう思う」
「君の、その人間に対しての異常なまでの嫌悪感」
「そして森であった時、死の寸前だったのにも関わらず君は、私に殺意を向けていた」
オズはニコニコしながら言葉を続ける。
「更に君は、魔女の森に入っていながらこの森の生物に襲われた痕跡がなかった」
「これらのことから君は、何かしら特殊な体質または力を持っていて、それによって人間に傷つけられ蔑まれた」
「それで逃げてきた」
「しかし、それは敗北ではなく復讐のため」
「人間に、己を傷つけた全ての者への報復のため」
「だけど、逃げた先で君は何もすることが出来なかった」
「それでこの森、魔女の森に迷い込んだ」
「ざっとこんなところかな」
「どう?あってる?」
オズは相変わらずニコニコしている。
あたかも自分は無害だと、
友好的だと言いたげに。
だが残念…
俺にとってそんなの関係ない。
相手が人間じゃなかろうが、
魔女だろうが関係ない。
この世界の全てが敵だ。
心を許すことなどない。
「君、そろそろ楽になれば?」
さっきまでニコニコしていた魔女が、
至極呆れた顔をして、
ため息混じりに、
そして、心底つまらなそうにそう言い放った。
「君がどんな辛い目にあったかなんて知らないし、なんでそんな敵意剥き出しなのか分からないけど、少なくとも私は、君を好ましく思っている」
そう言ったオズは、また先程のように微笑んだ。
「なぜ…だ?」
振り絞るように声を出した。
分からない。
この女が何を考えてるのか。
この魔女が何を企んでいるのか。
「君が特別だからさ」
「君は特別な力を持っている」
「未知に興味をひかれるのは、魔女も変わらないんだよ?」
「むしろそれに関しては、人間よりもすごいと断言しよう」
「未知への探究心なくして発展はありえないからね」
目の前の魔女は嬉しそうに語る。
「君に提案だ」
「衣食住何不自由なく与えよう」
「その代わり、私の研究に付き合ってくれないか?」
目の前の女が、手を合わせてお願いしてくる。
魔女なんだから力を示して、
従わせることも出来るだろうに…
「痛いことは…極力しないようにするし」
「私のそばにいることは、君の復讐にもメリットがあるはずだ!」
魔女は必死に続けた。
「そこはしないって断言しろよな」
「それは…研究に必要になるかもしれないし…」
魔女は視線をそらし申し訳なさそうにしている。
笑いがこぼれる。
笑ったのなんていつぶりだろうか。
いや、もしかしたら初めてだったかもしれない。
目の前に魔女がいる。
きっと、俺よりもよっぽど強い存在だ。
そんな魔女が、必死にお願いしてくる。
そんな魔女が、必死に求めてくる。
生まれて初めてだ。
誰かに願われたのは。
誰かに死以外を求められたのは。
しかも、きっとこの魔女は本心から言ってる。
いや、本心じゃなくてもいい。
あれが本心じゃなくても、演技でもいい。
あれが演技なら、俺は喜んで騙されよう。
これがペテンなら、騙されてもしょうがない。
だから俺は…
「わかった」
「世話になる」
生まれて初めて誰かを信じてみようと思う。